墓場より   作:ひノし

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第二十二話

香しい風呂から出た俺は台所で南瓜を煮ていた。

コトコトコト…

火の小躍りする音が寂しくさせる台所には、俺一人。

 

落とし蓋をして、とろ火に掛ければ後は放っておくだけだ。

「ふんふーん…」

暫く時間が空くので、台所で、ぬらりひょんの手紙を読む事にした。

「よいせっ…」

椅子に座って、台の上の手紙を手に取る。

…あの神出鬼没な人が、わざわざ手紙を認めるとは…。

余程、忙しいのだろうか?

手触りの良い何とも高級そうな封筒を、丁寧に開き、中身を取り出した。

「……」

擦れ一つ無く畳まれた手紙。

開く。

「………………………」

……………………。

達筆な……達筆すぎて芸術的な筆字がびっしり並んで、きっと季節の挨拶やら、近況を憂う事を書いてある事は何となく分かったが……いかんせん、古風で格式高い文章であった為、全く理解出来なかった。

「………ここまでの学は持ってないですよ……」

居間の先輩達の助けが必要だ。

 

「ふむふむ…」

「どうだい?」

「ちょいと待ってくれ…何分、久しぶりに読む文章じゃから…」

双六の横に広げた書状の上を走る親父さん。

「ほぅ…こりゃあ、また……古惚けた言葉ばかり使うなぁ……」

顎を摩りながら書状を見下ろす、ねずさん。

「凄いな…解るのかい?」

「所々な。昔は読めたが…もう忘れたゼ」

「…なぁ…前から気になってはいたが…ねずさん…貴方、何歳なんだ?」

「三百と五十」

……俺も随分耳が遠くなったな………馬鹿みたいな数字を言ってるように聞こえた。

「………聞き違えたようだ…何だって?」

「三、五、零」

「三、五、零」

さん、ご、ぜろ。

…………………………。

「………そりゃあ………長生きだねぇ………」

「……大丈夫か?」

「……ああ…少し……クラっとしただけ………皆んな、そんなに長生きするのか?」

「知らねえ……人それぞれじゃねぇか?」

「そうかい……」

改めて、常識の埒外だと認識した。

「ちなみに儂は千年以上、生きとるぞ」

手紙を解読しながら、宣う親父。

「は!?せん!…!?………さ、さらっと言うな!!」

「亀は万年。儂は千年」

「……それは鶴だろうが…」

…………いや、まぁ、やってる事は殆ど同じなんだが……。

 

「……うん…読めたぞぉ…」

「お疲れ様……それで?何と?」

「ああ……大雑把に言えば……転職の勧めじゃな」

「………色々、置いて……何処に?」

「…探偵事務所を立ち上げて…みないか…と」

「……………………いや……やっぱり………何でだよ!?」

「そうじゃよな……よし…簡単に纏めてみるよ…」

 

 

親父が手紙の内容を要約した物を紙に書き上げてくれた。

 

 

 

()()()()で日頃、ご苦労様です。

そんな中…君達が様々な妖怪達に出逢っている事については…風の噂で聞いている。

………逢いすぎじゃないかい?

と、私は思う今日この頃。

そんな私に、また一つ風の噂が来た。

余り、水木君には嬉しくない…噂を小耳に挟んでね。

水木君が勤務している…血液銀行…その会社…に対して…世の中が段々と物議を醸してきているらしいのだよ…。

確実な事は言えない。

しかし、それは…君も困る話だろう?

 

そこでだ。

 

私は一つ提案をしたい。

水木君、妖怪相手の探偵業に興味無いかい?

 

唐突ではある事は重々承知している。

………しかし…私は、それが最良…とは言わぬが…適当な選択肢ではないかと思っている。

勿論、根拠はあるとも。

一つ…自営業になれば…時間の都合は今よりも、ずっと調節しやすい事。

二つ……実は最近…国内の妖怪絡みの事件が急増していてね……私の手に余りつつあるのだ……だからね……私からの依頼も含めても…かなりの仕事量は保証出来る。

三つ……妖怪達に相対する際……鬼太郎ちゃんも連れて行けば…いや、分かってるよ……危険ではある…そんな事許さないだろうが…しかしだよ…水木君…これから先、きっと、ずっと、もっと、鬼太郎ちゃんは妖怪達と関わり続けるだろう…本人が望もうと望むまいと……それを考えれば…君や…友人の妖怪達と一緒に…様々な妖怪に…早めに慣れておけば…それは後々…鬼太郎ちゃんの為になるのではないかい?

四つ、私は報酬をケチらないよ!

 

そんな訳で…ご一考をお願いしたい。

 

返信は君の家の周りの烏に渡してくれれば良いよ。

 

色良い返事を期待する!

 

ああ…それと……もし…この話を呑んでくれたら…資金がいるだろうから…幾らか同封しておこう。

……………まぁ……呑まなかった場合は……それで美味しいものでも食べてくれたまえ!

 

では、また会う日まで、ご機嫌よう!!

 

「……こんな感じじゃな……」

「……成程……」

「…難しい決断じゃろう…慌てなくても良いんじゃないか?」

「ふぅん……そうだなぁ……うん?待ってくれ…幾らか同封って……」

「書いてあるのう」

「どれ…」

卓袱台の上で、ぺったんこになっている封筒…手紙以外に入ってる様には見えなかったが……。

手に取り…封筒の口に息を吹きかけ…口を下にして振る。

ヒラリ…

紙切れが、フワリ、と台の上に着地する。

「……これは………」

「何じゃ?これは?」

「……うん?………水木ちゃん…これって!」

「ああ……小切手だな…」

……何度か見た事も、取り扱った事もあるが…まさか自分に贈られるとは夢に思わぬ物が…出てきたな…。

小切手だ。ならば、額面がある。

……ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、む、な……………………ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、む、なな………。

「みみみみみみ水木ちゃん………お俺の見間違えかいぃ?」

「………………………」

「どんくらいなんじゃあ?……お〜い水木ぃ?」

 

一軒家が…優に建てれる…額が……載っていた………。

 

「ううう受け取れるかぁっ!!!」

なんだこれ!?なんでおれ!?なんでこんなに!?

「落ち着け水木ちゃん!!落ち着いて銀行に走り出せ!!」

「アンタこそ落ち着け!?嫌だよ!?こんな物!返却だ!!!」

「げぇっ!?そんな!!勿体無いゼ、そりゃあよ!?」

「ここんなの無理だ!!何より…後が怖いわ!!!」

「何じゃ、何じゃ!一体、どういう事じゃ?」

「俺の何十年分の給料が書かれてるんだよ!」

「ほう!!そりゃあ、太っ腹じゃのう!」

「だから!そんな大金、受け取れないって言ってんだよ!!」

「……何でじゃ?」

「何でもだ!!」

 

そんな、喚いている俺達を気にせずに………。

「わぁい!あがり!」

隣で鬼太郎が双六を制覇していた。

「べろろ」「…やったね……」

垢舐めと震々が拍手を送っている。

 

「まぁまぁまぁ!取り敢えず!落ち着こう!現に此処にある物なんだから、仕方ないだろう!?貰うにしても!……かっ!…返すにしても……もちっと考えてからでも遅くないだろうに!」

「いや!しか……し……」

……いや………それもそうだ……。

「うん……そうだな……」

落ち着こう……。

 

………心臓が、バックンバックン打ち鳴らしているが……深呼吸して何とか落ち着く努力をする。

 

「……でもなぁ………どうすっかなぁ……」

ここ最近、妖怪変化を相手にしてきたので……こんなにも唐突に……嫌になるほどの………現実が襲いかかってきたので……思考がまとまらなかった。

 

転職…の勧め…そして……巨額の大金……。

ハァ……頭が痛い……。

 

一度……小切手は…卓袱台のど真ん中に置いて……晩御飯の用意をする事にした……姑息な現実逃避だが…。

今の俺には必要だった。

 

 

「いただきます」

 

南瓜の煮物、南瓜の味噌汁、豆ご飯、柚子の香る生姜湯。

…………甘い、甘い、献立になってしまった…。

「うま、あま、うま」

………皆んな、美味そうに食べてくれるので…良しとしよう……。

垢舐めも今夜は一緒に食卓を囲んでいる。

 

「ご馳走様でした」

 

 

片付けをして綺麗になった卓袱台で、今度は、だるま落としを始めた三人の横で……頭を悩やませる。

「………」

「……単純でいいんじゃねぇの?…これだけの金額を、ポン、とくれるんだ…仕事の報酬も良いだろ……だから…態々…ケチらない、なんて書いたんだろうしサ」

「ああ……そうだろうなぁ……」

だから…初っ端に、こうして示したのだろう…。

「…妖怪事件に関わる…か……鬼太郎の事なら心配せんでも良いぞ…確かに…ぬらりひょんの言う通りではある…いずれは出逢う事は避けられないじゃろう…ならば…幼子の頃から…言い方は、あれじゃが…慣れておいた方が良いだろうしな…」

「じゃが…だがな……水木さん…儂はもう…水木さんには…傷ついてほしくはない………断ってもらっても……」

「…いや…俺なんかは良い……」

「…だけど…鬼太郎は………本当に良いのか、親父さん?…あんなに小さい子を……」

「…お主は!……………はぁぁ…………良いんじゃ……仮に儂に身体があったら…きっと…同じ事をしていた筈だ……」

「……………」

 

転職すれば………妖怪の探偵になれば……。

時間の都合がつく。

そうなれば…今より、もっと鬼太郎達の側にいれる様になるだろう。

妖怪に出逢う。

……鬼太郎の経験に良いらしい……道理は解る……。

報酬は良い。

……鬼太郎達に……のこせる…な…。

 

ハッキリ言って……条件はかなり良い。

良すぎる程に。

 

裏がある……とは思えない…ぬらりひょんとは…数える程しか会っていないが……信用は出来る、と思う。

 

それに…噂を信じれば……俺は数年以内に…路頭に迷う可能性も少なからずある……。

 

…………いや……俺は……何を迷っているんだ……?

 

……………………………。

 

ガラララッ!!

卓袱台の上で達磨が崩れて、落ちた。

「あぁ………ざんねん…」

小さな槌を持っているのは鬼太郎であったので……失敗してしまったのだろう……。

少しばかり…落ち込んでいる。

黙って、鬼太郎の頭を撫でる。

「おっ……うふふふけけ」

……こんな事でも……喜んでくれる可愛い子だ。本当に。

 

………そう……か。

俺は……守り切れるか…を気にしているのか……。

この子を。

この子の父親を。

 

そして…約束を…。

 

ギリィィ

歯軋りが抑えられなかった。

 

そんな、生半可な覚悟だったのか俺は!!

巫山戯るな!

馬鹿野郎が!

例え、何があろうと!

例え、何が相手だろうと!!

例え、己がどうなろうと!

護れ!!

護り切れよ!!

 

「どうしたよ、水木ちゃん……おっかねぇ顔して」

「ああ…すみません」

決断する。

………もう一度…覚悟を決めて。

「……決めました……俺、やります」

「やってみせますよ!」

「おっ!そうかい!決断したか!」

「ええ!妖怪相手に探偵?どんとこい!だ!」

「おお!よう言うた!水木!勿論、儂も一蓮托生じゃからな!!即ち、探偵助手じゃ!」

「応とも!親父!頼むぜ!」

「俺も、偶にはアルバイトで雇ってくれよ!」

「はい!……と、言うか…正社員でも良いんですが…」

「柄に合わん!」

「えぇ!?………ぷっふふふははっ!!」

 

「「「ハハハハハハハ!!!」」」

 

「たのしそうだねぇ」

「べるん」

「…そうねぇ………さっ…きたちゃん……もいっかいどうぞ…」

「ありがとぅ!ぶるぶる」

 

「…まぁ……この小切手は返しますけれど……」

「そんな!ご無体な!!」

「じゃあ、ねずさん…あげましょうか?これ」

「えっ本当!?やった…………いや…でも……いやぁ…やめとく……」

凄え名残惜しそうに断られた。

「水木ちゃんの言う通り……後が怖いしな……財布に入る程度が一番だ!!」

 

直ぐに返信を認め……小切手も同封して……手紙を入れた封筒を持って、親父と一緒に外の森に出る。

 

真っ暗な夜の闇の中…空も…森の木々も…黒くなって溶けていた。

 

「……烏、烏……何処だ?」

「全く、見えんのう」

「おーい!!烏さーん!!いませんかー!!」

 

………バサ…

 

………バササ

 

バサササササザザザザザザザザザザ!!!!!

 

「っ!!!!」

「うおっ!?」

 

暗く溶けていたと思っていた、空も、森も、全て、全て、烏に塗りつぶされていただけであった。

何百、何千の烏達が飛び立つ……空にある穴に向かって…。

穴の中には月が見えた……。

 

バササササササササササ!!!

 

大波の様な音を立てて……烏が飛び立てば…いつも通りの光景が帰ってきた。

 

「凄かったのう!」

「ああ……いや、待てよ……一羽くらい残ってくれないと……」

「カァ」

鳴き声が耳の横から聞こえた。

………いつの間にか…烏が肩に乗っていた。

 

「ガァア……キミ、ミズキ?」

喋ったな。

もう、いい加減慣れてきた。

「そうです…ぬらりひょんさんの使いですか?」

「カァ…ソウ!ヘンジ、カイタ?」

「書きました」

「チョウダイ!」

「お願いします」

開かれた嘴に封筒を差し込む。

「ンァーー!?」

嘴を閉じたまま鳴く烏。

頭を降って封筒を俺の頬に当てる。

…いてて……?

封筒を手に取る。

「カァーー!!ミズキ!コギッテ!イレタネ!」

「分かるんですか!?」

「ワカルワカルー!モウ!ソレナラ!デンゴンアリ!」

………読まれてたか…。

「サイセイ!サイセイ!ガァーーー……再生致します」

「ご機嫌いかが?水木くん」

!烏の声がぬらりひょんの声色に変わった!

 

「この音声が再生されぬ事を祈っているが…まぁ、君の事だ…十中八九、再生されるだろうねぇ」

 

「君の奥ゆかしさは本当にいじらしいよ!どうやら、金額に納得しなかった様だ…では、その三倍にして、また贈ろう」

 

「ちょっちょっと待て!?」

 

「………フハハハハ!冗談だ!…本意では無いが……ぐっ、と減らして…また贈るよ…今度は受け取ってくれたまえよ!」

 

………本当に録音だよな?

 

「さて、さてさて、水木くん!君が私の提案を受けるか、断るか、楽しみに待とう!私個人は、受けてほしいけれどね!無理強いはしないとも」

 

「では、ご機嫌よう!君達の日々が、より、より!華やかになりますように!また会う、その日まで、ご機嫌よう…」

 

「………伝言は終了致しまシタ…ガァーー…カァ」

「チャントキイタネ!」

「…はい…確かに、お聴きしました」

「カァー!ジャアテガミチョウダイ!」

「申し訳ない…お願い致します」

「ンガァ……ンァーー」

手紙を受け取り頭を丁寧に下げてから烏は夜空に飛び出した。

 

「こんなに暗いのに……よく飛べるなぁ…」

「そうじゃのう……鳥目じゃろうに…」

喋る烏に常識を言っても仕方ないが…。

「帰るか」

「ああ、帰ろう…折角、玩具も来たんじゃ!皆で遊ぼう!」

「ふふ…そうだな」

 

明るく、暖かい、我が家へと足を向けた。




ご拝読ありがとうございました。
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