墓場より   作:ひノし

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第十六話

「そんで、その、ひえんま、だっけ?…子供と一緒に?」

「ええ、一緒に、三途の川で」

「ふぅん、まぁ……幸せな事じゃねぇの?」

「これから、どうなるかは分からんがな……石を積み終えるまでは一緒に居る様じゃ」

 

ねずさん、俺、親父、鬼太郎で炬燵を囲んで、すき焼きを楽しむ夜の事。

 

(……ちなみにだが……最近はお風呂場に、作った料理を一皿分置いている。

毎回、皿は空になるので、食べて貰えているのだろう。多分。)

 

ここ最近は一段と冷え込みが厳しくなっていたので、大人達は熱燗を喉に通しながら、鍋をつついていた。

鬼太郎には、味付けを薄くした物を小さな鍋に入れて用意した。

「うまい……うま……いい」

自分専用の鍋が、随分と気に入った様子だった。

今も、鍋の中身を綺麗さっぱりにする事に夢中だ。

 

「いやぁ、それにしても、旨い!上手いねぇ!水木ちゃんはぁ料理が上手いねぇ!」

「ありがとうございます」

「俺ぁ、これでも色んな牛鍋屋行ったけんども、全然負けてないぜぇ!」

「そうですかねぇ?」

「そうじゃよ!特に、この卵は絶品じゃあ!!」

「そうかい……おい、待て、味付け関係ねぇじゃねぇか!」

「ハハハハハ」

「ハハハハハ」

「全く!フフ、ハハハ」

「うまぁ…これもぉすきぃ」

 

すっかりと出来上がっていた。

 

「グかぁ…ぐごごご」

「ふにゅ……ふにゅ」

ひっくり返って、炬燵の魔力に堕ちた、ねずさんと鬼太郎。

二人とも、口をあんぐり、と開けて鼾をかいていた。

表情も寝姿も、そっくりだ。

…案外、似た物同士かも知れん。

 

「水木ぃ、お主ゃ、強いなぁ」

茹で蛸みたいに、なっている親父。

「………同じ量を呑んでる目玉には、言われたくないんだが」

「…えへへ」

…くねくねするな蛸親父。

「…ちょいと、小便だ」

「いってらしゃい!」

「はいはい、行ってきます」

 

愛しの炬燵から、抜け出して、冷たく、寒く、暗い廊下に出る。

「ぉお、寒ぃ」

 

さっさと早足で厠に向かい、用を足す。

 

「うぉっ」

厠から出たら、背中に ぶるり と震えが走った。

早い所、戻ろう。

 

身体を摩りながら、廊下に戻る。

ふと、窓に目を向ける。窓の外には、静まり返った夜の森があった。

その、いつもの景色の中を、チラチラ、と白い粒が舞っている。

 

「……雪か」

 

道理で寒い筈だ。

いつも、冬の訪れは静かにやってくる。

 

窓に近づき、ゆっくりと地面に降り立つ雪を眺める。

「鬼太郎は何て言うかなぁ」

鬼太郎にとっては、初めての雪だ。

明日は雪だるまでも作ろうか。

きっと、喜ぶだろう。

 

ふぅ。

……久しぶりに見たが…いいなぁ…風情がある。

窓を開けて、縁側に座り込む。

積もった雪が月に照らされて、夜の森を柔らかな光で明るくしていた。

存外、冷えた廊下よりも、外の方が暖かった。

 

煙草を咥えて、火を点ける。

煙草の小さな火種が、顔を温めてくれた。

 

フゥーーーー。

白い息と一緒に、煙を吐き出す。

くるくる、と空に登っていく紫煙を目で追う。

ふわり、ふわり、と舞い落ちる雪の華。

 

雪の粒が華の様だ、と教えてくれたのは母だった。

 

………優しい母であった。

 

母と最後に会ったのは……。

 

あの…入隊当日だった…小さな身体で、しゃんと胸を張って…俺を送ってくれた…。

 

“行って参ります”

 

“いってらっしゃい”

 

俺は泣かなかった。

母も泣かなかった。

お国の為だ。当然の話であった。

振り返り、家を出た。

確かな足取りで、歩く。

歩いた。

歩いて、生家から…母から離れる。

しかし……俺は足を止めた。止めてしまった。

母の声が聞こえたからだ……。

“ぅぅぅ”

……あれは確かに母の嗚咽であった。

必死に聴かせまいと、歯を食いしばっている母の声であった。

……母は優しい人であった。

これから、戦地に向かう息子の前で一粒も涙を流さなかった。

流さないでいてくれた。

そして……離れてく俺の背中を最後まで黙って見送っている。

俺は……足を止めてはいけなかった。

それは……母の思いを踏み躙ってしまう行為であった。

……だから、又、確かな足取りで進み始めた。

振り向かずに母と別れた。

 

一粒だけ、涙を流して、別れた。

 

今、思えば、振り向くべきであった。

それが最期の機会だったのだから。

 

フゥーーーー。

 

明日、教えよう。

母から教わった事を…。

鬼太郎へ。

この白い雪達は、華なのだと言う事を。

 

「………戻るか」

煙草を擦り消し、立ち上がる。

「ほげぇっ!!」

ボフンっ

………………目の前の雪の花畑に、子供が降ってきた。

 

…………………………今度は何だ…。

 

「おいたたた…あっ!」

俺と目が合う、子供。

…背丈は四尺弱。藁頭巾をすっぽり、被った、おかっぱの子。

まん丸なほっぺが、紅くなっていた。

「…今晩は〜」

「こんばんは」

「えっ!ミえてるの!?」

……しまった。癖で返してしまった。

やっぱり、妖怪だったか。

 

「…えぇと……いい天気ですね!」

……露骨に話題に困っている…それとも本気で言ってるのか?

「…ああ、そうだね……綺麗な雪だ」

「おじさん、いい趣味ね!私、雪ん子て言うの!」

元気な女の子だ。

「ふふふ、俺の名は水木だ。よろしく、お嬢さん」

「わぁ!紳士ね!素敵よ!後ろの方は、奥さんかしらん?」

「どうも………は…!?」

怖い事言う、この子ぉ!

………えぇ、振り向きたく無いんだがぁ……。

 

「?」

小首を傾げる、雪ん子ちゃん。

 

ジワリ、と手首が熱くなる。

腕時計が、その存在を訴えてきた。

………そうだな。そうとも!

いざとなったら、銃でお話しよう!!

バッ、と振り向く。

 

女がいた。真っ白な。

フワフワ浮きながら、細かく、激しく、震えていた。

震えすぎて輪郭が掴めず、カクカク、とした姿にみえる。

 

「………ぃ」

………何か言ってる。

「…………さむぃ」

蚊の鳴くような声で囁く。

 

……………………………。

親父ぃ!!何なんだぁ!この妖怪!

 

「奥さん、寒そうよ。中に入ったら?」

「………雪ん子ちゃんはどうするの?」

「子供は、風の子よ!このくらい、へっちゃらっくしょん!!」

でかい嚔が飛び出た。

「…………ずずず…………」

「…………入ろう?」

「……ありがとう」

 

「ただいまぁ」

暖かな部屋に三人で戻った。

「おーう!おかえ何でじゃあああ!?」

「さっ、炬燵に入りな」

「わーい!」

 

ぶるぶる。

白い女は、俺から離れようとしない。

ぶるぶる。

女が震えると、連動して俺の体にも震えが走る。

……おおぅ。

炬燵の空いてる所に、体を入れた。

ふぅ。温かい。

女の震えも止まる。俺の震えも止まる。

「………ぁ………ぅ」

よく聞こえなかったが、ありがとう…かな?

 

「……まぁ、いいか」

 

「待て待て待て!!水木いい!何があったんじゃ!!厠にいっとったんだろう!?何でこんな事になっとるんだぁ!?」

「俺が聞きたい」

「ええぇ……」

「今晩は!お目玉さん!ご一緒してもよろしくて?」

「あっこんばんは…行儀の良い子だねぇ…………じゃなくてぇ」

「お嬢さん、名は?」

「私、雪ん子!」

「おお、雪ん子か……もう、そんな時季か」

「これから、寒くなるわね!」

「そうじゃのう」

 

親父のお猪口に、酒を注ぐ。

そして、自分のにも。

 

「親父、このヒトは?」

「あっ、ありがとう……いや…飲んどる場合?………う〜ん?ただの幽霊じゃないか?」

………ただの幽霊。

矛盾した文章だ。

 

「奥さんじゃなかったの?」

「違うよ、雪ん子ちゃん……ところで、お腹空いてない?」

「ありがとう、水木さん。でも大丈夫よ!さっき、沢山、雪玉食べたから」

「そうかい」

……おいしいのか、あれ。

 

酒を胃袋に送り込む。

「ふぅ…あーと、そういえば、さっきまで物凄く震えていたぞ」

「んぐ………あっ、『震々』か」

「どういう妖怪だい?」

「震える」

「ほう」

「以上」

「……そんだけ?」

「あぁ、人に、くっ付いて震える。震えさせる。それだけじゃよ」

「はぁ、また……なんとも」

「まぁ、無害じゃろうな…………二人共、無害な妖怪で良かったな、水木」

呆れた視線を俺に向ける親父。

「……悪かったよ、勝手に上げて。次からは、ちゃんと聞くからさ」

「…………お主の!身の安全が!心配!な!ん!だ!」

「へいへい」

「ぬがぁああ」

「お目玉さん、赤くなってる!すごぉい!」

「………ぁっ……ぃ…」

 

なんとも騒がしく、温かな夜であった。




ご拝読ありがとうございました。
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