「『塗り壁』じゃとぉ?」
「彼奴が送迎が得意なワケなかろう!」
「じゃったら、『一反木綿』で良いではないか」
……確かに、そうだ。
「理屈は知らねェけど、本当に得意なんだって!現に俺は、戦場から帰ってこれたぜ!」
!戦場からだって?………あっ…ツテとか言ってたのは、この事だったのか……。
「兎に角!呼ぶなら、塗り壁だ!今回の場合はナ!」
話はそこそこに。取り敢えず、大人三人で外の白い森に出る。
腕時計が久しぶりに、笛…オカリナに姿を戻す。
「塗り壁の事を頭に浮かべながら、吹けばイイぜ」
少し離れた場所にいる、ねずさん。
「音は?」
「オカリナが、勝手にやっくれるのじゃ」
頭の上の目玉。
「へぇ〜」
塗り壁には遭った事がある為、仮の持ち主である俺が呼ぶ事になった。
「いい機会じゃよ、水木」
……では。
「いくぜ」
「ああ」
ブゥウオオオオオオオオオオオ
まるで、法螺貝の様な音が森中に響き渡った。
オオオオオオオオォォォオンンン
「誰ゾ…呼ンダノハ」
先の笛の音より野太い声が上から聞こえたと思ったら、俺の目の前に、十五尺程の巨大な『塗り壁』が降ってきた。
ドォン!
衝撃で辺りに雪が舞う。
前より、ずっと大きい。
「来たな!」
「早かったのう」
「ムッ………ミズキ…サン…ソレニ…鼠…ニ…親父」
「ハテ…ナン…ノ…ヨウカ?」
「送迎をお願いしたく…」
「アア…ナルホド…鼠カラ…キイタノカ……イイデショウ…ヨロコンデ」
「助かります」
「…のう、塗り壁よ。引き受けてくれるのは嬉しいんじゃが、其方…どう移動するのじゃ?」
「まさか、歩いてじゃあなかろう」
確かに気になる所だ。
「一見にしかずだ、塗り壁。ちょっと二人に見せてくれよ」
「……イイダロウ」
すると、塗り壁が、ドスンドスンと音を立てて、俺達から少しばかり遠ざかる。
「デハ」
ピョコン、と大きな体に似合わぬ小さな足で跳ねた。
そして、消えた。
「…………きえた…」
「……そうじゃな……」
唖然。
あの巨体が、一瞬で消え去った……。
ただ、小さな足跡が、残るのみ。
「ねずさん…これは一体?」
振り返る。
ねずさんの、真後ろに塗り壁がいた。
再び、唖然。
「どうでい?」
「ナゼ…オマエガ……誇ラシゲ…ナノダ」
「……つまりは、瞬間移動って寸法だ!」
「…すっげぇ…」
「あなや…そんな…能力が…」
「シッテイルバショ…ダケダガ…」
「塗り壁に引っ付いてる奴が、知ってる場所にもいけるゼ」
「成程のぉ。それで、今回は、と言ったのか」
「ああ、雪ん子が引っ付けば良いだけだしな。木綿の方は、知らない場所や、上空から見渡す場合の方が便利だ」
「……ユキンコ?」
その後、雪ん子ちゃんを呼びに家に戻った。
「デハ……シッカリ…ツカマッテイロヨ」
「はい!」
「了解」「おう」
「へいへい」
「あう!」
自分、目玉の親父、ねずさん、雪ん子、それに……鬼太郎。
「じゃあ、鬼太郎は留守番「いっしょにいくの!」
「いや、危な「い〜き〜たーーい!!」
「鬼太郎!「いくのぉ!いーくーのー!」
「おねがーいー!」「話、聞いてくれぇ……」
…結局、こちらが折れた。
はぁ……随分、雪ん子ちゃんに懐いたものだ。
……無理もないか…。
「雪ん子ヨ…家ノ前ヲ思イ浮カベナサイ」
「はい………出来ました!」
「ヨシ!イクゾォ!」
ゴオオ!!!
視界が、くるり、と引っくり返る。
クルン
クルン
クルン
クルリ
クルリ
クルリ
目を開けると、そこは雪国であった。
壁から滑り、深い雪へ、足を下ろす。
……長靴を履いてきて正解だったな。
「皆、いるかぁ?!」
「ええ!いるわ!」
殊更、元気そうな雪ん子。
「おう」
真っ白な息を吐く、ねずさん。
「ふぅ、寒いのう」
「……そんな無抵抗な格好だからだろう」
「はははは!それもそうじゃな!」
豪快な親父は頭の上に。
「大丈夫かい?鬼太郎」
背中の幼子に話しかける。
「問だいなし!」
「ふふ、了解!」
皆、無事に着いた。
「……オレハ…ココデ…マットルヨ」
「了解です」
既に前方で、口を開けて待っている洞穴に足をすすめる。
ポフ ポフ ボフン
「………」
俯いて、先を歩く雪ん子ちゃん。
「……何度も言うけど、大丈夫じゃないかな?」
……無責任すぎるか?
「うん……母様は、優しいのよ、とっても。でも、だからこそ、おっかないの……」
…………成程…ね。
「………父様もいればなぁ……」
「…うん?」
確か、ご健在と言ってた気がするが。
「昼間は、狩に行ってるの………無口だけど…うんと…うんと優しいの」
「この世で母様を宥められるのは、父様しか、いないわ……」
「仲の良いことだねェ」
口笛を吹きながら、揶揄する……いや、こりゃ本当に感心してるな。ねずさん。
「雪ん子ちゃんや、お父上は、何の妖怪なんじゃ?」
「……う〜ん、あんまり父様は話してくれないのだけれど、多分、雪男じゃないかしら?」
「ほう……そうかえ」
「雪男ねェ」
……雪…男も居たんだ。
「ほうほう」
………分かるの?鬼太郎。
「ううん」
………心を読むな……。
フヒュウウウゥゥゥオオォォ
雪も、風も、熱も、吸い込み続けている、洞穴の入り口に辿り着く。
………陽の出てる時で良かった。
でなきゃ……今頃、此処らで眠りに落ちている事が容易に想像出来た。
「ふぅ……た…ただいま…戻りました〜」
雪ん子ちゃんの弱々しい声が洞穴に木霊する。
…………いないか…。
「…あり?…………はっ!!?…かかかかかかかかか母様ぁ……」
?
………ゥゥゥゥゥ
………キュウウウウ
キュヒュウウウウウウウウウゥゥゥゥゥ
…何か……洞穴の奥から、音が……。
「水木ぃ!下がれぇ!」
ねずさんが、声を上げる。
聞こえたと同時に身体を後ろに跳ばす。
ザパァッ
深い雪に足が突き刺さり、雪を舞い散らせる。
「なんじゃあ!?ねずみぃ!?」
「分からん!だが!嫌な予感がした!!オヤジ!目を凝らして見てみろ!」
頭の上で立ち上がる親父。
「………鬼太郎ぉ!!ちゃんちゃんこを前に広げろ!!塗り壁の様に!」
「はい!」
鬼太郎を包む、ちゃんちゃんこが飛び出して、俺達の目前でズバッと拡がる。
そして、次の瞬間。
フフフヒュギュガガガガガガァァァァアアアアアアアア
氷柱が銃撃の如く、俺達を襲った。
「うおおお!!?」
ガキキキキキキカキィィキキキ
驚異的な事に、ちゃんちゃんこは全ての氷柱を弾き落としている。
布と氷柱の出す音じゃねえよ!!
「ちゃんちゃんこから出るなよ!!水木!!」
「誰が出るか!!!」
………あっ!!!!!
「雪ん子が!」
ちゃんちゃんこの後ろに、その姿は無く。
……つまり、この氷柱の嵐の中に……!!
「まずい!!」
「ねずさん!!」
親父と鬼太郎を預けようと、呼びかけた。
「何する気じゃ!水木!!」
「あう!」
「馬鹿野郎!!」
ビビビビッ!!
ねずさんが、いきなり俺の頬をビンタした。
「ぐわっ!!………何すんだ!?」
「オマエこそ何しようとしてんだ!!!?」
「俺は!!雪ん子ちゃんを助けに「だから!!お前が行ってどんすんだヨ!!蜂の巣になる気か!!!」
「このまま、放っておけって言うのか!!!」
「誰も、んな事言ってねぇだろうが!!!いいから!!落ち着け!!」
「お前は、もっと!!イイ加減!人を頼る事を覚えろ!!」
「しかし!!」
「やかましい!!スッこんでろ!!」
ねずさんは、俺から目を逸らし………鬼太郎に優しく話しかける。
「鬼太郎ゥ、雪ん子ちゃんが無事かどうか探ってくれ」
「……え?……でも…こっからじゃみえないよ」
「大丈夫だ……なぁ親父」
「そうじゃ…そうじゃよ、鬼太郎。見えずとも、お前なら分かる……集中してごらん」
「……わかった…やってみる」
俺の腕の中で目を閉じる鬼太郎。
「……何をさせる気だ?」
「静かに……」
…………。
こんな悠長な……………うん?
ゆらり、ゆらりと鬼太郎の髪が一房持ち上がり揺れる。揺れる。
「うっううん」
眉間に皺を寄せながら集中し続ける鬼太郎。
「ぬんっ!」
ピン、と髪が真っ直ぐになった。
「……あや?……ゆきちゃん、げんきだよ?……なにもあたってないけれど」
……分かるのか!?
「そうか!…ふぅ、一安心だナ」
「今だけだろう!?」
「んな訳ねぇだろう……何千発、打ち込まれてんだ?その一発も当たってねえって事は、当たらないようにしてんだろうサ………その辺りは、水木ちゃんが、よぉく……それこそ…骨の髄まで知ってんだろうが…」
未だ、抉れたままの肩が疼いた。
「……………そう…だな…」
「水木よ…落ち着く迄、待つしかなかろう」
「ああ……すまん…ねずさん」
「…気にすんな……それに…俺より……鬼太郎と親父に謝れ…」
「………二人共、すまない」
「……その心意気は、素晴らしいが……頼むから無茶せんでくれよ!…水木さん……」
「……ああ……」
「みずき、あぶないことは、めっ!!」
「…ああ」
「へんじは、はいでしょう?」
「…ふふ…はい」
「よろしい!」
「へっ!言われちまったなぁ!水木ちゃん」
「………せ…成長したのぅ……鬼太郎…うっうっ」
「…そこ?……そして…今、泣くぅ?」
「どんな時も、倅の成長は嬉しいものじゃ!」
五分程、氷柱の嵐は続いた。
ガキキキキキキカキィィキキキキキキキ
キィンッ!!
銃撃の音が止まる。
「おっ、止んだな……どれ」
ちゃんちゃんこから頭を出して確認しようとする、ねずさん。
「気をつけて」
「はいよ、水木ちゃんは出てくんなよ」
「ああ」
「どれ………よし、よし、良いだろう。鬼太郎、ちゃんちゃんこ戻しな」
「うん」
ちゃんちゃんこを身に纏う鬼太郎。
「……あの氷柱はなんだったんだ?」
「分からん……害意、悪意は感じなかったがのう」
「……それはそれで恐ろしいが…」
あんなのが自然現象だったら、魔境すぎる…。
「ひええ……」
一寸前で腰を抜かしてる雪ん子ちゃん。
「雪ん子ちゃん、大丈「みずき、誰か来るよ」
鬼太郎の髪が、ピンと立ち上がっている。
「……来るぞ、水木」
フヒュウウウウウウゥゥゥゥゥ
洞穴から、雪よりも、白く、冷たく、寒い、何モノかが飛び出してきた。
それは、雪ん子ちゃんの前で浮かんだまま、止まる。
「『雪女』…」
それは…その女は……冷たかった。
その髪も…その貌も…その身体も……纏う着物さえも…冷たい。
何よりも、ゾッとする程、美しい双眸には、熱の一欠片も無く。
…………何故…触ってもいないのに…こんな事が判るのか…。
「はぁ…はぁ…」
此処に来てから、あれだけ白かった吐く息が、色を失っていた。
冷たい。冷たい。冷たい。寒い。寒い。寒い……………寂しい…。
背中の……鬼太郎の熱に…耐えられそうにない。
熱い……。
あつい………。
頭の上の親父も…背中の鬼太郎も…隣のねずさんも……遠くなっていく。
「…………………っ………………」
もう俺の身体は、何も動かず、震えさえ起きず、何も感じず、怯えすらなく、ただ、ただ、離れていく。
とおくなっていく。
…………………………さびしい。
なぜ、おれは、ひとりぼっちなのだろうか………。
ここには…………おれしか………………………………………………。
まぶたがおもい。
ねむい。
………もう…………………か……。
……………………
……………………
....................
...........
......
....
「いいえ」
「いいえ」「貴方は一人ぼっちなんかじゃない」
「思い出して」
「そして、自らを、想い起こして」
「私めも、お手伝い致します」
「だから、寂しくない」
「寒くない」
ブルブルブルブルブルブルブルブルブルブルブルブルブルブルブルブル
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ
震える。震う。揺れる。揺らす。
身体を。臓腑を。心臓を。
寒い。寒い。寒い。
だから、震える。震う。
暖める為に。
生きる為に。
怖い。怖い。怖い。
死ぬ事は…。
まだだ。まだ終われない。
ここじゃ、ない。
今じゃあ、ない。
だから、震わせる。打ち震える。
恐怖は、生きようとするから、必要なんだ。
怖気は、生きたいから、起こるんだ。
「はぁ…ふぅううう」
息を吐く。
息は冗談みたいに白い。
まるで、蒸気だ。
クソッタレ!!寒いなぁ!!!!
ふざけんな!!
馬鹿野郎!!!
「ううううううう」
震えが止まらない。
両手で、胸を摩る。
足踏みもする。
震えは止めない。
「はぁ…はぁ」
震えは止まらない。
しかし、もう寒くも、寂しくもなかった。
ブルブル
「何じゃ!?おったのか?『震々』」
「………さむ…ぃ」
「さむそうだねぇ」
「なんで、寒がり屋が来たんだヨ?」
「……ふぅ……『震々』……ありがとう」
「ぃぃぇ」
震々は一瞬だけ震えを抑えて、微笑んだ。
「どうした、水木ちゃん?」
「気にしないでくれ」
「?」
フヒュウウウウウウゥゥゥゥゥ
「あわわわわわわ……母様ぁ………」
「…………」
雪の上で腰を抜かしている娘を黙って見下ろしている雪女。
「…………はぁぁぁ」
口から冷気を漏らす。
「どれだけ……」
「どれだけ心配したと思ったの!!!」
「ひぇえ」
「……はぁぁ」
しゃがんで目線を合わせる。
「…怪我は?」
「…え?」
「怪我はしてない?」
「…はい……」
「本当ね?」
「はい…」
「はぁ……良かったわ……どうやって帰ってきたの?」
「……送って貰った」
「………誰に?」
「後ろの皆」
「……………」
こちらを見る。
「…………………人間……が……いるじゃない」
「……うん…優しい人よ」
「……………………………………先に入ってなさい」
「…お別れを言ってからで良い?」
「早く行きなさい」
「…………」
「…行きなさい」
「…………はぃ」
洞穴に、トボトボ、と入る雪ん子ちゃん。
それを見送ってから、こちらに近づいてくる雪女。
「……貴方達が送ってくれたの?」
「はい」
「どこで、あの子とあったの?」
「家の近くに降ってきたので」
「…そう」
「ありがとうございました」
するり、と頭を下げる雪女。
「……お気になさらず」
「ところで、貴方、人間ね?」
「………そうです」
「そう、なら……」「なら、なんだヨ?」
俺の前に…まるで庇うように立つ、ねずさん。
「何言う気だ?オメェ…」
「水木、笛を構えろ」
「………何故?」
「分かっとるだろう…彼奴、其方を殺す気じゃ」
「…言い方が悪かった……何故、殺す気になってんだ?」
「分からんよ」
「どきなさい……その男だけよ」
「出来ねえ相談だ…あの男は俺のダチだ…………それに……随分な事じゃねぇか?えぇ?オメェさんの大切な娘を送り届けたと言うのに…一体、どう言うつもりだ?」
「だからよ……あの男……あの人間は、私の娘を見た。私の娘の居場所を知った。それで…それが理由になるわ」
「過保護な事だな……安心しろよ、この男は、言いふらしはしねぇよ。だから、殺す必要もねェ」
「おあいにく様……もう私は、一人しか信じられないわ」
「退かないなら、仕方ないわね………良いでしょう…貴方達…丸ごと…氷漬けにしてあげるわ」
…………火の次は氷かよ……。
だが、あの女は、丸ごと、と言った。
許せねぇ。
笛の形が変わり、三八式になる。
…………ヤルしかない。
ドオオオオーンン
銃声が雪山に響く。
ご拝読ありがとうございました。