「スゥ………ふぅーー」
橋の中腹の手摺に寄りかかり何本目かの煙草を吹かす。
「……………」
ゲ。ゲゲ。ゲー。ゲゲゲ。
月も星も雲に隠れて薄暗い川には、虫や蛙の声がよく響いていた。
「フゥー……」
煙草を揉み消し、淡く光る腕時計を確認してみれば午前二時を告げていた。
ゆるり、と辺りを見回してみるが誰も居ない。
橋の手摺から頭を出して、例の柱と手摺の下側を見ても、何も無い。
「…………」
……ここに来てから既に四時間が経っていた…。
しかし、帰る気は無かった。
彼奴は必ず、此処に来る。
俺にアいに。
そんな予感が俺を引き留めていた。
ゲゲ。ゲーー。ゲゲゲゲ。
「…………」
それに、これだけ賑やかならば待つのは辛くない。
他にやる事も無いので夜の合唱に耳を澄ませながら、何千、何万、と繰り返してきた喫煙動作を始める。
ゲゲ。テ。ゲゲゲ。テケ。ゲゲゲ!テケテケ。
マッチを擦り、草の先端に火を灯らせた頃合いで…ついに待ち人はやって来た。
ゆっくり、しっかり、とした手取りで直ぐ近くに寄ってきた男は、両手で立ったまま俺を見上げた。
「……フゥー………遅いじゃないか」
「悪かったな。だが許せ。俺とアンタの仲じゃないか…」
「フッ……」
「煙草を吸ってるな…」
「ああ。吸うか?」
「いや……身体に悪い」
「そうか…………フゥーー…ところで、だ…俺はアンタを豚箱にぶち込もうと思ってる」
「ハハ…嬉しいねぇ………そんな優しさを無下にする様で悪いんだが………俺はアンタを川にぶち込もうと思ってんだ……そんで…殺そう、と思う」
「………穏やかじゃないな……まぁ、いい……俺だってアンタを
「そうだとも………ほんじゃあ、やろうか…」
「おいおい、遅刻ついでに…もう少し待てよ…まだ火を点けたばかりだ…」
「おや、そりゃ、すまない。吸い終わったら言ってくれ」
「ありがとよっ!」
火の点いた煙草を顔面目掛けて投げつける。
パシん!
「おっと!……なんだい?そんなに吸えってか?」
こともなげに煙草を掴んだ男。
「スゥ…フゥーーーー…」
「………はぁ…うまいな…」
「…身体に悪いんじゃないのか」
一吸いして煙草の火を掌で擦り消していた。
「身体に悪いものは旨いんだ…」
「ふぅ……」
「水木ぃ…」
「悪いが死んでくれや」
「断る。まだ、そん時じゃなくてね」
バァンンッ!!
男は両の手を橋床に叩きつけて、その勢いで俺に飛びかかってくる。
「ァアアア!!」
「ふぅんっ!!」
半身を引いて、突き出した左腕を掴み床に叩きつける。
ドォオン!!
男は身体ではなく拳を叩きつけ、再び宙に舞う。
俺の頭上に跳んだ男は隙だらけ。
すかさず、腕時計を木刀に変化させて上段で振り抜く。
「おらぁ!!」
「ホイっとぉ!」
「っ!?」
男は空中で、
そのまま空中を殴って背後から飛びかかってくる。
「行けっ!!」
右足を振って下駄を飛ばす。
ピュウウウウーーー!!!
空を切りながら猛烈な勢いで飛翔する下駄。
「ホォ!」
男は二度、三度、と空中を殴り避ける。避ける。
であるならば!!
「もう一発!」
左足を振り抜き、遥か頭上の
ピュウウウウウーーー!!!
更に銃を構える。
「致命傷無しで頼む」
ジワリ、と熱くなり応える三八式。
装填はいらず、狙いを定めて、ただ引金を引くのみ!
バァンン!!パァン!!
当たらない。空しい銃声が辺りを揺らすのみ。
男は空中を不規則に跳ね回って、銃弾と下駄を避け続ける。
「…ちょこまかと」
キュウウゥウンン
「おお!?」
三八式が不思議な金属音を立てて、一息に十発、二十発、と発砲する。
ズバアアアアァァンンッッ!!!
「糞ったれ!」
かすりもしねぇ。
「ハハハハハハ!!!おいおい!!下手だなぁ!」
「それで、よく生き残れたもんだぁ!!」
「五月蝿えぇ!!黙って喰らえ!!」
ズバアアアアアァァァンンンッッッ!!!
激しい音と光が連続して空に打ち上がる。
火薬の香る真っ白な煙の中、男は無傷で漂っていた。
「ハハハハハハ!!!」
「………はっ…」
…………笑ってるのも今のうちだ。
本気で撃ち落とそうと、こんな馬鹿みたいに乱射してるんじゃあないんだぜ。
「行けぇっ!!」
大袈裟な音と煙で援護する為だ!!
キュゥゥウウウウーー!!!
夜空を引き裂いて男の胸へ飛び込むのは、一対の下駄。
カァアアァンンン!!!
着弾。
「ぶはぁあぁ!!!」
下駄は腹を抉り、唾と血反吐を呻き声と共に吐き出させる。
「よっしゃあ!!」
バサササササ
撃墜された男は真っ逆さまに橋へと降ってくる。
「ざまぁねぇな」
常人なら爆ける高さだが……まぁ、奴なら大丈夫だろう…。
四、五歩、下がって、銃を構えて警戒する。
バサササササ
…男が橋床まで残り十尺程の高さの所で、両手を広げた。
傷だらけの両手には……
「……まじかよ…」
パァン!!パァン!!パァン!!
パァン!!パァン!!パァン!!
逆さまのまま死んだ振りを続ける男の頭、胸、腕に向かって連射する。
「ハハハハハハハハ!!!!」
馬鹿笑いしながら目を開く男。
ギィィリリンン!!
笑いながら、ぐるん、と一回転して下駄で銃弾を掻き消す。
カラン!
下駄を手に嵌めたまま橋に着地した。
「おうおう!こりゃあ上等だな!」
カランカラン!!
乱雑に下駄を打ち合わせる野郎。
「返せ!馬鹿野郎!」
ズバァァアアアアンンン!!
ギィン!バァン!ドン!ギィン!
無闇矢鱈の銃弾の雨も、弾き、跳ね、避け、勢いを殺さずに此方に突進してくる。
「ハハハハハ!!」
テケテケテケテケテケテケ!!!!
奇怪な手音と共に俺を追い詰める。
「気持ち悪りぃ動きしやがってぇ、この野郎!」
とうとう、俺の足元に戻ってきた男。
それを受けて、熱の篭る銃を、くるり、と持ち替える。
「フゥゥッ…!!!」
両足を爪先立ちに揃えて。
満身の力を込め、銃床を脳天目掛けて振り下ろした。
カァアアンンン!!!
届かない!
足元の化け物は両手の下駄で銃の一撃を挟み込み、阻んだ。
「ぬぐぅおおおお!!!」
「ははははははははははは!!!」
下駄に挟まれて、ギチギチ、と軋む銃に更に力を込める。
腕に。腹に。足に。
血を巡らせる。
「うおぉおおおおりゃあああああああ!!!!!!」
「ぬぅ!?ぐおおおおぉぉぉ!!!」
ギギギギギ!!
「ぐうぅおぉ!気張れぇえ!!下駄ぁ!!」
「ぁあああ!!」
ギチギチギチギチギギギギギギ!!!
男の怪力に抵抗を始めた下駄達。
そして。
ガチンッ!!
開いた!
薄く開かれた下駄の間に銃床が通る。
「喰うらぇえええ!!!」
「うぎゃコォオオオンンンン!!!
木の重く、高い打音が橋を揺らす。
「落ちろぉおお!!!」
メキャ
バメギャ!
ドゴォオオオンンンン!!!!
銃床で橋床を男ごと、ぶち破り、下流に叩き落とした!
ドバァアアアンンン!!!
開通した穴から川の水が噴き上がり、橋を濡らす。
「…………ハァハァ……ハァ…ざまぁみやがれってんだ……へぇ…はぁ」
デカく、空いた穴に悪態を吐き捨てる。
「はぁはぁ……しかし……やりすぎたか………畜生……死んでねぇだろうな…」
今更だが。
「…ふぅ…よいせ…」
膝を落として穴から下流を覗き込む。
サーーーーーー
波紋も波も無い清流は、覗き込む俺を映すのみ。
「……沈んだか?」
……まずいな。
「…死ぬなら今じゃねぇぞ……」
半袖のワイシャツを脱ぎ捨て、その上に三八式を置いて、腹を括る。
「面倒くせえなっ!!」
橋の穴に手を掛けて慎重に飛び降りた。
ドポン
「ぅぉ」
声が漏れる。
初夏と言えど水の冷たさは足に噛みついてくる。
「ふぅーー……」
深く息をして、頭から川に突っ込んだ。
ゴポポポポ
「…………」
……………居ない。
ザパァ
「ぷはぁ……畜生…何処行った」
立ち上がり、下流を眺める。
静かな流れは何も答えず。
しかし。
俺の頭の上。
バサ!!
「クアアア!!!」
ギギギギ
男は川に落ちていなかった。
橋床の裏にへばり付いていやがったのだ。
その事に、俺は、気付くのが、遅すぎた。
血管の浮き出た太い腕は俺の首を締め上げる。
ギギギギギギギ
自分の首から出ているとは信じ難い音が脳内に響く。
「ぁぁぁぇぇぁ」
必死に踠くが締め上げる力は弱まらず、それどころか強まる一方。
「ががぎぎ」
息が、止まる。空気が吸えない。
頭が回らない。
なにもかもが、とおく、しろくなる。
頼みの綱の下駄は未だ、奴の手の中。
橋の上のオカリナは、どうやら気づいていない。
「は、は、は」
耳元で囁く。
「水木。水木さん。アンタ、優しい。優しいなぁ」
「よくも、そんな心のままでいれるもんだぜ……」
「だけれど、それがアンタの死因だ」
「許してくれよ。いやぁ、許してくれるよな。アンタ優しいから」
「だから、死んでくれ……
「?!」
「友達なんだよ。あの人」
「友達の為なんだ」
「だから、大人しく、受け入れてくれ」
「………ぅ…ぐ…」
話が飛んで、何が何だか分からん。
クソッタレ。
誰の為だろうが。何の為だろうが。
殺されてたまるかよ。
ギギギギギギ
しかし……こりゃあ、駄目だな。
…………………………………。
頑張った方だな。
まぁ、こうして、捕まえる事は出来なくとも、
妥協点ではあるか。
「………ぃ……た…ぉ…う!」
ゲゲゲ。ゲゲゲゲゲ。
夜の闇の中。
月の光の中。
虫の声の中から、来る。
飛んで、来る。
鬼太郎が来る。
「おそいぃ!!!」
フヒュウウウウウーーーー
ボコォおぉ!!
風に乗って、俺を締め上げる化け物の顔面に強烈な飛び蹴りを喰らわせた。
「うぎゃあああ!!」
潰れた叫び声を上げて下流に吹っ飛んでいく化け物。
「ぶっはぁ!!はぁ!はぁ…おぅええ……うぇええ!!」
「霊毛ちゃんちゃんこぉ!!」
鬼太郎は空中を舞いながら、伝家の宝物を投げる。
バババババババ!!!
捩れながら矢の様に一直線に突き進んだちゃんちゃんこは、一刹那の隙も与えず化け物を締め上げた。
ギギギィィィイリリ!!!
「ぐぅあああああああ!!」
バシャ、ボシャ
男の手から溢れた下駄が水面に着地する。
「帰ってきて!」
鬼太郎の呼び声にすかさず応えて、戻ってくる下駄。
カランコロン
鬼太郎は小さな手で受け止める。
「はぁはぁ……す、まん」
「遅すぎる!!後でお説教だからね!水木!」
「……ぇぇ…」
「おうおう!言ってやれ鬼太郎!!」
…………どうやら、親父も思う所がある様だ。
だが、この話はまた後で。
「ゔぅん…げぼ……まず…彼奴を…頼む。鬼太郎」
「りょーかい!」
「おいで!」
フワり、と男を締め上げたまま、此方に浮いて来るちゃんちゃんこ。
「ぐおおぉあああ!!」
ギギギギギギ!!!
「……うぇっ………ゔぅん……あの…もう少し手加減を…」
「…や!」
「こんくらいで十分じゃよ……芝居は止せ!てけてけ男!」
……なんだ、その呼び名は…。
「は、は、はは、バレたか…」
何。
「ほぼ成りかけの貴様がこの程度で苦痛を感じるものか」
「おいおいおい…水木。俺の目が狂ったのか?俺の頭が狂ったのか?」
「目玉が喋っているぞぉ」
「…何を今更……事実、目玉の親父さんが話している…聞け…俺に構うな」
「…それと、な。お前の目は狂ってなかろうが……頭は、だいぶ…キてるぜ」
「手厳しいなぁ!水木!」
「ハハハハ、しかし、しかしだ!」
「こりゃあ、珍妙だ、な」
「怪力の餓鬼に。喋る目玉。それに先の下駄に、変幻自在の時計」
「それに今も俺を絞め殺そう、としている布!」
ギギギギギギ!!!
「ぅおお!ハ、ハ、ハハ!水木、アンタぁ、探偵だってぇ!?」
「いやいやいや、悪い冗談だぜ」
「化け物使いがお似合いだ!」
「喧しい!!化け物そのものが言うな!!」
「なんだぃ。傷負いに向かって酷い台詞だな」
「その傷以外の全てに言ってんだ!」
「…は、ははは、冗談だ。優しんぼめ」
「五月蝿え」
「まぁまぁ」
俺を宥めながら手を繋いでくる鬼太郎。
「……」
モチモチの手の持ち主とは思えぬ程の、気の遣い様である。
「よっこらせ……水木さんや」
鬼太郎の左の眼孔から這い出て来る親父さん。
「うん…おっ…どうぞ」
空いてる手を差し出す。
「それっ」
掌に飛び乗った。
そして…。
下卑た笑いを俺と鬼太郎に向ける男を制する一声を挙げる。
「おい、てけてけ男」
「あっ?何だい、目玉殿」
「一つ、聞きたい事がある。先の言葉、儂の耳にも、しかと入っておったぞ」
「ぅぅーん?」
「小豆洗いの為に……ありゃあ、どう言う意味じゃ?」
「………ふぅ…口が回りすぎたな…」
「なぁ、目玉殿、水木」
「彼等はいつ死ぬんだ?」
「………」
「何を…」
「化け物は…妖怪はいつ死ぬんだろうか?」
「人間は、ぶち壊せば…あっと…心か身体を、な」
「若しくは膨大な時間を流せば…」
「それで死ねる」
「まぁ、半壊、中途半端じゃあ、駄目だがね」
自嘲するように言う男。
「だけどよぉ、妖怪は?」
「妖怪が怪我するのか?妖怪が病むのか?妖怪が老いるのか?」
「妖怪は死ねるのか?」
………。
「俺は気づいた…死ねるとも…」
「死ぬるとも…」
「それも…この世で最も残酷な方法で」
「誰もかも何もかも綺麗さっぱりに忘れられた刻」
「妖怪は死ぬんだ」
「そんな事で…」
「どうだ?んっ?目玉殿よ?俺の論理は?間違ってるか?」
「………………」
「親父…だって、現に…貴方達は…」
……病で……。
「…儂等は半々だからな…」
「…」
「ふぅむ……確かにのぅ、一理あるわ」
「そうだろう!」
「親父さん」
「うむ。ならば、水木さん。こう問おう」
「
「…ん?」
「……何も、このてけ男が言うとる事を全部を鵜呑みにしてる訳じゃあない」
「ただ、のぅ。仮に、仮にじゃよ。『あ』と言う妖怪が死んだとする」
「…ああ」
「は、は、はは、授業の時間だなぁあぁいででで」
ギギギギギギ
「誰もかも、何もかも、綺麗さっぱり、と忘れられ、それで死んだとする」
「それで『 』が死んだ後、その死を他者が確認出来るか?」
「…………無理か?」
「そうじゃ。無理じゃ」
「確認出来たなら、その妖怪は死なん」
「忘れられておらんからな…」
「……つまり?」
「過去に忘却に依って死んだ妖怪がいた、か、どうか」
「今現在の儂等が認識出来るか?」
「………成程」
「左様。じゃから一理ある、と言ったのじゃ」
「この場合、それで死んだ妖怪が居るとも、居ないとも、儂等には判別出来んのじゃよ」
「…………」
頭の中に靄がかかっている気分になってきた。
「まぁ、与太話じゃけどな。こんなの」
「……………………………ぇえ……」
身も蓋も無い。
「与太ってか?」
「そうだ、ハ」
ハハ
ハハハハ
ハ、ハハハハハハハハ
ヒヒ、へへ
目玉の親父が笑う。
夜の暗闇に反響して、嗤い声が回る。回る。
回って俺達を包み込む。
ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!
「ハハハ、ハ、ハハハ、ヒヒ」
「はぁ、ああ、与太、下らぬ戯言であるとも」
幽霊族が半端者を見下す。
「何故ならば、な。小僧」
「妖怪を殺す方法なぞ幾らでも或る」
「貴様が無知で蒙昧なだけだ」
「ヒ、ヒヒヒ…教えてやろうか?」
「それとも、その身を持って味わってみるかね………」
「…なんてな」
押し潰れそうな重圧が緩む。
「…いや、こえぇよ」
「かかか」
微動している鬼太郎。
「ほら、息子が引いてるぞ」
「…かっこいい……」
「……………………さいか……」
「えへへ、そうかぁ?」
「……………」
黙りこくる男。
「おい、どうしたかな?気分でも悪いのか?」
「蒼ざめておるぞぉ」
「ヒヒヒヒヒ」
………流石に雰囲気…怪、不可思議な物の格が違うな。
言葉だけで呑み込んでしまうとは。
「まぁ、良い…さて、さてと、で?」
「貴様の言う…忘却で妖怪が死ぬ事が
「………もう、分かってるだろ…」
「分かってるだろう……この町の人間の在り様を…」
「奴等は…俺がここ迄、落としても…目を逸らし続ける…」
「それが…小豆洗い…あの人にだってそうだ」
「……奴等は…見ようとしない…信じようとしない…」
「知っているのに」
「聞こえているのに」
「分かっているのに」
「そう、いながら」
「自分の世界に居る事を許したくないから」
「自分の世界の隣が怪奇で残酷な事を認めたくないから」
「俺達を見捨てたんだ」
「俺達を見捨てるんだ」
「俺達は此処にいるのに」
「俺達はまだ死んでいないのに」
「だから、俺は、落とした」
「首根っこを掴んで。目をひん剥かせて。奴等の脳髄に叩き込もうとした」
「お前達が見なくとも……俺達は見ている…」
「理解出来ないモノは確かにお前達の隣に立っている!」
「は、は、ははは」
「奴等の顔は笑えたよ」
「路傍の石が飛んで跳ねて、自分を殺そう、としている事に…心底から驚いている様だったよ」
「人間、あすこまで……何かを見下せるんだなぁ…」
「だが…足りなかった…まだ……観念しやがらない…」
「だから…今度からは殺しをやろうと、思ってたんだ…」
「そうすりゃあ、いよいよ奴等も俺達を見るしかないだろうさ」
「俺達を思い出すしかないだろうさ」
「小豆洗いの橋を、再び語り廻すだろうさ、と」
「そんな刻に、まさか、アンタ等みたいな…冗談みたいな…化け物一家が来るなんて…想像できるかよ…」
……そりゃ、そうだ。
「…すると…小豆洗いと、示し合わせてやったのかよ?」
「まさか!もう、俺にはあの人は見えんよ!」
「地獄の釜から帰ってきてから…ミえなくなった…」
「……変わらぬ、研ぎ音が迎えてくれただけだった…」
「だから、慌てたんだ」
「俺が見えなくなって、その内に思い出せなくなったら…」
「誰があの人を、あの妖怪を、活かせるのか?」
「語られぬ、想われぬ、見ようとしてくれぬ、妖怪が果たして…生存出来るのか?」
「だから…俺は……やった…」
「やったんだ!」
「やってやった!」
馬鹿が。
「馬鹿じゃのう。お主」
被ったな。
「なにが」
「何故、そんな空しい嘘を吐く」
「なにが!」
「言わせてもらうがの、戦争から帰ってきて…小豆洗いに会おうとしたか?」
「な、に……を」
「ほれ、な。見えなくなったのではない……お主もまた目を逸らしたんじゃ」
「いや……見られたくなかったのか……自らの姿を……」
「……大体、あの音がキこえている時点で町の人間達も、ちゃあんと、想っていたんじゃよ」
「やれやれ」
「妖怪達は、ずっと、おんなじ姿で、おんなじ場所で、待っとるだけじゃ」
「この世の何処にもおらぬが……お主等の目の前には在れる…」
「だから……死ぬとか、忘れられるとか、余計なお世話じゃ」
「そんな事うだうだ考えてる暇があったら…挨拶くらいせんか」
「臆病すぎるわ」
「のぅ、小豆洗い」
「んだな」
「あっ……」
男は呆けた顔を晒す。
「久しぶりだなぁ……いんや、これじゃねぇか…」
「おかえり、いんやはや、少し男を上げたか?」
「ぎぎぎぎぎぐぅぅぅ」
奇怪な音は男の口から溢れていた。
ゲ。ゲゲ。ゲ。ゲゲ。
ご拝読ありがとうございました。