墓場より   作:ひノし

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第三十六話

「『牛鬼』…に………『土蜘蛛』………か…また大物じゃな」

随分と含みある言い方で釣りか何かの様に言う幽霊族の目玉。

「あ、そうなの?」

小首を傾げる蠅の魔王。

「……御二方、これは一大事ではないのですか?」

「ふ、ふ。浮世で発生すればそうだろう。しかし、此処は地獄。地の底さ。鬼の一匹二匹、一ダース…なんて事なし。鳳蝶よりはずっといるさ」

「そうじゃな…」

「……そんなモノですか」

やはり正しく恐ろしき場所だ。

「…流石に知っとるか?水木」

「『土蜘蛛』も『牛鬼』も余りにも有名だろ。怪談、小説、劇…様々に出てくる怪物。化け物。大妖怪」

……末路はどれも同じだが。

「…oh…それはそれは、おそろしいことだ、ネ」

童を励ますように拍子を取りながら声を上げる蠅男。

「…………なんて事なさそうですね」

「なぁに、所詮は虫畜生!軽く捻って潰してやるさ………我が言えた事では無いけどネ!!」

「………」「………やれやれ…」「……あっ、同じ蟲って事?」

「…鬼太郎ちゃんの優しさが染みるよ」

 

「じゃ!儂等は愛しき魂の捜索に行くからの!またな!」

突然、やけに大きな声で別れを告げる親父。

「つれなーいーねー!」

六本の脚をジタバタ動かす蠅男。

「貴様なら手伝う必要もなかろう」

「掃除は人手がいるだろぉうさぁ!」

「目玉と童と人間に頼むな、魔王が!」

仲良いなぁ。似た境遇同士、通じるモノがあるのだろうか。

「…時に…親父。三百年物のいーい酒があるんだが」

「お!それは!と言うと思うか。物で釣ろうとする魂胆が気に食わぬわ」

 

「ならば、物でなく。貸しならどうだ?この我に貸しを作るのは?」

覗く者へ谷底から響く様な妖しい誘いの声は、甘美な響きを持っていた。

 

「……随分と狡猾になったな……そして、回りくどい………妻の捜索を手伝う気満々ではないか…」

…そういう事、なのか…。

 

「好みべからずとも、あくまでも悪魔さ。無償(タダ)働きは出来ないネ」

「……暫し待て。要相談じゃ」「勿論だとも」

ブブン、と軽く羽ばたいて頭上の蜘蛛の巣に寝転んだ。

「ごゆっくりとネ」

 

「…変な流れになってしもうたな」

鬼太郎の掌の上にて此方に向き直る親父。

「いや…まぁ…」「………つまりは掃除を手伝えば、お母さん探すの手伝ってくれるって事かしら?」

「利口だね。鬼太郎」

小気味良い程、話が早い。

 

「…そうじゃ。鬼太郎。じゃが…一つ訂正するが…掃除は適当でない」

「あの男がこれから行おうとしているのは…掃討じゃよ…」

 

穏やかでは無いな……それに…。

「尚更、俺達に何が出来るんだ?」

初対面であるが、蠅の御仁が手間取るとは全く想像出来ない。

例え、相手が大妖怪の大軍であろうとも。

「さぁ……応援でもするかのぅ」

「旗でも持って?」

「うたでもうたって?」

「うん。あのお人よ…人でなしはそれで満足するやもしれん」

「蠅でも耳はあるからネー!」

「じゃが、それで良いじゃろー?」

「まぁねぇ!」

…………友好的過ぎないか?「こんな悪魔にそんな印象を持ってはいけない」

咄嗟にぐるり、と異様に大きな眼を回して此方を覗いてくる悪魔。

 

「……」

視線だけ。それだけで俺ごとき簡単に潰してしまえそうだ。

自らの命にも関わらず他人事のように、そう、思えた。

恐怖を置き去りに、もしくは絶対死の驚怖が重すぎて持てぬ故に、抵抗もせずに…冷たい視線に合わせてみれば山陵が俺に向かって降ってくる幻視が見えた。

 

誠実に真剣に命を賭けて(無論、俺の)人間に忠告する蠅の王。

「腐っても……腐った悪魔なのだから」

「……失礼を…肝に銘じます」

「ウンウン」

……………難儀ですね。

(まさ)しく、ネ」

深い頷きを返した。

「…其処の二人、奇天烈な会話をするな」

「会話ってわかるのも奇妙だろ」

…染まってきてる俺も大概だが。

「…うゔん!…で、どうするかね?水木、鬼太郎」

「お父さん、本気で聞いてるの?」

「そうだ。答えなんて一つしか無いだろ」

 

「………それでも…それ故に覚悟を問いたい」

 

「あのモノと共に、この先に進むとなれば……此処は顔を変えようぞ」

「地下世界、地球の裏側、異世界では無く」

「文字通りの地の獄。最底辺にありし無窮の場」

「我らの住まう無限世界の遍く全ての罪と罰による痛みと傷みと悼みの狂飆(きょうひょう)渦巻く獄」

 

 

 

「地獄」

 

 

 

「……………それが待っておる」

「覚悟は在るか」

 

「あるよ」

即座に鬼太郎はそう答えた。

 

「……なぁ親父さん。俺も鬼太郎も、とっくに答えが出てるんだ」

 

「行ける処なら何処にでも、何処までも」

 

「なっ?鬼太郎」

「…うん。うん!そう!」

 

「ふふふは……そうだよなぁ。お主らは、そう言うてくれるよなぁ……」

「じゃあ…逝こうか、三人で」

……心底、嬉しそうに、そして何故か哀しそうに誘う親父の目の中には俺達の姿が映されていた。

 

 

「ブブン!話は纏まった様子だネ!」

「声援しかせんぞ」

「ウン、それで良い。それが良い。けれど、も一つ条件が」

実に満足そうに何度も頷きながら、中指の爪を立てる蠅男。

「何じゃ?」

「いやなに、仕事を増やす積もりは無いとも。ただネ、篝火を持ってて欲しくてね」

「火か…」

「火さ。丁度、此方の頭の固い王さんに頼んでおいたのが届く頃合いなんだ」

……?

「よく()()と話せたな」

「我だって王だよ。一応」

何か、途轍も無い方の話をしてる気がするが詮索はしない。

 

カラコロカラコロ!!

カラコロカラカラ!!

 

不意に後ろから、聞き馴染みのある音が響いた。

 

「おぉい!!王さん!!持ってきましたよぉ!!」

「………あっ!」

 

灯籠(?!)を担いだ見覚えのある骸骨さん。そして、その後ろには一体どうした事か……産女がいた。

 

「フゥ、ヘェ、重かったぁ」

ズズン、と灯籠を降ろす骸骨。

「ご苦労様」

労う魔王。

「いんやぁ、仕事ですから……んで、まぁた来たのかヨ。水木よぉ」

剥き出しの口を、あんぐり開けて呆れたように骸骨が言う。

「……気軽に来る所では無いとは重々承知なのですが…」

「本当にな………本当にな…」

しみじみと繰り返された。

「こんにちは」

良い子の鬼太郎が挨拶をした。

「おん、こんにちは……あり?ボクはこの前の子かい?」

「?」

鬼太郎の前回の地獄巡りはまだまだ赤ん坊と言える程の時期であった為、どうやら覚えていないらしい。

「そうですよ」「成長、早くねぇ?」「ええ」

嬉しい様な、寂しい様な。

「会った事あるのかしら?」

「おぅ、ボクがまだちんまい時にな。まぁ、なんだ、元気に大きくなっていて嬉しいな」

「うん。ずんずん大きくなる」

「その意気だ!」

骸骨は、カラカラと快活に笑った。

「元気そうじゃな。骨の人」

「お、どうも。目玉さんもお元気そうで」

「目玉しかないがな」

「俺も骨きりですがね」

「「へへハハハハハ」」

…笑えねぇよ。

 

「………お久しぶりです」

申し訳なさげに骸骨の背後から顔を覗かせる産女。

……言いはしないが、骨越しでは何一つ姿を隠せていなかった。

「息災で何より。産女よ」

「親父様、お久しぶりで御座います。その節は本当にありがとうございました…」

「いや……うむ」

幾つかの言葉を飲み込んだ気がする親父。

そんな事気にしなくて良い、と言えば言う程、気にさせてしまうものだからな。

「こんにちは!お母さん産女さん」

それを気にせず…いや…それを踏まえて元気よく挨拶するのは鬼太郎。

「こんちには、鬼太郎くん」

「うーちゃんは?」

赤ちゃん産女への鬼太郎の呼び名である。

「今日は一緒じゃないの…ごめんなさい」

「ううん。また、二人で家に来てね。ねぇ、水木?」

「それは良い考えだ」

聡い子の挨拶に続くのは情けのない俺であった。

「…お久しぶりです。『産女』さん」

「あっ、はい。水木さん……その、えっと……あの…お身体の調子はいかがでしょうか?」

伏し目がちに問うてくる産女。

未だ負い目がある様だ。

「大丈夫です。何の異常もありません!ですので…どうか、もうお気になさらず」「そういう訳には!…………いきませんよ………」

「大丈夫です。自分で言ってるのですから…間違いありませんよ。それとも俺が嘘を吐いている、と?」

「…………それは………意地悪です」

眉を下げて困り顔の産女。

別に困らせる気は無かったのだが…。

「水木、お主……随分…手慣れとるな…」

半分感心、半分呆れた様子で呟く親父。

「……水木は悪い男だね」

何処で覚えたか問い詰めたくなる様な台詞を言ったのは鬼太郎であった。

「……まぁ、その、あれです。そうそう!お子さんは今日はどうしたのですか?それに、何故此処に?」

居た堪れなくなったのでさっさと話題を変えた。

「あの()は砂の(ばば)さまに預かってもらっております」

「ああ成程、そうでしたね」

砂かけのお婆さんのアパートに住んでいるのだった。

「その呼び方から察するに婆とは仲良くやっておるのじゃな」

確かに親密さを感じさせる呼び名であった。

「ええ、ええ。本当に何から何までお世話になっております。それもこれも皆様のお陰です…。心より感謝申し上げます」

深々と実に深々と頭を下げる産女。

「いえいえ……俺達はただ手伝っただけですよ。この地獄まで子供を迎えに来たのは、産女さん、貴方ではありませんか。貴方の勇気と愛の成果ですよ。ですから、どうか頭を上げて胸を張って下さい。其方の方が俺達も報われます………そうだろう?親父さん」

「然り」

親父さんは小さな腕を組んで何度も頷いて同意してくれた。

「……何と……何と言うお人達でしょうか……」

目の縁に赤みが差し、唇が小刻みに震えさせている産女。

 

「……あのぉ〜そろそろ仕事のお時間ダヨ〜」

気を利かせて沈黙したままだった大蠅王は遠慮がちに主張した。

ブブン、と翅を羽ばたかせて俺達の前に降り立つ。

そして、六本の脚をカチカチ、キチキチ、と打ち合わせて挨拶をした。

「ハイハイ、ご機嫌いかがかな?産女の御嬢サン」

「……………………………」

気軽な挨拶に産女は返さなかった。

いや、返せなかった。

 

「はきゃ…………」

目、耳、鼻、口から激しい桃色の鮮血が弾けて噴き出したからだ。

 

「な、に」

何だ、どうして。

 

意識が突然途切れた産女の身体は文字通り糸が切れた様に崩れた。

俺は慌てて駆け寄り力の抜けた重い身体を支えた。

「産女さん!」

「ぁごぐぅぁぁ………」

ゴポポポポ

白目を剥いて気を失った産女は仰向けになっても馬鹿みたいに鮮やかな桃色の血液を小さな口の中で泡立たせて勢いを更に増しながら吐き出し続けている。

 

桃色の血は産女の身体と支える俺の手足を染めていく。

生温かな、その血は纏わりつくような()()()()がした。

 

「親父さんっ!!」

余りにも無責任に親父さんへ助けを求める。

「ベール!!産女は成り立てじゃ!!即刻、瘴気を抑えんか!!」

何か出してんのか!?

「ナニ!?そうなのか?いやはや、これは失敬!」

悪魔の王が鉤爪をひょい、と振る。

 

「はっ」

そんな事をしただけで産女の致命的な出血は止まり、意識を取り戻した。

「大丈夫ですか?」

「は、え、あ、水木さん、あれ?」

目が渦の様に回り泳いでいる産女。

「…落ち着いて。ゆっくり呼吸なさって下さい。さぁ」

「あ、はい……すぅ、ふぅ…」

……何だか既視感のある状況であった。

 

「すぅ……ふぅ……」

「もう一度」

顔色と目の揺らぎが元通りになるまで、深呼吸させる事にした。

 

「すぅ〜はぁ〜」

「すーー、はーー」

俺の背後で元凶の蝿と鬼太郎が何故だか深呼吸を真似ていた。

「鬼太郎、いいぞ。蝿、もういい」

親父さんが褒めながら、呆れていた。

「衣着せぬ物言いだネ…」

「元はと言えば、漏らしていた貴様の所為じゃろうが」

「失礼な!ヒトを赤ん坊扱いして!」

「誰が赤ん坊じゃ!こんのボケ老人が!!」

「爺ィに爺ィと言われたくないネェ!!」

………静かにしてくれないかな…お爺さん共。

「二人とも!しーっ!」

……まさかの鬼太郎からの注意が入った。

「「はい…」」

背を縮こめて大人しくなる老爺二人の姿は少しばかり愉快であった。

「すぅ…………ふぅ…………」

 

その後、鬼太郎が背中を摩ったり、骸骨が踊って励ましたりして、何とか産女は回復した。

 

「さて!ではでは!張り切って仕事しようネ!!」

「………………」

顔と着物を桃色に染めた産女は俺と骸骨の後ろで目を瞑って隠れている。

「………産女、あんまし引っ付かれると動きづらいんだけどモ……」

「……もう、大丈夫だとは思いますよ。産女さん」

「恐れ多いので!!」

意味合いが違う気がする。

「……やぁ、むしろ何でお前が平気なんだよ。水木」

「……さぁ?慣れ、ですかね」

「…この場で一番お前さんが怖いよ……」

「…」

勘弁してほしい。

「水木さん、失礼するぞ」

鬼太郎の掌に乗っている親父が声をかけてくる。

「ん」

少し頭を前へ傾げて下げる。

ぴょん、と飛び上がった親父は上手に俺の頭に着地した。

「ほれ。蝿。儂等に構わずちゃっちゃっと進まんか」

「急かすな。目玉……骸骨くん、灯籠はそのまま此処で良い」

「ほっ、これ重いんで助かりますよ」

骸骨の隣の灯籠は担いで来た当人程の高さであり、光を反射する程まで滑らかな表面を持つ見事な逸品であった。

そして火袋にて、ちょん、と小さな火が灯っていた。

一見すると、なんて事も無い優しい橙色の火である。

……一体これを何に使うのだろうか?

「産女のお嬢さん、大王から話は聞いてるね?」

「はははい!!」

「うむ。ならば、お願いしよう。先ずは我からだ。()()()()()()()

うん?

「しょ、承知致しました!!えい!」「え、あの、目を瞑ったままやるノ?」

産女がぎゅ、と瞑目したまま、力強く手を挙げたと思えば。

 

しゅぱ

 

ごぉ

 

ごぉおお

 

ゴオオオオオオオオオ!!!

 

「「うぉおおおお!?!」」

堪らず俺と親父が悲鳴を漏らしてしまった。

 

今の今までに沈黙していた灯籠が狂った様に絶叫したからである。

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオォォオ!!!!!

 

灯籠の火袋から発される火。火火火火。炎。炎。炎は立ち上り火柱を立ち上げて。

異世界である地獄の空の彼方を突き破らんとする一条の流れ星の様に業火を噴火させ続ける。

 

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオォォオおおおおおおうおおおおおおおお!!!!!!!!

 

轟音に紛れて確かな叫声が割れんばかりに俺達の腹の底まで響く。

 

うおおおおおおおおおお!!!!!!

 

神社仏閣の柱の如くの真赤な火柱は不思議な事に少しも熱くもなく。眩しくもなかった。

 

「わぁ綺麗だねぇ!!」

花火でも眺めているかの様に鬼太郎が嬉しそうである。

「心配するな、水木。親父さん。此れはもう産女の思うままだぜ」

「は、はぁ…」

「……そうか、そう言う在り方を選んだか」

「そう言う事」

親父と骸骨が何かを納得している。

「親父、それはどう言う意味だい?」

「……すまんな。とても繊細な話じゃからな、明言も、ちと危ない。んんと、な………中途半端を選んだと言う事じゃよ。恐らくは子を守るが為にな」

半端……在り方か。

「そうか…分かった。もう聞かないよ。それに今ので朧気に掴めた」

今まで聞いた妖怪の在り方。それに合わせて考えてみれば……中途半端がどれ程の綱渡りであるかは想像に難く無い。

幾つもの在り方を重ねては、或いは混ぜてしまえば……最後は何者でも無くなるのではないのだろう……。

それ故に親父は明言を避ける。

妖怪達には、客観性が余りにも重い故に。

「流石じゃな」

「日頃から講釈を頂いているからな」

「ふへへ。そう褒めるな!」

「褒めるさ。褒めるくらい幾らでも」

「………………ひぇえ。儂まで手玉に取る気か……」

じわり、と紅くなった親父が顔を背けながら、あらぬ事を呟く。

「そんな事するか」

 

「……ほら、君達も貰い火受けなヨ」

糞山の王が勧めてくる。

「火を貰………大丈夫ですか?」

「大丈夫だヨ。ホラ、明るくなったロ?」

物理的に。

「翅と脚って言った筈なんだけどネェ」

「……産女さん目を瞑ったままでしたからね……もう一度やり直しては?」

「イイサ。偶には印象を変えるのも楽しいだろうサネ!ハハハハハ!!」

快活に笑う死の蝿は全身が地獄の業火に包まられていた。

「ハハ!!これじゃあ、(firefly)だね!」

?何ですと?

 

灯籠の勢いは収まり狼煙を上げるきりになった。

燃える蝿の言う事には、帰りの目印にもなるから此処に置いていく様だ。

「いざ鎌倉ー!」

「よく知ってますね」

「フ、フフ、フ」

それぞれ不思議な炎を纏ったので、いよいよ出発する。

先頭の魔蝿は全身。

鬼太郎は下駄とちゃんちゃんこ。

「あったかいよ」

親父と骸骨は頭を……目玉と頭蓋骨を。

「間抜けな見た目じゃな。互いに」

「そうカ?」

俺は笛を変化させた銃剣付きの三八式に込めてもらった。

そして、産女は身体に纏う事はせず俺達を囲む様に七つの火の玉を浮かばせていた。

火を自由自在にする産女の姿は、中々に格好良かった………薄目にしていなければ。

 

「初めぉの一歩!!」

 

ゔゔん!!

 

炎蝿が子供じみた台詞を叫んで翅を一度羽ばたかせれば、何十尺の巨大なる巣を真っ二つに両断、即座に燃焼、延焼し見渡す限りに炎が這いずり回った。

 

「……しつこくなるが…俺達の出番は無さそうだな。親父」

「そうじゃな。しかし、警戒は解くなよ。水木や」

頭上の蝋燭親父は慎重に灰に還りつつある巣がきの先を見ている様だった。

 

カサカサカサカサカサカサカサカサ

 

開かれた視界の先からは確かな蟲達の足音が聞こえた…。

 

「サ、我の後ろから離れるなヨ。生きたまま溶かされたくなければネ!」

物騒な事だ。

弾むように歩き始めた蝿悪魔に、ぞろぞろと続く。

「………か、帰りたくなってきたのですが……」

背後の産女がぼやいた。

「申し訳ないのですが、我々には……先頭の方以外には産女さんが頼みの綱ですので……ご辛抱、お願いします」

「うぅぇえ、そんな風に言われてはぁぁ……ひぇぇ」

怯えながらも歩みは止めない………まぁ、俺と骸骨が列車の様に引き摺る形になっているのだが。

「産女、お前さん強え癖に怯えんなよ……」

肩甲骨を鷲掴みにされている骸骨が宥める。

「滅相もないですよぉ……」

「骨よりかは強いだろ」

「人よりかは」

「目玉よりかは」

骸骨、俺、親父で即座に答えた。

「…ひどい……で、でも鬼太郎くんは私より強いものね?」

「……え?この小さな子供()が?」

「……………そ、そうよね」

………一撃お見舞いされた子供に、鋭い指摘を刺されていた。

 

お喋りもそこそこに薄暗い何処までも続く空の下、俺達は足を動かし続ける。

辺りを見渡すのはいつかの地獄巡りで懲りたので…また前の人物の背中を見つめて歩を進める。

先まで前にいた鬼太郎は今は俺と手を繋いでいる。

なので今回は燃え盛る蝿の背である。

「……………」

………人の背丈程の蝿が炎上しながら何故かお尻を振りながら俺の前を歩いている。

「……………………」

生憎、笑えはしないが。可笑しな光景ではあった。

「イヤン」

「あっ失礼」

「……………冗談のつもりだったガ…」

カサカサカサカサカサカサカサカサ

「んん。来タカ」

愉快な蝿の御仁は流血に濡れる様な大きな眼玉を怪しい音の先へ向けた。

「構エロ。ソシテ、下ガレ」

「うむ。皆の衆、少し下がろう」

「分かった」「うん」「ほいよ」「はぃ」

 

カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ

 

足音が、聞こえる。

前から。

右から。

左から。

上から。

下から。

空から。

地から。

 

ただ後ろからは友人達の息遣いだけが確かに。

 

キィん!!

隣の鬼太郎の髪の毛が音を鳴らして直立した。

 

三八式を構える。

 

……暗い。

浮かんでいる七つの火の玉を照らす先は暗闇が広がるばかり。

産女がいなければ俺達も闇に包まれていただろう。

…目と鼻の先の奴等は暗闇に引き篭もっている。

 

「コソコソシヨッテ。産女、炎ノ範囲ヲ広ゲヨ」

「承知致しました」

ごぉぉお!

火の玉が線を描いて回転し、範囲を広げた。

 

「サァ、姿ヲ見セヨ。無礼者共」

 

ごぉぉおお!!

 

高速で回転して繋がった火の玉は今や火の輪になり、闇に潜むモノ達を無遠慮に暴いた。

 

「!!キキキキキキ!!!カカカカ!!!!」

 

「……あれが……そう、なのか…」

 

「キィー!ギアアアアア!!!」

 

火の輪に押され此方に近寄れずに唯、鳴き、睨みつけるモノ。

 

そのモノ達は、それ等は………その姿は。

 

確かに蜘蛛だ。

 

蜘蛛の形。

 

全身の半分以上の腹部はだらしなく膨らんで、ずるずる、と地面に引き摺られていた。

八本の脚は酷く細い。骨の形が解るまで肉は痩せて皮だけがへばりついている。

脚の先端の掌は黒く褪せてひび割れ萎び、爪は全て剥がれ落ちているのにも関わらず爪先立ちで忙しなく蠢く。

頭は目が四つ。

潰れた鼻。

潰れた耳。

涎を垂れ流しにしている歪んだ口の中には幾本かの黄色い歯が辛うじて残っている。

 

裸の蜘蛛は土気色をしていた。

 

鬼太郎を抱き寄せ、視線を遮る。

「親、父、あれは、アレは何だ……」

「………『牛鬼』…その()()じゃ」

「……牛にも…鬼にも見えないが…」

 

「オカシナ事ヲ言ウ童ダ」

「仕方なかろう。初めて見るのだから」

「……………何ヲ………」

「………余計な話をしとる場合か?」

「…フン……ナラバ、我ヲ確ト見ヨ。此処デ。他所デ、己ガ悍マシサヲ晒サヌ為に同行させたのだから、しっかり親切な蝿の親父として()()()くれヨ!」

「わかった、わかった。ちゃあんと見ててやるから仕事せい」

「本当に分かってるノォ?」

 

目の前の二人の声が遥か遠くに聞こえた。

 

「キィー!ーーーーーキィー!」

………やけに頭に響く声だ。

「…ぁぁ……」

本当に、酷く耳障りな。

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