墓場より   作:ひノし

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第二十九話

ミーーーーーーンミーーーーンミンンミンミンミーーーン

 

蝉の叫びが家の周り、森中に鳴り、響く。

 

サラリ、とした暑さの中、家の縁側で俺と友人…ねずさんは並んで座っていた。

 

シャク、シャク、シャクリ

 

大の大人二人が、果汁のしたたる西瓜を黙々と咀嚼する作業に没頭している。

 

「ぺっ!」

「ぷっ!」

 

涼しげな母屋の影と日の照りつける庭の境に黒い種が、ぽつぽつ、と転がる。

 

「………ふぅ…」

首に掛けた、ぐっしょり、と濡れたタオルで口元を拭う。

「なぁ、ねずさん…二人で一玉は無理があるんじゃないか?」

鼻息荒く、西瓜に齧り付くねずさんは口一杯に西瓜を詰め込みながら、そうか?と視線を送ってくる。

「げっぷ…少食だなぁ。水木ちゃん」

「いやいや、中年にしちゃ食べた方だぜ」

「ぷっ!…ほんじゃあ、後は食べちまうぞ」

「どぉぞ」

 

シャクシャクシャクシャク!

 

俺が了承するやいなや、西瓜をとんでもない速度で食べ……飲み始めた。

 

「ハハハ!スゲェなぁ」

友人の奇術を眺めながら、爽やかな甘味の残る口に煙草を差し込み火を点けた。

 

サーーーー

静かな風が青い木々を揺らして、通り過ぎていく。

丁度、俺達とすれ違った風は鬱陶しい汗を落としてくれて、気が利いていた。

 

「腹一杯だ」

「皮まで食べりゃ、そうだろうさ」

存在感のあった西瓜は、一欠片も残っていない。

「アレだな……彼奴等が居なきゃ、静かなもんだナ」

親子は一反木綿に乗って、雪女一家の住む雪山に遊びに行った。

手土産に、一等大きな西瓜を渡しておいた。

風呂敷に包んだ、それを片手で難なく持って行った鬼太郎は…大変、力持ちになったものである。

「まぁ…奥には震々と垢舐めがいるがね」

「うん?そうなのか…姿が見えねぇが…」

「垢舐めは水風呂が気に入ったようで…一日中、入ってる」

「贅沢な奴め」

「そうでもないさ。日頃、掃除して貰ってるからな」

「んあ…そうだったか…もう一人の方は?」

「震々は………震々は居間で溶けてる」

「……………大丈夫なのか…それで」

「たらふく氷を食べれば…何とか。鬼太郎達も遊びに行く次いでに、その氷を頂戴しに行ったんだよ」

「いっそ、山に引っ越せよ」

「寒すぎるんだと…」

「…難儀すぎるな、アイツ………」

 

「ほんで、水木ちゃん。お仕事はどうでぃ?」

「…お陰様で未だ五体満足。手取りも良い。先々で出逢う妖怪達は鬼太郎達を歓迎している」

「こんなに順調で……いいのか?って思うくらいには」

「絶好調ってか」

「…そう言っていいものか」

「真面目だねぇ。言うはタダだぜ」

「実際、絶好調なのは鬼太郎達だからね」

「…と、言うと?」

「いや、なに、なんとなく…ぼんやり、とした感覚なんだが…」

「尚更、言葉にするべきだ」

「ここんところ、あの二人、特に鬼太郎がな…生き生きしてるんだ」

「そうか?」

「いや、元から元気が無い子じゃないさ」

「でも、なんと言うか…水の中の魚、空を飛ぶ鳥、みたいな」

「……あぁ、そういうネ」

 

「ええ、あるべき場所に収まった感覚……いや、帰ってきた、かな…」

「しっくりくるんだ。妖怪や、不可思議の中にいる、立っている鬼太郎が」

「…なんだか、ね」

「怖いのか?」

「そんな事は無いよ。絶対」

「なら…水木。お前さん、寂しいんじゃねぇか?」

「……そうなのか…?」

「ハハハ、親らしくなってきたなぁ!」

「やめてくれ」

「照れるなよ」

 

「そんで…お父さんや」

「違うっての…何だい、ねずさん」

「こんな、暑苦しい時期なんだ。何処かにお出かけしないのかヨ」

「…海とか?」

「そうそう。海も良い。山も良い。偶にゃ遊びに出るのも良いじゃねぇか」

「ふうむ」

言われてみれば、()()と出逢ってから観光目的の旅行はしていない。

俺は兎も角…として。

ほんの少し背の伸びた鬼太郎の笑顔が頭に浮かぶ。

「…いやぁ、良く気がつかせてくれた。実に良い考えだ」

「だろ!」

「行くなら海が良いだろうか?」

「いいね、いいねぇ!近場の海なら、俺が車出すゼ」

「車か………………!?車、持ってるのか!?」

「ボロだけどな」

「一体、どうやって?」

「ツテ」

「ツテが広すぎる!!」

 

「へへ…伊達に長生きじゃねぇぜ。水木の坊主よ」

「おっおう、そりゃ、そうか」

俺のひいひいひい……ひい婆さん、爺さんと同い年なのだ…顔が広いのも当然か……。

「もしっちゃあ、運転するか?」

「………いいのかい?」

嬉しい。実に実に。

「あたぼうよ!男なら、あのエンジンの振動を欲しがらずにはいられねぇだろうヨ!!」

「…遠目に見たくらいなんだが…まぁ、うん」

「ハハハハ!!やはり、浪漫の分かる男だよ。水木ちゃんは」

「ヘヘ…」

「んで…飛行機と船、どちらが好みだ?」

 

それから、俺達は暫く機械の油と音について熱く語っていた。

 

ズズズズズーーー

 

それを止めるモノが一生懸命、近づいてる事に……気づかずに。

 

「戦闘機は嫌いだが…やはりなぁ…空を自在に飛ぶのは良い!一度、乗って空を泳ぎたいものよ!」

「分かる…」

「妖怪にゃ空を飛べる奴は山程いるんだがぁ…」

ズズズーー

「…やはり何の不思議も無い、鉄の塊じゃなきゃ…かい?」

「!ああ!そうともよ!」

ズズズズズズズ

「ハハハ………ん?」

ズズズズズズーーーー

 

背後の縁側、その、もう少し奥の畳に何かが擦れる音が耳に滑り込んできた。

「…………」

振り返り、障子も襖も開け放した居間に視線を向ける。

…………そこに居たのは同居人の一人。

先に語っていた、震々その人である。

 

「…………………おいたわしい」

 

平時の震々は、常に、世に語られる幽霊の様に、ふよふよ浮いている。

好物らしき白湯を飲む時も。

寝る時も。

鬼太郎と遊ぶ時も。

 

風船の様に。風鈴の様に。柳の木の様に。

 

それが、どうだろう。

今の姿は。

 

重力が何倍にもなったかの如く。

全身の骨が抜けた様に。

 

へにょん、と。

うつ伏せに潰れている。

 

ズ、ズズ、ズ、ズズズ

 

そんな状態で、両手、両脚、腰を必死に動かして此方に近寄ってくる。

 

「…………尺取り虫みてぇだナ」

「言わないであげてくれ」

 

見てられないので慌てて震々に近づく。

 

「どうしましたか?」

腰を落として背を丸めて、ぴったり、と畳にくっ付いている白い顔に問う。

 

「…あっ水木さん。こんな姿で申し訳ありません」

暑さに茹ってはいるものの、震えていない為に何時もより言葉が明確だ。

「お気になさらず、と、その、何度も伝えてるのですが……」

「そうは仰っても…あ。すみません。今はそれどころでは」

「?」

「水木さんの寝室に妖怪がいます」

何!!

「…震々さん。何かされましたか?」

「いえ」

「良かった……此処で待ってて下さい。動かずに」

「…へぇ……はぁ……申し訳ないですが動きたくとも……」

「そう…でしたね。兎に角、お待ちを」

「はい」

 

「ねずさん」

「聞いてたヨ。さぁて、この家に忍び込んだらどうなるか、目に物見せてやろうゼ」

「ああ」

退場して戴こう。

 

腕捲りをしたねずさん、と共に刺股を構えて寝室の襖の前に立つ。

「よっしゃ。殺気はねぇが気ぃつけろよ、水木ちゃん」

「ねずさんもな」

「応よ…じゃあ、開けるぜ」

「いつでも」

「三、二、一!」

 

ズザーーーピシャん!!

 

襖が勢い良く開いて、寝室が目の前に広がる。

 

ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃびちゃ

 

「うげぇ!」

なんだ此奴は!?

 

人型の狛犬みたいな姿の奴が…長く赤い舌を天井に這わせている。

 

ぴちゃぴちゃぴゃちゃぴちゃ

 

うようよ、と舌を忙しなく動かして………天井のシミを舐めている。

舐める事に夢中で此方を一瞥もしない。

 

………………()()妖怪…他にもいるのかよぉ……。

 

「なぁんだ。『天井嘗め』か」

「……………いやいやいや、なぁんだじゃねぇよ!これは、これは……!」

「どしたい水木ちゃん?此奴は垢舐めと同じく天井を綺麗にするだけだゼ」

「舐めてな!?」

「まぁ、独特だよな」

「そっそう言う事じゃなくてなぁ!?」

「オイ、オメェさん。端っこがまだ汚ねぇぜ」

「………べちゃん!」

 

ペタペタペタペタペタ

 

『天井嘗め』が天井をひっくり返ったまま這いずり、移動する。

 

びちゃぴちゃぴちょ

 

舐める。嘗める。なめる。ナメる。

 

ぬぐおおぉ……。

 

綺麗にはなってはいるがぁあぁ。

 

「良かったな。水木ちゃん……次いでに床をやらせるか?」

「駄目だ!!!」

「おっおう、わ分かった」

 

………………………今夜は居間で寝る事を固く決心した。

 

げっそりとした気分で居間に戻った。

気分を帰る為に台所に入り、無心で茶を淹れた。

お茶請けには、最近、近場に出来た和菓子屋の饅頭を。

特別、小豆が上手い饅頭なのだ。

それらを、お盆に茶碗に盛った氷と並べて持って行く。

 

「どうぞ」

卓袱台にお茶を手早く並べる。

「おっ!茶、淹れてくれたのかい!ありがとさん」

卓袱台の陰で蹲っている震々の横に座る。

「震々さん…氷ですよ。お食べになるなら、口を開いて下さい」

「あが」

丸く開いた口に氷をゆっくり含ませる。

「ふみまへん」

「いいえ」

「ほぼ看病だナ」

「ぁぁ、ぉぃしぃ」

 

「ハァ……」

「溜め息とは珍しい」

「いや、流石に、ああいうのは、ちょっとな」

「……水木ちゃんにも、苦手なモノがあるとはな…」

「あるさ!」

「まぁ、なんだ、慣れだゼ。慣れ」

「慣れるか………あれ…」

「化け物使い一級の水木ちゃんなら出来るさネ」

「なんだい…その特異な資格は……」

「今、作った」

「………謹んで………遠慮するよ…」

「そうか。そりゃ残念」

「ねずさんの方がな似合うんじゃないか」

「いや、ボクは、お化け大学主席と言う名誉ある称号があるから」

「……何処にあんだ、その大学」

「ハハハハハ」

 

「ただいまかえりました〜!」

鈴の様な声が家に響く。

 

「おっ、元気なのが帰ってきたナ」

「ええ」

 

「おかえりー!」

「邪魔してるぜー!」

 

トットットットットッ!!

 

「水木ぃ!氷とお手紙!!」

鬼太郎が氷の柱を左肩に担ぎながら、右手で掴んでいる手紙を俺に突き出した。

氷の柱は……俺の背丈程である……。

「ぅお………おっおう。お疲れ様。ありがとう」

呆気に取られながら、手紙を受け取る。

「いーえ。氷、どうするの?」

「台所に盥が置いてあるから、それに置い…建ててくれ」

「了かい…あれ、ねずみ、また来たの?暇なの?」

「……嫌な言い方するね、オメェさんは」

「働かざる者食うべからず、だよ?」

「これでも、色々やってるわ!ほっとけ!!」

「ケケケケケ!」

 

トットットットットッ!!

 

台所に小走りで去る童ちゃん。

 

ドゴォぉん!!

 

………盥が無事な事を祈る。

 

「悪戯な小僧だヨ。全く!」

「…何故か、ねずさんには随分懐いているなぁ」

「いや、ありゃ、舐めてんじゃねえのか?」

「そうか?」

「そうだろ」

「可愛いな」

「………………なんで、鬼太郎が絡むと時折、頭脳がお花畑になるの?水木ちゃん?」

「さて、お茶を、もう少し用意しよう」

「聞きなさいヨ」

 

ポテっ

 

卓袱台に何か、降ってきた。

虫か何かと思って、見てみれば目玉の親父が、ちょこん、と立っていた。

「ただいま戻った」

「ああ、おかえり。親父」

「うん。ん、何じゃ、ねずみ。来とったか」

「よう、オヤジ」

「ちゃあんと送り届けたど!水木どん!」

「ありがとうございます。一反木綿さん……確か、水が好物でしたね?一服していって下さい」

「いやいや、お構いなっ」

「いえ、そんな。丁度、お茶していたのですから。なんて事はありません」

立ちあがろう、としたら、向かいに座るねずさんに止められる。

「おうおう、座ってな。茶なら俺が淹れてやるヨ」

「…貴方も客人なのだが」

「気にすんな。それに…その手紙、早いとこ確認した方がいいぞ」

鬼太郎が渡してくれた手紙を指さす、ねずさん。

「え?」

 

「水木、この手紙はぬらりひょんの烏からじゃぞ」

「…仕事か」

「そうじゃ!」

「すまん。ねずさん、頼んだ」

「お茶の子さいさいヨ」

 

今一度、腰を落ち着かせて手紙を手に取る。

 

「さて…」

「さてさて、今度は何が待っとるかのう?」

「開いてみてのお楽しみだな」

 

腕時計を鋏に変化させて…また不可思議な世界の封を切った。

 

ミーンミーーーーンミンミンミーーーーンンン!!!




ご拝読ありがとうございました。
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