墓場より   作:ひノし

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第二十六話

東北。山の麓。

自然と人の営みが鬩ぎ合う町。

そこに、俺、目玉の親父と鬼太郎は汽車に揺られて辿り着いた。

 

梅雨の手前、一年で一番日が強い時期に。

俺達は仕事に来たのだ。

 

「うーーん!着いたなぁ!」

俺達は駅のホームの日陰で思い思いに身体を伸ばしていた。

「お疲れさん、水木」

鬼太郎の左目の位置に収まっている親父。

こうすれば、ミえる人間にも見つからぬ為だ。

「むーーん!ありがとぉ」

鬼太郎は半袖半ズボンに何時もよりも薄手で涼やかなちゃんちゃんこ。

そして、下駄に麦わら帽子を身につけていた。

「いや何、ただ座っていただけだ」

「鬼太郎を膝の上に乗してな」

「そんな、重くないって」

「ごめんね!水木!」

「いいんだよ。さぁ、仕事の時間だぞ。鬼太郎!」

「おー!」

少し、大きくなった両手を挙げる。

「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか…」

「あるいは…それ以外か…その調査だ。親父」

「気をつけよ水木。何分、初めて訪れる場所」

「何が切っ掛けになるか分からんぞ」

「なぁに、二人がいれば…そうはかからんよ」

「おー!」

「ふふ、では役場に行こうか」

 

妖怪探偵業、初の出張であった。

 

春から始めた新しい仕事。

これ迄は、近場にいる比較的大人しい妖怪達の実地調査…と言うか…雑談と…鬼太郎、目玉親父の顔合わせであった。

……まずは慣らしという事だったのだろう。

それにしても、都内に…あれだけの数の妖怪達が在るとは驚きの事であった。

それに付け加えて…皆んなが皆んな…優しい妖怪達ばかり。

彼等に出逢えたのは、幸運半分…親父の人徳が半分。

誰も彼もが貴方が()()()()と言って憧憬や畏怖の目で親父を見ていた。

時には、命の恩人と呼ぶ妖怪までいた。

「まぁ、成り行きでな」

成り行きでそんな事になるか…?

「……お主に言われとうない…」

 

それ故に、本格的な妖怪事件の調査は…この出張が初めてであった。

 

日差しが照りつける砂利道を鬼太郎と手を繋いで歩く。

影を作る様にしながら。

 

「『小豆洗い』」

「確か、それが事件の容疑者第一候補だったな?親父」

「ああ、話を聴いて其奴しか浮かばなんだ」

 

連続傷害事件。

容疑者は妖怪。

 

この発展途上の町に起きた事件。

その詳細を簡単に纏めてみる。

 

事件は一月前。

酔っ払いが橋から川に落ちた事から始まった。

 

町の中央に位置する古い川。

その下流に橋がある。

築数十年の木製の太鼓橋。

確かに古い橋ではあるが見事な建築技術により健在であった。

両端にある手摺は高さ五尺以上あり一息で乗り超えれる物では無い。

それこそ登って自ら飛び降りぬ限りは。

 

幸いな事に落ちた酔っ払い…中年の男は下流の川岸に流れ着き、それを近隣の住民が発見した事から…大事にはならなかった。

病院で一晩を明かせば帰宅する事が出来た。

 

その為、最初は唯の事故として処理された。

異を唱えるのは、落ちた男だけ。

酔っ払いが…たとえ、誰かに押された、引き摺り込まれた、と言っても信じる者はいなかった。

 

落ちる者が続出するまでは。

 

総勢、十二名。

老若男女問わず、時間を問わず、川に落ちた。

不幸中の幸いな事に十二名も落ちたにも関わらず、未だ重傷者…死者は出ていない。

川から落ちて、流れて、見つけられ、生還した。

奇跡としか言えないだろう。

 

問題は此処から。

 

最初に落ちた男以外の十一名全員も…誰かに押された、又は、何かに引き摺りこまれた、と証言したのだ。

橋の上には自分の他に誰もいなかった…と明確に覚えていながら。

折角の証言ではあるが…それでは、警察も捜査にはならなかった。

どれだけ周辺の住民に聞き込みをしても梨の礫。

 

影も形も無い通り魔の犯行…になる。

 

しかし、第二の証言が唐突に。

 

…捜査が始まって数日すると被害者の何人かが…口々にある事を言い出したのだ。

 

“橋の真ん中で……確か…()()…”

 

“そうだ!音が聞こえたんだ!”

 

“余りにも大きな音だったから…”

 

“辺りを見回しましたの…”

 

“そんでな、どうやら、その馬鹿でけぇ音がよ。川から聞こえてくんだわ”

 

“だから…手摺から…頭を出して…川を見たの”

 

“そして…落ちた”

 

“あの音に誘われたんだ”

 

“あんの音は…どっかで………”

 

“聞いた事のある音でした……確か…あれは…お米?”

 

“あれは……そうだ!小豆だ!小豆ん研いだ音だったぜ!”

 

大きな…小豆を研ぐ音。

それが川から。

 

街の人々は皆…その正体不明の音と通り魔を恐れて…橋に近づかなくなった。

 

警察は未だ犯人の尻尾を掴めず。

 

事件の進展が無ければ…怪しげな噂は留まる所を知らない。

 

これは…きっと…妖怪の仕業だ、と。

 

そうして、事件解決の依頼が俺の所まで辿り着いた。

そうして、俺達は此処にいる。

 

親父さんが言うに…『小豆洗い』の事件を解決する為に。

 

 

「実際、人を襲う妖怪なのかい?」

「いや、直接、害を為す事は無い筈じゃ。ただ小豆を研いで、歌って、誘って、落とす。それだけじゃな」

「落とすだけか?」

「ああ、落とした後は…何もせん」

「なんじゃそりゃ」

「そんなもんじゃ」

「…歌って、と言ったな…何を歌うんだ?」

「変な歌じゃぞ…確か……《小豆洗おか。人取って喰おか》…だったな」

「おいおい」

「小豆洗いに喰われた人間の話などは無い」

「ただ、歌っておるだけだろう」

「趣味の悪い奴だな」

「まぁ…否定はせん」

「…そうなると…なんとか説得するしか無いか…」

「素直に聞いてくれりゃあええんじゃが…」

 

程なくして役場に着いた。

役場には本事件の依頼人である町長がいる。

挨拶をしておかねば、と立ち寄ったのだ。

 

しかし。

 

「申し訳ございません。水木様」

町長の部下である眼鏡の男が頭を下げる。

「町長は…今、入院中であります」

「あっ、それはそれは…どこか、お身体が?」

「いえ…余り、大きな声では言えないのですが…」

部下の青白い顔は今にでも倒れてしまいそうで。

詰まらせながら、か細い声を絞り出した。

「…ぅぅん……二日前……例の橋に……一人で行ってしまったのです」

「まさか…」

「……ええ…町長が十三人目…になってしまいました」

「何と…ご容態は?」

「幸いにも軽傷であります。頭を少し打っただけ」

「今は街で一つだけの病院に…」

「もし…探偵様が役場に来たら…病院にまで訪ねる様にお願いしてくれ…、と町長から言われております」

「ですので…お手数ですが…この後、病院に行っては下さりませんか?」

「分かりました。このまま向かいます」

「恐れ入ります」

 

涼しげな役場から砂利道に直ぐに戻る事になった。

 

「まだ…いるって事だな」

「ああ、それもやる気満々じゃな」

「だが親父さん。偶々だぜ。偶々、死人が出ていないだけだ」

「人間が川に落ちれば…どれだけ危険か分かるだろう?」

「分かっとるよ、水木…時間の問題じゃな…」

「ああ、そうだ。時間との勝負だ」

「町長に面会したら…そのまま()()に向かおう」

「…成程、道理じゃな。橋から落ちない様にするならば…橋を渡らなければ良い」

「そこから落ちるかもしれんが…」

「いや…大丈夫じゃろうよ」

「どうして?」

「勘」

「……何故だか…信じれよ。親父」

「ハハハ」

 

太陽が真上に着いた。

砂利道の続く先で陽炎が起きていた。

 

ゆらり、ゆらり、ゆらり、ゆらり。

揺れる陽炎。揺れる風景。揺れる道。

…そう見えるが…実際には…揺れてなんかいない。

何も起きていない。

ただ、熱いだけ。

なんの不思議は無い。

 

頭の中でそんな事が思い浮かんだ。

 

変な事が浮かんだなぁ…。

日差しで頭がはっきりしないからだろう…。

 

…こりゃあ、まずい。

隣の幼子を見やる。

 

「鬼太郎、大丈夫か?」

「うん」

「体調は?」

「暑いだけ」

「そうか、しっかり水を飲みなさい」

「分かった」

「このくらい大丈夫じゃよ」

「…分かってるさ。貧弱じゃない事は…分かっちゃいるけどなぁ」

「いいんじゃ。其処もお主の良き所。直せとは言わぬ」

「のぅ、鬼太郎」

「うん。いっぱい心配してね」

「それは…嫌だな……」

「ありゃ?」

「何事も無いのが一番だよ。鬼太郎」

「成ほど」

こくこく、と頷く鬼太郎。

…利口な子だよ。本当に。

「……うん?…おっ!あれは」

揺れる陽炎の中に白い旗を見つけた。

「鬼太郎!良いものが食べれるぞぉ!」

「なぁに?」

「おぉ…おぉ!丁度、良い所に!」

「氷菓…今風で言えば、アイスキャンデェじゃよ。冷たくて、甘くて、旨いぞぉ」

「!素てきそうだねぇ」

「鬼太郎、食べるかい?」

「いただきます」

 

日焼けしたお爺さんから、二本アイスを戴く。

綺麗な水色と黄色で見目も楽しい。

 

「毎度!」

「どうも」

「ありがとうございますぅ」

「礼儀正しい子だねぇ」

「けけけ」

「ははは」

 

砂利道をアイスを齧りながら歩く。

すーーっ、と身体の熱が冷めていく。

ほんのり甘い氷は口の中でジャリジャリ鳴る。

久しぶりに食べた変わらない味は子供の頃を想い出させた。

冷たく、甘く、楽しい味である。

 

「美味しいかい?」

「おいしいねぇ、これ!冷たいし甘いしボリボリしてるねぇ!」

「気に入った様で何よりだ」

「お父さんもどぅぞ」

アイスキャンデーを左目に差し向ける。

「ありがとう鬼太郎。どれ」

シャリ

「「おぉう」」

「冷やっこいのぅ」

「眼の中が冷たくなったぁ」

…………感覚あるのか…。

 

少しばかり、ひんやり、とした俺達は程なくして病院に着いた。

 

受付で探偵だ、と言えば直ぐに二階の町長の病室に通してくれた。

 

「失礼致します」

「…どうぞ……おや、貴方は」

町長は窓際のベッドに腰掛けていた。

「ご依頼を頂いた…水木と言う者です」

「おぉ、おお!!君が探偵の!やぁやぁ、こんな田舎町まで、とんだご足労を!」

ひょいっ、とベッドから降りる所を見れば…確かに重傷では無い様だ。

「それでも、この町にようこそ!水木さん」

分厚い手を差し出してくる。

その手を取って握り返す。

「歓迎のお言葉、ありがとうございます」

 

和かな町長。感じの良い方だと思ったのも束の間。

すとん、と表情が抜け落ちて能面の様になる。

 

「…町長さん?」「………」

返事もせず乱暴に、ぐいっと俺の手を引っ張る。

不意を突かれた俺は町長に寄りかかる形になった。

そのまま続けて耳元で囁く。

 

「直ぐに橋にいけ。そこに答えがある」

 

「えっ?」

目の前の町長の目は力強く俺を見据えていた。

 

瞬き一つの目線を交わして、町長は薄っぺらい笑顔を己に貼り付けた。

 

「おっとっと!大丈夫ですかな?日に当たりすぎたと見える!」

「…あぁと…えぇ…申し訳ないです。失礼しました」

「まぁまぁ!ご挨拶もそこそこに!兎にも角にも来てくれて良かった!どうも!どうも!水木さん!こんなオヤジの相手もつまらんだろう!この病院の向かいにカフェがあるんだ!そこで涼むと良い!では!会えて良かった!」

矢継ぎ早にべらべらと喋りながら、ぐいぐいと押して俺を病室から追い出す町長。

「宜しく!」

「えっあのちょっと」「頼む」

一瞬の鋭い視線は雄弁であった。

「………承知しました」

「ありがとう!ありがとう!」

「ああ!そうそう!カフェの会計は私の名前を出してくれれば良いからね!」

「…」

「では!」

扉に手を掛けた町長は薄っぺらい笑顔のままであった。

「じゃあ」

ずっと黙って気配を消していた鬼太郎が別れの挨拶を返した。

「……!………坊ちゃん……気をつけてな……熱いから」

……随分と慎重な言葉使いは強く印象に残った。

「………では……ね」

ガラガラピシャん!

 

「…………」

町長との会合は一瞬で終わった。

 

「……何がなんだか…」

カフェの一番奥、誰からも見えぬ席で軽食を摂る事にした俺達。

卓の上にはカレーが二皿。

無難に旨いカレーを頬張りながら、小さな声で親父と話す。

 

「…なぁんかきな臭いのぅ…」

「……何故だい?」

 

「二人居た」

 

「あの病室の周りに…気配を消してな」

 

「……そうかい………護衛……いや、違うな。違う」

「そうじゃ。護衛ならば堂々としてりゃあ良い」

「…あの町長の態度と合わせて考えれば……監視…か?」

「余計な事を言わぬ様に」

「何が余計になるんだ…?」

「さぁのう……じゃが…当の町長が言うておったのだろう?」

「ああ…答えは橋に…だと」

「行くしか無いな」

「橋にか?…大丈夫だろうか?」

汗だくでカレーを口に押し込む鬼太郎を見る。

「……先は言わんかったが…落ちた者は皆一人の時にだろう?」

「ああ、そうらしい」

「うん。今回はそれが()()の様じゃから儂等三人で行けば良い筈じゃよ」

「…条件…か…律儀なモノだな。妖怪達は」

「ある意味、純粋無垢な存在じゃからな」

 

「自分自身の生き方を、()()では曲げられないのじゃよ」




ご拝読ありがとうございました。
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