墓場より   作:ひノし

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第二十七話

涼しい店内から出て再び暑苦しい砂利道を歩いていた。

サンドイッチをおかわりして満腹になった鬼太郎は、今は俺の背中で眠っている。

そんな鬼太郎を包むちゃんちゃんこは、いつも通り…紐…子守り帯に。

腕時計でいる時が長くなっているオカリナは大きな日傘に変化してくれていた。

「いつも、すまないね」

感謝の言葉にささめいて応えてくれる。

「なんの、なんの、今までじゃあ考えた事も無いものに成れて面白いらしいぞ」

親父さんは久しぶりに胸ポケットに収まっている。

「そう言ってくれりゃあ助かるよ」

カランコロン!

前方の砂利道に小気味良い音で着地して、下駄が偵察から帰ってきた。

「おっ!お疲れさん。どうじゃった?」

カラン

少し浮いて空中で円を描く。

「異常無しって事か」

「そうじゃな。安心して行けるの」

「ありがとう、下駄さん」

カランコロン

軽やかな音で応えて、又、鬼太郎の小さな足に戻った。

 

一安心して歩を進めていれば古い川が見えてきた。

 

スーーーーーーー

 

川の流れは穏やかなものだった。

じっ、と目を凝らさなくては流れていないかの様に。

ゆったり、と流れている水は濁りがなく透明で川底まで見通せた。

「深さは…四尺程か」

そして、此方の端から向こう岸の端までは大凡、三間。

「まぁまぁ、あるな…」

「しかし水木…これなら、泳げるんじゃないか?」

「確かにな…けどな、それは泳ごうとしての話だ。今回みたいに下手な体勢で着水すると気絶する可能性もある……たとえ、意識があっても、いきなり水の中に落ちれば混乱、恐慌状態になって碌に泳げなくなる」

「ほぉ、そうなのか」

「だから、水場はおっかないんだよ…簡単に命を奪ってしまう」

「なるほどのぅ。いやぁ、やはり儂等の尺度で考えてはいかんな」

「勉強になりますよ、水木さん」

「何を仰る…」

貴方の知恵に敵うものか。

「そうか?」

「そうだ」

 

川沿いの土手道を歩けば程なくして問題の橋に辿り着いた。

 

「……何も感じないな、俺は」

「儂もじゃ」

古くから在る橋。

元々の色であろう朱色は褪せて、剥がれて、素材の木が乾涸びているのが見える。

しかし、そんな状態であっても何処も割れも折れてもいない。

丈夫な橋だ。

…幅は精々、人がすれ違える程度。

勿論、橋の上にも、周りにも人気は無い。

ついでに建物や電柱、木々さえも無い。

川と橋、それだけがある。

「こんなに見晴らしが良かったのか」

遠くの山々の裾野まで広がる田んぼが見渡せる。

「辺り一面が見えるのぅ……こりゃあ妖怪の仕業と言うのも不思議は無いわ」

…その通りだ。仮に人間の仕業としても…これでは一目瞭然。たとえ、()()()()産女の様に足が速かろうが、近づく姿が、もしくは逃げる姿をハッキリと目撃してしまうだろう。

「……答えってなんなんだ…」

「渡ってみるか?」

「そう…するしかないか…一応…妖気だったか?それの警戒を頼むよ」

「無論」

日傘を折りたたみ、オカリナに変化の準備を念ずる。

「…いざ」

傘を下手で構えながら、橋へ最初の一歩を踏み出した。

 

「…………」

カタ、コト、カタ、コト

「…………」

 

カタ、コト、カタ、コト、カタ、コト

 

カタ、コト、カタ、コト、カタ、コト

 

カタ、コト、カタ、コト、カタ、コト

 

「………………」

 

俺達は何事も無く橋を渡り終えてしまった。

 

「…………何も聞こえなかったな」

「うん…何もいなかった」

「……もう一度…」

「おう」

 

橋の手摺に手を当てて滑らせながら、中腹まで戻る。

立ち止まり、丈夫な手摺に身体を預けて橋の下を流れる清流を眺めてみた。

「…………」

川にも、両端にある荒れ果てた土手にも、何者も見えない。

 

なんとなしに手摺を拳で軽く叩いてみる。

 

トントン

 

固い音が鳴る。

そのまま目を落として…手摺を観察してみれば何か擦れた跡が残っていた。

どうやら、被害者の一人はここから落ちた様だ。

 

スーーーーーーー

 

「…………」

 

川は知らん顔で緩やかに流れている。

 

「親父」

「駄目じゃ…すまんのぅ」

「いいんだ………夜に一人で出直すか…」

「水木」

「出逢えなきゃ仕方無いだろうよ」

「危ないと言ったのはお主じゃろうが」

「最悪…落ちる事が分かってれば大丈夫だ」

「いやいや……せめて儂も「鬼太郎を一人にする気か?」

「うっ……ならば…せめて、ちゃんちゃんこを持っていけ…」

「いいのか?」

「当たり前じゃ」

「ありがとう…親……」

「…どうした?」

「……………こ、れ、は…」

 

キィイイインンンン 

 

ドンッ!!

 

甘い、匂い、が、した。

 

「何処からだ…」

 

目一杯、息を吸う。

微かに呼ぶ香りは川の流れが運んで来ていた。

 

匂いを辿って俺は駆け出した。

「おあっと!?うおぉ!!?水木!?!どうした!!」

「…………」

 

ダンッダンダンッ!!

 

橋を一足飛びに渡り、橋のたもとの直ぐ側の土手を駆け降り岸に躍り出た。

 

「はぁはぁ…」

「…………」

 

荒れ果てた川岸には立派な太い柱が二柱建っている。

その片方に男が座り込み身を預けていた。

 

「…あれは………水木よ、何故分かった?」

「……鼻が良いんだ…」

「お、おう?」

「そんな事より…あの人を…」

 

鬱陶しい草を掻き分け男の元へ。

 

「……これは…」

 

力無く座り込む男の格好は見慣れた物であった。

丈夫で、重くて、暑苦しい。

それは、その格好は、薄汚れ、擦り切れた、緑の詰襟。

 

馴染み深い服…つまりは…軍服であった。

 

「もし…」

「………………………」

「もし…貴方…」

「………………………」

腰を落として返事と生気の無い()軍人の肩を揺さぶる。

「…もし!大丈夫ですか!!しっかりなさって下さい!!」

「………………ぅぅ」

「!しっかり!!」

「………………………み…ず…」

「水…水ですね!」

 

「ほいよ」

 

背後から竹の水筒が差し出された。

「すまん!鬼太郎!」

それを掴み取り、男の顔の前に突き出す。

「さぁ、水だ!飲みなさい!」

「…ぁぁ………んん」

薄く開けた口に水を流し込む。

「…水木、水木ぃ」

「なんだ!親父さん!!」

「後ろじゃ…後ろぉ!!」

「何がだよ!」

「阿呆!鬼太郎の水筒は()()じゃろうが!!」

………あ……。

「後ろを見ろ!!」

ぐるん、と後ろに振り返る。

 

「どうも」

禿頭で出っ歯の小さな親爺が手を挙げる。

挙げた手は二本の指しかなかった。

「おらぁ『小豆洗い』ってんだ」

「宜しくなぁ」

 

「!!!?ちょっだっすすす少し待っててくれ!」

「おぉう。慌てんでもええぞぉ。向こうんとこで小豆洗っとるわぁ」

てくてく、歩いて離れていく『小豆洗い』。

「おい!水木や!」

「悪いが後回しだ!」

「おおっおお!?」

「…あっ、いや、そうだな!親父、下駄とオカリナと一緒に!」

「逃げない様に見張っててくれ!」

「合点承知じゃ!てやっ!」

親父さんは飛び出た下駄に乗り、傘と一緒に小豆洗いの方向に矢の様に飛んで行った。

 

「ぅぅ…」

男の顔色は幾らか良くなっていた。

「大丈夫ですか?」

「……あぁ…すまない」

しゃがれ、ひび割れた声。

「いえ…」

……汗と泥と垢に塗れた男の顔は酷く、げっそり、としていた。

「しかし…水を飲んだだけでは駄目です。貴方、家は?」

「…ない」

「む…………ならば…病院に行きましょう」

「いや、いい……眠れば治る…だから…世話してくれて悪いんだが…ここを動く気は無い」

「………」

「……目を見れば分かる…アンタも還ってきたクチだろう……頼むよ」

還ってきた……か。

「………………そう…言うのでしたら……」

「悪いな………ところで、だ。アンタ見ない顔だ。こんな片田舎に何をしにきたんだ?まさか観光か?」

この話は終わりかの様に饒舌に話を振ってくる。

「自分は東京から来た…探偵の水木、と言う者です」

「ふぅん、探偵さん」

「ええ、最近この橋で起きた事件を調査する為に…この町に」

「成程……あんなに落ちて…お巡りも働かねぇなら…それも当然か」

……。

「遠くから大変だったなぁ、水木さん」

「いえ、仕事ですので」

「それでもだ……こんな町に………まぁ、まぁ」

こんな町…そこだけ…心底、見下げ果てた様に吐き捨てていた。

「………あの、すみませんが…お名前を伺っても?」

「……権兵衛だ」

……………二つ。

「…権兵衛さん。貴方は何時も此処に?」

「ああ、此処に」

「…何か見ましたか?」

「ああ、見た。笑えたよ。皆んな酷く驚いた顔だったな」

「……()()()…?」

「うん?鈍いなアンタ。今の会話の皆んなっちゃあ、落ちた奴等に決まってるだろ?」

「…………落ちた時、いたのか?」

「ああ、此処に」

「………ただ見てたのか?」

「ああ」

…………三つ。

「………なぜ、何故、そんな事………何故…助けなかった…?」

「………助けたくともなぁ……脚が無くてね」

…………あし?

「ほぅら、ご覧よ」

そう言うと、縮こめていた姿勢を正すと胡座を解いて…ぺったんこのズボンを広げた。

 

パサ

 

そのボロボロのズボンは男の腰の部分から俺に向かって伸びた。

「なんなら、剥いてみるかい?面白い程ぐっちゃぐっちゃな断面が見えるぜ…ハハハハ」

 

…………平べったい布を見るに大腿部の半分から下を失くしている。

両脚ともに…。

「…………大変な失礼を……」

「おいおい。本人が笑ってんだ。本気で謝られても困る。それに、ほら、探偵さんよ、質問を続けなよ。さぁ、さぁ、仕事しな。大事な大事な目撃者なんだぜ?」

…。

「…………では……」

「そうこなくちゃ」

「落下する所を見ていたのでしたら…被害者以外の者は見えましたか?」

「いや、見えなかったなぁ」

「………他に…何か変わった事、気づいた事は……例えば…」

「投げやりだな。その質問は最後の手段じゃないのか?」

「…例えば…()とか」

「……音だと?音が事件と何の関係がある」

「被害者達が皆、口を揃えて証言したんですよ。小豆を研ぐ音が聞こえた、と」

「……ふっ…」

「…」

「面白い事言うぁ……俺には全く聞こえなかったが…」

……四つ。

「勿論、変わった事も気づいた事も無かった……ただ、人が間抜け面で落ちただけだ」

「……そうですか…」

「他に聞きたい事は無いのか?水木探偵さんよ」

「…あと一つだけ……権兵衛さん、貴方、この話を警察には?」

「いんや、してねぇよ……誤解するなよ。警察に嘘やら隠し事をした訳じゃない。ただ、奴等は俺に気づかなかっただけだ」

「気づかなかった……気づこうとしなかった…気づきたくなかった」

「俺の事なぞ、見たくも無かった」

「多分、そうなんだろうさ」

「奴等だって、なるべくは綺麗で…人間的なものだけをみていたいのさ」

「職務怠慢も甚だしいがな」

「だから、この話をしたのは…アンタが初めてだ」

「良かったな。重要な証言を一番に手にできて」

 

「ふわぁ〜あ………質問も終わった様であるし…俺は一眠りさせて貰うぜ…」

「ご協力感謝します」

「ハハハハハ!精々、頑張りな。水木元兵卒殿」

心にも無い事を言って、男はゴロンと横になった。

 

立ち上がり、寝転ぶ男に影を作る柱を見上げる。

 

「……………」

 

俺は頭を下げて踵を返した。

 

数歩、歩いて、照りつける太陽を睨む。

 

クソッタレ。

今日の日差しは馬鹿に熱い。

嫌な事を思い出させる。

「……ハァ…」

クソッタレ。

「…アチィな…」

 

 

「はい、お水」

 

 

背後から鉄の水筒が差し出された。

「飲んで」

「……………起きてたのか……いつから?」

「今」

…………。

「鬼太郎」

名前を呼んで言外に(たしな)める。

「…ごめんなさい。さっき、あのおじさんと話してた時から…」

「…別に怒りゃしないよ。ただ、そんな事で誤魔化さないでくれ…」

「うん…()()()()()()が良かったかなって…」

「…はぁ……鬼太郎。お前さんは…どこまでも利口で優しい子だよ…」

「そう…?」

「ああ、少なくとも俺よりは……気を遣わせて、すまない」

「ううん」

「それより…ほら、水木…熱いなら水のんで…」

「うん。ありがとう…だが、それは鬼太郎の分だ」

「むぅ、がんこ」

「ハハ。大丈夫、もう熱くないよ」

「本当?」

「本当さ」

「……ヘンテコな体してるねぇ」

「…ん……まさか…その台詞を言われるとは…」

頭に(もた)げた熱さと痛みは…消えて無くなっていた。

 

「ところでぇ…水木、何でボクが嘘ついたの分かったの?」

「……さて、な。自分でも分からん……勘が良くなったんだろうよ。鬼太郎とお父さんのお陰じゃないか?」

「あり…良かったのかしら?」

「良いさ」

「ふぅん、なら、いいけれど……あっ、あと降ろして…歩くから」

「別にこのままでも良いぞ。俺は」

「…歩きたいの」

「フッハハ!愛い子だよ、本当に」

「……むぅ」

 

鬼太郎と手を繋いで…親父さんの飛んでった方向へ歩く。

 

「ハハハハハ!」

「へへっ!!」

……笑い声が前方の(くさむら)から聞こえてくる。

「なんだか、楽しそうだねぇ」

「…本当だな」

草を掻き分けて声の主達の元へ。

伸び放題で俺の身長程の高さの草を超えれば…少し広い場所に出てこれた。

「うまいのぅ、こりゃあ、なんと言うんじゃ?」

「あぁ、それも知らん!ただ、人間の見様見真似しとるだけだからな!」

「名無しの菓子ばかりじゃないか!?ハハハハ!」

「ヘヘヘ!ななしのかし、って名前があるでねぇかよぉ!」

「「アッハッハ!!」」

………意気投合してる……。

「随分、ご機嫌ですね。目玉の親父さん」

「ハッ!みみ水木!誤解じゃ!」

その言い方が誤解を招くわ。

「お父さん……水木という者がいながら…」

「鬼太郎、言い方」

「儂の本命は水木だけじゃあ!」

「オヤジぃい!!言い方ぁ!!」

「へへへへ!面白えな!親父の家族はよぉ!」

 

二人がいた川岸には、竈やら釜やら、旨そうな茶が青空の下、あたたかいままになっていた。

 

「ゔっぅん。失敬。誤解じゃよ。水木」

「よく仕切り直せるな。親父」

「…まぁ聞け……確かに…『小豆洗い』、お手製の餡を使った和菓子をたらふく戴いた。大変、美味でした」

「お粗末様ぁ」

「いえいえ、ご馳走様でした」

「いいなぁ」

「…………」

「そんな目で見んでくれぇ……ちゃあんと理由があるんじゃ……もう一度言うが誤解なんじゃよ」

 

「「小豆洗いは犯人じゃない」」

 

俺と親父の声が揃う。

 

「だろ?」

 

「やや!!水木お主、名探偵じゃったか!?」

「いや、凡人だ……勘が良いだけの」

「それに先程、犯人に会った」

「…あぁ、あの人?」

「…何………どうして、逃した?」

「捕まえて、止める為に」

 

「俺が犯人じゃないって、何のこっちゃ?」

 

おはぎと茶を鬼太郎と俺の前に置きながら、不思議そうな顔を俺達に向ける小豆洗い。

 

「食べていいのぉ?」

「おん。食いねぇ、口に合えばええけど」

「いただきます……あんぐ……おぉうお!ふぅまぁい!!」

「へへへ!!そりゃ、良かった!いっぱいあるで慌てんなよぉ!」

「ありがと!」

「いんや、いや」

「すみませんね」

「いいんだぁ。水木さんだっけ?アンタも食いな」

「ありがとうございます」

 

「すまんの、小豆の……ええとな、さっき、お主が言うておったろう。ここん所、よく人が流れてくる、と」

「おう、ほんと、若い人等は川遊びが下手っぴになったなぁ」

 

「おらぁが助けなきゃ…お陀仏だったぞぉ」

 

……道理で…。

 

「小豆洗いさんが救ってくれてたのですね」

「大袈裟だなぁ、(あん)ちゃん…それに呼び捨てにしてくれや」

「大袈裟なものですか。貴方がいなきゃ…何人が()()()()()()だった事か…」

「ありがとうございます」

「……目玉の言う通り…珍しいお人だなぁ…」

「まぁ、なんだ、感謝の言葉は有り難く受け取っておくわ」

「そんで…話ぃ、戻すんけれど…犯人って何でぃ?」

「ええ、その落ちた人達、遊んでた訳じゃあないのです。突き落とされたんですよ」

「あや!?そりゃあ穏やかじゃないなぁ」

「はい」

「そんでぇ…犯人は何処に?」

「あの橋の下にいます」

「あっ……あん子かぁ………まさかぁ…」

「…知り合いですか?」

「おん、ガキの頃からな。よく、こん川で遊んどったから」

「珍しく、俺達の事もミえてたし…優しい子だったぞぉ…」

「………残念だけど…今はミえん様だけども」

「…そうでしたか」

「しかし、何だってんな恐ろしい事を…」

「それは…まだ…」

「…そうかい……あん子を捕まえるのか?」

「………最後はそうなるかと……十三人も殺しかけてますし……」

「…そう……か……まぁ、なんだ、手荒にならない事を祈っとるよ…」

「…努力します」

 

「…ほんじゃま、これ以上は口を挟まんよ…さぁ、水木の兄ちゃんも食べてくれ…この……これって名前、何てんだ?」

「ハハ、おはぎですよ。小豆洗いさん」

「へぇ、おはぎ…か……漸く、名前を知れたわ」

 

小豆洗いが作ってくれた、おはぎは絶品であった。

 

夕暮れに移る中、和やかに四人でお茶をした。

 

「…ほんじゃあなぁ。気をつけてなぁ」

「ええ、ご馳走様でした」

「おいしかったよぉ」

「じゃあな小豆の。この町から去る時は挨拶しに来よう」

「おう。久しぶりに会話が出来て嬉しかった。ありがとよ、三人共」

「では、お休みなさい」

「おやすみな」

 

静けさに満ちた夜道を黙って歩けば虫達の唄声が微かに聞こえた。

 

「綺麗な声だねぇ」

「そうじゃのう」

「…ああ」

 

こんな町には似合わない。

 

依頼者である町長が用意してくれた宿に着いた俺達は、風呂に入り、夕食を摂った。

その後、直ぐに鬼太郎を寝かしつけ、俺は外出の準備を整えた。

そんな俺を見つめる目玉の親父。

「……どうした?」

「…言わんくとも分かるだろう?」

「ああ…分かったよ…」

 

説明の時間。

 

「親父さんが小豆洗いを追いかけて行った時、俺は奴と話をした」

「奴は……俺と同じ戦場帰り…そして、俺より失ったものが多かった」

「両脚を失っていたんだ」

「……そして、心も」

「最初は俺も奴を犯人とは思わなかった」

「出来る訳が無い、と」

 

「そう思っていた……奴が、嘘を吐くまでは」

 

「奴は四つ嘘を吐いた」

 

「一つは」

“…………あんなに落ちて…………“

「他人事では無い」

「二つ目は」

“権兵衛だ“

「偽名だ」

「三つ目は」

“ただ見てたのか?”

“ああ”

「見てる()()じゃない…」

「しかも、直前に質問した…」

“……落ちた時、いたのか?”

“ああ、此処に”

「それは真実だった」

「四つ目は」

“………俺には全く聞こえなかったが…”

「いいや、聞こえていた。小豆の音が」

 

「……それに合わせて…奴の手…と後ろにあった柱だ…」

「奴の手はマメだらけで、爪は割れて、血が滲み、皮は厚く、小さな褪せた柱の欠片が一面に突き刺さっていた」

「そして……柱は下から上まで、赤く、黒く、茶色い、手の跡がべたべたと付いていた」

「…そうだ……奴は柱を手の力だけで登っていたんだ」

 

「登って、登り終えて、奴は手摺にぶら下がり…人が一人で通る時、小豆洗いの音が鳴る時、それを……その条件が重なるのを…じっ、と待っていた」

「そして条件が重なった時…奴は人を川へと引き摺りこんだんだ」

「…驚く表情も、よーく見えただろうさ」

 

「……勿論、俺達が橋を渡っていた時も…奴は機会を伺っていた」

「…そして…俺には聞こえなかったが…」

煩わしい耳鳴りで。

 

《ドンッ!!》

 

「……今日は日差しが強かったからな……気が遠くなって…落ちたんだろう。川ではなく…固い地面にな…」

 

「……はぁあ……」

 

「動機も、何も知ったこっちゃないが…あの野郎は十三人も殺そうとした」

「……止めなくては…」

 

「………」

「この推理は間違っているか?親父さん?」

「…いや、恐らく大筋はそれじゃろうよ…」

「しかしな、水木、水木さんや」

 

「何故、そんなに怒っているのだ?」

 

「…何を!怒って当然だろうが!人殺しだぞ!!」

「儂がいうとるのは…()()()じゃない…」

 

「…そっちって…」

「お主、あの男以外にも怒っておるじゃろう」

「何にじゃ?」

「儂には寧ろ、()()()の方に激怒しとる様にみえる」

「水木さん、貴方、何に怒っとるんじゃ?」

 

「………」

「儂は事件の真相より、貴方の心を知りたい」

「……此処にだよ」

「…この町だ……この町にだ」

 

()()()()()()

 

「一人、二人、ならば良い。だが、十三人。十三人だぞ!」

「おいおい!!」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「あの男が表情がよく見えた、と言うならば、相手だってそうだ!」

「しかと見た奴が絶対にいる筈だ!」

「あの男が誰か分からなくとも、人間だとは分かるだろうが!」

 

「人間の仕業だと!」

「それが何だって妖怪の所為にするんだ!」

「どんな感情を持って、そんな事を……」

「優しさか?哀れみか?…それとも…()()()()か…」

「誰も…お前の仕業にしない…と…」

「誰も…お前を見ていない…と」

「誰も…いなかった…と」

 

「どうして、そんな残酷な事を!!」

 

「警察だって!!」

「血眼になって這いつくばって橋を!橋の周りを!調べれば直ぐに、あの男を見つけられた筈だ」

「いや、そんな事しなくとも見つけた筈だ!」

「何故、何故、何故!?」

「あの男、あの名無しの権兵衛を無視しやがった!?」

「やれる訳が無い、と!やる訳無い、と!」

「クソッタレ!」

「それとも、権兵衛が言った様に…話したくない…見たくないから!?」

「ふざけやがって!」

 

「町長だって!他の町の奴等も!分かっていたんだよ!最初からな!」

「だから、町長は答えと言った!」

「だから、町の奴等は俺達を監視してるんだ!」

「この事件を表沙汰にしない様に!元軍人の仕業ではなく妖怪の仕業にしろと!言葉無く伝えてくる!」

「折角、発展している町の名に泥を塗らせぬ様に」

 

「ああ!何と!何と身勝手な!罪人が分かってるなら罰してやれ!」

「それが最後の慈悲だろうが!!」

 

「ああ、クソッタレ!鬱陶しい!」

「おい、アンタ等!」

「仕事はするから、さっさと帰れ!」

 

ドタドタドタッ!!ガコンッ!!

 

部屋の外から慌てる様な音が鳴って、消えた。

 

「……はぁ…」

「……これが俺の怒り…だ…」

「すまんな……よう話してくれた」

「いや、聞いてくれて、ありがとう」

「……俺、行かなくは」

「この町の誰も彼奴を罰さないなら……彼奴の痛みを少しでも知ってる俺が」

「やらなくては」

「…水木…」

「心配するなよ、親父。殺しはしない」

「人殺しはもう、飽き飽きだ」

「……彼奴を警察署に叩き込めば…奴等も捕まえるしかなくなるだろう…」

「……だから、そうしよう」

「行ってくるよ、親父」

「待て、水木」

「何だよ……もう、昼間に話は付いたろう」

 

「ああ、あの時は妖怪の仕業、と思っていたからな」

「だが、これは…人間の仕業じゃ」

「それならば…話は変わる」

 

「儂に一つ考えがある」




ご拝読ありがとうございました。
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