墓場より   作:ひノし

24 / 47
第二十四話

「…お仕事の塩梅はいかがですかな?」

「……先週、引き継ぎ作業が終わって…後は…今の任されてる案件を終えたら……いよいよ…ですね」

「それは、それはお疲れでしょう」

「…いえ…そこまでは………それに、立つ鳥跡を濁さず…です…最後が一番重要だと…思ってますので」

「素晴らしい心掛けです…水木さん…ご確認をお願いします」

鏡で頭の後ろを見せてくれる。

……うん、さっぱりした。

「結構です。ありがとう、黒髪切りさん」

「恐れ入ります」

 

柔らかな陽の中、満開の桜の下で即席の床屋が開店していた。

緩い風が、ひらひら、と花弁を落とす。

俺と鬼太郎の二人は、並べた椅子に座って頭を預けていた。

二人の鋏…一人は歯か…使いは巧みで、切断された髪の毛は顔に掛かる事も無く、肩にのる事も無く、地面に落ちる事も無くて、全て髪切り達の口に、つるつる、と入っていく。

貪らず、頬張らず、音も立てずに、行儀の良い食事を、作業と同時進行で行っているのも印象が良い。

惚れ惚れする程に作法が整っている。

 

「ふんっふんっふっふっふっふふーん」

椅子の少し前の卓袱台の上で、露天風呂を楽しんでいる親父の鼻唄が春の森の中を漂っていた。

 

「すーすーするぅ」

じょりじょり、している自分の側頭部を撫で付けながら、新しい髪型を確認している鬼太郎。

いつもとは変えて…気分転換に側頭部を刈り上げて貰った。

「どうかな?前の髪型の方が良いかい?」

「う〜ん、これはこれで…結構なおて前でぇ良いよお」

「くえくえっ」

両手の鋏で万歳をする髪切り。

「ふふふ、それなら良かった……しかし、髪切りさん…よく鋏だけで刈り上げれるね…素晴らしい腕だ」

「くぇえ」

鋏を腰の後ろに回して下を向いている。

……恥ずかしがっているのか……。

俺より、よっぽど人間味がある。

腕の時計を見れば時刻は、お茶の時間に丁度良かった。

「よし…お茶を淹れて来ますので待ってて下さい」

「くえっ」

「有難いです」

「僕も手つだう」

「ありがとう、鬼太郎」

 

開け放たれた玄関を抜けて、台所に向かえば…震々がお茶の用意を終えている所だった。

………ここ最近の震々は…何と言うか……全然、震えていないので…普通の幽霊に見えた。

……………………普通の幽霊ってなんだ…。

「……ごめんなさい…勝手に淹れさせてもらいました」

「いやいや、大丈夫ですよ!ありがとうございます」

「丁度、用意しようと思っていたとこですので」

「気がきくねぇ、震々」

「そうだ…髪切りさん達とお花見がてら一服するのですが、良ければご一緒にどうですか?」

「さくら、きれいだよ」

「……素敵ですね……お言葉に甘えて…同席させて頂きます…」

「うん!…あっ水木、垢舐めも呼んでくるねぇ」

「そうだな、お願いするよ」

「了かい!」

とててて、と風呂場に駆けて行った。

「……うふふ…鬼太郎君…すくすく成長してますね…」

「ええ、早いものです」

……追いつけない程に…。

 

「ズズッ……おいしいねぇ」

「うむ…これもまた乙じゃのう」

「べるん、べるん」

「…そうですね…」

「くえっ…ぺちょ…」

「美味」

 

茶を啜る。

僅かに口に残る渋みも、桜を眺めれば優しい甘さになって溶けていく。

 

再び、柔らかく爽やかな風が流れた。

 

舞い落ちる花びらは木々が恋しいのか…ふわり、ふわり、と地面に舞い落ちる。

 

目を閉じる。

心地の良い風は花びらだけでなく、その香りも運んできてくれた。

その景色と香りで、また一つ、茶の味が良くなる。

……花鳥風月さえあれば…お茶請けなど必要なく。

あとは…一緒に観る人がいれば良い…幸いな事に…今の俺には、それは全くの杞憂であった。

 

「風流だね、水木くん」

「……来るのでないか…と、ほんの少し思っていました」

目を開けば、桜の茶会から離れた場所に俺とぬらりひょんが向かい合って椅子に座っていた。

二人の間には喫茶店で使われている様な卓が一つ。

その上で湯気を昇らせる茶が。

「…………どうやったのですか?」

「ふふふふ…秘密だ」

悪戯な笑いを浮かべた。

 

「ハハ…兎も角…お久しぶりで、ぬらりひょんさん」

「うん。変わらず息災で安心したよ、水木くん……先に送った、おあしは受け取ってくれたね?」

「はい、有り難く頂戴しました……些か、厚い気がしましたが…」

「…?そう、かな?……まぁ、良い、良い……血液銀行の方はどうかな?」

「今月で何もかも」

「良し……では、あと幾日すれば依頼を回せるね」

「はい、問題ありません」

「うんうん……話を受けてくれて嬉しいよ…ありがとう、水木さん」

「いえいえ、こちらこそ」

「最初に言っておくけれど、別に私は君の上司になった訳じゃあない…どうか今まで通り…友人の積もりでいてくれたまえよ」

「あっ…はい」

…………まぁ………友人か…。

 

「さて、水木くん。君は、ここ迄、一重に私の言葉を信じて行動してくれた」

「嘘は吐かないでしょう」

「無論…いよいよ仕事を回すのだ。簡単に流れを説明させておくれ」

「はい」

 

「基本的には仕事の詳細は手紙にして…烏達に運ばせる」

「場所、時期、事件、容疑者、諸々解る範囲を認めるよ」

「……もしかしたら、訴えの手紙を()()()()()()()()事もあるだろう…それは容赦してほしい」

「その手紙に、幾らか御金を同封させてもらう」

「遠方になる事もあるだろうからね…諸経費に使ってくれ」

「そして、現地に移動…は烏、又は交通機関、水木くんの知り合いの妖怪でも良いだろう…現場に到着次第、事にあたってもらう」

「事件解決。一言で言うのは余りにも簡単。だが、だがしかし、その過程は様々だ。穏便に。過激に。言葉で。暴力で。静観、傍観。確認。駆除。保護。全滅にするか。なるか。時には未解決で……等々」

「方法は幾らでも」

「絶対条件は君と鬼太郎ちゃん達が無事な事。それは肝に命じてくれたまえよ!」

「事件…物語が完結すれば良い…完結しなくとも良い。現場の判断は君に任せる……ただ、そのモノの噂が広まらない様にしてほしい」

「その後の影響に不安が残るからね」

「事件解決。その時になったら、烏に簡単に報告してくれ」

「後日、報酬を運ばせる」

「…以上が大まかな流れだ…何か質問はあるかな?」

 

「……随分…その、仕事の条件が緩い気がするのですが…」

「ハハハ……そう聞こえたかね?……まぁ…やってみれば解るさ」

………。

「基本的には調査員と考えてくれれば良いよ。妖怪相手と言うのが頭につくが…」

「承知しました」

「…もう一度言うが、絶対条件。君と鬼太郎ちゃん達の無事」

「その身体も心も魂の一片まで…それは護ってくれたまえよ」

「もし、万が一の二乗…擦り傷の一つでも負ったのならば、それも報告してくれ。報酬の上乗せと即時に病院に突っ込むからね」

「大袈裟では無いよ!これは!命大事に!それは人間、妖怪、関係ないからね!分かったね?」

「…承知致しました」

「良し」

 

「では……これから宜しく頼むよ、水木さん」

割りかし大きな右手を此方に差し出すぬらりひょんさん。

「こちらこそ、宜しくお願い致します」

固く、長い握手を交わした。

 

「慌ただしいが…私は、もう消えるよ。やる事が山積みなのだ」

そんな言葉を残して霧散した、ぬらりひょんさん。

それを見届けて瞬きをすれば…茶会の席に俺は収まっていた。

………白昼夢の様な人だ。

 

カサリ

 

未だに握手の熱の残る手の中に、最初の依頼が残されていた。

 

「わぁ!びっくりしたぁ!水木!かえってきてたの!?」

「おう、悪いな鬼太郎」

「……髪切り達は、もう帰ったぞぉ。お主に宜しくと言っておった」

「震々と垢舐めは昼餉の準備に行ったしな」

「そうか、悪いな」

「しかし…儂の目も盗んで、よく消えれたのぅ…そんな技術をいつの間に…」

「あぁ、違う違う。俺がやったんじゃないよ…ぬらりひょんさんが来たんだ」

「……なぁんで、普通に尋ねないのかのぅ…彼奴…」

「…それは…そうだな」

そう言う在り方なんだろうか…。

 

「水木ぃ、それは何?」

手の中の手紙に気付く鬼太郎。

「これは仕事の案件だよ」

「ふぅん、お仕ごとかぁ」

「何!では、それが最初の依頼か?」

「そうなるな」

「へぇ〜見てみようよ」

…まぁ良いか…。

「じゃあ、開くぞ」

いつも通りの高級な紙で作られた封筒を開いて。

手紙を取り出す。

……おや。

小さな手紙には、真ん中に一言。

 

 

 

目の前の爺いの長話を聴いてやってくれ。

 

 

 

「ご機嫌よう。同志よ」

春の木漏れ日の中に、どす黒い墨を押し付けた様に漆黒の紳士が現れた。




ご拝読ありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。