影の輪郭に沿って土気色の蜘蛛達は並び、重なり、黄色い目玉を剥きながら泡だった痰の絡んだ唾を飛ばしてくる。
蜘蛛の総数は計り知れない。
「キーキーキーーーーキーーーーギヮキキギャ」
ああ、五月蝿い。汚ねぇな。
喚くな鳴くな。口がついてんなら言葉を吐け。
でなけりゃ…………………でなけりゃ?
「……」
俺は今、何を。
何を思いついていた?
「キィーーギャイーーーァアア!!!」
ああ………五月蝿い…。
頭に響く甲高い鳴き声は、ちくちくと神経に障った。
五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。うるさい。
「キキキキキキキキキキキキキ!!!」
黙れ。
「…」
大股で前へ進む。
力任せに脚を踏み出して、進む。進む。
後ろの骸骨と産女を置いて。横の鬼太郎を任せて。前の燃える蝿を抜かして、影の縁で立ち止まる。
「おい、水木」「ギャギャギャギャ!!」
必死に脚を伸ばして、縁の際にいる俺を攫おうとする蜘蛛。
短い脚を影から差し出してきている。
届きもしないのに。
「…」
無様な格好だ。
手に良く馴染む道具を構えて、見下ろす。
脚を伸ばしながら俺を睨みつける蜘蛛の眉間に狙いを定めた。
「キャキャキャキャキャ!!!」
目が合った忌まわしい蜘蛛は下卑た嗤いを晒している。
どういう意図かは分からないが……嫌な笑い方だ。
「下衆が、黙れ」
永遠に沈黙させる為に、引き金を引いた。
ズドオォオオオンンン!!!!
馴染み深く心地良い、火薬の炸裂音が耳に飛び込んでくる。
耳から脳へ。脳から全身へ。
惚けた耳鳴りの中へ一層増した狂った嗤い声が聴こえた。
「キャキャキャキャキャワワワワワカケ!!!!!」
鋭く舌打ちする。
確実に狙った筈の蜘蛛が嗤ったままの姿であった。
……どうやら外してしまったらしい。
「…」
はぁ……糞が。躱すな。
さっさと死骸に成り果てろ。
糞野郎が。
構え。狙い。引く。
ズドオォオオオンンン!!!
「………キキキキキキキ……キャキャキャ!!!」
「………」
また、外した。
構え。狙い。「待ちたまえヨ」
不意に蝿が銃を掴んで持ち上げてしまった。
「何ですか」
「何ですかじゃあない。そんな
「辛くなど」
「いいから引っ込んでなさい。それに我が頼んだのは応援だよ。下手な援護射撃をするくらいなら喇叭でも吹いててくれ」
足長蝿はそう言いながら三八式を玩具の喇叭に変化させ、くるり、と回して俺に渡してきた。
「…………すみません……」
玩具を受け取りながら謝罪する。
「謝る程でも無い………一つ訂正しよう。貴君の射撃は間違いなく絶命の一撃だった。まあ、外す方が難しい距離ではあったが…それはそれ。必殺だった故に止めさせて貰ったヨ」
夜の湖の輝きの様な脚を一本広げて、弾丸の形を模した火の玉を宙に放った。
燻っている二発の玉は、潰れてひしゃげていた。
……絶句とはこの事。
まさか…射撃を摘み取る、とは……。
「貴君があの蟲共を殺すのは不味いんだ。実に………我が、アノ火を持たせたのは自衛の為だけダ。牽制程度でツカエ」
「…はぁ…」
「マ、ホラ、煙草でも喫んで見テロヨ…」
ぶぶん
高き者。或いは糞山の王は大きな翅を一つ羽ばたかせて、優雅に影の中に降り立った。
「「「「キャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャ!!!!」」」」
衝動のままに蜘蛛達は燃え盛る地獄の王に波の如く襲い掛かった。
王はゆるり、と蜘蛛達を見上げて、ただ一言呟いた。
「頭ガ高イ、ナ」
そして、紅く燃えて黒く濡れる鉤爪を一払いした。
「「「「ギャギャギャギャ……キャ………」」」」
ボト、ボタ、ボド
何か、潰れた音がする。
あれ程、豪雨と変わらぬ騒がしさだった嫉ましい嗤い声が徐々に小さくなる。
ボド、ボドド
徐々に。徐々に。
火に照らされている薄暗い空を見上げてみた。
「………」
それもそのはずだった。
声は口が無くては出てこない。
口は
ボドボドボドボドボドバタ!
蜘蛛達の頭が降ってくる。
嗤い顔を晒したままに。
一つはぐるぐる回りながら。
一つはゆらゆら揺れながら。
一つはゆっくり動きもせずに。
枯葉の様に。
制御を失い不規則に堕ちてくる。
ただの。ただの一払いだった。
顔の前に横切った虫けらを払った。そんな行為が哀れな蜘蛛達の命運を全てを奪い去った。見えるだけの蜘蛛達は勿論の事。すっかり、と光通さぬ影の中の、ぎゅうぎゅうに集まり積み重なり交ざった蠢く気配達すらも…もう何も感じない。もう、何処にもいなくなった。
そして、静寂があった。
火と影と俺達、そして蝿の王だけが此処にはあった。
「…………………」
先までの自分が恐ろしく馬鹿に感じた。
「………彼奴も言う通り、煙草でもやって落ち着け。水木」
優しい声が頭の上から聞こえる。
「…いや、鬼太郎もいる…」
身勝手にも手を離してしまった友人の忘れ形見である幼子は、道化の真似事をしていた悪魔が飛び去ってから、もう離すまいと、馬鹿な俺のズボンを破る手前の力で掴んでいた。
「すまなかった。鬼太郎」
「あんまり興奮しないで、ね」
そう、お願いされ頭の奥が冷たくなる。
「………大人はどっちだろうな」
何やってんだよ…俺は。
「それと煙草、吸っていいからね」
「………いいや、大丈夫だよ。ありがとう、鬼太郎」
「むぅ…」
本当にいいのに、と口をへの字にして伝えてくる鬼太郎。
「じゃあ、儂は吸おうかな」
「………頭の上でか…?」
「駄目か?」「駄目じゃない?」
………本気で一番大人なのは鬼太郎なのでは…。
「「「ギャーーギガーー!!!」」」
会話が不快な叫び声で途切れる。
「新手か…」
「…その様じゃ」
猛る声と脚音が幽玄な火の向こう側、真黒な影の遥か彼方から地を揺らしながら近づいてきていた。
「産女ヨ!!火力ヲアゲロ!!盛大ニナ!!」
愉しげな蝿の王の命令が飛んできた。
「は、はい!」
火の玉の操作に集中している産女が、更に全身を強張らせた。
俺達を囲んで廻る火が焼けて燃えて熱く炎上する。
七つの火は既に、玉なんて可愛いものでなくなり、今や鋭き円柱の塔に成っていた。
焔は自らの色すら忘れて、白く、触れるもの全てを抹消せんと昂る。
そんな常識外の焔の塔は廻る範囲を拡大し、速度を上昇し、城壁の様な有様へ。
「「「ギギギゴゴゴガアアアアアアア!!!」」」
地の揺れが脅威の訪れを教えてくれる。
「ギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!」「ギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!」「ギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!」「ギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!」「ギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!」「ギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!」「ギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!」「ギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!」「ギャギャギャギャギャギャギャギャ!!!」
目玉も、歯も、舌も、欲望や衝動も剥き出しのままに、弛んだ裸の蜘蛛達は折り重なり押し合い寄せ合い、傷を舐め合い、傷つけ合い、全力全身全霊で鏡写しの隣りあう蜘蛛達の脚を引っ張りあいながらも、一つの腐肉の山となり焔の塔に激突した。
しかし、一匹たりとも、俺達に触れる事は叶わなかった。
塔を超える事は叶わなかった。
囲まれた俺達には微塵も熱を感じないので不明瞭であれど、塔の温度は空を歪める程に、高温であるようだ。
熱を感じずとも、一目瞭然であった。
廻る、塔が、一つ、一つ、通り過ぎる、度に、蜘蛛の姿が、消える。
一匹、二匹所の話では無い。
言葉を借りれば、一ダース。ニダース。
死骸は無い……もう燃えたからだろう。
断末魔すらも聴こえない……もう消えたからだろう。
火葬。
それを一瞬で執り行う。
………………この塔の火種である、灯籠。
一体、何を焚べたんだろうか。
「ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャぎゃギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ」
欲望に染まった目玉では同類の末路が見えないのか、蜘蛛達は勢いを落とす事なく塔に突撃してくる。
「…………多いな……」
思わず、呟く。
「うむ、千…五千……いや、それでも利かんな」
群れどころか、軍だ。
「……四十四、四十五…あ、消えちゃった…」
「…まさか、数えているのか?鬼太郎」
「うん…難しい」
「辞めときなさい。目を回すよ」
「そぉかな……そうかも……」
「おお、大丈夫か!鬼太郎」
「大袈裟だ。親父………なぁ、鬼太郎」
「…ふぅ、なあに?」
「あれを見て平気なのか?」遅過ぎる質問。
「…『牛鬼』の事?」
「そう」
「何も平気だけれど。水木は嫌みたいだね」
「…そう見えるか」
「うん」
「そうか……何故かな。何故か…自分の事なのに説明出来ないが…アレを見ていると…アレに見られると…どうしようもなく…ぶっこ…倒したくなってしまうんだ…」
「……虫は嫌い?」
つぶらな瞳を僅かに潤わせ問う、小さな子。
「大丈夫だよ。虫は嫌いじゃない……けど…得意でも無い…すまんが」
「うふふ。水木にも苦手なモノがあったんだねぇ」
「…いっぱい、あるさ」
「けけけ。本当かな?お父さん」
親父は鬼太郎の頭に飛び移り、似た調子で笑い始めた。
「ケケケ。そうは見えんのう」
親子は笑って揶揄してくる。励ますように。
「…それにな、水木や。お主が奴等…あの『牛鬼』の一種をミて殺意が湧くのは…道理なんじゃよ」
「………何を言ってるんだ?親父さん」
「妖怪には生まれ方がある。理由として。生物として…そして」
……………………………。
「アレが……あんなモノに………成り果てるのか」
「………気を悪くしないで欲しいが…儂は、私は、アレの姿は…人間そのものに見える」
「……見た目か?
「…どちらも…見た目も、その在り方も」
「……………」
そうなのか……そうだったのか。
「……………すまない」
ああ……親父さん……貴方達はそれほどまでに……。
「それは。それは
手の中の喇叭が気を利かせて、腕時計に変化して手首に巻きついた。
「言葉だけでは…最早、取り返しがつかないでしょうが…」
「それでも」
だからこそ。話してくれた今こそ。
「目玉の親父さん」
「…やめてください……貴方が謝る事など…」
「貴方が謝る事など、何一つだって…何一つありはしない!」
「頭を下げるな!!」
腰を折る。最大限に頭を下げる
有るだけの心を込めて言葉を告げる。
「申し訳ありません」
「何一つ、釈明の余地はありません」
謝罪。罪を謝る。誤りを認める。
「私達は確かに愚かでありました」
そして、赦しは求めない。
「どうか…罰は私「大馬鹿野郎!!!!黙れ!!!」
目玉の親父の怒声を初めて浴びる。
親父はいきりたって倅の頭から飛び降り、地に立つ。
「よりにもよって!!水木!貴方が!其れを吐くな!!」
「謝罪など要らぬ!罪など要らぬ!罰など要らぬ!」
「今更。最早。不要。何もかも。時は過ぎた。傷は癒え。心は塞がった」
「それでも、確かにこの心に憎しみはある。哀しみはある。悪心が確かにある」
「だが。だが。だが!其れを貴方に。其れを友人に向けるかァ!!!」
「私はそこまで堕ちてない!!貴方は底まで堕ちてない!!!」
「謝るな。謝るな。私達の傷、その全てを知らぬのに謝るな」
「誤ってくれるな…水木さん」
「貴方は。あなただけは私達を赦してくれた」
「生きることを。隣にいることを。友人になることを」
「あなただけは私達に謝ってはいけない」
「私達の疵を癒してくれたあなただけは」
「そんな事をしないで下さい」
「もう、頭を上げてください」
「……」
頭を下げたままの俺の肩に大きな掌が置かれた。
その手は何処か懐かしかった。
思わず、頭を上げる。
其処にはもう誰もいなかった。
「……聞いてるのか!?水木さん!」
声は足元から届いている。
「…やっぱり…小さいな…」
「今度言ったら…拳骨するぞ」
謝罪についてか、背丈についてか。
ちっぽけな拳を俺に向けた親父さんは心なし笑っていた気がした。
目だけと言うのに。そう見えた。
「もう!お父さんも興奮しないでよぉ!!」
黙って見てた鬼太郎の我慢が爆発した。
と、同時に鬼太郎の身体から軽微な電流が流れた。
電流は近くの男二人に牙を向く。
「うげっ!!」
親父が飛んだ。
「いっ!!!」
俺も跳ね飛んだ。
「あ、やっちゃった…………ぅぅ……」
あ。
「あ」
痺れた男二人は大慌てで泣き出す寸前の子に抱きついた。
俺は抱き抱えて背を摩り、親父は頭にしがみついて頭を撫でる。
回る焔の中で慰めと、寝かしつけをする事になった。
「……ふぅ…むぅ…ひぅ…」
「ね、ねたか?」
「ああ、ねた」
「…すまんかったな。鬼太郎や……何よりも愛しい倅」
柔らかな茶の髪を、更に柔らかい手つきで撫で続ける親父さん。
「それで…」
「それで?……あぁ、そうじゃった。そうじゃった」
「アレを水木さんが気に食わぬ、殺意が抑えられぬのはアレが元人間…それだけじゃない」
「…」
「…良いか?」
「続けてくれ」
納得を、したい。
「うむ……アレはやり過ぎたんじゃ」
「水木、『餓鬼』をしっとるか?」
「ガキ…生意気な子供じゃあないよな……鬼、か?」
「鬼…そんな上等なモノじゃないが…字はそうじゃ」
「餓鬼とは、餓鬼道に堕ちた人間が変生せしめたモノじゃ」
「自らの悪業の報いで、な」
「罪人か…」
「底なしの、果てなしの欲望の行き先はその道じゃ」
「しかして、その道は死なねば通れぬ。生きては通らぬ」
「しかし。しかし、通ってしまったのだ。アレ等は行き着いてしまった」
「オニに成り果ててしまったのじゃ。生きながら、死ぬ前に」
「其れこそが。あの『牛鬼』の生まれ方。成り方じゃ」
「…生きたままならば、如何して地獄にいるんだ?」
「
………………………………………………………………。
「…………『牛鬼』の…一種と言ってたが…種類があるのか」
「一体『牛鬼』とは何なんだ」
「『牛鬼』とは何ぞや…か」
「それは…
「う、ん?」
答え、なのか…それ。
「『牛鬼』に変化するのは罪人だけじゃあないのじゃ。善人。獣。魚。花。或いは神」
………そこも果てなし、なのか。
「何故、何処、何時、何、何事が変化の契機なのか解らぬ」
「…先にベールがお主を止めたのも、それが理由じゃよ」
『牛鬼』を殺したモノが『牛鬼』になる……それもあり得るのか。
「……待て。では何故あの人は平気で戦ってるんだ?」
現在も、影の中を火達磨のままで舞っている蝿の王。
今の所、変化していない様子ではあるが。
「……彼奴は、打ち止めじゃよ」
それは……酷い。
「話を戻す、ぞ」
燃える蠅を一瞥してから此方に視線を戻した目玉の親父。
「『牛鬼』になった後。それも。山、川、海、里。悪を成すモノ、善を成すモノ、何をせずに其処に在るだけのモノ」
「『牛鬼』として終わり。それさえも。滅するモノ、滅されるモノ、不滅のモノ、再び変生するモノ」
「何一つ、法則が無い。決まり事が無い。約束が無い」
「
「ある意味では、此れこそ『牛鬼』の正体であろうな」
「じゃが、儂はこうも思うのじゃ」
「
「…病やら呪いって事か?」
「いいや、違う。意志じゃ。絶対の意志」
「これでは終われない。ここでは終われない。このまま終われない」
「自分のままでは終われない」
「自らの何もかも、全存在を捨ててでも果たしたい欲。想い。決意」
「牛になろうが、鬼になろうが、モノになろうが、自分で亡くなろうが
「変わりたい。変わりたい。変わらせてくれ。そんな、ありきたりで純粋な」
「天の果てにも地の底にも届く程の意志」
「そうして、本当に叶ってしまったモノ」
「此れ。此れこそが『牛鬼』の正体。本質なのではないか」
「と、儂は思うのじゃ」
「……………一念は岩にも天にも通す、か」
……あんな蜘蛛には成りたかないが…。
「…だが、長々と説明して貰ったのに恐縮なんだが、奴等が筋金入りの悪人だってのは理解したが、如何して俺にそれが分かったんだ?」
初めて知り得た事実を、知る前に、一目で。
殺意が湧く程、身に染みて。
「…本能じゃないか?」
「ひどく大雑把じゃないか」
「真剣に言うてるよ。時には思考よりも心の直感が答えに辿り着く事もあろうよ……心は、お主は其処まで蒙昧で無いと、言うだけじゃよ」
…………そうとは思えない、が。
「むにゃ、もにゃ……」
緩い寝言が聞こえる。
腕の中で鬼太郎のまぁるい頬が寝息で揺れていた。
そんな日常と変わらぬ光景は、俺の心を慰めてくれた。
「オーーーイ!!戻って来ーーい!!」
少し遠くから骸骨が大きな声で呼んだ。
「……態々、こんな際にいる事も無し。戻ろう、水木」
親父が囁く。
「ああ」
踵を返して、二人の元へ。
「…すみません、骸骨さ…だ、大丈夫ですか?」
勝手を詫びる途中で
骸骨は…どんな絡繰か、仕組みか見当もつかないが……その姿形が…椅子に、骨で作成された
そんな座り心地が良くは無さそうな椅子に、強く瞑目し、大粒の汗で顔を濡らしている産女が寄りかかる様に座っていた。
「俺なんかイイんだよ!!産女が辛そうで見てられねぇんだ!!蝿の王さんに早く
話し込んでる場合では無かった。
「水木、喇叭じゃ」
「お、そうか!」
…おっと…鬼太郎が…。
「ちゃんちゃんこ、鬼太郎を包んでくれ」
末裔たる鬼太郎を暖かめている霊毛が、ざわざわと波打ち、その布を伸縮させ顔を除く全身を包み込み、宙に浮かんだ。
縞々の可愛い蓑虫が出来上がる。
「これならいいだろう…」
此方の意図を汲んで、ちゃんちゃんこは耳の部分を厚くしてあった。
次いで、腕時計に念を送り変化を促す。
腕から浮かび上がり、形や色を様々に流動させて、眩い限りの金色の喇叭に変化する。
手に取り、口を付ける。
「すぅ………」
プォオオオォォワァアアアゥンンンン
重厚で伸びやかな音色が焔の中、影の向こうまで響き渡り、音を届けた。
「届いたか…?」
「うむ……全く、彼奴め…調子に乗りおってからに」
暗く、黒く、沈む影の中に舞う炎上する蠅は…何時の間にか…遠く、遥か彼方の闇の奥にまで進んでしまっていた。
小さな火の灯りが縦横無尽に飛び回る姿は、蛍に似ていた。
「……ん、何か来てるな…」
親父が呟く。
「よく分かるな」
「目だけは良いんじゃ…あれは…どうやら伝令係じゃな」
「伝令係だって?」
誰があんな蜘蛛の間から来ると…?
そもそも、蝿の王しかいないのでは…。
バババババブ
羽音が聴こえる。
バブブバババババババ!!!
羽音の持ち主の姿が漸く見えた。
「ああ……そうか…成程、
蝿の大群が焔の障壁をすり抜けて眼前にて止まる。
「ゲゲゲ、ゲゲゲ?」
先頭の一匹の蠅が、声を発した!
しかしながら…何かを言ってるのは解るが、何を言ってるかまでは理解出来ない。
「其方等の主人に伝えてくれ。産女が限界、一刻も早く片付けよ。とな」
「ゲゲゲ!ゲゲゲゲゲ!!」
「其方等を責めているのではないぞ。それよりも、さぁ、早く伝えておくれ。頼むぞ!」
ブブブン!!!
蠅達は、大急ぎで飛び立った。
「………蟲達とも話せたのか?親父さん…」
「うん?知らんかったか?儂もじゃが、鬼太郎もペラペラじゃよ」
ペラペラって……外国語じゃないのだから…。
「……そう言えば、それっぽい事を言ってたな…鬼太郎」
次の瞬間、光に包まれた。
閃光は一瞬だけ。
反射的に目を瞑り、そして開いた後には…。
全てが終わっていた。
「…ん…………ぇ………」
焔の障壁は消滅。
暗い影は暴かれた。
今や何の変哲も無い、
蜘蛛達と相対していた此の場所は、広大な洞窟であった。
何よりも、問題の蜘蛛。
嫌悪すべき蜘蛛の大群は。
……影も形も。
「一体、何が起きたんだ………」
瞬間移動でもしたのか……?
「やぁやぁ、お待たせしたね!!すまなかったね!!」
洞窟の奥から、陽気な蠅が歩いてくる。
「『牛鬼』掃除は完了ダ!!一匹残らず、ネ!!」
移動はしていないようだ…。
「あの…何が起きたのですか?」
「ウゥン?………企業秘密!」
「何を言うとる。単純にして粗暴なやり口じゃろうが」
「見えてたのか、親父」
「おうともよ。此奴は唯、自分の「野暮ダネーー!!」
親父の証言を大声で掻き消す蠅。
「秘密は秘密ダヨ!!いいから!!黙ってロ!!」
「……はいはい…分かった。分かった…」
仕方なしに黙った親父。
「では!ここまで来れば、もう少しダヨ」
「あとは」
「『土蜘蛛』一匹ダケダ…」
………『土蜘蛛』。
「奴等…『牛鬼』とは別物なのですか?」
「…………」
親父が静かに俺の頭から掌に飛び移った。
「ウン?そうだとも。名前が違うのだから、解るだろう?」
「
「アァ……ハハハ!!それもそうか!ハハハハハ!!」
呵呵大笑する蠅。
そう、笑われると…気恥ずかしい…。
「…はは……それで…どんな妖怪なのですか?」
パッ、と笑いを止めて、真剣な顔をする蠅。
「妖怪……妖怪か………『目玉の親父』よ、説明してやれ…」
「……………水木…土蜘蛛は…
親父の声は冷たく、固い。
「え、いや、俺でも知ってるくらいの…」「創作で、じゃろ?」
「土蜘蛛とは、此の国の嘗ての王国に
「人間の事か…?」
「…それも一つの答え……実際、表の歴史は土豪達と残されている…が…真実は違う」
「それは……?」
「…………………………………………………………………………………」
長い沈黙の中を待つ。
「親父、我が代わりに「大丈夫じゃ……儂が話す……儂でなくては…」
如何して、そんなに苦しそうなんだ…親父。
「よく聞いてくれ……水木」
「…はい」
「土蜘蛛とは……………土、蜘蛛とは……儂等の事じゃ…」
………まさか……。
「儂等………」
国と敵対した
「