夏の盛り。
俺は台所にて素麺を茹でていた。
鍋の熱気に顔を顰めながら、菜箸で鍋の中を泳ぐ麺を回す。
回しながら、数分振りに腕時計を確認する。
「……よし」
火を止めて、流しのざるにあける。
流水で粗熱をとり、氷水の入ったボールに移して軽く揉む。
白い大皿に一口大に纏めて、並べれば…ほぼ完成。
後は葱や茗荷の薬味を入れた小皿と出汁つゆを揃えて持っていけば良い。
「…鬼太郎ー、昼飯出来たから机の上を片付けといてくれー」
居間で何やら工作をしていた鬼太郎に声を掛ける。
「はーい!!」
今日も元気の良い返事だ。
片付けている間…少しだけ待つか……。
………あ、そういえば…。
「忘れてた…いいものあったじゃないか…」
今朝方、のっぺらぼうが我が家に尋ねて来て、この前のお詫びに天麩羅を持って来てくれたのだった。
「素麺だけじゃ味気ないしな」
戸棚から、もう一つ皿を取る。
「もう、いいよぉー」
「おーう」
さあさあ、昼飯だ。
ズルズル
ツルツル
チュル
三者三様な咀嚼音が居間に響く。
俺達は、すっかり喉越しの良い麺を啜る事に夢中になっていた。
そんな中、ひょこり、と親父が卓袱台の上で立ち上がった。
「……ん…ほら…」
薬味の小皿を前に置く。
「お、すまん」
薬味の刻まれた葉、その一欠片を摘んで器に入れた。
「もっと、いいんだぞ?」
「…お主らの量を入れたら…薬味を食ってるのか、麺を食ってるのか、分からなくなるわ…」
「…あぁ、そうか…そうだな、自分の物差しだった。すまん」
「いやいや、なんの、なんの……実はこんな身体でも良い事はあるんじゃよ?」
「何だい?」
「水木の旨い飯をどれだけ食べても無くならん事じゃ」
…また、この人は。
「そりゃどうも」
毎食毎食、腹がぷっくり、と膨らむまで食べてくれる親父だが…実際、鬼太郎が食べる量の半分にも届いていない。
そして、鬼太郎は少食である。何でも食べてくれるが。
「まぁ、それで助かるのは俺の方さ…食費が一人の時の余り変わらないしな」
「安上がりじゃろう!儂等」
「…俺としては…赤字になる程、食ってくれる方が良いんだが…」
「………甘すぎるなぁ…」
「出汁つゆか?」
「………それは冗談で言うておるのか?」
「何が?」
「………」
「?」
生暖かい目で見つめられても…悪いが俺は心を読めないぞ、親父さん。
「水木ぃ、これは?」
鬼太郎が、もう慣れてしまった箸で天麩羅を摘んで聞いてくる。
「それは天麩羅だ。のっぺらぼうのお手製だとさ」
「ほぅ、天ぷら…あむ」
もくもくもく
天麩羅を大きな一口で頬張り、よく噛んで味わう子栗鼠の様な鬼太郎。
「どうだ?」
「うまい、と思う…」
「おや…鬼太郎がそう言うなんて珍しい…」
鬼太郎、そして親父さんの食の感想は、美味い。美味しい。凄く美味!しか無かった。
(それ故に自分の料理に、如何にも自信が持てない)
「どれ…」
俺も天麩羅を取ってみる。
衣全体、実に綺麗な狐色に上手く揚げてある。
箸で分かる感触は柔らかい。
そして、食欲を唆る…香ばしい匂い。
「…んが…」
一口齧る。
もぐもぐ
…………なんだあ、こりゃ。
本当になんだこりゃ。何の天麩羅だ?
兎に角、柔らかい。柔らかすぎる様でいて腰がある。
舌触りも良い。
味も悪くはない。
薄味だが、旨味がしっかりある。
しかし、初めての味である。
烏賊…餅……いやぁ、食べた事ある物とは思えない。
「なぁ、親父。これは何の天麩羅だと思う?」「どれどれ」
親父が天麩羅を小さく一口齧る。
「あぐんぐ…もぐん」
「これは……あれ…じゃ…ほれ、あれ…」
「?」
「人魂じゃな」
「へぇ、人魂………………………………」
「…もくもく…中々、美味いじゃないか…」
「汁につけて食べると、美味しいよぉ。お父さん」
「本当か……おっ、確かに!美味い!」
もごもごもごもご
仲良く膨らませた頬を動かしてる親子。
カタン…
箸を卓袱台に置いて、浅く一呼吸をした。
「……………食っちまったぞ、俺……」
「もくもく…何で顔を点滅させてるんじゃ?もく」
「衝撃の事実を聞いたからだよ…」
「…んぐ……うん?…あぁ…さては命の人魂と思っとるなぁ」
「命のって…」
それしか無いのでは。
「この天麩羅の人魂は
「想いって…感情の?」
「左様。
…………それは、まるで…………。
「………ポン菓子……みたい…いや、菓子と同じにしては駄目だよな…」
「何じゃそれ?」
………知らないのか。
「…今度、見せてやるよ」
それこそ人魂が飛び出すくらい吃驚するだろうけどな…。
「どんな菓子かのう………えぇと…何処まで説明したかな…」
「誰かへの、強い感情から生まれるんだろ?」
「おぉ、流石。理解が早いな……それでな、そんな生まれ方じゃから…想う相手を追いかける。それ故に墓場に多いんじゃ。この時期は特に、びゅんびゅん飛んどるぞ」
虫みたいに言う。が、得心があった。
行き場の無い想いは…眠る場所へ。
墓場に人魂が付き物になるよな、そりゃあ。
大群でいるだろうさ。何時迄も届かない想いなんだから。
「因みにな。言霊、生霊も似たような生まれ方じゃぞ」
「…感情ですら、変生せしめるのか…この世は」
「何であれ、生まれるには
「……確かにな」
「そんな訳じゃから、安心して食っとくれ。この味からして悪感情では無いしな!」
「いや、一つ食べたから良い…」
「そうかい?じゃあ、鬼太郎。儂等で食べてしまおうなぁ」
「けっこう、癖になるよ。これ」
「……それは困るなぁ」
どうやって調達、調理するのか見当もつかない。
…虫取り網を持って、墓場で人魂を追いかけるのっぺらぼうが脳裏に浮かんだ。
その後、親子はいつも通りに皿を空にしてくれた。
カチャ……トポトポトポ…
風呂専用の茶碗に熱い茶を注ぎ、声を掛ける。
「言われた通り、熱めに淹れたぞ…アッ」
チャポン!
茶碗の肌を触ってから、茶の中に飛び込んだ親父さん。
「いーい湯加減じゃあ……はぁぁ〜」
本当に熱いと思うんだが……火傷しないのか…?
「…こんな時期なんだから、ぬるめが良いんじゃないか?」
「風呂は熱いのが一番じゃよぉ」
「そうか………なぁ親父さん、そんなに好きなら…いつか温泉にでも行こうか」
「そりゃあ素敵じゃ…えぇのぅ、実にええ…」
頭に自分で裁縫をしたタオル(何枚目にして、なんとか形になったもの)を乗っけて、緑茶風呂を目を閉じて…?満喫する親父さん。
…腹が膨らんでいるので…少し浮き気味である。
「できた!」
トンッ!
「うん?」
茶碗の横に…鬼太郎が喜びの声を上げて、何かを置いた。
汗で前髪がくっつき、頬は赤く、満足気に鼻息を吹いてるところを見れば…どうやら、工作が終わったのだろう。
卓袱台の上に鬼太郎の力作に目を向けた。
胡瓜であった。
先日、鬼太郎にせがまれて購入した青々した水々しい野菜。
蔕のついた頭が天に向かって、ぐいん、と伸びている。
その胡瓜の下側に…何十本と楊枝が突き刺さっており、その姿は
……なんの妖怪であろうか?
「………鬼太郎や、そりゃあ何じゃ?」
親父が茶碗から頭を出して尋ねる。
「馬だよ」
「う、馬か」「馬か…」
しかし、何だって…。
「急に芸術に目覚めたのかい?鬼太郎先生」
「げいじゅつ?」
「絵や彫刻やらの事じゃよ」
「…んーとね…げいじゅつじゃあなくてね……僕は、明日のおぼんの為に作ったんだよ」
おぼん。
「…?……あっ盆か!」
「忘れてたの?」
「…ああ……恥ずかしながら…」
……俺にとって…盆は、ある事に塗り潰されている為に頭の片隅にも無かった。
「しかし、良く知ってるじゃあないか。胡瓜の馬を作る事」
「震々が教えてくれた」
「…いつ?」
「ひなんする前」
震々は現在、危険な猛暑の我が家から離れて…雪女一家の処に避難中である。
「よく話が出来たな…」
最後に見た姿は、殆ど液体であったのだが…。
「けけけ…水木も作りなよ…お父さんとお母さんに会えるよ?」
心臓が一瞬、鼓動を止めた。
「……………………………そういう事か………」
…………鬼太郎……。
「お母さんに会う為に…それを?」
「むかえに行ってくれるんでしょう?」
「…ああ、そうだな……」
ちゃぽん!
茶碗に沈みこんだのは、父親であり、夫であった、目玉。
「良かった。これから、なすの牛も作るよ」
本当に良く知っている。
「……帰ってしまって、良いのかい?」
「?仕方ないんでしょ?寂しいけれども…」
そんな言葉を言わせたくは無かった。
だけど…その言葉を、俺は待っていたのかもしれない。
しかし、俺から聴くべきであった…。
寂しくない筈が無いのだ。
「…………すまん」
「何が?」
「すまない」
「…あやまらないでよ…みずき。なぁにんも、悪い事してないのに」
「…」
なにも出来なかったんだよ。
鬼太郎が茄子の牛作りにとりかかったので、邪魔しない様に俺と親父は玄関先のベンチへ出た。
「スゥ…………フゥーーーーー」
粗雑に煙を吹かす。
「……水木…儂にもくれんか…」
「…ああ…」
一本を親父に差し出す。
「ありがとう」
謝意を述べて自らには大きな煙草を咥えた。
「…」
マッチを擦り…親父さんの乾いた煙草の先に火を点ける。
「…すまん…」
「いや……」
「スゥ…ハァーー」
煙をやるせない想いと共に空へ吐き出す。
朧げな人魂が登っていった気がした。
「……親父さん…」
「…何じゃ…?」
「……あの子は…鬼太郎は…母親に逢えるのか?」
「……分からん…」
「………何故?……地獄や人魂があるんだ…天国だって…あるんだろ?」
「あるじゃろうな…」
「ならば…」
「水木さん…儂は今迄、何人もの同胞を見送ってきた………何人も何人も………だが、
「…
「…おるよ。未練残るモノならな…だが、それは…我々遺された者が知る姿も心も亡くしている………そして、儂は…妻はそうならんと確信している」
「…」
「妻も、同胞達も…皆…向こう側へ…渡ってしまったのだろう」
「………では、あの子のやってる事は……」
「……奇跡を信じよう…あの子の想いが向こう側へ渡る事を信じよう……儂は、儂等には…それを祈る事しか出来ん」
「……何百年も起きなかった奇跡をか」
「子の想いと母の想いを、信じるのじゃ……妻が死んで一年。倅が生まれて一年。その間、想い続けた二人を信じるのじゃよ」
盆の終わりの日…戦争が終わった日。
それは岩子さんと別れた日でもあり。
鬼太郎の生まれた日でもあった。
「……迎え火、焚いてあげよう…」
「…あぁ…」
ただ静かに煙を吐き出す、隣の年老いた男。
その小さな身体に手を添える。
友人を少しでも支えたいが故に。
俺は貴方の想いも信じてるんだぜ。
そうして。
男二人のしみったれた祈りを他所に…。
翌日、卓袱台の上の胡瓜の馬が消えていた。
俺と親父は揃って瞠目し立ち尽くした。
鬼太郎は、にこり、と微笑んでいた。
「おおおおおやじじ」
「みみずきさささんん、むむかえびじゃ…はよう、早く!」
「ああ、ああ!」
慌てて振り返り柱に頭を激突させながら、ふらふら、ばたばた、と迎え火の準備を整え、寝巻きのままに玄関先に飛び出した。
その時、飛び出したのは俺一人で良かった、と思う。
ミーンミーンミンミンミーンミーン………
蝉達の絶叫が、遠く離れていく様であった。
「…ぁ……」
…………かえってきていた……………。
馬の脚は速かった。
そして、粘り強かった。
外は兎に角、熱かった。
こんなにも暑い外では…直ぐに肉は腐る。
幸い肉では無いから。
臭いはそこまで、しなかった。
虫の囁きと沈黙する森に囲まれ、真っ白な陽の光に晒されて。
馬が。
深い緑色の馬は倒れ伏していた。
身体は俺よりも遊に大きく変化していて。
呼吸は辞めていた。
目は濁っていた。
舌が、だらん、と伸びていた。
そして、最も目についたのは腹である。
腹が掻っ捌かれていて…中の黄緑の果肉と白い種が地面へと垂れ流しになっていた。
恐らくは、これが致命傷であろう。
幼子の想いに応えて、朝一番すら抜かして出発した…してくれた馬は。
半死半生で帰ってきた様であった。
「…」
ピシャン!!
後ろ手で玄関の扉を閉める。
停止した脳の代わりに、脊椎が反射で動いてくれた。
「…」
……ほとほと、自分が嫌になった。
この光景を見て。この惨状を見て。
深い緑色の馬を憐れむよりも…鬼太郎に此れを…どうやって見せないかを考えていた。
「…………」
黙って見ても、屍体は消えず。
腐った野菜の臭いが辺りに、ジワジワと広がっていく。
「…」
震え、汗ばむ掌で握っていた、木の皮は未だ乾いていた。
言うことを聞かない手で…何とか懐のマッチを取り出す。
……そう…。
幸い肉では無いから。
あっという間に屍体は燃え尽きてくれた。
音も立てずに。
真っ黒な灰の山は風で舞って、散っていく。
「……」
火に当てられた身体は異様に熱を持っていたが、臓腑は痛い程に冷え切っていた。
「…すまない。そして、よく頑張ったな」
今更、胡瓜の馬に感謝を捧げた。
「……だけど…一体……何が…」
それを教えてはくれない。
「………あの人達が何をしたってんだよぉ………」
俺には解らない。分からないことばかり。
テテテテテ
足下から何かが、飛び出した。
その正体は、目玉の親父さんであった。
己の無神経さに、戦慄する。
何故、気づかなかったのか。
何時からいたのか?
何処からいたのか?
親父さんは黙っている。
「………」
黙って、その小さな手で地面にこびり付いた灰を撫でている。
「………………」
優しい手つきで。労うように。
……ああ、最初から………。
何もかも。見通されていたのだ。
「……………………すまないな、水木さん……」
………どうして!
「……ぐくぐ…」
そんな事、言わないでくれ。
起きた事を無かった事にしようと、した…そんな糞みてぇな嘘を吐こうとした俺に謝るな。
そして、そんな嘘すら…隠蔽すら失敗した…出来損ないに謝るな。
謝るのは。
誤っているのは。
俺でしかない。
「……鬼太郎には言わんでもらえるか?」
………………………………………………………………………………。
「………貴方という人は……どこまで……」
一緒に嘘吐きになってくれ。
その頼みを断れる訳が無かった。
「…分かった………」
「だが…だけどな、教えてくれ…親父さん……これは一体どういう事なんだ……この馬に何が?……この馬は何処から帰ってきたんだ?」
「……………妻の元からしかなかろう……」
しゃがれた声を絞り出す。
「では…何故…あんな目に…」
「………誰かが邪魔をした…」
「誰かって…」誰が。
「妻の傍にいるモノが」
澱みなく宣う親父。
「……自分が、何を言ってるのか……分かっているのか……?」
「…分かっとる……分かっとるわ…!!」
小さく唸る親父。
「……」
「…………すまん………水木さん……儂には
「妻が何者かに囚われている…それは分かる…分かってしまう…」
「だが……」
「何故…何故じゃ……」
「
「
「解らん。解らん」
「水木さん、水木さん、儂に教えてくれんか…」
「…………なぁ………水木さん……
「妻は未だ自由が無いのか?」
「未だ何かに囚われているのか?」
「妻は死んだのだぞ!?」
「漸く!漸く……楽になったと言うのに……!!」
「そんな事あっていいのか…?」
「こんな事あっていいのか!?」
「何故?如何して?」
「妻が何をした?」
「倅が何をした?」
「ぁぁぁああ……!!」
頭を抱えて喉が裂けんばかりに絶叫する、男。
「み、ずきさん…儂に…私に教えてくれぇ……」
「きっと私が悪いんだ……」
「……だから……教えてくれ…」
「言ってくれ…」
「お前が悪い…と…」
「私を貶してくれ……私を罰してくれぇ…」
地に伏せ、灰に塗れ、渇いた目玉が声を絞り出し、解けそうな手を伸ばして、俺を見つめていた。
「…」
地面に腰を降ろす。
出来るだけ近づき、痛々しいほどに小さな手を取る。
「……そうだな。『目玉の親父』貴方が悪い」
「おぉ、おぉ、そうだ…そうでしょう…」
「あぁ、悪い。貴方も悪い。これは、この有様は俺達の。俺達二人の責任だ」
「チガウ!!それは違う……貴方に何の「いいや、違わない」
「聞いてください」
解けそうな手を纏める様に両手で包む。
「私達は怠惰にも努力しなかった」
「鬼太郎を岩子さんに会わせる事をしようともしなかった」
「私達は…死んだ後の場所に行ける、と言うのに」
「可能、不可能に関係なく…それに挑戦さえしなかった」
「私達の怠慢が二人を引き離したんだ」
「死んでも終わらないのに」
「岩子さんは待っているのに」
「鬼太郎は恋しく想っていたのに」
「だから、ですね…これは私達の責任なのですよ…目玉の親父」
「………………………」
渇いた眼球にが少しばかり潤いが戻ってきていた。
「ツケは払わなくては」
「私の友人。鬼太郎の母。貴方の妻」
「岩子さん」
「探しに行きましょう」
「探し続けましょう」
「その魂を」
「鬼太郎の想いを乗せて駆けてくれた馬」
「命をかけてくれた緑の馬」
「あの馬の遺志を」
「今から、俺達が引き継ぐんだ」
「必ず、二人を繋げるんだ」
「もう一度」
「一緒に」
言葉が、想いが、自分の想像以上に流れ出した。
繋いだ手は、もう暖かった。
「…………ぁぁ……貴方は……変わらず…暖かいですね…」
「そして、変わらず貴方の友ですよ」
「………ありがとう、水木……目が覚めたよ…」
「そうでなくては……それに親父さん…お忘れですか…俺達は嘘を吐かなくてはいかんのですよ」
あの子に。
「あぁ…わかっとる……わかっとる………しかし…何と言えようか……何を………………ぁ…」
地面に僅かに残る灰に身体を埋めていた親父さんが、唐突に立ち上がった。
「ぁぁぁぁ……あああ……」
親父さんの手の中に…何かが。
「そうかぁ……そうか………届けてくれたんだな……」
目からは涙を一粒落として、溢した親父さん。
それは。それは、髪の毛であった。
長く、美しい、黒の髪の毛一本。
燃えずに、舞わずに、灰の底に残っていた。
持ち主は、考えるまでも無かった。
致命傷を負った馬をここ迄、生き長らえさせたのは、きっと、これだ。
か細い繋がりは確かに此処へ繋がった。
子の想いに母親は応えた。
「親父さん、嘘なんて吐かなくていいな」
「おおおおお……おぉおおお」
嗚咽で言葉にならぬ返事が返ってくる。
「……今…ではなくとも……必ず会いに行く。今度は皆んなで」
例え、永劫の果てであっても。
必ず、見つけてみせる。
永遠に失われたと思っていた…ただ一度の機会。
今度こそ、あの人達を在るべき様に…。
今度こそ。