墓場より   作:ひノし

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第二話

あれから、数日が経った。

俺は毎日、仕事が終わり暗くなってから、お隣さんに通っている。

幽霊族の生命力は、目を見張るものがあり、食事を摂るだけで、甘い匂いは薄らいだ。

しかし、病の進行も着実に進んでおり、シゲルさんも奥さん…岩子さんの隣で、寝たきりになってしまった。

今では、俺が食料を持っていくだけに留まらず、お宅に上がらせて貰い、掃除をしたり、食事を作ったり、包帯を変えたり、看病をしていた。

最初は手間取ってしまったが段々と手慣れてきた。

しかし、俺が何かをする度ににシゲルさんは、泣きながら、感謝を述べ、遠慮するので、

「好きでやっている事。独り身なので、お気になさらず!……それとも、お邪魔でしょうか?」

と言うと、シゲルさんは、ますます涙を流して、お邪魔など、とんでもない!と首をブンブン振った。

なんだか悪い事をしている気持ちになったが、通いを止める気にはならなかった。

 

岩子さんも、布団から出る事は出来ないが、ポツポツと話せる程には回復した。

「……まい…にち……ありがとう…ございます…」

「いいえ。こんな事しか出来ませんから」

「……そんな……ことは……ないです…みずきさんがいなければ…………わたしも…あのひとも……とっくに……」

「……俺が医者だったら、良かったのですが……」

「いしゃじゃなくても、わたしたちをすくってくれました」

岩子さんが、こちらを真っ直ぐみた。

「おかげで、このこがうめます」

とても力強い綺麗な瞳で俺を射抜いた。

「………ありがとうございます」

「それは……こっちのせりふ……ですよ……ふふふ」

そう言って岩子さんは小さく笑った。隣で寝ているシゲルさんも微笑んでいた。俺は、なんだか恥ずかしくなってしまった。

 

シゲルさんに薬は効かないのですか?と尋ねたが、どうやら幽霊族、独特の不治の病であり薬が効く事はないそうだ。

安静にして、どれだけ延命出来るかどうか、このぐらいしか手がないそうだ。

「…もしかしたら、薬の代わりになる物がありますが…」

「あるんですか!」

「ええ…まぁ………恐らく……」

歯切れが悪い。

「…それは一体?」

「…………人魚の肉です」

「へぇ、人魚……………人魚!?いるんですか!?」

「はい、います。しかし、私もあった事はありません」

「……人魚ですか。うぅむ、俺もあった事はありませんねぇ」

「ハハハ…そうでしょうね」

「………悔しい……」

「……そう言ってくれるだけで十分です。それに隣人だからと言って、ここまでの事をしてくれる人はあなただけですよ」

まあるい目で俺に微笑んだ。

「……そんな事ないですよ。……少なくとも俺の友人達は、こうするでしょう」

「……良き人達なのですね」

「ええ。最後の最期まで………だから、自分が出来る事をやっているだけですよ。本当に、好きでやってるだけ……自己満足なんですよ」

「…それでも、感謝しかありませんよ……」

 

いよいよ、岩子さんの臨月が近づいていた。

しかし、二人の病の進行も止められず、甘い匂いは少しずつ増していく。

食事も少量しか喉に通らなくなっていた。

……祈る時間の方が増えている。

「み………ずき……さん」

小さな声で岩子さんに呼ばれた。

「はい…いますよ……どうしました?」

小さく、けれども届くように声をかけた。

「…あ…なたも……きい…て」

岩子さんはシゲルさんも呼んだ。

「…うん………どうしたんだい…?」

「こ……ども……は……どうや…ら…おの…こ…です」

「そっそうですか!!」

きっと、第六感だろう。凄いものだ。

「…倅か…」

シゲルさんは涙目になっていた。

「な…まえ……はき…たろう…おに……に……たろう…で…」

 

鬼太郎

 

「良い、良い名前ですね」

鬼と人か。

強い子になりそうだ。

「ああ…いい名前だ……鬼太郎…いい名前だよ」

シゲルさんは顔をびっしょり濡らしていた。俺は丁寧に拭いた。

「み……ずき……さん」

また岩子さんが俺を呼んだ。

「なんでしょうか?」

「あ……ま…りにも………ずうずう……しい…お…ねがい…な…のですが」

??

「……こ…のこを……鬼太郎を……たく……しても……いい…でしょうか?」

………ああ…。

「図々しいなんて言わないで下さい。……謹んでお受け致します」

「……ありがとう…」

「……ありがとう……ございます」

岩子さんとシゲルさんが揃って言った。

どれ程の想いで我が子を人に託すのか、それを想い、俺も顔をびっしょり濡らしていた。

シゲルさんが手を動かすのも辛いだろうに丁寧に拭いてくれた。

 

また数日が経った。

急な残業が入り、いつもより帰りが遅くなってしまった。

途中で買い物をして、そのまま神社に走って向かっていた。

自宅を横切った所で足を、止めてしまった。

 

甘い匂いがした。

 

キーーーーーーーーーーーーーん

側頭部をぶん殴る。

ここまで、匂いがした事は無かった。

無かったんだ!!

そんな…嘘だ。

周りの森が、あのジャングルに、見える。

俺は全力疾走で神社へと向かう。

甘い匂いはどんどん強くなる。

むせ返る程に。

止めろ!待て!待ってくれ!

神社の扉を粗雑に開ける。

「岩子さぁぁぁん!!シゲルさぁんん!!」

頼む。頼む。頼む!!

あと少しなんだ!!

もう少しなんだ!!

歪み、軋む、廊下を駆け抜ける。

そして……二人の居る部屋の扉を開く…。

「………ぁぁ…………」

 

匂いは、もう無い。

 

布団の上、二人は固く抱きしめ合っていた。

顔は涙で濡れている。

 

拭かなくては。拭いてあげなくては。

ハンカチを持って二人に近づく。

顔を拭く。

顔に触れる。

二人共、芯から冷え切っていた。

もう、ここにはいなかった。

もう、どこにもいなかった。

 

キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん

俺は床に頭を叩きつけた。

何度も何度も何度も。

 

一人の世界に浸りたくなかった。

 

あまりにも、この部屋は寒かった。

 

そんなことに今更、気が付いた。

 

 

耳鳴りは止んでいた。

しかし、暫く立ち上がれなかった。

 

 

「ぁぁぁぁぅぇぁあああああああああああああああああああ」

 

 

「ああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 

………このままにする訳には……いかない。

…埋葬を……しなくては………。

幽霊族代々の墓場が近くにあるとは、聞いていた。

せめて、家族の所に……。

震えながら…岩子さんを抱える。

身重の女性としては……信じられないほど軽かった。

涙は尽きない。

軽い。かるい。存在してるのか……分からなくなる。

両手に力を込めて……熱を伝える様に…横抱きにした。

「行きます」

岩子さんに声をかけた。

返事は当然無かった。

「戻ってきますので、待ってて下さい」

シゲルさんに声をかけた。

返事は依然無かった。

 

ある筈無かった。

 

サァーーーーーーーーーーーー

霧雨が鬱陶しい。

真っ暗な森の中を、ぐずぐず、と歩く。

嫌味なくらい、月が明るく、森の隅々まで見えた。

すぐに開けた場所に出た。

其処は…見渡す限りの墓場だった。

人一人いなかった。人以外も一匹もいなかった。

何一つ活きていなかった。

月の真下。まん丸な丘が目に付いた。

………彼処なら眺めも良いだろう。

岩子さんと一緒に丘を登る。

丘の頂上に着くと少し離れた所に寝かせた。

「少しだけ待ってて下さい」

 

 

俺は家から持ってきたスコップで穴を掘り始めた。

土は軽く、柔らかく。誰かが入ってくるのを、ずぅと待ってたみたいだった。

……あっという間に三尺程の深さの穴が出来た。

底はなるべく綺麗にした。寝心地の良いように。

岩子さんを寝かせる。

 

「………………ごめんなさい」

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんさない。

 

穴から這い出る。

そして優しく土を岩子さんに被せる。

穴は、すぐに塞がった。

その上に大きな石を二つ積んだ。

墓ができた…。

……昔から其処にあったかの如く。

 

キーーーーーーーーーーーーーーーー

………俺は……何の為に………。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

…シゲルさんが……待ってる…。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

墓の前から動けなかった。動きたくなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

幾ら頭を殴っても耳鳴りは止まない。

見たくない現実を叩きつけてくる。

独り。また独りだ。

また……俺だけ残る。

「……ぐううあううああああああああああああああああああああああ」

丘の上でのたうち回った。

俺がやった事に意味などなかった。

時間稼ぎにすら。

なんの為に。なんの為に。なんのために!!!

誰の為に!!!!

ただ悪戯に苦痛を長引かせただけだ!!

「うううううううああああああああああああ」

ザァーーーーーーーーーーーーーーーーーー

雨が強くなり、その音で耳鳴りが消えた。

………………シゲルさん………が……まっている…。

早く迎えに行かなくては。

二人をこれ以上引き離したくなかった。

重く、役に立たない身体を起こす。

 

煩い雨の中、転がりながら、丘を下りる。

 

ザァーーーーーーーーーーーーーーーーーー

…………。

 

ザァーーーーーーーーーーーぁーーーーーー

…………。

 

ザァーーーーーーーーーーーーーぁーーーー

………ぁ……。

 

ザァーーーーーーーーぁぁぁーーーーーーー

………今何か…声が…。

 

ザァーーーーーーぁぁぁーーーーーーーーー

何処から?

 

ザァーーーーーああぁぁぁあーーーーーーー

……墓……墓から?

 

ザァーーーーあああああぁぁーんーーーーー

丘を駆け上がる。

 

ザァああああああぁぁぁぁーんーーーーーー

まさか…まさか!

 

ほぎゃぁあああーん

間に合っていたのかッ!?!

 

ほぎゃあ ほぎゃあああーん

丘の頂上に辿り着く。

 

墓の上に、泥だらけの赤ん坊がいた。

 

 

鬼太郎がいた。




ご拝読ありがとうございました。
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