「ううむ…こりゃあ、いかんな…」
四つん這いの目玉の親父の目の色が険しくなった。
「水木、鬼太郎!直ぐに出発じゃ」
いつものように古文書じみた手紙の解読を任せていた親父が不意に声を上げる。
「…出発はいいが…どうしたんだ?」
「話は後じゃ。一反木綿、もう一度乗せてはくれんか?」
「よかど!」
「庭で待っとるぞ、水木!」
ぴょーーーん、と跳んでいってしまう親父。
その背に慌てて言葉を投げる。
「三分、待ってくれ!」
全速力で用意を終えて、鬼太郎と二人で庭に飛び出してみれば親父は一反木綿に乗っかって既に宙の中で待っていた。
「ところで、どうして一反木綿に?」
「そう遠くないんじゃよ。さぁ、乗るんじゃ」
鬼太郎を抱っこしたまま歩を進める。
しかし……その前に縁側で見送るねずさんに声を掛ける。
「申し訳ないが留守を頼むよ、ねずさん」
ねずさんは目を閉じて、そんな野暮な事を態々言うな、と眉間の皺で語りながら顎を摩っていた。
「…ゆっくりしとるヨ。お前等も気ぃつけて行け」
「助かるよ。いってきます」
中度した歩を迷いなく進める。
庭の地面から二尺程浮いている一反木綿の前まで。
「……で。どう乗ればいいんだい、木綿さん?」
………座するには心許ない……絶対に言いはしないが…。
「ハハハハ!!跨って後は任せんば良かど!」
自信満々の返事は漢らしかった。
「…それじゃあ、失礼します」
「応!」
ヒラヒラ、と風に靡き流れる一反木綿の身体の上に跨る。
…………しかし……どうやって飛ぶんだ?
「動かんせぇ、じっとしてろじゃ」
「行っど!!皆ぁ!!」
するり、と掴み所の無い一反木綿の背に尻が、すん、と落ち着く。
すると。
脚が…身体が、いとも簡単に地面から離れ、すーーーっと上昇していく。
「うぉ…ぉぉおお」
「大丈夫じゃ、水木。一反木綿に身を預けい」
「あっ、ああ」
「水木、僕は離していいよ」
「あっ、すまん」
自然と鬼太郎を抱きしめていた。
鬼太郎を前方に向けて、そっと一反木綿の背に降ろす。
「………あの…ね…離していいんだよ…」
鬼太郎の脇から手を離せない。
あれよ、あれよと、もう地上から随分離れている……。
嫌な想像ばかりが頭に錯綜する。
「……大丈夫だよな…大丈夫だよな?」
「大丈夫だよ?」
………………そうか……鬼太郎は既に乗って山まで行っていたのだった…。
「わかった。分かった。手ェ離すぞ…」
「はい」
「離すぞ」
「はい」
「………………」
「…………………」
「……………………………………………………」
「水木??離して???」
「のぅ…もう、遥か上空にいるんじゃぞ、儂等」
………そんな事、言われずとも横の、ふんわり、とした雲を見れば見当が付く。
「…………分かってる……なぁ、鬼太郎。万が一の為にも、念の為にも、このまま抱っこしてていいか?」
「……僕はいいけれど。ぜんぜん」
「過保護すぎるぞぉ!!水木ぃ!!」
「間違いは起こるもんだろぉ!!!」
「え〝!?!!」
「あっ、いや!!木綿さんを信じていないって事じゃあ無いので!!」
「おっおう、そげんか…」
平気な顔をして鼻唄を唄いだした鬼太郎を胸に、空中を遊覧する。
当ての無い足が風に揺らされて、落ち着かない。
「…一反木綿や。このまま北東に向かえば白く大きな建物が見えてくる筈じゃ…その近く、人目の無い所まで頼む」
「あいよ」
…?
北東。白く。大きな建物。
「…病院か?」
「うむ…おっと、うっかりしておった」
「今回の事件、かなり厄介な事になっておってな」
「聞かせてくれ」
「手紙に書かれているには…」
「…儂等の住む、この街一帯で静かに奇病が流行っているらしいのじゃよ」
「奇病…」
…………身体がトケル。
「違うぞ。あんな事にはなっておらん」
「………一体?」
「身体に何か変調、異常が起きる訳じゃない……ただ、
「…目覚めない…」
「眠りに落ちたまま、覚醒しないのじゃよ」
「…」
「…身体に何の異常も異状も無し。持病も無し。大きな怪我も無し」
「そんな健康そのものな人間達が…三十四人」
「突然にして…眠りから落ちたままに」
「……とんでも無いな…」
「更に…最初の患者は一週間前に病院に運ばれた」
「たった一週間で三十四人も…?!」
「…伝染…している…かのぅ」
「…病なら…だろ?」
「うむ…昨日の烏達の調査では…少なくない妖気が病院から観測されたそうじゃ」
「つまりは」
「そうだ。これは妖怪の仕業じゃろうな」
「早くしなければ…被害者は増える一方か…」
「…そして、犠牲者も」
「…眠ってるだけ、じゃないのか…?」
「……皆、体重が尋常では無い速度で減少しているそうじゃ」
「医者が言うには…まるで生気が食い尽くされている様、じゃと」
「………」
「…先に言った…最初の患者は、持って、あと三日らしい」
「………だから、急いでいたのか。親父さん」
「うむ。事態は急を要する………これは対話で解決とはいかなそうだぞ。水木」
「…鬼太郎や」
俺に鋭い声で…鬼太郎に哀しく問う様に、呼び掛ける親父さん。
「…やっつける、そうでしょ?お父さん」
……………。
「がんばるよ」
「………お前は聡い子じゃな…鬼太郎」
………余りにも。
それから…黙って速度を上げてくれた木綿さん。
影になっている病院の裏には、直ぐに着いた。
「えろう大変そうじゃっどん、きばりやんせ!!」
「上で待っちょっでなぁ!!」
俺達を優しく下ろして、再び青い空に舞い上がって行った。
その姿は竜の様であった。
「では、依頼人の主治医に会いにいくかの」
「医者本人からなのか?」
「……上から圧力があって…表沙汰には病院が動けんそうでな」
「上って…」
「役人は何時もどうしようもなくなってから動くから、な」
「…ハァーーー………行こう」
白くて冷たくて、嫌な匂いのするビルに入る。
受付で主治医の名前を言えば…怯える視線を隠さずに、別棟の部屋を教えてくれた。
場所と、どうやって行くかを。
案内は無かった。
別棟は古惚けた木の目立つ建物であった。
埃やら薬品、体液の染みの目立つ廊下を
………ここに、誰かいるとは思えなかった。
別棟の一階の奥ばった部屋の前に辿り着く。
コンコン
「失礼、ご依頼を頂いた水木、と言う者です」
…………。
「……ご在室でありましょうか?」
ドン!!バタバタバタバタ!!!
ガチャ、バァン!!
慌ただしく目の前の扉が開かれる。
傾いた扉を剥がしたのは…背の高い…白衣の男。
恐らくは医者。
不養生な医者であった。
中肉中背。
乱れた短髪には疎に白髪があり。
こちらを見つめる小さな目は黒い隈に覆われて、何日も寝ていない様子だ。
やけに大きなマスクで顔の下半分を覆っているので、表情が分からず。
が。
手垢の塗れた眼鏡を忙しなく上げ下げし、髪の毛を掻きむしっているところを見れば動揺している事は簡単に分かった。
「貴方が!?貴方が!!」
「えぇと、探偵の水木「だった助けてぇ下さーーぁぁあいぃい!!」
情けない絶叫をしながら抱きついてきた。
「うげぇ」
中々に強く熱い抱擁であった。
「あっ!!?失礼をば!!?」
「ぅゔん、げぇほ!……興奮してしまい申し訳ありません」
部屋に通され、書類やら店屋物の食器やら積み上がった机を挟んだ、ひび割れたソファに座らさせた。
「いや、お気になさらず。早速ですが本題を」
「あっ、ああ、はい………で、ですが……その、子は…?」
「……社長です。鬼太郎、挨拶を」
「僕、社長なの?」
「今、そうなった」
「わぁい。鬼太郎というものです、以後よろしくおねがいします」
「………????」
「まぁ、此方もお気になさらず。口の固い子ですし、こう言った事には慣れて……慣れさせたいので…遠慮なくお話下さい…」
「はぁ、まぁ、いや……しか………まっ、まぁいいか…」
「あの、そのですね…すみませんが手紙に書いてある以上の事は未だ掴めておらず……」
「水木さん……これは…この事件は…
……分かってて聞いておられるな…。
「……恐らくは」
「うむむむむむむ………むぅ……で、では何の、誰の仕業なのでしょうか?」
「…それはまだ。先生、本当に手紙に書かれている事が全てなのでしょうか?」
「う、嘘は書きませんよぅ!」
「ああ、すみません。言い方が悪かったですね…その… 例えば…ですね、手紙に書くまでも無いこととか…先生の何となくの感覚だとか…そういったものは無いでしょうか?」
「……うぅん、ひどく曖昧ですねぇ…」
「姿、形が見えぬ相手の尻尾を掴むには、そんな曖昧さが大事なのです」
「……一つ、一つだけなら…」
「…何でしょうか?」
「……見てもらう方が早いかと……」
ゆらゆら、と立ち上がる。
「此方へ…」
「………はい」
ギィーーーーーーー!
物に溢れ返る部屋を後にして、足を載せる度に悲鳴を揚げる階段を登り、二階へ。
「…はっくしょん!」
隣の鬼太郎が小さな嚔をした。
「大丈夫かい?」
ハンカチを差し出す。
「ちーんしなさい」
「…いいの?」
「すまんが、これしか無くてな…」
「………そういう事じゃないと思うんじゃが…」
「……ぉぃ…もっと小さな声で…いや、喋るな…目玉が…」
「ひどい事言う!」
「うるせぇって」
「ちーーーん」
ズビビビ
「ちーん、は真面目に言わなくていいぞ…鬼太郎…」
「大丈夫ですか?」
先頭の医者が振り向く。
「あぁ、大丈夫です…少し嚔をしただけですので」
「ああ、それは、それは。気が付かずにすみません。こんな埃塗れの所で…」
そう言いながら、白衣のポケットの中を弄っている。
「き、鬼太郎君?もし宜しければ、此れをどうぞ?」
ポケットから出した丁寧な包み紙を解いて…新品のマスクを取り出した。
「あ、いや、そんな大層な事では…」「い、いけませんよ。こんな小さな子に我慢させてはいけませんよ。もしも、喉を痛めれば。もしも、気道を痛めれば。もしも、肺を痛めれば。ああ!いけない。それはそれはいけない。ですから、それ故に、どうぞ。」
酷く、心配症である。
………医者は皆んな、こうなのか?
「…そこまで、先生が仰るのならば…有り難く」
「ええ…まぁ何も、ずっと、とは言いません。この建物の中では着けていた方が良いでしょうね」
「分かりました。さっ、鬼太郎」
鬼太郎に耳に掛けて、マスクを装着させる。
……顔の…余りの小ささに……そのまま、着ければ…口や鼻どころか、目や額まで隠れてしまった。
真っ白な、のっぺり、とした、お面の様である。
「……これで良いの?」
白面が若干困惑しながら聞いてくる。
「良くない…ちょいと、待ってろよ…」
マスクを丁寧に折り、顔に合わせて調節する。
……裁縫道具を持ってりゃ良かった…。
そんな事を思ったら、鬼太郎を包む、ちゃんちゃんこから数本の糸が、しゅるしゅる、と登ってきてマスクに食い込み留めてくれた。
………糸で活動出来るのか……ご先祖様一同…。
「わ、わぁ、器用ですねぇ。水木さん」
「あっ…いえ、まぁ」
「ありがとう」
「苦しくはないかな?鬼太郎君?」
「大丈夫です」
「ほっ」
…………ほっ、と本当に言う人初めて見たな…。
「……ここです」
両開きの扉の前に立ち止まる。
「ここは?」
「ここに、例の症状の患者さん達がおります」
「……一部屋にですか、?」
「……隔離ですね…看護婦も来ませんしね…」
「すると、先生一人で?」
「やるしか、ありませんので」
「……そんな…」
「そ、それより、水木さんにも、マスクを…」
「いえ、大丈夫です」
「し、しかし!」
しない、する必要の無い明確な理由は隣にあった。
「先生、本当に病なら……この子の髪の毛が反応する訳が無いのですよ」
鬼太郎のレーダーを指し示す。
「え!?え!?どどどどういうこれは何でしょうかか!?」
「妖怪探知機…みたいな…」
「けけ」
「は?!!?」
「話せば長くなり過ぎますので…先生、見せたいものを…どうか」
「はっ、!そ、そうですね…では開けます…」
キィーーーーーーギィ
重い扉の向こう。
暗く。汚く。臭く。寒い。澱んだ、部屋。
…なんて事は無く。
埃まみれの廊下に反して、床、壁、窓、天井、全てが綺麗に掃除されている。
幾つかある大きな窓は、薄いレースのカーテンが揺らして…爽やかな風と穏やかな陽の光を迎えていた。
患者達が寝かされているベッドは等間隔で並び、真っ白で清潔感ある姿である。
……当の患者達は、右、左に横向き、仰向けに…それぞれ違う寝姿で。
彼等、彼女等の横には点滴が静かに立って、栄養を落としている。
…部屋の中には…風の音、患者達の穏やかな寝息だけが流れている。
「……一人で、看病をしているのでしょう?」
「えっええ、一人ですね。大変ですが…」
………なんという腕だ。
「……えぇと、水木さん、此方へ」
部屋の奥へ、足音を立てぬ様に静かに歩いて行く先生に着いていく。
左右の…寝ている患者の姿を見てみれば…奥に行くにつれて、消耗の進行が酷くなっていた。
「……水木さん…此方の方が…最初の患者様です…」
……先生が目を伏せながら、掌で指し示す。
「……………」
人間の皮と骨が…其処にはあった。
「ひゅーーひゅーーひゅーーー」
皺皺の極薄の
生物特有の熱が無ければ……何か…その、悪趣味な像…と間違えてしまう程に。
…俺は…骨の形が、どういった物か、どういう配置か、どういう大きさか、形か、なんて見て解る程、身体構造に詳しくなんて無い。
しかし、この時は一目で……理解出来た。
この、人物……(最早、性別も、年齢も、解らない)を見れば…それは簡単に雄弁に教えてくれた。
穏やかな寝息が…まるで冗談の様であった。
…………………こんな。
ここ迄になっても……………人間は
………今更…遅すぎたが…思わず、鬼太郎の視線を隠す為に、身体を動かす。
ちら、と様子を見たが…表情からは何も読み取れなかった。
………ショックが無い事を……いや、合ったほうが良いのか…?
兎に角…鬼太郎の心を案じての行動を…した。
自分勝手過ぎるが。
「……見せたいもの………いえ、聞いて欲しい事があるのです」
「…はい」
「私からでは無く………彼から…」
「……目覚める事はないのでは?」
「その通りです。しかし…話すのです。小さな小さな声で。寝言を」
「…………成、程。寝言ですか……」
「……すみません………何かを言っているのは間違い無いのですが……私の耳では……意味を汲み取る事まで出来ず……」
「しかし、私以外、そう、専門家である貴方達であるならば……彼の言の葉を受け取る事が出来るのでは…と、そ、そう思い至った次第です」
「……了解しました。全神経を使って、耳を澄ませてみます」
「お願いします………何一つ治療の出来ぬ私ではありますが……どうか…お願いします。この人達を助けて下さい」
深く、重く、頭を下げられた。
「………承知致しました。必ずや」
背を正して、応える。
「………ありがとうございます。水木さん」
「ででは、私は他の方々の姿勢を変えますので……彼を…彼と話を…」
先生は…直ぐに仕事に取り掛かる。
澱みない手付きで…隣の患者から、全身を揉みながら…身体の向きを変え始めた。
だから……寝姿が違ったのか……。
「………さて…」
先生の言う、彼の枕元に近づき膝立ちになって、その皺だらけの顔の目の前へ。
鬼太郎も黙って…俺の隣に立つ。
「……大丈夫か?鬼太郎…」
「何が?」
「…………」
「あっとね、痩せてるな、とは思うけれど…怖くは無いよ」
「心を読んだのかい?」
「顔を読んだの……早く、話してる事をきいてあげよう?」
「………はぁ、フフ、敵わないな」
「?」
「その前に、親父」
声を限りなく落とす。
「どうだ?」
「すまん。確かに妖力を感じるが…何者までかは…」
「そうか…いや、いいんだ……じゃあ、二人共、耳を…」
「うん…」
「うむ…」
「…」
………………………。
「ひゅーーー……ひゅー………………ぃ…ぁ………」
…!
「……て………」
「…………も……………」
確かに…何か言っている……だが、遠い。
声が…遠く。
微かな断片しか届かない……。
「…………」
「たすけて…」
「…!!」
「……」
鬼太郎が呟く。
「たすけて……だれか………もういやだ………もう…だして…」
「あいつが……いる……どこも…かしこも…あいつだらけ…」
「はやく…はやく……
「ぼくを……おこして……よ…おかあさん」
「…あっ……聞こえなくなった…」
「…………よく聞こえたな……」
「…うん…でも、仕方ないよ」
「……?」
「水木が聞こえなくても仕方ないよ……僕が聞いたのは音じゃない……想いだもの…」
「………そうか…ありがとう、鬼太郎…」
「ううん…」
「……どうやら、自分が夢の中である事が…分かっているみたいだな…」
「うん……夢に囚われる…か………うんん」
「……心当たりは?」
「…………………無い………………」
「…………ない…か……となると、ここ最近、生まれた、では?」
「……ここ迄の力…少なくとも…数十年は経たねば…」
「そうか……」
「…しかし、狡猾な奴じゃ。恐らくは夢の中でも隠れて…この者等を襲い、生気を搾り取っておる…………ぬぅ…
……。
「……なぁ、思ったんだが…そんな凶悪な奴が犯人なのに…何故、先生は眠りに落ちていないんだ?」
……鬼太郎、親父は、そんな野郎の力は効きはしない。
…俺は、多分…二人の存在と腕に巻かれている笛のお陰で効かないのだろう。
しかし、先生は…普通の人間である。
ごく普通の無辜なる人。
人を助けるべく努力する人。
ただの人間である。
「そこも、此奴の卑怯な所じゃよ」
「……」
「……あの、お医者の先生が居なければ…この者等はどうなる?…いや、どうなっていた?水木や」
「………先生が居なければ………………そりゃあ、もう、とっ…く…に………まさか…」
「そうじゃ。可能な限り長く。可能な限り多く。可能な限り味わう為に。
「なんて下衆野郎だ」
「…ひどいね」
「…そうだな」
クソッタレ!!
「……しかし、一体どうすれば……」
どうやら、問題の奴は夢の中に…。
どうすれば、止めれる。
どうすれば、捕まえられる。
どうすれば……………………。
「…夢の中にいる。それが分かれば…作戦は立てれたよ」
親父が静かに言う。
「どんな?」
「危険じゃ…とても…」
「いいから」
「誰かが、夢の中に行かねばならん」
「それは俺だろう」
「………………はぁ、水木、友よ。それは破滅的な考えからではないだろうね?」
「何を、死ぬ気なんて、これっぽっちも…」「其方の命も儂等の命も同じ重さなんじゃぞ」それは違う。
「…」
「…………まぁ、今はいい………作戦は、こうじゃ」
「誰かに夢の中に落ちて貰う」
「夢の中で犯人の姿を確認する」
「姿、形が分かれば…名も、急所も解る」
「その後、直ぐに撤退……覚醒する」
……?
「覚醒って…それが出来るなら…」
「まぁ、急くな。いいか、水木。この方法は最初から分かってて行くから通用するんじゃよ」
「…話が見えないが」
「つまりは…命綱を着けてから落ちるんじゃよ。覚醒の刻に、それを引き上げるだけじゃ」
「命綱…」
「命綱を着けるのは儂等じゃない。儂等じゃ無理だ」
「そこでじゃ、水木や」
「腕の笛で彼奴を呼ぼう」
「彼奴って」
「ハハハ…お主を一度起こした…」
「枕返しじゃよ」
先生には仕事を終えられた後に…病室から退避してもらった。
三十四人の眠る患者と、親子の前で笛を構える。
プァアアアアアアファアアアピュイイイ
荘厳、それでいて高らかな音色が病室に響く。
スゥーーーー
「こんにちは。けふはいかなる御用に負ふや?」
枕返しが
「こんにちは」
……旧式の日本語は俺には難しく、親父さんに通訳を頼んでいた。
「呼び出して、すまんのぅ。枕返しや」
「な案じそ」
「緊急でな」
「水木を…この周りの人間達と同じ夢に落として、起きるべき時に起こしたいのじゃ」
「お主の力を貸してはくれないじゃろうか?」
「委細承知。任せよ」
「忝い」
「……受けてくれた様だな。ならば、早速」
「うむ…」
「待て。枕ぞ要る」
「おっそうか…水木、枕を」
「…枕返しだもんな…」
空いているベッドから枕を拝借して、床に寝転ぶ。
寝心地は悪い。
……蜻蛉返りをしなくてはならないのだ。
このくらいで丁度良い。
「では。くれぐれも気をつけてくれ、水木。もしもの時は…笛を…」
「ああ、分かってるよ」
「……無茶はしないでね…おやすみ…」
「…肝に命じるよ。鬼太郎」
「ふぅ……お願いします。枕返しさん」
「いきておはせよ」
…………バツんっ!!!
目の前が黒く暗くなる。
落ちる。堕ちる。おちる。
下へ。地の底へ。知の底へ。意識の流れの底へ。
夢の中へ……。
チリン。
チリン
チリン
リン
カァン
カァん
カァん!!!!
「ここは……」
周りを見渡しながら腕の時計を三八式に変化させる。
「どこだ……?」
……ぐ……く…。
頭の中に重く纏わり付く鉛の霧が立ち込めている。
思考が連続しない。
考えが纏まらない。
意思が進まない。
「……しっかりしろ……馬鹿野郎!」
自分の頬を拳で殴りつけて…喝を入れる。
…幾らか、ましになる。
「まず!俺は誰だ!俺は俺だ!」
「自分を見る」
自らの格好は現実と同じ。
手の中には…いつもより…熱の無い銃が。
「装備を確認」
銃を必要以上に丹念に確認する。
……良い。筈だ。撃てる。筈だ。
「ここは何処だ?」
…夢の中で目を見開き…再び辺りを見渡す。
「ここは商店街だ…」
知っている、よく通っている場所だ。多分。
「商店街の通りだ」
八百屋、魚屋、肉屋、酒屋、煙草屋、金物屋、玩具屋、電気屋、石屋、骨屋、顔屋、体屋、動物屋、弾屋、銃屋。
「よく行く所だ」
…そして。
この通りを南に行けば……自宅に着くはずだ。
「……当ても無し…行ってみるか…」
「行くとしよう」
夕焼けの中。烏達の鳴き声を他所に。
俺は歩を進める。
「帰ろう」
そうすれば…近所の森には二歩、三歩で辿り着く。
「………母ちゃんが待ってる……」
「家にはもう直ぐだ…」
「歩こう。歩いて。走ろう。走って。飛んで帰ろう」
「早く。帰ろう」
「ただいま!」
「懐かしい我が家だ」
「母のいる我が家」
「ただいま!」
「おかえり」
「おや、母さん。座って何をやってるんだい?」
「お前の名札を付けてるんだよ」
「名札?学校のかい?」
「まさか!この服のだよ」
「それは、軍服だね」
「そうさ。ちゃあんとつけなくちゃ」
「どうして?」
「そりゃ、お前さん。名札を付けときゃ分かるだろう」
「何が?」「お前さんが」
「僕が?」
「ああ。お前さんの身体が木っ端になっても解るだろう?」
「ああ、なるほど」
「そうすりゃ、私は迎えれるよ…お前の骨を受け取れるよ」
「ハハハハハ!!!お母さん!そりゃあ、残念!!!」
「なにが残念なんだい?私の可愛い坊や」
「そんな物つけたって!僕達は帰れないよ!」
「足が……届ける脚が無くちゃ………」
「そうかい。まぁいいさ」
「良くは無いだろ…」
それで良いなら…俺は…俺は…。
「母ちゃん、此処は危ないよ」
「どうしてだい?此処は私の家だよ?」
「魔物がいるんだよ。此処には」
「魔物だって?」
「そうだよ。人の魂を食べるんだよ!」
「恐ろしいね。それはどんな姿なんだい?」
「それは!それは。それは、それは…それは?」
「それはこんな顔かい?」