墓場より   作:ひノし

23 / 47
第二十三話

転職、探偵になる事を腹に決めたが、だからと言って、即、退職とはいかない。

翌日、出社して直ぐに課長と相談。

自分の事情…友人の子を預かっている事、知人に仕事を紹介された事を在るが儘、正直に伝えた所……そういう事なら……と渋々認めてくれた。

自分の我儘ですのでと退職の条件は委ねた。

年度末までは働く事(それは想定していたが)。

引き継ぎ作業は早速始める事。

退職金は出さない…それが慣例なのだが…少しばかりの心付けを下さる、との事。

そこまでやってくれるとは思ってもみなかった。

有り難さで胸が一杯であった。

 

最後のご恩に報いる為、何時以上に仕事に精を出した。

 

………それは、それとして……残業して深夜一人になった際は…我が友人の幽霊一家の資料を全て、余さず確認して処分した。

念の為。

…どうせ黙殺された一件だが、追跡は出来ない様にはした。

 

そんなこんなで慌ただしく師走は…瞬く間に過ぎていく。

 

 

大晦日。

我が家、只人が見れば最早お化け屋敷(失礼だが)な一軒家は、お客人で賑やかになっていた。

 

 

残業続きで三十日まで、キリキリ働いていた俺は…寝癖の着いた頭のまま、朝から玄関先に出て一服をしていた。

フゥーーーーー

「…ふわぁ……」

久しぶりのピーカンの空を、ぼんやり眺める。

 

フワ、フワフワ

 

そんな真っ新な空の中に…キラキラ光るシャボン玉が踊っていた。

 

「…………」

シャボン玉は俺の隣から浮いて来ていた。

「ふぅーーーーー」

荒れ狂う髪の毛をそのままにした鬼太郎がいた。

「……いつのまに……」

 

チャプチャプ

 

小さなお手手で棒を液に浸して…また口に咥える。

 

「ぷぅーーーーー」

可愛い声を出しながら…小さなシャボン玉の群れを発射する。

 

俺の物真似をしているのだろう。

人差し指と中指に棒を挟んで吹いていた。

 

煙草の火種を指で擦り消す。

「……おはよう、鬼太郎」

「ぷぅぷう」

 

咥えたまま…こちらに微笑む。

「朝から……可愛い奴だよ…お前さんは」

「ぷぅふぅ」

 

玄関先はシャボン玉と鬼太郎の笑顔で輝いて見えた。

 

「さっ入ろう…」

「もうちょっと!」

「………そうかい」

 

玄関の横のベンチに…鬼太郎を膝に抱えて座る。

(このベンチは何処からか、ねずさんが持ってきた物だ。氷菓の有名なメーカーの名前が背もたれに掠れた文字で書かれている)

 

「ふぅーーーー」

背中をベンチに預けきって、シャボン玉に塗れて…ぼんやりする。

「……みずきもやって」

棒の吸い口を向けてくる鬼太郎。

「いや、俺はい「まぁ、どうぞ」ぶへっ!」

無理やり口に突っ込んできた。

 

「ふぅーって、やさしく、ふいてね!」

「…はいよ」

 

「フゥーーーーーー」

驚かせてやろう、と大きく、大きく、シャボンを膨らませる。

思いの他、透明な虹色のシャボンはすーーっと膨らむ。

「わぁ!わぁ!」

シャボンは、鬼太郎の頭程に。

「フゥーーーー」

「もっと!」

シャボンは、鬼太郎の身体程に。

「フゥーー」

「もっともっと!」

シャボンは、俺の身体程に。

「フゥゥゥゥゲホォッ!!」

シャボン玉は、俺達を包んでいた。

 

「すごぉい!!」

「ヴェオェ……」

 

渾身の力作は…殴っても蹴っても…割れなかった。

……なんだこれ…。

なんで…こんな不可思議の一品があるんだよ…。

 

暫くして…ベンチにぴょこっ、と目玉の親父が現れた。

 

「朝から元気じゃのう、お主ら」

「出してくれ!親父!」

「おとさん!おっきいでしょ!みずきがつくってくれたの!」

「そうじゃのう…よう作ったわ!」

「きょうは、ここにいるね!」

「おう、楽しんでな!」

「おい待て!!」

 

親父の助言を元に、鬼太郎の髪の毛を突き刺して何とか脱出できた俺達は、朝ご飯の用意に入った。

少しばかり…鬼太郎が頬を膨らませていたが…指で突けば…弾ける笑顔を見せてくれた。

 

 

グツグツ ゴポゴポ

「…赤子泣いても、蓋取るなってな…」

 

「ごめん下さーい!」

玄関先から声が。

どうやら客人のようだ。

「はーい!今、行きまーす!」

 

 

「お待たせしました……」

「久しぶりだね!水木さん!

「ひっさっしぶり〜水木ぃさん!」 

「おお!砂かけお婆さんに子泣きお爺さん!お久しぶりで!」

「突然すまんのう!大晦日じゃから…美味しい物でも、と思って寄ったんじゃ」

そう言って…袖から流れ出てくる、ご馳走の数々。

「儂は酒を持ってきたぞぉ!」

酒瓶…壺を渡してくる、お爺さん。

「うおぉ……いやぁ、申し訳ないです…有り難く頂戴します」

「ええ、ええ……鬼太郎達に会っていっても良いかのう?」

「是非!」

 

上がってもらって、居間へ案内する。

 

スィーーーーーー

 

「お〜い来たぞぉ!」

「じ〜!ばあ〜!」

「久しぶりじゃのう!」

「ちょいと、おっきくなったなぁ〜〜きたろ〜」

 

微笑ましい。

 

「どうぞ、寛いで下さいね」

台所へ向かう。

 

 

豆腐と納豆を味噌汁の中に優しく入れる……。

豆尽くしだ。

 

「ごめんくださーい!」

……火を止める。

「……はーい!」

 

 

「はいはい…」

「お久しぶり」

「おはようございます!水木さん!」

「……おはよう御座います…」

雪女一家の三人がいた。

「……吃驚したぁ…」

「何よ…人を化け物みたいに」

「…………」

「否定しなさいよ!」

「あはは!」

「まぁまぁ」

「ハハハ…お久しぶりですね、お三方…今日はどうしたのですか?」

「……たまたま…近くまで来たから…ついでに寄ったの」

「???母様がご挨拶し「雪ちゃん!鬼太郎くんに会ってらっしゃい!!良いわよね?水木さん」

「あっ…ええ!会ってあげて雪ちゃん」

「わぁい!お邪魔しま〜す!」

トテトテ、走って行く雪ちゃん。

「………」

「…………何よ…」

「いえ…何でも……まっまぁ…上がって下さい…お茶でも淹れますので」

「……ふん!……いただいてくわ!」

ズンズン、上がって行く雪女さん。

「申し訳ない……素直じゃないだけですので…お許しを…」

「いえいえ…気にしてないですよ…」

「本当に感謝しかありません…それを伝える為に今日は来たのです…彼女も…私も…貴方達のお陰で…私は…私達は…漸く…家族に戻れました」

「?……違った時など無かったのでは?」

「!!…あぁ……ハハハハハ!……その通りですね」

「さぁ、雪男さんも中へ…」

「忝い………」

返事はすれど動かない。

「…どうしました?」

「………()()()()……()()()………」

「はい?」

「…すぅ…いぇ…申し訳ない…何でもありません」

「…?」

雪男さんと一緒に居間へ向かう。

 

スィーーーーーー

 

「おっ!!雪男〜!!」

何だか、ご機嫌な親父……。

「これは…目玉の親父さん…先日は有難う御座いました…貴方と水木さんには一生の御恩が出来ました…」

「いい、いい!気にするな!座りなさい!」

「はい」

「どれ、まず一献!」

……呑んでるんかい………。

まっいいか…大晦日だしな。

「程々にしとていくれよ」

「わかっとるよ」

 

 

慎重な火加減で川魚を炭火で炙る。

ジュウ〜〜

魚から落ちた油が美味そうな音と匂いを立たせた。

 

「ごめん下さ〜い……」

………生焼けの魚を避難させる。

「は〜〜い」

 

 

「はいはい……なんでございましょうか……」

 

そこには…親子がいた…。

 

母親と子が…。

母親は純白の着物を……腰から下は真っ赤な物を身につけていた。

息子は、お包みに包まれて、母の腕に包まれ穏やかな寝息を立てている。

…俺は…その親子を、よく知っている。

骨身に染みる程。

「ひえんま…さん…」

「水木さん…お久しぶりで御座います…」

静々と頭を丁寧に下げる母親。

「あっええ、お久しぶりで……」

此処にいる…って事は……。

「…は……はは!やり遂げたのですね!」

「…私は見守っていただけ……この子が…この子が一人でやり遂げました……」

愛おしそうに子を見つめている。

「よく頑張りましたね……本当に……こう言っては何ですが……俺は…てっきり……そのまま成仏するのかと……」

「うふふ、私もそのつもりでした……でも…鬼さんが…」

 

“……連れて帰って良いぞ……”

 

「なんて仰って下さったので……」

「そうですか…それは…僥倖でしたね…」

「…本当に……あっ…ただ一つ条件が」

「条件?」

「ええ…連れて…現世に還るには…名を変えて行けと…」

「ほぅ……どんな御名前に成ったのです?」

 

「……『産女』で御座います……以後、よしなに…水木さん」

 

「『産女』……それは…それは…いい名ですね…実に実に良いと思いますよ」

「…ありがとう…水木さん…全て、貴方様のお陰です」

「何を仰る!……全部、貴女と御子さんの努力の結果…俺は何にもしてないですよ」

「…いいえ…間違いなく、お陰様です!…ありがとう水木さん!ありがとう!」

「…そう言われちゃあ……どういたしまして…です」

「さっ、何時迄も、こんな所では何です…上がって下さい」

「あっ、有難う御座います。お邪魔致します」

産女の親子と居間へ向かう…。

「んっ…ところで…お子さんの御名前は?」

「ああ…実は…この子も『産女』なのです」

「それは…」

「この子と私…二人で一つの妖怪になったのです…故に…この子も()()なのです」

「………酷い母親でしょう?…子供を在り方で縛りつけて……」「いいえ、全然」

「へっ?」

「いいでしょう…そんな事!…だって…きっと何をしたって…どうしたって…親ならば子とは別れる時が来ますよ。必ず……絶対に…残念ながら」

「ならば、その時まで一緒で…長く一緒に在りたい…そう願って…何がいけないのですか?」

「!!なななな」

「はい?」

「なっなんて、優しい人なんですか!貴方は!!私なんかに!」

「はぁ…」

「もっと厳しくして下さい!」

「…何ですか…その要求は…」

 

スィーーーー

 

「おっおおお!!お主は!「名が変わったんだとよ、親父」

「ほう!そうか、そうか!ならば…聞かせておくれ!」

「お久しぶりです。目玉の親父さん…改めてまして…私達、親子で『産女』で御座います。その節は…何から何まで………私めに出来る事なら…なんなりと…」

正座になって平伏している。

「やめやめ!頭を上げなさい!ほれ、こっちに来い!皆に紹介せねばな!」

「……そんなに気にしなくていいのですよ……産女さん」

「…はい」

 

台所に戻った俺は頭を捻くり回す。

朝ご飯の用意が終わったものの………いかんせん…数が足りぬ。

 

「どうしたんじゃ?」

台所にひょこっ、と顔を出した砂かけお婆さん。

「あっお婆さん…いやぁ…しまりましてね…まさか、ここまでのお客人が来るとは思わず…「なんじゃあい!何をしてるのかと思うたら…炊事をしとったんか…」

「やれやれ!水木さん!それならそうと…言っておくれ!!大晦日くらい楽させてやるわい!」

「えっ?」

「あんたさんは座って酒でも呑んでてくれ!」

「あっおおおっと!」

大変、強い力で袖を引かれて…居間に連行される。

「わっ悪いですよ!お婆さん!」

「何を言うかね!こん人は!ええから!ええから!」

 

ズルズル…スィーーーーーピシャんッ!!

 

勢いよく襖を開いて、俺を居間に…殆ど投げ込む形で押し入れた。

 

パンパンッ!!

返す手で、お婆さんは手を叩き合わせる。

「女衆!朝御飯の用意を手伝っておくれ!こんな日なんじゃ!腕によりをかけねばならんぞぉ!」

 

「あら、そう」

すら、と立ち上がる雪女。

「私も手伝うわ!」

ちょん、と跳ねる雪ん子ちゃん。

「……久しぶりだけど……出来るかしら……」

自信なさげだが…すっ、と動き出す産女。

産女くんを背中に回している。

「……ここまで…暖かければ…私めも……」

平時と打って変わり震えていない震々は既に台所へ向かっていた。

 

スィーーーートンッ

 

………行ってしまった…。

部屋には…男衆だけが残された。

鬼太郎、親父、子泣きお爺さん、雪男さん、俺……そして…垢舐め。

……男なのか……垢舐め……いや…性別…あるのか…?

ちら、と垢舐めを見れば、こてん、と首を傾げて此方に視線を返す。

「…なんでもないよ…」

「べるん?」

 

「…うぅむ…」

如何にも座りが悪い。

「やっぱり…お手伝いくらい……「まぁ、待て水木よ」

呼び止める親父。

「全く………皆が気を利かせて働いてくれてるんじゃ…お主が行って意味が無いわ…偶には楽しておくれよ、水木さん」

「そうじゃあ〜みずきぃさん!偶にゃあ楽せんと!儂みたいにな!」

真っ赤な子泣きお爺さんは、おちゃらけながら言ってくれる。

「…私からもお願いします…」

真摯な声を出すのは雪男さん。

「……水木さんが…行ってしまうと…きっと彼女に怒られてしまいますので…どうか」

僅かに微笑みながら俺を止める。

「……偶には…」

「そうだとも」

「そうだな……ご厚意に甘えるか…」

「よしよし、それで良い!さぁさぁ、ご一献!」

「一杯だけだぜ」

「おう!一杯呑め呑め!」

「意味合いが違う…っとと…いただきます…」

なみなみと注がれた酒の入った杯を少し挙げる。

周りの皆も、それに応えてくれる。

 

酒は格別に美味かった。

きっと賑やかな事は無関係ではないだろう。

 

「それ、おいしいの?」

垢舐めと一緒にお茶を啜っている鬼太郎が、手にある酒を見つめて問うてくる。

「大人は、な」

「ふぅん…いつか…きたものめるかな?」

「ああ、吞めるさ」

「じゃあ、その時まで一緒ね」

……時折、この子は怜悧な声を出すな…。

「うん、一緒な」

「やくそくだよ」

「やくそくだ」

「けけけけ」

 

「お〜い、皆の衆!出来たぞい!」

速いなぁ……。

 

「………すご……」

ご馳走様の山は高く積み上がって居間の卓袱台、机、炬燵の上に鎮座している。

「さあ!お上がりな!」

山、森、川の凡ゆる食材が皿の上で小躍りしていた。

食事の挨拶を一同揃って交わしてから、目の前にある料理を箸で摘む。

これは…何かの山菜かな?

一口。

「……うまい!」

酒が進む、進む。

 

「いやぁ、どれもこれも絶品ですね!」「そうじゃのう!」「皆、腕が良いの〜ぅ!」「…正しく…」「もごもごもごもご」

感謝を込めた感想を素直に述べる。

「たぁんと食べな!」「当然よ」「やったね!」「……よかった…」「お上手でしたよ…産女さん…」

 

 

食べて、飲んで、話して、騒いで、時間はぐるぐる回る。

 

 

細やかな宴会は丁度お茶の時間まで続いた。

 

 

「じゃあねぇ〜!」

「良いお年を」

「ご馳走になりました…」

 

雪女一家は雪山に帰っていった。

お年取りは家で…との事だ…。

置き土産で冷凍食料を山程残してくれた。

便利な能力だなぁ。

 

 

「どうぞ…」

「ありがとう、産女さん」

温めの茶を頂く。

「いいえ」

後片付けを終えて居間には、まったりとした時間が流れている。

「ぐかぁ…」

赤い顔した子泣きお爺さんは隅っこで鼾をかいていた。

「全く、この爺は」

横にいるお婆さんは、毒づきながらも着物の袖口から薄い毛布を引っ張り出して、掛けてあげている。

なんだかんだ仲の良い事だ。

「ふぃ〜、極楽、極楽」

茶碗風呂に収まって頭に自分で作った手拭いを乗せた親父。

「熱くないか?」

「ちょうど良いよ」

鬼太郎は、お昼寝中。

垢舐めは日課の風呂掃除へ。

震々は炬燵で丸くなっている。

 

「よいしょ…」

お茶の用意を終えた産女が、卓袱台の向かい側に座った。

「色々、ありがとうございます」

「いえいえ」

「…では………お母さんの所に戻ろうねぇ」

先から、預かっていた…うぶめくんを母親に返す。

「…ぁ…ぅぇ」

……鬼太郎と同じく隻眼の胎児は物静かにいてくれた。

「良い子ですね」

「本当、手の掛からぬ子です」

「ははは」

「産女よ」

「なんでしょうか、親父さん?」

「ちょいと気になってのう…お主ら、何処に住んどるんじゃ?」

「すんどる?…………あっ!!」

…ごく普通の質問の筈だが…素っ頓狂な声を上げた。

「まさか…お主…」

「……お恥ずかしい……」

「野宿しとったんか!?そんな赤子を連れて!」

「いえいえ!まさか!……えぇと、あの、実は…石積みが終わったのは…多分、昨日の事でして…その足のまま…此処に…」

「ここに来る前にやる事あるじゃろう…」

「……ごめんなさぃ……直ぐに…感謝を伝えたくて…」

「…別に怒ってはおらんよ…しかしなぁ…」

………親父の言う事はもっともだ。

住処が無いのは…大変な事だ。実に。

……極端な話、家が無くたって人は生きていけるだろう。

それに…産女は妖怪親子だ…そうは簡単には…どうこうにはならないだろう。

しかし、それにしたって…あるに越したことは無い。

やはり…落ち着ける場所は必要だろうに。

「産女さん…たとえ妖怪と言えど…衣食住は大切では?」

「……仰る通りです…」

…。

「仕方ない…」

「…水木、お前、まさか…」

「暫く、此処に居ても「待て待て待て!またか!お人よしか!」

「何だよ、親父」

「何だよじゃないわ。そんな、ほいほいほいほい妖怪を受け入れるな!ちっとは悩め!」

「おいおい…俺だって少しは悩んださ」

一刹那。

「本当かぁ?……大体、産女だって気まずいじゃろうが………のぅ?」

「えっ?あっはぃ…そう…ですねぇ……」

「………満更でもなさそうじゃな……お主」

「何じゃい、其方、家が無いんか?」

ズズイ、と産女の側に近寄って来た砂かけお婆さん。

「…あっはぃ」

「ほうかえ…なら…(わし)んとこ来な」

「何じゃ、婆、お主ん所だって、そんな広い場所じゃなかろう?」

「誰が、自分の住処に来いと言った?」

(わし)が管理しとる、アパートがある。其処で良けりゃあ来い」

「お婆さん、アパート持っているんですか!?」

「んだ、暇つぶしでな」

……しっかりしてるなぁ。

「んで、どうするんじゃ?産女よ」

「有難い…のですが…お家賃は…お幾らでしょうか?……手持ちがそこまで無く…」

「んあ?家賃か?……まぁ、畑仕事でも手伝ってくれりゃあええわい」

「本当ですか!」

「嘘吐いてどうする………むしろ、家賃を払おうとする奴の方が少ないわ!阿呆ばっかじゃ!あのアパートは!!」

「アハハ」

「……そんな阿呆達の巣窟でもええなら、おいでな」

「…ありがとうございます!お婆さん!お世話になります!」

「ほっほっほ」

「ありがとな、婆」

「ええわい!久しぶりのまともな入居者じゃ。願ったり叶ったりじゃわい」

運良く話が纏まって一安心だ。

「ねぇ、みずきぃ」

うぉっ!!

当然の様に、胡座で座っている俺の足に収まって、此方を見上げてる鬼太郎。

滅茶苦茶、心臓に悪いから気配を消して近寄るのは辞めてほしい。

切実に。

「ふぅ……なんだい?」

「ぼぉるであそびたい」

「外は寒いよ」

「なかでいいよぉ」

「ほぅ、よし持ってくるよ」

「どうもぉ」

 

 

「うーちゃん、いくよぉ」

 

コロコロコロコロ

 

「……ぁぅ……」

 

ぽすんっ

 

「わぁ!じょうずだね!こんどはこっちになげてねぇ」

 

「………ぁぃ………ぇぁっ……」

 

コロ……コロ……コロ……………コテン

 

ぺしん

 

「おお!なげるのもうまいねぇ!」

 

だから…か。

…………………………。

俺達の眼前で…鬼太郎と産女くんが、ゴムボールでキャッチボールを始めた。

コロコロ、転がしながら。

仲良く。

「ええぞーきたろーうぶめー、筋がええのぉ!」

……鬼太郎の左目が声援を送る。

そんな感動的…少し猟奇的な光景を眺めていたら……じんわりと目頭に熱いものが。

……きたろぅ……おまえぇ…てかげんして……せいちょうしたなぁ…。

指で涙を掬う。

ふ、と横を見た。

「ぐっくふぅぅうげぐっふふふぅぅぅ」

ブシュッ

……………産女が血涙を吹き流していた。

「うおわっ!!血が!血が出てますよ!?」

「ひぐへぐっ……だいじょうぶでず…いづものことですので…」

「いつもって……」

頬から滴り落ちる血涙は白い着物の腰から下を染めていた。

血の筈だが…嫌な黒さは出ず、鮮やかな赤が滲んでいる。

…………まじかよ………。

「ああ…いとおしい……あいらしいわぁ…きたろうくんも…やさしくしてくれて……よいこだわぁ……」

言ってる台詞は良き母親だが………見た目が……いかんせん…見た目が。

「………洗濯しましょうよ…」

 

スィーーーーーパタン

 

腕捲りした砂かけお婆さんが居間に入ってきた。

「水木さん、お節た〜んと作っといたからな!後で皆で食いな!」

「えっ!今の間にですか!」

姿が見えぬと思ったのは今さっきだった。

「ハハハ!ちょちょいのちょいだよ!」

「さてね!(わし)等は、そろそろお暇するかね…産女の部屋の用意をある事だ」

「婆、帰るのか?もっとゆっくりいけばよかろうに」

「のわっ!!……鬼太郎の左目に収まったまま話しかけるな!!吃驚するじゃろうが!!それにな!ゆっくりたって…年の暮れに人様の家に、ズケズケと居れるか!」

「儂等は気にせんぞ。のう、水木さん」

「ええ、全然」

「それに…鬼太郎は産女くんと遊び足りなさそうじゃぞ」

「うん!!まだまだ!!あさまで!!」

「……元気いっぱいじゃな…………ふぅむ……そう言うなら……水木さん」

「はい」

「客が増えても構わんかえ?」

「ええ、構いませんが?」

「……実は(わし)、毎年、仲間内の妖怪達に料理を振る舞っておってな…其奴等をどうせなら此処にな……呼んでもええかい?」

「何の問題もありませんよ。どうぞ、どうぞ」

「忝い」

「じゃあ、ちょいと知らせを出してくるわい」

 

スィーーーーーパタン

 

 

程なくして玄関先が騒がしくなったので、様子を見に行く。

 

『ねずさん』『塗り壁』『一反木綿』『油すまし』『べとべとさん』『鎌鼬』『枕返し』『髪切り』『黒髪切り』は既に見知った仲だ。

…………妖怪の知り合いも随分増えた…。

 

「お〜みずちゃ〜ん!」

鼻頭と頬を、ほんのり赤く染めたねずさんが、フラフラ、と抱きついてくる。

「おおっと、いらっしゃい」

「こころのともだよ〜お前さんはぁ〜」

「えらく呑んだなぁ」

「いや!いや!まだまだ呑むぞぉ!ガハハハ!!」

「ごめんねぇ水木どん!ねずみ、酒が弱か癖にわっぜ呑んだがよ……よぉ、ねずみ!はよ家に入っど!」

「みずちゃん、早く来いよぉ!」

「ハハハ、待ってて下さいね」

「お邪魔すっ!」

 

「ユキヤマイライダナ……ミズキサン…」

「お久しぶりで塗り壁さん」

今回は、俺より頭一つ高い程の寸法で来た塗り壁さん。

「…ゲンキ…ソウデヨカッタ………コヨイハショウタイアリガトウ…」

「ええ、ええ。ゆっくりしていって下さい」

「アア…オジャマシマス………シテ…スナカケ……サケハアルカナ?」

「心配するな…きっと、爺いがまだまだ隠し持っとるわ…ホッホッホッ!!」

「ソウカ……ソウカ…ハハハハ!!」

ズシンズシン、と家に入っていく………床が心配になる足音だ…な。

 

「水木殿…お招き下さり忝い」

「ありがとうねぇ」

「いえいえ」

 

「「「こんちは、きっていい?」」」

「駄目」

「「「残〜念!」」」

 

「招きかたじけなし」

「あ〜と、お気になさらず?」

 

「くえっくえ」

「いらっしゃい、髪切り」

「髪、切りますか?」

「う〜ん、冬だし、まだいいですね」

「そうですか。では、春になったら」

「ええ、春になったら、お願いします」

 

言葉を交わしながら、皆それぞれ我が家に入って行く。

………社交的だよなぁ…皆んな。

 

さて………見知らぬ方が二人ミえる。

 

一人は…子供かな?

格好は…背中まで覆う藁帽子を被り、薄い紺の甚兵衛を着ている。

顔は、ぱっちり、としたお目目、小さな鼻、少し目立つ出っ歯をぽかっ、と出している。

……見た目だけなら…ごく普通の童に見えた……が……股の真ん中を一本脚が通っている。

その脚。

太ももから踵までは人肌であるのだが…足は…木肌であった。

精巧な木の彫刻であった。

まぁ…なんだ……可愛らしい、かかし…の様にミえた。

 

もう一人……いや、一匹は…。

…………なんの動物だ?

全体的に丸っこい獣。

大きさは…芝犬。

夕日の様な発色の良い朱の色の毛が身体一面に覆われて、ふんわり、とした、たてがみが頭から顎まで生えている。

くりくり、とした、つぶらな眼でこちらを見ている。

低い鼻を引くつかせて、大きな口から丸まった牙と健康的な赤い舌を見せている。

「ハッハッハッ」

……可愛いな。

 

「初めまして…自分は水木と言う者です。お名前を伺っても?」

「やっほっほ「あんたが噂の水木さんかぁ「おいらは『呼子』だよぉう「どうぞぉよろしゅうねぇ」

体ごと動かして右手を差し出す『呼子』

えらく、響く声の持ち主だなぁ。

「よろしく」

差し出された手を取り、固く握手する。

「えへへ「へへ「へへ」

「…あの、そこのワンちゃんは?」

「あぁ、えへへへ、このワンちゃんは「犬じゃないです」

あっ喋った。

「呼子、貴方まで乗っからないで下さいよぉ」

「へへっごめん、ごめん」

「申し訳ない」

「……よく間違われますので、謝らなくいいですよぉ」

「僕の名は『シーサー』です。うちな…沖縄出身です。以後、お見知りおきを、水木さん」

「これは、ご丁寧に……沖縄とは…また…遠くから」

「ねずみ男さんに連れて来られ…いや…連行?…あっ拉致ですね、はい」

「何やってんだ、あの人…………君はそれで良いのかい?」

「なんだか居心地良くて…本州は暑くないし…僕暑がりでして」

「住めば都ですよぉ。どこでも」

「腹が据わってるね…」

「座るのは得意です」

「よく、屋根に座ってるね。シーサーは」

「はい、好きなので。屋根。特に瓦屋根。すべすべして気持ち良いのです」

「ハハハハハ!」

 

愉快で可愛らしい子達だ。

……………待てよ………こう見えて……俺より何倍も歳上の可能性があるのか…。

……聞かないでおこう。

 

「あっいけない…ここじゃ寒いだろ?…早く、二人も遠慮せずに家に入って、入って」

「おっ邪魔しま〜す」

ケンケン、と器用に一本脚で進む『呼子』。

「ご厄介になります」

テチテチ、と四つ足を運ぶ『シーサー』。

 

 

いやはや、まだまだ色んな妖怪がいるものだ。

 

 

年の暮れも終わりつつある今宵は妖怪沢山の大宴会で更けていった。

宴会が楽しいのは、人間、妖怪、関係無いらしい。

 

 

 

「じゃあいきまーーーす!!!」

ブワッブワッブォーーーンン

「いいぞぉ!!きたろーー!!」

ハハハハハハハハハハ!!!

皆の前に立ち、髪の毛をぐーーーん、と伸ばした鬼太郎が歌舞伎役者の様に、ぐわん、ぐわん頭を振って回す。回す。大いに回す。

凄ぇなぁ!!何処で覚えたんだ!

「儂が教えました」

「心を読むな……歌舞伎を観た事あったのか?」

「………昔、妻とな……」

「……良い想い出だな…」

「ああ、楽しかったよ……ぐすり」

「………そら、お猪口が空だぜ」

「…おぅ……ありがとうよぉ…」

杯を少し挙げる。

「……岩子さんに…」

親父も応えて挙げる。

「うん…岩子と………友に…」

「それは…光栄だ」

チリンッ

乾杯を一つ鳴らす。

 

「ごめんくださーいでぇ〜す」

「うん?」

この声と語尾は…。

 

玄関先に気持ちふらつきながら出てみれば…土間には豆狸くんがいた。

「やぁ、いらっしゃい狸くん」

「どうも、今晩はです!」

「今夜はどうしたんだい?」

「いやぁ、噂に聞くと…今日は大晦日だと…です」

「うん、そうだよ」

「大晦日は皆んなで集まって食事すると…です」

「するね」

「して…年越しの刻には蕎麦を食べると…です!」

「えっ…だからかい?」

「だからです」

「だからか」

「だから」

「いいのかい?今夜は沢山、人がいるよ?」

「沢山!嬉しいです!この毛むくじゃらの腕がなります!」

「そいつは有難い…でも、お代はどうしようか?」

「……僕の鼻に間違いが無ければ…果物が山の様にあるのでは?」

確かに…お婆さんから貰ったな…。

「それで良いのかい?」

「それが良いのです」

「ふふふ…お願いします」

「わぁい!台所借りても良いですか?」

「勿論」

 

年越しの瞬間は頬が落ちる蕎麦を、皆んなで食べながら。

およそ考えられる中でも最高の年末であった。




ご拝読ありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。