墓場より   作:ひノし

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第二十一話

ジジジジジ………

 

フィルムが回る音だけが、辺りに響く。

 

ジジジジ…カタンッ

 

夢を観る。

 

男の夢だ。

 

男は地獄にいた。走り、喚き、呻き、叫び、逃げ出した。

此処にしか、居場所は無いと言うのに!

 

 

 

男は故郷にいた。歩き、話し、嘯き、嗤い、落ち延びた。

此処には、居場所は無いと言うのに!

 

 

 

男は……神社……………寺…にいた。

覗き、見て、慄き、恐れ、そして……逃げ……なかった。

此処が居場所と言う様に。

 

 

 

「そんな、甘い話……ねぇだろう」

 

 

 

「さっきも言っただろう?」

「お前の居場所は此処には無い。何処にも無い」

「お前の死場所は此処には無い。何処にも無い」

 

「何故か?何故そうなのか?」

「お前」「が」「お前」「だけ」「が」「お前」「だけ」「は」「知っている」

 

「だから、忘れるな、一刻も、一瞬も、一生、忘れるな」

「だから、許すな、一刻も、一瞬も、一生、許すな」

 

「お前は」「俺は」「そうだ」「許されない」「俺は」「許してはいけない」「俺は」「許されるはずがない」

 

「忘れるな」「許すな」

 

「お前は彼処に戻らなくてはいけない」

「俺は彼処に戻らなくてはいけない」

 

「お前の居場所は此処には無い」

 

「俺の居場所は何処にも無い」

 

 

ガタンッ!!

 

 

そして、男は……俺は、夢から、落ちた。

 

 

 

 

「うおおおお!?」

生々しい落下感が、俺を叩き起こした。

「おっ!起きたな!良くやったぞぉ『枕返し』」

ぼやけた視界の中、親父と…なんかミた事のある…小さい仁王が…枕を肩に抱えていた。

「んぁ……何だよ……もう少し…寝かせてくれぇ」

「そうしたいのは山々じゃったが……お主が余りにも魘されていたから…心配になってな…」

……?……夢なんて、観てたかな?

「……そりゃ、すまん……だが…もう…もう少し…そっと、やれなかったか?」

「儂が、いくら殴りつけても、うんともすんともじゃ!」

「………殴ったんかい……」

「そんで、丁度良い所に枕返しが来たから、頼んだんじゃ」

「………『枕返し』ねぇ」

布団の中、寝転がったまま、小さな仁王をミやる。

「はやくさうらふ」

「はい?」

「…さらば」

枕を俺の頭に納めて、枕返しは、スゥ、と霧散してしまった。

「ありがとな〜」

そう言いながら、親父は部屋の出口に向かって、ヒラヒラ、と手を振る。

「……帰ったのか?」

「ああ」

「そうか……お休み、ぐぅ」

「起きんか」

 

「ふわぁあああ〜」

布団から何とか脱出しても、まだ頭は霞んでいた。

「あ〜あ」

わざと大きな声で欠伸をしても、頭の中の埃は積もったままだった。

「……いかんな」

寝巻きのまま、玄関へ向かう。

ガラガラカラ

立て付けの怪しい扉を開いて、真白な外へ。

「………」

冷たい。寒い。眩しい。

だが、寝惚けた俺には丁度、心地良かった。

懐からPeaceを取り出し、開ける。

「…………………」

空っぽ。

「………………………」

………片目で見ようが、薄目で見ようが、ひっくり返そうが、振ってみたって、目覚めの一本は出てこなかった。

「……………さみ」

ちっぽけな絶望によって、眠気と気だるさは何処かに消えていった。

 

さっさと中に引っ込み、居間へ向かう。

暖かな居間には、垢舐め、震々、鬼太郎が炬燵に。

親父は…机の上の盤上にいた。

……四人、仲良く将棋崩しを興じていた。

スーーーー

スーーーーー

ズズズズ

スーーーーーーーーー

……上品だな、皆んな。

「おはよう」

「はよう…」

スーーーー

「べろん…」

スーーーーーー

「………ぅ」

ズズズズッカタッ!

……………そりゃあ、不利だろ。震々さんは。

「また、震々じゃのう………これで四敗目じゃなぁ……」

「……別の遊びにしてやれよ」

「おう、水木。目は覚めたか?」

「…ああ…お陰様で……なんか他の遊びはないのかい?」

「ない…質問を返すが、なんか他の玩具はないのかい?」

「…ない…な…………仕方なし…買いに行くか」

ついでに煙草も。

 

 

「お〜でかけ!お〜でかけ!」

久しぶりの、お出掛けに胸を弾ませる鬼太郎。

そのままの勢いで玄関に走り出す。

「ちゃんちゃんこさん」

しゅるるるるる

呼びかけに応えて変化してくれた。

見慣れた蓑虫の……おや?

いつもの格好と少し違う。

具体的には、耳と尻尾が生えていた。

……まだ、気にしてたのか……。

「おお!しっぽ!ふわふわ!」

自分から生えた尻尾に大興奮な豆狸ちゃん。

「おぉう……すべすべ……」

頬擦りして恍惚な表情を浮かべている。

…その頭の上で耳が、ピョコピョコ動いていた。

良かったですね。ちゃんちゃんこ。

 

「それで、何処へ行くのじゃ?」

「うん……取り敢えず街に出るか」

親父は鬼太郎の左目に入室させ、もこもこ、とした俺と鬼太郎は外へ出た。

 

「ゆ〜き〜や!こんこん!あられや!こんこん!」

「……元気だなぁ」

お出掛けに、新しいおべべ、肩車で鬼太郎の機嫌は鰻登りだった。

「ふっては、ふっては、ずんずんつもれ!」

よく、覚えるものだな。

 

森と川辺を抜けたら、ぽつぽつ、と人通りが増えてきた。

皆、足早に通りを歩いていた。

年末が近い事もあり、街に出てみれば、その往来の多い事、多い事。

……しかし、俺達は、誰にも当たる事無く、触れる事無く、真っ直ぐに歩けていた。

正面から来た者は皆んな何故か自然に右へ、左へ、避ける。

………ふむ。

誰も彼も、こちらを見向きもしない。

中々、目立つ格好をしている幼児を肩車していると言うのに…。

まるで……俺も…鬼太郎も…其処に居ないかの様だ…。

いや…壁にでもなったかの様。

奇妙な感覚だ。

「……親父さん」

「何じゃ?」

声が降ってくる。

「なんか…失礼な事を言うようだが…幽霊になった気分なんだが…」

「うん、多分、鬼太郎の力が伝わっているのじゃろう」

「ほう…」

「童と言えども…幽霊族…こんな人混みに入れば、存在も希薄になるんじゃよ」

「そりゃあ…便利なのか?」

「まぁ…あまり、使い途はないのぅ。妖怪達や、勘の鋭い人間なら気づくしな」

「なんとなく、影が薄くなる程度か」

「うん」

「……でも…まぁ、こうして何も気にせず、真っ直ぐ歩けるのは、俺ぁ楽だな…正直…助かるよ」

……あまり人混みは好きではない。

「そりゃあ良かった」

「きたのおかげだね」

ふん、と小さな鼻息が髪に掛かった。

「そうだな。ありがとさん」

「けけけ」

……ヘンテコな笑い声も…また愛い。

 

肩に垂れ下がった、柔らかく、暖かな毛皮に包まれた小さな御御足を、もちもち、と揉みながら歩いていれば、表通りから外れた処に少しばかり古びた玩具屋が見えてきた。

年季は入っているが小綺麗な店構え、である。

ピカピカ、と陽の光を反射している硝子戸を開く。

中には、箱詰めされた玩具が壁一面に積まれ、天井からも多種多様、色取り取りの用途不明の物品が垂れ下がっていた。

子供の時と変わらぬ光景が其処にあった。

「こんちは〜」

声を掛ければ奥から、ガサゴソ、と音がしたと思えば、店主がひょっこり顔を出した。

「はいヨォ…おっ水木ちゃん!」

「…何故こんな所に?」

鉢巻を巻いた、ねずさんが出迎えてくれた。

 

「アルバイトさネ」

「それは、お疲れ様です」

「いやいや……ここの爺さんとは古い付き合いでナ。偶に小銭稼ぎに来てるンだ」

「おや、そうでしたか。自分も此処には子供の頃から、お世話になってまして」

「おっそうかい!それなら…ちょいと待ってろナ。オッサン、呼んでくっから」

「分かりました」

 

「みずき、おろしてぇ」

「はいよ」

店の中を物珍しそうに、くるくる、回転しながら見回す鬼太郎。

「いろいろ、あるねぇ!おとさん!」

「余り、動き回るでないぞぉ。危ないからね」

左目が注意する。

「うん、みてるだけ〜」

言った通り、触らず、近寄らず、くるくるしながら、見て回っていた。

……全部、買っちゃおうかな……。

 

玩具の山の奥から、店主のおじさんが出てきた。

…記憶と比べて、幾らか老けてはいたが…しゃんとしていた。

「おお、おお!大きくなったなぁ!」

会うのも、何十年振りなのに覚えていてくれた。

「どうも、お久しぶりです」

「ははは!そんな、ご挨拶まで!!立派になったなぁ!」

……むず痒い。

「こんちは〜」

下から可愛らしい挨拶が。

「うん?おっ…おっ!…こんにちはぁ」

しゃがんで鬼太郎に目線を合わせる。

「利口な子だねぇ」

「ありがと」

「はっはっは!水木くん、いい子を育ててるなぁ!」

「えっと、その子は「なんでもいいさ!さぁ、お坊ちゃん。どれが、お好みかな?」

鬼太郎を連れて棚を案内する、おじさん。

「……何も考えてないのか、全部解ってるのか、どっちか分からねぇオッサンだろう?」

「……ミえる人だったのか」

「さぁな……だが、偶にいるんだよなぁ。人間だろうが、妖怪だろうが、客は客。友人は友人。割り切れるのがな」

「そんな人がいるんですねぇ…」

「オメェもだろうが…」

あ。

 

「こんなにいいのかしら?」

何周もした鬼太郎と、おじさんの手の中は一杯になっていた。

双六、だるま落とし、こま、けん玉、シャボン玉、爆竹に花火、凧、バットにボール、グローブ、等々…………。

思わず尻ポケットの財布を摩る。

「大量だナ」

「ええ…このくらい無きゃいけないですよね…」

「ははは!そりゃあそうさ!」

「お幾らでしょうか…?」

「そうだなぁ…五十円だな」

「五十円…五十円!?」

安い。安すぎる。

「オイオイ、惚けたか?オッサン。赤字もいいとこだゼ」

「呆けてねぇよ!現に、ちゃあんと、煙草の値段を言えてらぁ!」

……確かにPeaceと同じ値段ではあるが……。

玩具の山に目を向ける。

……ひぃ、ふぅ、みぃ……。

叩き売りもいいとこだ。

「いやいやいや、ちゃんと払いますので!本当の値段を言って下さい」

「本当ったってなぁ…此処は俺の店。店の物は俺の物……それなりゃ、此処の玩具の値段は、俺が決める。俺が言ったのが、本当の値段……だろ?」

「…しかし…」

「久しぶりに再会した鼻垂れ小僧が…子供を連れて来たんだ…そんな律儀な男から…金なんて取ったら、罰が当たるってんだよ」

「だから、良いんだ…持ってけ小僧」

「……ありがとう、おいさん」

「おう!」

「ありがとぅ!」

「おうよ!また来てくれよ坊ちゃん」

 

「こんだけの大荷物だ。また後で届けるワ」

「ありがとうございます…お待ちしてます」

「まってるね、ねずみ」

「…その呼び名かヨ」

 

「またね〜」

手を振る鬼太郎。

「ありがとうございました」

俺は頭を下げる。

「また、来いよぉ!」

「うん!」

世話になった玩具屋から離れる。

 

「実に面白い、懐の広い方じゃったのう」

「ああ…餓鬼の頃のままだ」

「ふふ…はてさて…お前さんは、どんな小僧だったんじゃ?」

「……忘れたよ」

「あれあれ、残念、残念」

「…変な事、気にするね」

「そうかい?気になるじゃろ。のぅ鬼太郎」

「??みずき、かき?だったのぅ?」

「ふふふ、子供って事だよ……鬼太郎みたいに小さい時もあったのさ」

「ふへぇ…それはきになる!」

「のぅ!」

「…もしかしたら家に写真があるかもな…」

「おっ!そうかえ」

「みたい!」

「探してみるよ」

 

「おっ、ちょっといいかい?」

前方に馴染みの煙草屋が見えた。

「どしたの?」

前を、とことこ歩く鬼太郎が振り向く。

「前の煙草屋に寄りたいんだ」

「あの、もくもくだね。いいよぉ」

「そうそう、もくもく」

 

「おばちゃ〜ん」

割と大きな声で煙草屋の、おばちゃんを呼ぶ。

「はいよ〜」

奥から、まん丸なおばちゃんが出てきた。

「毎度どうも、みっちゃん」

「いつも悪いね、Peaceを三つ頂戴」

「はいよぉ……おやおや、まぁまぁ、そん子は?」

「うん?あぁ、言ってなかったっけ?……友人の子だよ。俺、後見人でね」

「……それは、まぁまぁ。気ばりなよ、みっちゃん…ほんで、お名前は?」

「きたろうでぇす」

「あれぇ!いい子だねぇ!お利口さんだぁ!」

「けけけ」

「ほっほっ、可愛い笑い方!飴、食べるかい?」

「たべる!」

直ぐに煙草と一緒に並んだ、飴がたんまり入った籠から、一掴み渡してくれた。

 

「ぺちょぺちょ」

甘そうな飴を頬張り、目を閉じて転がしている。

「うふふ、おいしいかい?」

「あんまぁい」

「良かったよぉ」

「ありがとうね、おばちゃん」

「ええ、ええ。みっちゃんも食べるかい?」

「いや、俺はモクで十分」

「ああ、そうだったね…ほい、平和を三つ」

「ふっ、確かに頂きました……はい、二百円…お釣りは飴代」

「やいやい、困るよぉ!」

「気にしないで…じゃあね、また来るよ」

「ちょい、ちょっと待ちね!」

「えっ?」

そう言い残し、奥に引っ込んで行った、おばちゃん。

「なんだろうか?」

「からころ…あまあま」

鬼太郎の可愛い飴の音が、よく聞こえた。

 

「よっこらせっと」

ドコンッ!!

「うおっ!?」

勘定台に勢いよく置かれたのは…と言うより…投げられたのは…丸々とした南瓜であった。

「持ってって」

「…いいのかい?こんなに立派な南瓜」

「お得意さんが持って来たんだけども、あたし一人じゃあ、食い切れないし…貰ってくれないかえ?」

「それなら、有り難く」

「あっ!そうだ、そうだ!」

また、奥に引っ込む、おばちゃん。

…忙しないねぇ…相も変わらず…。

「ほいほいほい、お待たせぇ」

今度は風呂敷と封筒が、その手にあった。

「はいよ。こっちは柚子。風呂に入れなね」

風呂敷を此方に押し付ける。

「おぉ、ありがとう」

「そんで、こっちが……みっちゃん…ぬらさんの知り合いなんだろう?」

「……?……ぬらさん?」

「ぬらりひょん、よ」

………おいおい。

「……………………おばちゃんこそ……知り合いなのかい?」

「あたしが、鬼太郎ちゃんくらい小さな時からの茶飲み友達よぉ。今も、時々来るしね」

「そ、そうだったんだ」

「これ、この手紙、みっちゃんに渡してくれって頼まれてたのよ……だから、どうぞ受け取って」

「はぁ…じゃあ、確かに」

無くさぬ様に懐に納める。

「うんうん。今日は冬至なんだから、南瓜も柚子も、ちゃあんと使ってね」

「あっそうか」

「そうよ…きっと、今晩は冷えるわよぉ」

「重ね重ねありがとう……おばちゃんも、養生してね」

「うふふ、ありがとうねぇ、みっちゃん。鬼太郎ちゃんとも仲良くねぇ」

「ああ、勿論だとも…じゃあ、また」

「じゃあねぇ、あめ、ありがとぅ〜」

「うふふ、じゃあね!みっちゃん!鬼太郎ちゃん!」

手を振って、別れた。

 

「いい香りじゃのぅ」

「ああ」

風呂敷に包んでも柚子の香りは漏れていた。

「ちゃあんと、風呂に入れるから」

「そりゃあ、楽しみじゃあ」

 

南瓜と柚子を包んだ風呂敷を両手に持った俺の前を、時折、振り向きながら、時折、飴を口に放り込み、トコトコ、と歩いてくれる鬼太郎。

「疲れないかい?」

「だいじょうぶぅ」

……しかし、あれだな。

子供の成長は速いものだな。

ちょっと前まで、風が吹けば転びそうなほど頼りなかった歩き姿も、今では見る影もない。

確かな足取りで真っ直ぐ、ずんずん進む。

ふふ…頼もしい限りだよ、鬼太郎。

 

 

「みずきぃ、だっこぉ」

「…………うん……」

 

 

「はぁ…………ふぅ……」

「すよすよ」

気持ち良さそうな寝息が羨ましく、そして、愛おしく思う。

ちゃんちゃんこが身体に巻きついてくれるお陰で、両手が塞がっても鬼太郎を抱っこ出来たのは良かった。

良かったが………喫煙者には…中々…キツい運動であった。

「すまんのぅ……」

「……いいんだ………へぇ……」

「おっ、森じゃぞ、水木さん。あと、もう少しじゃ」

「はぁ……もう……すこし」

…しかし…本当に…子供の成長は速いものだ…な……重くなったな鬼太郎……。

…それとも、この土産の所為か?

 

えっちらおっちら、フラフラしながらも、なんとか自宅に辿り着けた。

「ふぅ……ただいまぁ〜」

「お疲れ様、水木さん」

「ああ…疲れた…」

「お茶でも入れるか?」

「……その、お手手で?」

ちんまり、とした己の両手を睨む親父。

「…時間をくれりゃあ…」

「大丈夫だ…俺が入れるよ…。意地悪な事を言っちまったな…すまない」

「良い、良いんじゃ…本当に…不甲斐ないわ……また……生えてこんかのぅ…からだ…」

「………」

…………壮絶な画が頭に浮かんだ。

……うわぁ…うわぁ…。

「そっそのままで良いんじゃないか?」

「しかしのぅ…何時迄も、何の手伝いも出来ないのはなぁ…」

「大丈夫、大丈夫だから!何の問題も無い!これ以上望む事無し!」

「………嘘だぁ……」

「うっうそじゃないぞぉっ」

「嘘が下手過ぎるだろ」

 

………………生える場面など絶対に見たくないが……それでも…想像してしまう…考えてしまう……もし、もしも、目玉の親父ではなく…五体満足の親父さんの姿を。

包帯なんて着けてない、病に犯されてない、そんな姿を。

そうすれば……鬼太郎だって嬉しいだろう。

喜ぶだろうな。

…それなら……俺は……もう…………。

 

「なぁんか、変な事考えておらんか?」

「ゼンゼン」

「……………………やっぱり……何としても、お茶入れるからな!!」

「手伝わないでくれよ!水木!」

「ウン、テツダワナイ!」

「………こんの、頑固者めぇぇ………」

親父の歯軋りが、微かに聞こえる。

………歯…何処にあんだよ……。

「すよ、すよ、むにゅん」

 

「ただいまぁ」

帰宅を告げながら居間に入る。

「………」

パチ、リ

「………」

パチ、リ

炬燵を挟んで、震々と垢舐めが夢中になって将棋を打っていた。

へぇ…打てるんだなぁ……どれどれ。

好奇心に押されて、盤上を覗く。

「なっ!?」

「…ハハハハハ!!凄いなこりゃあ!!ハハハ」

升目の戦場では、王と玉の一騎打ちになっていた。

………何故?

「………持ち駒、使わないのかい?お二人」

「べろん…」

「…いくさ……ですので……」

炬燵のお陰か、普段よりも震えが抑えられている震々さん。

「あ……さいですか」

案外、厳しいお考えの持ち主の様だ。

武人か?このご婦人。

……一騎打ちで……決着着くのだろうか?これ。

……楽しければ良いか…。

「…あ、そうだ…お茶飲みますか?」

「べろべろん!」

「ぃつも…すみません……みずき…さん」

「了解です…じゃ、行こうか親父さん」

「おう、どんと任せとけ!」

 

 

鬼太郎を居間の座布団に寝かせて、いざ台所へ。

 

 

「それ!ほっ!そいやっ!」

「………………」

浮いている下駄を足場にして、上へ下へ、右へ左へ、前へ後ろへ、縦横無尽に飛び回る目玉。

「ぐおおお!」

食器棚をよじ登り茶碗を出す。

「よいしょぉお!」

それを被って台の上まで運ぶ。

「それそれぇ」

茶缶に乗って、脚でコロコロ転がす。

「ほいせ」

匙で茶葉を掘って急須に放り込む。

「………………」

俺は、ただ見ている。

見てるしかない。

何故ならば……椅子に縛りつけられてるからだ。

ご丁寧にも、妖怪オカリナ、が変化した縄の為、頑丈である。

 

………………ここまで、やるか……。

 

「もう、いいか〜い」

「まだじゃ!座っとれ!」

「もう、いいだろう〜」

「急くな!」

「………では…言わせてもらおう………どうやって……そんな熱い薬缶を持つと言うのです?」

ピューーーーーー

湯はとっくに沸いて、薬缶は汽笛を高らかに鳴らしていた。

「………根性で」

「させるかぁ!!」

……息巻いたが…身動ぎ一つ出来ない。

「止めろ!親父!早まるな!」

「ふぅ…ふぅ」

手に息を吹きかけているが……それに何の意味があるんだよ……。

「ばっ、止めろぉ!親父ぃ!こっち見ろ!これ解け!俺がやるから!」

「はぁ、はぁ、見てろよぉ、水木ぃ!」

「阿呆!無茶だ!こんの大頑固親父がぁ!!」

ガタンガタン!!

椅子は揺れるきりで縄が緩まる気配も無い。

「笛さんよぉ!解いてくれぇ」

縄は緩まない。

「……あんたも頭が固いなぁ!」

縄が締まった。

「いだだだだ!!」

このボケ笛が!

縄が更に締まる。

「いだだだだ!いてぇ!!ごめん!!ごめんなさい!!」

縄が少し緩まる。

………はぁ……はぁ……おっかねぇ笛だよ…畜生…。

「いくぞぉ!」

「おい!おいおい!!」

頑固親父が覚悟を決めて、薬缶に抱きつこうとした、その瞬間。

「何やってんだ、おメェ」

目玉は摘まれていた。

「うおお!良い所に!!ねずさん!」

「どう言う状況だこれ?」

 

 

「くそぉ……畜生……」

「………落ち込みすぎだろ…」

炬燵の上で這い蹲り涙を流す目玉の親父。

「儂は無力じゃあ……非力じゃあ…………」

さめざめと泣きながら自分を責めている。

何がそこまで…。

「だめじゃあ……だめだめじゃあ……いわこぉ………」

偉く弱っておられる。

「神経質なオヤジだねぇ、全く。もっと僕みたいに大らかに生きなきゃ駄目だヨ」

途中から書生みたいな口振りだった、ねずさん。

「おおらかぁ?」

「ゆったりしているって事ダ」

「むしんけいってこと?」

「違うわ!……はぁ、どこで覚えて来るんだか……ほれ、鬼太公、サイコロ振りな」

「うん!」

コロコロコロン

鬼太郎、ねずさん、震々、垢舐め、は、ねずさんが持って来てくれた双六を楽しんでいた。

 

「お〜い……おいおい」

……?

いつにも増して、涙が止まらない親父。

「……うん……風呂入るか!」

「よよよ……風呂ぉ?」

「風呂」

一番好きな風呂に入れば、少しは気が晴れるだろう。

 

「べろん!」

垢舐めが、頭の上に両手で丸を作る。

掃除は完了、と言う意味だろう。

「毎日ありがとうございます」

「べろべろん」

 

「じゃあ、溜めてくるから」

「……?茶碗風呂じゃないのか?」

「今日は違うぜ。折角の柚子風呂なんだから、広い方が良いだろう?」

「……かたじけなぃい……よよよ」

 

「きたは、すごろくやってるから、あとでいい?」

「いいよ」

「じゃあ、後で俺と入るか?」

ねずさんが誘う。

「しかたないなぁ、ねずみはぁ………」

「なんで、俺が頼んでるみたいになってんだ!?」

やっぱり…仲良いな、この二人。

 

まだ明るい内からの贅沢な入浴。

ザパァーー

風呂の縁から滝の様に溢れる湯は、浴室に柚子の香りを広げた。

 

「う〜ん、良い香り!極楽だな!親父さん」

大きな湯の真ん中で、ぷかぷか浮いている。

「……そうじゃのう…」

「そうとも!」

「…………ふぅ」

「………ほぅ」

「………それで……なんだって…あんな事を…?今までは俺に任せてくれたじゃないか」

「……いや…すまん…」

「謝らないでくれよ。そんな積もりではないんだ…」

「すまん……ただ…ただのぅ…水木さんの…負担を減らしたくなぁ」

「少しでも出来る事を増やしたいのじゃ……」

「仕事に、家事に、子育て、毎日、毎日、大変じゃろぅ……一人で…」

「負担?ふたん?」

「フフフフハッ」

「フフフフフハハアハハハハハ!!」

「みっみずきぃ?」

「ハハハ!!そんな事あるかいね!!気にしすぎだぜ!親父さんよ!」

「しかし「そ、ん、な、事は、無い。絶対に!!」

「だが「大、丈、夫!!」

「い「気にするな!!」

「話、聞いてぇ!!?」

「断るね………それに…他の誰でもない、誰にも出来ない事をやってくれてるじゃないか!」

「………何を?」

「側にいる。いてくれてる」

「そんな事「そんな事が全てだ……俺にとっては…」

「そんな事で……俺は救われるんだよ」

「…………そう……です…か」

「ああ、だから良いんだ。ただ、元気で居てくれ。鬼太郎と一緒に」

「……分かった…分かったよ……委細、承知じゃ」

「そうか…じゃあ、心配せずに!いつも通りに居てくれよ!親父!」

「………おう!」

 

 

 

 

“……何処にも…居場所…は…無い……”

 

 

 

 

(…………それ………なら……)

 

 

 

(…………水木さん……何故……何故…あんな事……言ったのですか……何処にも……居場所……は無い…なんて…………此処にあるじゃないですか…………貴方は……友よ………君は……寝言でしか……本心を言ってくれぬのか………ならば………きっと…思わせてみせる……言わせてみせる……ここが自分の居場所だと……必ず………)

(儂は頑固なんじゃから…のぅ)




ご拝読ありがとうございました。
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