墓場より   作:ひノし

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第三話

「あぁ!あああ!!きたろう…鬼太郎っ!!」

泥だらけになっている鬼太郎に駆け寄り、そっと抱き上げた。

「ほぎゃあぁはぎゃあぁ」

恐ろしく軽く、小さな小さな身体は震えていた。

「ごめん、ごめんなぁ」

手で体中の泥を落として、上着で包んだ。

「ほぎゃあぁぁぁーん」

顔も泥だらけで、口しか分からなくなっていた。

「ちょっと我慢してくれよぉ」

慎重に、優しく、泥を落とした。

徐々に顔が見えた。

「あっ……」

……左目が閉じられていた。

「ほぎゃあほぎゃあああ」

「あぁ!ごめんよ、寒いよなぁ」

風邪をひいてしまう。急いで家に戻らなくては。

泣き叫ぶ鬼太郎を、しっかり抱きしめて転ばぬように丘を降りた。

 

ザァーーーーーーーーーーーー

雨は強くなる一方だった。

俺は急いで、墓場を出て、森を抜け、家へと戻った。

すぐに、ぬるま湯を用意して鬼太郎の身体を洗う。

少しでも力を入れると、壊れてしまいそうだった。

何度か湯を入れ替えて、身体の泥や汚れを隅々まで落とした。

そして……用意していたお包みに包む。

泣き声が、少し落ち着いた。

粉乳を人肌程に温めて与えると、すぐに眠ってしまった。

暫く、抱えて歩き回ってから布団に寝かせた。

 

フゥーーーーーー

長い溜息を吐き出す。

………………さて。

「このまま寝ててくれよ。鬼太郎」

まだ、やる事が残っている。

………シゲルさんを岩子さんの元へ送らなければ……いけない。

重い腰を上げて、玄関へと向かった。

 

しかし、俺は足を止めた。

………暗い玄関から何か聞こえる。

「ミズキサーン」

誰かが呼んでいる?

………………。

警戒しながら扉を開けた。

………誰もいない。

「ミズキサーン!コッチジャー!シタジャー!」

…声だけが聞こえる。

姿なき声に従って、下を見下ろす。

 

「おおっ!?」

目玉がぴょこぴょこ跳ねていた。

 

「おお!気づいてくれたか!」

屈んで目玉に目を合わせる。

喋る目玉の下には、ちっぽけな体がついていた。

「………なんだ……君は…」

「儂!!儂じゃ!!鬼太郎の父親じゃああ!!!」

........は?

「!は?なっ!???生きてたんですか!!?その姿は一体どうしたんです?!」

「死んでも死にきれず、最期の最後に幽霊族の力を振り絞って目玉に魂を吹き込んだのじゃ!」

「凄いな幽霊族!!」

「そんな事より!倅は!鬼太郎はどうなりましたか!?」

「こっちに!!」

俺は手を差し伸べた。

ぴょこんっ、と手に乗った。

……ふにふにしている。

鬼太郎の小さな指と同じ感触だった。

「お早く!!!」

「あっ…すみません!!」

 

シゲルさんを鬼太郎の枕元に連れていく。

奇妙な姿になったが親子の対面ができた。

「おおお〜きたろぉ〜よくぞうまれてきてくれたぁ〜」

シゲルさんは直ぐに、寝ている鬼太郎の頬に抱きついて、涙を流した。

「ああぅ」

鬼太郎が起きた。

自分のほっぺにくっ付いている、父親を見る。

「あう」

寝起きの良い子だ。

「おお!鬼太郎っ!儂が分かるか?お前の父じゃっ!」

びっしょり濡れたまま、息子を呼ぶ父。

「おぁう」

鬼太郎が小さな手で父親の目を拭った。

「おおぅ優しい子じゃなぁ〜」

感動して、さらに涙の量が増えて、どばどば、と布団を濡らしている。

蛇口から出ているみたいだ……。

「おおうっ」

シゲルさん、鬼太郎ちょっと驚いてますよ。

「えぁっ」

あっ!

「まぅまう」

チュパチュパ

「おぅおぅありがとう〜きたろぉ〜」

鬼太郎がシゲルさんの目玉を口に入れて、舐めている。

どうやら、手では拭いきれないと思ったのだろう。

賢い子だなぁ。

……それにしても、凄い光景だな。

 

それから少しの間、親父の目玉を舐めていた鬼太郎はうとうとし始め、こてんと転がると、また夢の中に戻った。

口からシゲルさんが転げ落ちる。

「おぅっ」

「大丈夫ですか?」

「だっ大丈夫じゃ」

なんだか、萎びたように見える。

 

「どっこいしょ」

ちょこんと正座になって、俺に向き直るシゲルさん。

俺も正座になる。

「改めて。…水木さん。お陰様で無事に息子が産まれました。…岩子の埋葬もありがとうございます。妻もきっと感謝しとります」

「………いや…そんなことは………俺なんて何も…」

…岩子さんは亡くなり、シゲルさんは生き返ったとはいえ目玉だけに。

既に分かりきっていた事とはいえ……自分の無力さに、ほとほと嫌になっていた。

「水木さん!!」

シゲルさんが目玉を真っ赤にしていた。

「これ以上、儂ら家族の一生の恩人を軽んじると怒りますぞ!!たとえ本人といえど!!」

………鬼太郎の優しさは貴方達からですよ…。

「儂が目玉だけになったのも、鬼太郎が心配だという事もあります…。しかし、もっと大きな理由があるのじゃ!」

「………?」

「貴方に恩返しを!!ここまで儂達に優しくしてくれた貴方に何も返さずに、どうして死ねますか!!」

…………そこまで………あなたは……。

そんな姿になってまで!!

「うぐぅぅぅ」

今度は俺が泣く番だった。

シゲルさんは、変わらぬ優しい瞳で俺を見つめていた。

 

「ずみまぜん……」

随分長く、ぐずぐずしてしまった。

「お気になさらず!」

元気な返事が、返ってきた。

「……あの……本当に………目玉だけで大丈夫なんですか?」

「ええ。大丈夫。最早この身体は幽霊族からも外れた、いわば妖怪変化になったのじゃ」

「妖怪、ですか」

「そうじゃ!もう、そう簡単には死なんわい!」

…何だか、言動も少し変わったような…。変化の影響だろうか?

「シゲルさん」

「うん………すまんが…無事、鬼太郎も産まれた事だし……親父…と呼んでくれんかのぅ?」

そう言われちゃあ…。

「……では……親父さん」

「はい!」

嬉しそうだ。

「ご飯、食べれますか?」

口は見当たらないが一応聞いてみた。

「…まぁ、前と違って食わなくても死ぬ事はないんじゃが……」

グゥーーーーーー

身体の割に大きな腹の虫が鳴いた。

「…お願いできますかのぅ?」

「喜んで」

久しぶりに、お腹いっぱい食べて欲しかった。

 

台所に入る。少しだけ米を炊き、親父さんが持てる程度の、おにぎりを五つ作った。付け合わせに漬物。

それと、持っている中で一番小さなお猪口に温かいお茶を入れた。

「お待たせしました」

「おお!!美味そうじゃ!いただきます!」

言うや否や凄い勢いで、おにぎり五つを、ペロッと食べてしまった。

…何処に口があるんだろう?不思議だ。

一番小さなお猪口でも親父さんの隣に置くと、まるで風呂桶みたいだった。

親父さんも、お猪口を見てどうしようかと悩んでるようだった。

「何か他のを…」

と言い切る前に。

チャポン

入っちゃった!

親父さんは、お猪口の中で寛ぎ始めた。

「ふぃ〜〜意外とええのぉ〜」

「熱くないんですか?」

「丁度良いのじゃ」

まぁ、いいか。気持ち良さそうだし。

「……そういえば、親父さんの元の身体はどうなっているんですか?」

まだ埋葬していない。

「あー、目玉に魂を吹き込んだら、サラサラと崩れて砂になってしもうた。だから、埋葬は大丈夫じゃ」

砂に……。確かにそれなら埋葬のしようが無い。

「ああ!忘れておった。水木さん明日はまた仕事かのう?」

「いや、明日は休みですよ」

「そうですか!……お休みの所…悪いんじゃが、明日、用事に付き合ってくれんか?」

「いいですよ、何をすれば…?」

 

「幽霊族の遺産を取りにいくのじゃ」




ご拝読ありがとうございました。
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