翌朝。
子供達の駆け回る声で、目が覚めた。
「あはははは!」
「いひひひ!」
うぅむ、実に心地よい。
何だって、童の笑い声は、こんなにも幸せな気持ちにしてくれるのだろう。
………外から聞こえるのが驚きだが…。
…雪ん子ちゃんは兎も角。鬼太郎はちゃんと、着込んで出たのだろうか…?
風邪を引いてしまうよ、鬼太郎。
…いや…でも……あの子…風邪引くのか?
……まぁ良いや。
「よいせっ」
布団から勢いよく飛び出す。
「おはよぅ…」
真っ白な世界を、真っ赤な鼻と耳をした童達が、縦横無尽に飛び回っていた。
正しく、風の子であった。
………せめて…重力には従ってほしい。
誰かに見られたらどうするのだ。
「おはよう、水木さん!」
「おはよ!」
駆け寄ってくる二人。
「ああ、二人共おはよう」
雪ん子ちゃんは、昨日のままの格好。
心配していた鬼太郎の格好だが…いつかの蓑虫状態になっていた。
………愛い。
もふもふしている。
「きたちゃん、可愛いでしょう?ふかふかなの!」
鬼太郎の頭を撫でくる雪ん子ちゃん。
「むふー」
まるで、どうだと言わんばかりに胸を張る鬼太郎。
……鬼太郎…残念ながら威厳は無いぞ。
ただ、ただ可愛いだけだ。
俺も、その、もふもふ具合を両手で念入りに確かめさせてもらった。
あったかい。やわかい。うい。
もふもふもふもふもふもふもふもふ。
「……あっ…そう言えば、お父さんはどこだい?」
布団は、もぬけの殻であった。
「おとさん?」
「うん」
「うふふ」
何故微笑む。
「ふふ、どうした鬼太郎?」
「ふふふ、みてみてぇ」
もふついた両手で前髪を上げる鬼太郎。
「うん?……………鬼太郎、目が!?」
………産まれついて、閉ざされていた左目に光が差していた。
「うふふふ!」
「治ったのか!!良かったなぁ!!」
流石は幽霊族だ。
「ふふふ?……なおった?……ちゃんとみてぇよぉ」
?何を?
「???」
「………」
「………………」
まさか。
「………」
左目が、じっとり、と汗をかいている。
「…………………親父…………そこで…なにやってんだ……」
「……鬼太郎が……入れって…」
だからって……。
「これで、おとさんと、いつでも、いっしょだねぇ!」
ふふーん、と嬉しそうな鬼太郎。
「わぁ!凄いわ!凄いわ!一体、きたちゃんの体どうなってるのかしら!」
本当だよ。
「みじゅきぃ、みてみるぅ?」
「………何をだい?」
「なかみ」
「な…かみ」
……頭がくらくらする。
「おとさん、でてね」
ふんわりしたお手手を、親父の前に差し出す鬼太郎。
「うん、ありがとうな、鬼太郎」
「どういたしましてぇ」
……随分、言葉を覚えてきたな。
親父を頭に乗っけて、ぽっかり開いた左の眼孔を俺に向ける。
「どうぞぉ」
………。
「……みないの?」
……………。
「…いや…みるよ…失礼」
念の為の確認だ。
しゃがみ込んで、恐る恐る幼子の顔にある穴を覗き込む。
真っ暗な眼孔の奥に、仄かな光がある。
……一体どうな!?…は…!!??
目を擦る。もう一度覗き込む。
……………えぇぇ………。
……………………………どう見ても………どうしたって……。
左の眼孔の奥には、和室の四畳半が広がっていた。
「みえたぁ?」
「…………鬼太郎、なんか、部屋が、あるん、だけど」
「つくってみましたぁ」
むふぅ、と小さな鼻息を出す、鬼太郎。
「……そうか…そうか………よくできてるよ」
「へへへへ、そうでしょぉう」
「きたちゃん、私もいいかしら?」
「いいよぉ」
目眩がする。
「だ大丈夫か?水木?」
「………………親父さんと岩子さんにも、あったのか?」
「んなものあるかい」
「いや、あってくれよ」
手早く朝飯を用意して、皆んなで炬燵を囲んだ。
「「「「いただきます」」」」
「………ぁ………ぃ」
「いやいやいや、待て待て待て」
「どうした?ねずさん」
「俺が寝てる間に何が起きたんだよ!!」
「あっ、そうか。寝てたもんな……えっと、こちらが雪ん子ちゃん」
「おはようございます、おじさん」
姿勢を正して、綺麗な礼をする雪ん子ちゃん。
「……おはようさん」
少しばかり面食らう、ねずさん。
「こちらが、『震々』」
「…………」
微動しながら、頭を下げる震々。
(白湯を、ちびちび飲んでいる)
「……どうも」
なんの妖怪なんだ、こいつは。と思ってる顔をしてるなぁ。
「きたでぇす」
箸を持った手を挙げる鬼太郎。
「オメェさんは、何度もあっとるだろうが」
「うふふ」
………冗談、言えるようになったのか………。成長したなぁ…。
しかし、変わらず愛い子だ。
「二人共、穏やかだから、大丈夫だよ」
「本当だろうな?親父ヨ」
「うむ」
「さっ、食べましょ」
「…うぅん…はぁ……まっ、いいか………いや…いいのか?」
「……ねずみ、馳走が冷めるぞ」
朝飯を食べ終えて、まったり、とした時間が流れる。
子供達は、炬燵に包まりながら絵を描き、それを浮きながら眺める震々。
男三人は、外で一服だ。
ホゥ。
「…水木ちゃんよ、震々は兎も角、雪ん子ちゃんはどうすんだ?」
「どうするって?」
「雪ん子だぜ。誰かの子供じゃねぇのか?なぁ親父」
「……そうなのか?」
「うむ、自然発生の話もあるが、大抵は『雪女』の子供と伝えられておるな」
「じゃから、雪ん子ちゃん本人に聞いてみるしかないのぅ」
「『雪女』か…。また有名な妖怪じゃないか」
「本が出たからな……俺も一発書いてみようかねェ」
「……ねずみよ、書いたところで妖怪話なぞ、今の時代、誰が読むんじゃ?」
「……それを言うなヨ」
………俺は読むけどな。
一足先に、居間に戻る。
先と同じ様に、炬燵で丸くなっている、雪ん子ちゃんと鬼太郎。
ぽかぽかしている二人の前に座る。
「ちょっといいかな?雪ん子ちゃん」
「なぁに?」
「えぇと……親御さんは居るのかい?」
いささか気まずい質問だ。
「うん、二人共元気よ………あっ!いっけない!」「忘れてた!」「一晩も、黙って居なくなっちゃった!」徐々に立ち上がる雪ん子ちゃん。
「あわわわ、お母さんに怒られちゃう!!」
そして、炬燵の周りを、グルグル歩き回りだした。
「はわわわわわわわわ」
「どうどう、落ち着いて」
「わわわ……いやぁだぁ……かえらないとだけど…かえりたくないよぉ」
うっすら涙目になってしまった。
……落ちた涙が、雪の結晶になっていく。
その結晶を、足元で受け止める鬼太郎。
「きれぇ」
「大丈夫だよ、きっと心配してるだけさ。お家は遠いのかい?」
「…ぐすり…ちょっとだけ」
「何処かな?」
「この、お家の、裏の森の、先の、お山の、洞穴」
割と近所だった……。
「よし、じゃあ、送っていこう」
「へっ?いいの?」
「勿論」
「いや、勿論じゃねェ!!」「じゃないわぁ!!」
声を上げて部屋に入ってくる、ねずさん、と親父。
「どうした?たかが、近所の山に散歩じゃないか」
「たかがだと?妖怪が!いる!雪山!だぞ!」
「まぁだ、そんな事言うとるのか!?死にかけたじゃろうが!お主!」
「それが?」
「「それが!?」」
「やっぱり、私、一人で帰るわ……」
「いやいやいや、大丈夫だよ、雪ん子ちゃん」「大丈夫だよ…多分」
「おっおおおお主という人間は………」
心なしか赤くなっている親父。
「おいおい…………はぁ……しゃあねぇなぁ……俺もついてくよ」
「おお、有難い。ねずさんが居れば百人力だ!」
「ねずみ、行ってくれるか」
「…ここで知らんぷりなんて出来るかヨ……それに、歩いては行かねぇし、行かせねぇゾ」
「じゃあ、どうやって?」
「親父、水木ちゃんが持ってんのは『妖怪笛』なんだろ?」
「ああ…そうじゃ。………そうか、誰ぞ呼ぶのか?」
「おう、送迎の得意な奴をな」
「誰だい?」「誰じゃ?」
「『塗り壁』だ」
ご拝読ありがとうございました。