「幽霊族が土蜘蛛…………それに、敵対って…それは、つまり……」
俺は幽霊族に対する
彼等は戦わずに滅びを選んだ訳ではなかった…。
…そんな柔な一族ではなかったのだ。
「…大方、貴方の想像通りじゃ…本来、儂等幽霊族は争いを好まぬ。好めぬ……しかし、な、
「戦えるとも。争うとも。戦争をするとも」
「ある一つの理由の為ならばな」
その理由には心当たりがあった。
「土地ならばくれてやっただろう。財ならばくれてやっただろう。知恵ならばくれてやっただろう。時間ならばくれてやっただろう」
「だが、だがしかし。時の王国は…其の者達は…事もあろうに…幽霊族そのもの……人を物扱いで…要求した」
初めて幽霊族にあった時に聞かせてもらった話を、俺は俄かに思い出し始めていた。
「黙って同族を。同胞を。友を。家族…を差し出す者は唯の一人もいやしなかった……それは無論、末裔たる儂も妻も。そして鬼太郎も絶対にそうであろうとも」
「故に、戦った。争った。それぞれが己が為でなく隣に立つ者の為、我武者羅に闘い続けた」
「強靭な躯体を。伝承の智慧を。神秘たる至宝を。超自然な神通力を」
「戦争に全て賭けた」
「一度、始まってしまえば……己が死すとも。親が倒れようとも。伴侶が失くなろうとも。友を置き去りにしても。勝たねばならなかった」
「同胞を護る為の戦いで同胞の屍を越えて、戦う」
「最早、その時には…その刻に生きている幽霊族は自分達の命に何の価値も見出さなかった」
「同族よりも。同胞よりも。友よりも。家族よりも」
「それよりも…」
「何よりも護らねばならぬ者が在ったからだ」
「子。子供達。子孫達の為」
「子らの未来の為に。未来へ繋ぐ戦い」
かつて幽霊族の男であった目玉は、その一言だけ誇らしげに語った。
「……正面から激突した戦争の局面は、最初は幽霊族の優勢で動いていた」
「そのままの勢いに任せて決着を着けてしまえば、勝利は幽霊族の物だったじゃろう」
「しかし、結局の処。幽霊族は……ご先祖様は優しすぎた………甘すぎた、とも言い換えて良い」
「その甘さが苛烈な戦争を長引かせ…相手の…人間達の悪性を増長させ、進化させてしまった」
「幽霊族は人間達の悪性を目の前にして、その時初めて他者への恐怖を覚えたのだ」
「一人の幽霊族を殺す為に百人の兵を使い捨てた」
「一人の幽霊族を殺す為に三つの森林を焼き捨てた」
「一人の幽霊族を殺す為に二つの川を吐き捨てた」
「一人の幽霊族を殺す為に一つの里を崩し捨てた」
「十人の幽霊族を殺す為に万人の民を捧げて、魔のモノを目覚めさせた」
「幽霊族には、そんな非道を行う人間が理解できなかった。理解してはいけない、と思った」
「理解したが最後、同じ非道に。外道に堕ちる事は必定であるが故に」
「いつしか、長い永い戦いは、奪うか護るかの戦いでなく……存亡を賭けた戦いになってしまっていた」
「だが……そうなれば……幽霊族に勝てる理は無く。人間達が負ける由は無し。勝負を分ける要因は…たった一つだけだった」
「数が
「………無念であっただろう……滅びを直前にして…若き小さな幽霊族は逃避した。するしかなかった」
「滅亡から。戦争から。人間から」
「暗くて冷たくて汚くて、死んだような深い深い穴倉へ…」
「そんな幽霊族を歪んだ眼でミた人間達は嘲笑いながら蔑み、こう呼んだ……」
「『土蜘蛛』…と…な」
………………………ぁぁ……………。
人間とは………人間、と、は…如何して、此処まで変わらずに……。
「……で、あるからして……この先に…この穴倉に遺っているのは…幽霊族じゃ……」
……でも…それならば…。
「………途轍もない無礼を承知…で…言うが…………親父……貴方達が最期の生き残り………じゃあなかったのか…」
「…いや、そうじゃ。生き残り…生きている幽霊族は我が子、鬼太郎だけじゃよ」
聞き捨てならない言葉を告げる目玉の親父。
「貴方だって……!」
「……幽霊族の目玉。それだけじゃよ…。お主の憤りには感謝するがな」
「……それでも良いじゃねえか……二人の生き残りで良いじゃねぇか……鬼太郎だって、そう言うぜ」
言うどころか、きっと哀しい筈だ。優しい子なんだ……よく分かっている筈だろうが。
「……ありがとな、水木」
頑固親父は訂正はしなかった。
「それにな」
「…」
「どの面を下げて、ご先祖様に会えようか……そう思っていたが……水木と鬼太郎のお陰で腹をくくれたわ……」
「………そうかい……」
むしろ、誇っても良いだろうが。
「ナァ、我は別に此処まででも良いゾ?」
気を遣いながら、遠慮する蠅の王。
気遣いの言葉に一体ナニが悪魔か、解らなくなる。
「……はぁ……何を言い出すかと思えば……」
呆れを隠す事もしない親父。
「…元々、一人仕事ダ…大群ハ終ワッタノダカラ…貸シハ出来タロウ…」
貸しは…か。此方が利するだけの貸しだ。
「ベール、ベールよ…傾いてきているぞ…」
…親父が意味深な言葉を告げる……思えばベルゼブブは…時折、声と言うより、ひび割れた音の様にはなっていたが…今はそれが殊更酷い。
………あ?……
「ム………アア…………アア…暴れスぎタカナ…」
「大丈夫か?ベール」
「ナァニ……つまらん殺戮…破壊衝動ナゾに負けてたまるカよ……」
歪みきった口から鋭利な牙を剥き出しにして、甘い匂いがする息をゆっくり、と吐き出す……ベールさん。
「ベール。お主は、まだベールじゃ。我が古き友。蠅でなく。悪魔でなく。糞山の王でなく。蠅の王でなく。蠅男でなく。騎士でなく。大罪でなく。儂の友の、ベール。そうじゃろ?」
親父は幾つもの蔑称を掻き消して、友の名を呼んだ。
「フ、フ、フ、フヒ、ハハ、ハ……嬉しイねぇ……こんな姿に変身シても、そウ呼んデクレるのは嬉しい事ダネ…」
笑ってはいるが…かなり苦しそうだ…。
「……ベールさん…」
真似して呼ぶ。
「ア、オ、止めトきたまえ…
「水木…」
……何だか大仰な事を仰る。
世の中と、反する…か。
だけど、それなら……。
「
脳の奥がざわざわ、と揺れている気がしたが続けて呼んだ。
「ああ!!三回も!!あのねぇ!!!勇気と無謀は違うんだよ!!少年!!…………んんんん!!忝い!!」
「…久しぶりに少年と呼ばれましたよ。ベールさん」
「ま!!また!!言った!!!此の子!頭おかしいのか!?目玉の親父ィ!!?」
「……ある意味ではな」
失礼では?………どう考えても失礼では?
「…………あんな有り様の
「………………………そ、そんな風に思ってたの、か?」
結構な衝撃である。
「この世の終わりまで、あの夜の事は忘れられないわ……それに、何度生まれ変わっても返せぬ恩もな」「言い過ぎだろ」「謙遜は早ェの何なんじゃ!?お主!!」
「……打ち合わせしてたのか?君達?」
「せんわ!……おい、ベール。さっさと進まんか。儂等にミてて欲しいから誘い込んだ癖に投げ出す様な事を、もう言うなよ」
「はぁ……先祖譲りの甘さだろう…それは」
「何じゃ、ベール。諦めたか?」
「はいはい、諦めましたよ。一人で行くのは…」
「それで良い」
「頭が高いネェ…目玉の癖に」「蠅」「反撃が早いヨ」
合言葉みたいだな。
「だけど…いやぁ!気持ちが良い!!やはり、やはりな!人の子に呼ばれるのは爽快だ!!!水木くん攫っていいかな?」
「さらり、と恐ろしい事を言わないで下さい…ベールさん」
「アハハハハハハ!!」
大笑いの勢いのまま、宙で転がるベールさん。
「……調子に乗ってきたな、此奴……」
「なぁ…真に悪魔ならば…名前を呼ぶだけで、縊り殺されても不思議はないのでは?親父」
「その場合もあるにはあるが……傾くと言っただろう?」
「ああ」
「此の男は…常に存在が行ったり来たりなんじゃよ。天秤の如くな」
「天秤、か……何を載せているんだ」
「真実と虚飾じゃよ……在り方のな………やれやれじゃ……久しぶりに会えたと思うたら…難儀な世の中じゃ…残酷なまでに、な」
異論は無い。
「んでー?どうすんだー?水木ヨォーー」
背後からカラカラ、と再び骸骨椅子が呼ぶ。
「…何度もすみません、骸骨さん。あと
「ホーー、そうかい……産女、眠っちまったけんどなぁ…」
静かだな、と思っていたが…瞑目したまま夢の中に入ってしまったのか…。
「このまま待ってるのも危ない…」
「……違いねぇ……よなぁ」
「…ですよね…よし…産女さんは俺がおぶりますよ」
「既視感があるな」
「………俺もですよ」
感覚ではないが。
「よっしゃ、それなら坊主は俺が抱っこしていこうか…良いか?水木」
「お願いします」
「ウン」
骸骨さんならば任せられる気がする。何となくだが。
再び歩を進める。
穴倉は下り坂になっており、俺達は一列になって進んだ。
先頭からベールさん。産女を背負い、頭に目玉の蝋燭を乗せた俺。そして、灯籠の様にピカピカと頭蓋骨を燃やす骸骨さんが鬼太郎を抱いて続いた。
「……ベールさん」
「何だい?水木クン」
上機嫌のベールさんが前方を見据えたままに応える。
「…此の先の方も…片付けるのですか?」
あの蜘蛛達の様に、殺すのだろうか。
「ふふ、ひひ、へへ!水木クン。君は中々に元気な子だよねぇ」
「え…」
「我は牛鬼達を、蜘蛛達を倒したヨ。産女のお嬢さんも何匹も焼いたさ。
だけど、別に殺したとは言ってないだろ?」
「…………そう、でしたか…?」
言っていないにしても。首を落としたり、蒸発させれば、それは殺しではないのだろうか……。
「倒したのさ。倒して、綺麗にして、
「最初に掃除、と言ってしまったのが良くなかったね」
「正しく、率直に表現すれば。我が執り行った、君達が参列したのは」
「お葬式だ、よ」
「……地獄で、ですか?」
「ふふふ、可笑しいかな?ところがびっくりな事実さ!!」
「何事にも終わりはある。生きたまま地獄に堕ちる程の悪たれにも罰が終わる日が来る。次の場所へ向かう刻が来るし、その権利と義務がある」
「そん刻に、あばよ、と終わられせてやるのが我達の仕事なんだよ」
「……ま、我は臨時派遣だがネ」
「だから、ぶん殴って。ぶった斬って。燃やして焼いて。叩き出すんだ。次はイイ子になれよっ、テネ」
慈悲の心って奴だろうか。
「そんな高尚なモノじゃあない。
「無限の獄と銘打ってはいるが、無限など唯の単語。そんなモノ、この宇宙にも何処にもありはしない」
「だから、いつまでも地獄に入り浸られても困る訳だよ。狭くなるからね」
「そして、停滞は物事を腐らせるだけ。流動させて綺麗にしなくては」
「魂も、そうさ。清算を充分の何乗も経れば、さっさっと次の回転へ…てな具合サ。
指をぐるぐる回すベールさん。
………なんだか、救いもへったくれも無いな。
「訳わからん言葉で生者を惑わすな、ベール!!善き人間で人生を生きろってだけじゃろうが!」
「だけ、カ。どれだけ難しいか解らないのかヨ、目玉」
「…?だけ、じゃろ。なぁ水木………水木……………水木ぃ〜」
三度呼ばれたが、敢えて反応しない。
「…………………俺に言うかね…」
ただ、低い声で呟く。
善き人間…それを俺に見るとは…節穴と思わずにはいられなかった。
其処からは無言で進んだ。
何分か。何時間かを穴倉を下ったが、何も不思議な事は起きなかった。
螺旋状の坂は緩やかで脚への負担は思ったよりかは大きくない。
長い坂を下りるに連れ、何処から入ってくるか解らない光源の明るさは暗くなっていく。
暗闇が俺達を包む頃にはシャツが汗ばむ背中に張り付いた。
幸い、灯籠からの貰い火は未だ勢いを落とさずに親父と骸骨を燃やしていた為、一寸先は辛うじて目視出来た。
此処まで大きく深い穴倉ならば、ほんの少しの物音も響きそうなものだろうに、俺達の足音しか此処には無かった。
暗く、静か。しかし、広く…汚くない。
ゴツゴツ、とした岩肌の壁。天井から垂れ下がる氷柱に似た石達。地面は粗雑に工作されたコンクリートの様だったが、そのお陰で滑り止めになり歩行を助けた。洞窟中に充満する湿気ある空気は少しばかり冷えてはいたが優しく汗ばむ肌を撫でつけた。
何もかもが、きっと生まれた刻と変わらずに、ただ此処に在った。
地獄の中で。自然の姿で。今までも、これからも、あり続けるのだろう。
ありのままの姿は、とても奇麗に見えた。
優しく思えた。
そんな風に思った時に、遂に長い永い螺旋階段の底に着いた。
底は円い空間であり岩肌の壁に囲まれていた。
石ころが転がり、砂は地に伏しているのみ。
寂しい空間を、ぐるり、と見回してみると、一つの方角から風が吹いてきた。
近づいて火で照らしてみれば、大きな岩肌の壁に一つだけ穴が空いていた。
六尺程の穴だった。
通るのには苦心はしなそうである。
「……此の先が、そうですかね…」
「だろうネ。王の間への通路って感じだネ…雰囲気作りを分かっているじゃないか…ご先祖さんは?」
「劇じゃないのだから、偶々じゃろ」
「夢が無いねェ」
「雰囲気もそうですが、親父、ベールさん。此の先の幽霊族の方とは…ともすれば…戦闘になるのでしょうか」
「ウゥン…マァ、なっても我は構わないし、それも一興だけれど…」
「ならんよ。分かっておるじゃろベール…水木も先の話を思い出して欲しい」
「…………そうだよな…」
「貴方が懸念しているのは鬼太郎、産女、骸骨の身の安全じゃろ」
「ああ」
「ならば、共に進んだ方が良い。鬼太郎に関しては是が非でも…一目、顔を見せてやりたいんじゃ」
「……では、このままで」
「邪魔にならねぇカ?俺達」
「骸骨よ、気になさるな…それに逸れたらどうなるかは其方が一番良く解っておろう?」
「あー、まぁ…まぁまぁ」
「ふ、ふふははは!!まぁまぁ皆んな、そう気負いなるなよ!責任持って我が先導するから…心配スルナ!」
「なら、はよ入れ。ベール」
「気分ってのがあるだろ!!盛り上げて行こうヨ!」
「えいえいお。それ行け」
「……ハイハイ……浪漫が無い男だ」
「目玉しか無いわ」
眠りこける者が二人いる一行は穴倉の中の細穴に入り込んだ。
細穴は十歩で抜けてしまう程の短さであった。
そして。
地獄から、蜘蛛の巣を超えて、長い永い螺旋階段を下りて、拍子抜けな細穴を通り、死した幽霊族の元へ。
幽霊族の魂の元へ辿り着いた。
細穴を抜けた先は真四角な部屋があった。
部屋は外と違い全く不自然であり、人の手で造られた事が解った。
何故ならば、その部屋は青銅で造られていた。
存在する空間六面を黒鯖に侵食された銅が覆っている。
灯りは無い。窓も無い。何も無い。
唯、部屋の床を一面に黒錆の欠片が積もっているだけだ。
暗くて、冷たくて、汚くて、死にたくなるような部屋だ。
「………………………………」
部屋の奥に一人。力無く壁に寄り掛かって半ば倒れる様に座っていた。
「………………………………」
部屋の主からの反応は無い。
「……目玉の親父よ。鬼太郎クンと一緒に側まで行ってやれ…」
ベールさんが囁く。
「ああ………いや、友も一緒に……良いだろうか?水木さん」
「一緒で良いのか…人間が…」「貴方なら。貴方だけは…」
「…分かった」
産女を骸骨さんに預けて、鬼太郎を受け取る。
三人だけで、部屋の奥へ。
「………………………………」
親父を包む火が、幽霊族の魂を照らした。
その人は、年若い男性であった。
疎に白髪が見える茶色の髪の毛の上に、部屋の床と同じく黒錆の小さな欠片が積もったままに。
元々は白色であっただろう服は、乾いた汗に滲んだ血、青銅そのものと黒い錆によって、雑多な色合いに変わってしまっていた。
服から覗く、顔や首、手脚は青褪めてはいたが、健康的な艶を保っていた。
肩口まで伸びた髪が隠している為、表情は見えない。
いる場所を考えなければ、眠っている様にも見えた。
「もし…もし…御仁、私の声が聞こえますか……もし…」
目玉が緊張した声で呼びかける。
「………………………」
「………私は…幽霊族だった男です……そして、最後の生き残りである子の父親であります……御仁……どうか、どうか…此の子を…我が子を見ては下さらないか……御仁…」
親父の小さな小さな懇願の声を、部屋は響かせずに呑み込んでいく。
「………………………」
「………………………」
「……………………………………………こ………」
「…………………………こ……ども…………ら………か……」
「あ……そうです。貴方様達の子供等であります…」
「…………………こ………ども……ら………こ……ども………らよ……わ…れ……らの…こ…たち……よ……」
年若い幽霊族の男は、ぽつり、ぽつり、と言の葉を溢した。
それに目玉の親父よりも過剰に反応したのは…俺の腕に巻き付く笛であり。鬼太郎の足の下駄であり。鬼太郎を暖めるちゃんちゃんこであった。
「………あ…ぁ………なつか………し……い……………………わ…れ……らの……て…あし…にひと……しき…………た……から……たち……」
「………………ちゃんちゃんこ…………さ……いご………のたのみ……をきい……て………お……くれ」
「………この……み………に………いっと…き……のちから……を………ふるい……たち……し……ゆうき……を」
その言葉を受けて、ちゃんちゃんこが何本かの糸を幽霊族の男の頸に伸ばした。
糸が淡く光り、男の頸も光る。
「………………あぁ……ありがとう…皆、ありがとう」
「そして、よう来た。よう来た、我が子達よ」
幽霊族の男は澱みなく、そう言った。
「お初にお目にかかります」
「ああ…目玉の子よ。その姿については問うまい。今は唯、この遭逢を喜ぼうぞ。故によう来た。よう来た、目玉の子よ」
「ありがとうございます……ご先祖様」
「そして、鬼太郎。我等の最も幼く、そして可能性に満ちた子」
「名をご存知で」
「驚く事では無いよ。目玉の子よ。此の地獄の底であれど届く想いはある。繋がる想いはある」
幽霊族の男は少し顔を上げて、鬼太郎を見た。
当の鬼太郎は、涎を垂らして頬を膨らませて眠りの中にいる。
場違いな程に安らかに。
「…そうか……そうか……良い顔だ…小さいままに…優しい顔をしている…」
「どうか…このまま優しいままに…何一つ恨まぬままに」
「健やかに…」
祈りを込めた言葉を鬼太郎に捧げる男。
「…………人間…の子よ……」
表情は見えぬまま、此方を覗いてきた。
「人間の子よ……如何して、此の子等と共に在る?如何して此の子等と共に来た?如何してだ?人間の子よ?」
「……友人だからです」
「如何して、友人に?」
「……縁と、しか」
「縁は繋がるモノでなく。繋げるモノ。意思無くしてはあり得ない」
「如何して、此の子等を助けてくれた?」
「如何して、あの夜に引き返した?」
「如何して、あの夜に突き進んだのだ?」
………全部。全部、見てたんじゃないか…。
「哀れみか?憤りか?それとも……償いか?」
「答えてくれ、人間の子よ」
…………………。
「……失礼を承知で答えますが…見当外れも良い所です」
俺は、無性に腹が立っていた。
「私は私自身の感情だとか、過去だとか、罪だとか、そんなくだらないモノの為に…それを消化させる為に行動したのではありません。ただ、ただ。目の前の
如何してか?だと?
一息に捲し立ててから俺は自分が何を言ったのかに気がついて、血の気が引いた。
「す、すみませ「あ、は、ひひひひひひひひひひひひひけひひひひひひけけけひひひひひひ!!!!」
男が不気味な笑い声を狂った様に上げ始めた。
「ひひひひっひひひひひひ!!!」
「………お、親父…俺、殺されるかな?」
「馬鹿を言え」
「ひひ…はぁ…ひひひ…………ぁぁ…いたた……悪かった、悪かった。人の子よ。悪かった。しかし、人の子よ。此の子等を心配する心を理解してくれよう?……だが……試して悪かった。疑って悪かった」
ゆるり、と頭を下げる男。
「…こちらこそ、声を荒げてしまい…申し訳ない」
「何…無礼は此方から謝る事など一つも無し…人の子よ。どうか、どうか、此の子等を頼む。ありのままで、今のままで宜しく頼む」
「……はい…」
「ありがとう」
男の髪がさらり、と揺れる。
「救いの手は思わぬ処から。人生は驚くべき贈り物を授けてくれるね。目玉の子よ」
「左様ですね……ご先祖さま…一つお聞きしたい事が………「片割れの子の事か…」
知っている。男は俺達の探し人を知っている。
「………此処にはいないよ……いや、違うな……そも、此処に辿り着けてすらいないのだ」
…………。
「…ま、まだ、妻は…浮世にいる、と」
「そうだ。目玉の子よ。その通りだ」
「何処に…何処にいるのですか…」
「……その答えを私は持ち得ない。すまない。幾ら目を凝らしても、片割れの子の行方は巧妙に隠されている。ただ曖昧な残滓が至る所に撒かれて。嘆かわしい……此の身の至らなさが、嘆かわしい。目玉の子よ。此の身では最早これまで。しかし、浮世である事は伝えた。後は任せられるな……目玉…………の……こ…よ」
「御身が至らぬなど…その様な事はあり得ません。感謝致します。ご先祖様。そして、約束します。必ずや妻の魂を取り戻す事を。我が魂に賭けて」
「あ……ぁ………まけ……るな………うん……め……い………にな……ど……に…………くっ……す……る……………な」
「わ…れ………らが………う……け………いれ………る……のは………あい………と………だけ……と…………し……れ……」
「……………こ………ら………よ」
男は完全に沈黙した。
「………ご先祖さ、ま……」
「………」
男の身体が、ボロボロと穴が空いて自壊する。
肉も皮も骨も、全ては砂に還る。
錆の欠片と混ざり合った砂は、もう何処から何処までが…幽霊族の男だったモノか分からなくなった。
見守っていたベールさんが近寄り背後から声を掛けてきた。
「……目玉のヨ…砂となってしまったが……この
「ああ、そうじゃな…………本当に……
背筋が冷えた。
尋常ならざる異常が静かに俺達を犯していた。
「親父!!ベールさん!!脱出だっ!今!直ぐに!!」
「ン!?」「!解った」ガァアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンン…………
部屋の入り口が突如として現れた鋼鉄の壁に閉ざされた。
遅かった。遅すぎた。
道は消え、文字通りの八方塞がり。
その時になって、この
それから、半日程の時間が過ぎ去った。
親父、ベールさん、骸骨さんの…目を欺いていた部屋の擬態は扉が閉まると同時に消えたらしい。
今現在、ベールさんと、その頭に乗った親父が閉じた壁を調べている。
「むにゃ……」「すぅ……ふぅ」
恐らく灯籠の運搬で疲れていた骸骨さんは部屋の片隅で産女と並んで昼寝中。
「ぐがっ………むにゅ…」
鬼太郎は変わらずに腕の中で眠っている。
寝坊助くんの涎で腕がぐっしょり濡れていたが、ハンカチで拭く余裕は未だ持つ事が出来なかった。
「どうじゃ、ベール」
「どうもこうも無い。見えているだろう…妖力封じ霊力封じ魔力封じ妖怪除け霊除け魔除け。それに緩やかな魂抜き、と諸々の巧みな
閉じてしまった鉄の壁を忌々しげに乱雑に叩くベールさん。
「破れるか?」
「話を聞いていたのカ?」
……超常の力では破れない鉄壁、と言う事じゃあないのか…?
「破れるサ」
破れるんかい!?!
「……………………………可能なんですか……?」
「何故に口をポッカリ、と開けているんだい、水木クン」
振り返って、ベールさんは首を傾げた。
「いえ…失礼」
「それなら早うせんか。勿体ぶるな」
「魔力を使って呪いごと破壊するか、腕力に物を言わせるか………何方にせよ、身体を戻さなくてはいけないんだヨ」
残念そうに首を振るベールさん。
「だから、何じゃ」
「……
「…………………」
「…………………」
目を合わせるベールさんと親父。
見上げて、見下ろす二人。
「…………節制するべきじゃな、お前は」
「でぶでぶ、と言いたいのか?ハハハハハ………全くもってその通りだよコン畜生め!!!過ぎ去りし細身が恋しいヨぉオオん!!!!」
ベールさんは、目に血涙を溜めていた。
可哀想に。
……………………………。
冷酷な沈黙が俺達を包み始める。
「……えぇと……その」
耐えきれずに考えるよりも前に口を動かした。
「つまりは…出れない…のですか?」
ベールさんを見る。
偉大なる王は視線を外した。
親父を見る。
博識なる翁も視線を外した。
「ま、待って下さい……そんな…本当に?」
「………ウン、マァ…」
「…………………すまん」
二人はそう言って、黙り込んでしまった。
「…………なんてこった…」
久しぶりの絶体絶命は、脱出不能の事態であった。
脱出不能と言えど、
「先の…魂抜きとは何ですか。ベールさん」
「ア、うん。本来は仏教の用語だが、分かり易い様にこの単語を使ったんだ。魂を抜き出しているのさ、この部屋は。そして、抜き出した魂を燃料にして呪いを持続させる。ハハ。実に良く出来た悪意ある仕組みになっているナ」
「この部屋に誰かが生きている限りは呪いが解ける事は無いのですね」
「その通り」
………何とも残酷じゃないか。
「………魂を抜き出されているのですよね…自覚はありませんが…」
「分からない様に、痒みの無い蚊の様にサ……もう一つ嫌な事を言わせてもらうが、もう三日も此処にいれば満足に立つ事も出来なくなるだろうネ」
「………そうですか」
………………話を拡げる程、詰みではないかと焦りが大きくなる。
「呪いの破壊は…どうでしょうか?力ずくなら?そうだ。皆んなで協力すれば可能性があるのでは?」
「………我の真の姿は、山脈と変わらぬサイズなんだヨ、ネ…ゴメンネ」
「………………………あぁ、それはまた」
頭が痛くなってきた。
空いている手で額を撫でる。
「……」
いつも助けてくれる腕時計が額に擦れた。
「あ……」
腕時計が睨んでいる気がした。
「すまん……忘れてた…」
少し締まる。不満を晴らす様に。
「そうだよな………親父さん、この妖怪オカリナなら「幽霊族に対しての封印が突飛して施されておるんじゃ………」「ド畜生め!!!!何なんだ!!この鉄屑は!!」
罵倒が口から飛び出た。
腕時計の力が抜けて蒟蒻みたいな柔らかさになってしまった。
……ちゃんちゃんこも下駄も駄目って事だよな………。
そう思うと、鬼太郎を包む二つの宝もぐんなり、と脱力した。
「………どうすれば……一体どうすれば……」
何も浮かばない頭を急かす為に何度も同じ言葉を呟く。
「どうすれば………どうすれば……」
どうすれば、此処から皆んなを脱出させられるのか。
「どうしたの?」
「ん、お…鬼太郎」
腕の中の幼子は相変わらず目覚めが良かった。
「いや……大丈夫だ。なんでもない……鬼太郎、まだ寝てても良いんだぞ」
どう考えても大丈夫ではないが、そう言った。
「……本当かなぁ………ま、それなら……ねぇ水木ぃ…」
「何だい」「お腹空いちゃった」「そうか。じゃあ弁当の時間だな」
鬼太郎の言葉で幾らか切り替えた俺は、箒で床の錆を掃いて清めた。
念入りに掃いたら、部屋の片隅に錆と埃の山が出来た。
綺麗になりはしたが、青銅の床の嫌な模様が気になったので上着を敷こうか、と思えば、ちゃんちゃんこが絨毯の役割に変わってくれた。
「いただきまぁす」
「はい、おあがりよ」
縞々の絨毯の上にトマト、コンビーフの缶詰、梅干しと大根の漬物におにぎりを目一杯詰めた弁当箱、茶を入れた水筒が並んで食されるのを待っている。
鬼太郎は最初におにぎりを掴んで頬張った。
「適当で悪いな」
「??はふ……あにふぁ?」
あっという間に頬一杯に膨らませた幼子には、そうでもないらしい。
「フフフ、美味しそうにたべるね鬼太郎クンは」
ベールさんも食糧の前に座っている。
鬼太郎の食べっぷりを見つつ、一体何処からか取り出したのか不明な貝殻がこびり着いたままの瓶を呷っている。
匂いからして、強そうな酒だ。
「水木クンもやるかい?」
「此処を出たらにしましょう」
「これは一本取られたヨ!」
「巫山戯ている場合か……」
トマトに寄りかかって座っている蝋燭親父が愚痴る。
「まぁ、そう言うなよ。腹が減っては何とやらだ。親父も食べた方が良い」
「…………それも……そうじゃな。じゃ、儂も握り飯を頼む。水木さん」
「はいよ」
親父専用の小ささのおにぎりを渡す。
「……つくづく……お主は器用じゃなぁ…いただきます」
「どうぞ。器用と言うが、こんなの団子を作るのと変わらないぞ」
「もふ……団子て…簡単そうには聞こえないんじゃが…もぐん」
「……何処に入っているノ?何処から食べているノ?この珍生物は?」
咀嚼している目玉を凝視するベールさん。
「見りゃ分かるじゃろ」「分からないから言っているのダガ…」
「ベールさんから見ても不思議なんですか…」
「こんなノ、我、知らない」
「よってたかって儂を何じゃと思うとるんじゃ」
「……目玉だろ」
「目玉ダネ…困った事に」
ベールさんはその目玉の友人の食事をみながら、また酒を呷る。
「ベールさんも良かったら…」
「ご厚意感謝するヨ。気持ちだけで十二分…どころか、酒が進むよ」
そう言って本当に古びた酒瓶を空にした。
「あ…………も一本くらい良いヨネー」
再び何処からか…今度は壺を取り出した。
蝋によって封をしてある蓋を簡単に摘み上げて、自らの爪を柄杓の様に使って、どろり、とした火酒を口に運んでいる。
また、食事を続けている親子を見ながら。
眩しそうに。
「………」
「何か言いたげダネ、水木クン」
「…ベールさんは…日頃、何を食べているのだろうか、と思っていました」
「フフフ、ハハ…本当に面白いミ方をする子だね。水木君は」
「非常識な疑問ではないのですか?」
「非常識な我等なのだから真っ当さ。気にしている答えはもうあるヨ」
「お酒だけですか」
「そうさ。まぁ、本当は何でも…本当に何でも喰えるが、ネ……ウン、見てもらおうカナ。水木クン、この赤い果実を一つ貰っても良いかな?」
梅干しを摘んだベールさん。
「どうぞどうぞ」
「ありがとう、ホラ、見ててごらん」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「………………あ、少し熟成してますかね?」
「…………………………アレェ?」
「どうしましたか?」
「ア、少し待ってくれ………あぐ…」
訝しげな目のままに梅干しを一口飾るベールさん。
「ワァ、酸っぱい………??????酸っぱい、美味しい??」
「梅干しと言うのは、そう言う物ですが…」
「………おっかしいなぁ……イヤ、本当はね、我が触る食べ物は一つ残らず腐るんだよネ」
「なんと」
さらり、と最悪の縛りを教えてくれる。
「だと言うのに……これは!!まぁまぁ旨い!」
………まぁまぁなんだ……。
「食べ慣れれば好きになるかな?二つ、三つ頂いてもいいかな?」
「ええ、構いません」
家にはまだまだある。
「しかし、触ると腐る…恐ろしく、切ないですね…」
「幸いな事に。酸っぱい。強い酒なら。酸っぱい。味は旨くなる。酸っぱい。一方だからネ。酸っぱい。美味しい」
「………気に入りましたか?」
「………ウン」
「梅酒なるものもあるのですが……家に」
「それは!……早く脱出しないとだね」
「そうですね、ハハ…」
どうせ取っておいても呪いの所為で動けなくなるならば、動ける内に食べた方が良いだろう、な。
骸骨さんと産女に渡す分は取り分けて、弁当箱を閉じた。
それから、数十分後。
「ふぅむ、しまったねぇ」
正直に言えと迫ってきた鬼太郎に今の状況を説明する事になってしまった。
「物は試しで色々やってみるのはどうだ、親父」
「…確かにな。ベール、まずは押してみよう」
「ウム」
起きている四人で閉まった壁に手をつけて力一杯に押す。
………鬼太郎は力持ちなので良いが…親父の頑張る意味は…。
「むぐぐ」
「ぬぉおお」
「……グゥ……」
「フン………」
手で触れた辺りで薄々感じたが…これは重いとか動かないとかの話ではないな。
「うんともすんとも!」
鬼太郎でさえ、早々に諦めてしまった。
「へぇ……こりゃきついぞぉ…」
「やはり、この身体じゃ駄目カ…」
「…ふぅ……」
これ以上は無駄だと判断して、壁から離れた。
「ふぅ………はぁ…」
息が思うように整わない。
「ぜぇ、へぇ」
「そんなに全力で押してたの?二人とも」
平時と変わらぬ鬼太郎は不思議そうに聞いてくる。
「……全力で…押しては……いたが………こんなに……疲れるのは…」
「………歳の所為と……へぇ…思いたいが……間違いなく……呪いの影響じゃ…な…水木…ちゃんちゃんこに座ろう…」
「…ああ」
振り返ると…三つ目の酒瓶を喇叭飲みしているベールさんが既に胡座をかいていた。
傍に鼻提灯を作る骸骨さんと産女を寝かせて。
行動が実に早い。
憎っくき壁から離れて絨毯の元へ。そして言われた通り座る。
ちゃんちゃんこの絨毯はいつもと同じく、毛並みが良く肌触りが抜群であった。
滑らかな触り心地に癒される。
「呼吸はどうだ?水木や」
聞かれて、呼吸が整った事に気がつく。
「……随分、楽になったよ」
「よし。この汚染された部屋でも変わらぬ癒しの力。ちゃんちゃんこ様様。ご先祖様様じゃな…」
「一家に一枚に必要だねェ」
「一点物じゃわ」
「ふぃ〜あったかい…ありがとう、ちゃんちゃんこに、ごせんぞさま」
「ドウイタシマシテ」
ちゃんちゃんこは、そう返した………。
「…………………喋れたのか…」
多少、驚きはしたが即座に納得した。
話が出来るくらい……どうということもないだろう。
「しゃしゃしゃしゃしゃしゃ喋れたのかぁーーー!!?!!!!」
親父がひっくり返った。
「なんで、貴様が吃驚なんだヨ。目玉の親父」
「いや!いやいやいやいや!!初めて声を聞いたわ!!」
………そうなのか…。
大人達を他所に鬼太郎は嬉しそうに、ちゃんちゃんこを撫でくり回している。
「わぁ〜おはなし出来るんだねぇ」
「ひひゃひひ!!クスグッタイヨ!!」
ちゃんちゃんこが、うねうねと蠢いて笑う。
膝をくすぐられて此方までむず痒くなる。
「ちゃ、ちゃんちゃんこ!!お主話せたのか!?如何して今まで身振り手振りだったんじゃ!?哀しいぞ!儂は!」
親父が掌でぺしぺし、と絨毯を叩く。
その顔は涙ぐんでいた。
「ひひひ!!クスグッタイ!!」
「親父…手を止めてくれ。これじゃあ話にならない」
「ちゃんちゃんこぉ………」
うつ伏せに倒れてしまった親父。
「ひひ…はぁ…はぁ……アリガトウ水木サン…」
「いいんだ…しかし驚いたよ。ちゃんちゃんこ」
「誤解ダ。今、コウシテ話シテイルノハちゃんちゃんこデハナイ。私達ダ」
「……と言うと?」
「ちゃんちゃんこヲ編ミシ霊毛。ソコニ遺リシ魂ノ滓。混ザリ合ッテ個トシテハ消エタ幽霊族……私達ハ、幽霊族ト言ウ概念ノヨウナモノ」
「ご先祖様!!」
親父が飛び跳ねて直立した。
「………ノ、ヨウナモノダ」
「…ング……その概念が今になって…いや失礼!
皮肉っぽいベールさん。
「ベェル!」
親父が制する。
「…私達ガ目覚メテ、ちゃんちゃんこヲ介シテ話セルノハ…此処ダカラダ。此処ニ焼キツイタ情念ダ」
「確かに、此処にはお一方おりました…先まで」
「目玉の親父。お一方デハナイ。ソウデハナカッタノダ」
その一言に。俺は部屋を見回せずにいられなかった。
部屋は正方形……長さは大凡九坪。
此処に、何人…。
「……………………………何人、此処に何人が閉じ込められたのですか……!!」
震えながら問う目玉の親父。
「百人ダ」
自らの歯軋りの音が鼓膜に直接、響く。
「…………
青褪めた親父は苦しみながら部屋の正体を見破った。
「悪趣味。ソノモノダナ」
ベールさんは唾棄すべきモノを、そう表した。
「ご先祖様…の概念殿。誰だ。何処の誰がこんなモノを造ったァ!?!」
「
「何を!何を……………例え貴方方がお許しに…慈悲を与えても…この儂が許せぬ……」「復讐カ。ツマラン」
「そんな問題では無い!!」「そんな話だ。尻の青い小僧だな」
ちゃんちゃんこから発せられる声が人並みの柔らかさを得た。
「復讐で勝ち得る物は一つだけ。鏡に映る血塗られた己が姿のみ。無駄な事をするな。無為な時を使うな。お前は父親だろう。そんな姿を、血塗れの背中を稚児に見せるのかい。阿呆め。止めとけ、止めとけ。疲れるだけだ」
流暢に説く概念。
「それに、だ。百人を閉じ込めた者の目論見は大外れになったのは、お前が証人だろうに。意趣返しとはこの事ではないか?」
「…………それは……その通り…であります…」
「ならば、この話は終わり。終わり。本題に入らせてもらうぜ」
「本題ですか…」
「馬鹿正直に百人いた、と伝えたのは何もお前に無念を伝える為でなし。百人いたんだよ。此処に。今まで。遥か昔から。気が付かないか?」
「…まさか!!まさかそんな!!この状況で残したのですか!!」
「故にこそだ。さあ!受け取れ!!
概念が声高らかに叫べば、部屋の片隅にある錆と埃と塵の山が光り輝いた。そこから抜け出た一筋の淡い光を放つ霊毛は縺れ合い繋がり合い、ちゃんちゃんこに飛来した。
黄金色の光が優しく俺達を包んだ。
「最期の一人は、これ、この霊毛を守っていたのだ!霊毛の力に惹かれたモノ達から!!護り続けた!そして、君達が来た!!狙うモノ達を超えて!!彼の勇気は報われた!我等はこれにてすっかり報われた!!めでたきや!!めでたいや!さぁ、鬼太郎!!我等の想いを背負え!!目玉の親父!!とくとご覧じろ!!幽霊族はかくあるべし!!幽霊族の心意気をよ!!」
ちゃんちゃんこは瞬間的に縮んで鬼太郎へ、最後の希望に着用された。
「私達の技術、君に託す。ガンバレヨ、鬼太郎」
ちゃんちゃんこの代弁は、それで最後であった。
「……ふふ、けけけけけけけけ!!あはははは!!!面白い!!」
鬼太郎が目を瞑ったと思ったら、くすくす、楽しそうに笑い始めた。
小さな頭を揺り動かして笑う姿はとても愛い。
「お父さん!『指鉄砲』!やろう!」
……?指、鉄砲?
「…ははは、フハハハハハ!!よりによってソレか!!良かろう!やってみせようか!」
爽快に親父が笑う。
「…ククク。君達の存在こそが真の仕返しだろうよ。この箱の仕掛け人には……案外、近くで
ベールさんは悪辣に嗤う。外道の者を嘲笑う。
「ふむ?…鬼太郎に親父、ちょいと待ってくれよ。その、なんだ、
床に直接、寝転がる骸骨さんと産女は未だにぐっすりだ。
何処でも寝れるのは飛び切りの才能だとは思うが、そろそろ起床してもらおう。
「水木の言う通りじゃな。鬼太郎、少しお待ち」
「もちろん!」
「骸骨さん、起きて下さーい」
肩の骨を揺らす。
「んぐぉ……出れる算段がついたか?」
ゆっくりと起き上がって勘の良い事を言う、頭蓋骨炎上骸骨さん。
「恐らくですが。出れないとは思ってなかったような口振りですね」
「信じてるからな。お前さん達を」
信じてるか。
「…大袈裟ではありませんか?」
「大袈裟なもんか。俺の目は節穴じゃあないんだぜ。水木…………って骸骨が言っても嘘になるな!!へへへははははは!!」
陽気な骸骨は立ち上がった。
さて、残りは一人。
「産女さん…起きて下さーい」
桃色に染まったままの肩を揺らす。
「ぅぅん……むぐぐ……」
………熟睡している。
「……
「何処にぎゃ!!」「ぐえ!!」
片方に飛び乗って跳ね上がったシーソーみたいに、起き上がった寝惚ける産女の顔面が丁度良く…いや、悪く俺の顔面に正面衝突した。
視界が白黒に点滅する。鼻が熱く感じて歯は浮き、涙が噴き出て視界がぼやける。
「プ、ヒヒ…喜劇映画じゃないのだかラ…ヒヒ…」
目撃していたベールさんは、笑いを堪えきれていなかった。
……見るには面白いだろうよ……。
「いたそう…」心配そうな鬼太郎の声。
「こっちも痛くなってきたわ…」苦虫を噛み潰したような親父の声。
親子の声に反応も出来ずに鉛を舐めた様な味が、じんわり口に広がるのを感じながら、頭を振って痛覚を誤魔化す。
「いったあだ……あれ、此処は?」
丈夫な方だな、こんの産女さんは。
「……………地獄のままですよ、産女さん」
「あ、そうですか…………?何故、泣いておられるのですか?」
鼻血を垂らした産女が、そう聞いてきた。
また、数分後。
産女の土下座を無理矢理にでも止めた俺は、今は鬼太郎の少し後ろにいる。
「最初は試しに軽くやろう、鬼太郎」
指導する親父さんは鬼太郎の左の眼孔から声を掛けている。
「はい、お父さん」
「よし。まず呼吸を整えよう。吸って吐いて、すって、はいて」
「すぅ、ふぅ、すぅう、ふうぅ」
存外、丁寧な指導だ。
親子以外の、四人は黙って見守るばかり。
「次に利き手を伸ばして…目線に合う様に上げる」
「はい…」
鬼太郎は右手を掌を開いたままに、ゆっくりと上げた。
「…手を握り拳を作ってから、人差し指だけ伸ばそう」
鬼太郎は順番良く言われた通りにする。
……あんなに小さな手で、大丈夫なのだろうか…。
多分、要らない心配が胸一杯になる。
「形はこれで良い。さて、此処からが肝心。鬼太郎、妖気を探る時を思い出してごらん」
「…はい…」
「…そうじゃなぁ……今、後ろにいるベールが右左の何処にいるか、解るか?」
「…ん……」
鬼太郎の頭に
「…僕の斜め右にいる…かな…」
正解だ。
「宜しい。では、その集中を頭から手に動かしてみよう」
「はい……むぐぐ……」
鬼太郎が力めばアンテナは緩やかに倒れて、その代わりに右手に青白く発光し始めた。
「いいぞ…鬼太郎、良いぞ!」
親父の声が興奮して大きくなる。
「集中じゃ。焦るなよ鬼太郎!」
「はい…!」
発光は眩さを増していく。
それを見て。
俺は心の底から…。
……様々なモノを見た。幽霊族の夫婦と出会って。
その二人の御子と出会って。
実に様々なモノを。
地獄もみた。妖怪もみた。怪異もみた。
なんだかんだで心と脳髄に落とし込んで、此処まで来た。
だが、この光景は、違う。
きっと俺は生涯、これを受け止めきれない。
こんな綺麗なモノを。
眩い程の、鬼太郎から発せられんとする光を。
瞬きの間の夢の様な虹彩を。
浪漫溢れる星の輝きをミて。
子供みたいに、そう思った!
「あっついんだけれど!!父さん!」
「応!!よし!ぶっ放せ鬼太郎!!」
「はい!!」
鬼太郎の指先から星が流れた。
流星は音すら置き去りに一瞬で壁に着弾する。
自身の放った光線の勢いに飛ばざれて、射撃姿勢のままの鬼太郎が俺の腹に突っ込んできたので、腰を落として全身で受け止めた。
そして、音が光に追いついた。
キュオオオオオンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンン!!!
空を引き裂く音が耳の奥にまで響いた。
そして、強烈な閃光が俺達の視界を奪う。
真っ白な閃光が過ぎ去って、目をしかと開けば…前方には通ってきた螺旋階段が見えていた。
「これは…」
……お試しだった一発は封印の壁を難なく消し飛ばしてしまったのだ。
「おおお……こりゃすげぇ…やったな鬼太郎!!」
「あ、はは、ふふふふ!!やった!やったよ水木!」
「おう!頑張ったな!!」鬼太郎の頭を何度も撫でる。
ほんの少しばかり微弱な電流が手に流れたが、そんなのお構いなしに撫で続けた。
「…………あぃやぁ……イイもん見れた!!骸骨になって良かった、なんて久しぶりに思えたゼ」
「流石、鬼太郎君ね!」
骸骨さんと産女さんが鬼太郎に拍手を贈る。
「…ンン〜、讃えるのは後でたっぷりとネ!さっさとこっから出よう!」
至極もっともな事を、ベールさんが言った。
数分後。
「ベエエエエエルルルルルル!!!!!急げぇええええ!!!!」
「ノワワワワワワ!!!!!
「ひええええ!!!そう言われましてもおおおおおお!!!骸骨さんの炎だけがががが!!私の手札ですのでぇええええええ!!」
「一発!二発!三発!!」
「筋が良いぞ鬼太郎!!無理は……悪いが!!多少してくれ!!」
「ウオオオオオオオオ!!!!!」
ケケケ。
けけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!
九七式車載重機関銃を歪んだ脚立に合体させて、
俺達がそれなりに急いで螺旋階段を登っていたところ、後ろからエンジン音が聞こえて振り返れば…あの野郎が迫ってきていやがったのだ。
咄嗟に迎撃しようとした俺と鬼太郎を引っ掴んでから、戦闘機程の大きさに変化したベールさんが皆んなを乗せて、かっ飛んだ。
そして、撤退戦が開始した。
「何なんだよ!!彼奴はぁ!!!」
「見るに!!呪いの集合体!悪意の結晶!人造の妖怪!!見た目で決めれば
…………言葉遊びをしている場合か?!
「名前はいいんだよ!!!問題は!!どうすりゃあアレを木っ端微塵に出来るかどうか!だぜ!!」
ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!
「あがががが!!!」
火の玉の発射台になった骸骨さんは叫ぶ。
「全然!!火が!!効かないのですぅ!!」
涙目になりながらも九十七式並みの弾幕を張り続ける産女さん。
「目眩しにはなっとる!!泣く暇があるなら火の玉を増やせ!!」
目眩し……?
鋼鉄の箱が開閉を繰り返しながら螺旋階段を噛み砕いているのを観察してみても、奴にあるのは口だけにしかミえねぇが……。
「十九!!二十…!!!……こんなに疲れるんだね鉄砲は!!」
小さな手から幾つもの星を発射してくれている鬼太郎の顔も、汗ばんできていた。
「ベール!!貴様も何ぞ!!手を出せ!!」
「今は、逃げるだけで精一杯ダ!!勝てるにしても!!我が暴れようものなら全員堕ちるぞ!!」
「ぬぬぬぬ!!!ならばエンジン全開じゃ!!外に出ればやりようもあろう!!!」
「お生憎様!!!トロくて悪かったな!!ハナからトップギアだヨ!!!!それに!悪い蟲の知らせだ!!奴の速度が上がってきている!!このままじゃあ外に出る事叶わずダヨ!!!」
ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!
「親父!!他に技は無いのか!!」
「あるともさ!しかし、この状況を打破するモノは思いつかぬ!!」
ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!
「少しは!!勢いを!!弱めなさい!!!かんからお化けめ!!!」
開き直った産女の業火は、大口の鉄箱を赤色に染め上げていた。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!
赤熱する箇所を重点的に九七式の出鱈目な弾幕で痛めつける。
それでも奴にはかすり傷一つ与えられない。
「石頭が!!!」
「赤熱しているならば攻撃も通ってはいる筈じゃ!!諦めずに叩き続けろ!!皆の衆!!」
親父が鼓舞する。
「すまんなぁ!!俺ぁ応援しか出来ねぇけどもよぉ!!」
産女に側頭部を掴まれてされるがままの骸骨さんが、そう言った。
「……………符号した……!!」
それを受けて、親父が呟いたと思えば流暢に話し始めた。
「奴の内側の呪いは特に幽霊族に向けて仕掛けられていた。しかしながら、鬼太郎の…初めて撃った試しの一撃で簡単に破られた。百人の幽霊族を閉じ込め続けたにも関わらずにだ。『鬼太郎』。ただ一人の我が倅は、我々の…脈々とか細く続いた血脈の力。ちゃんちゃんこによって、その全てを受け継いでしまった。そればかりか、この血塗られた世界に焼きついた幽霊族全ての情念がただ一人のこの子に集中しているのでは?そうなのだろう。そうなってしまったのだろう。
喉の潰れた掠れ切った声が取り止めもなく話す。
「……お父さん……」
鬼太郎が戸惑いながらも指から星を流す。
「ベール。ベール。我が友。
「…よかろう。
永く生き抜いて来た二人の問答に無駄事は無かった。
「蝿の王が命ずる」
「我が配下。我が民衆。我が愛すべき全て」
「蝿や。蝿や。我が呼びかけに答えて生まれ堕ちよ。糞山へ。蝿よ蝿よ」
ず、ず、ん、ずん、バババババババババババババババはババババババババババプラザブルサブズブズブバズるバババババババはババババババビバビバババラビラバハズハズキバハズハズフバズハズフザヅザジブババババババババザバザバババババババババババ!!!!!!!!!!!!!!!!!
ベルゼブブの大顎から、幾千幾万の蟲のさざめきが巻き起こる。
それは、嵐の様に。海の様に。山の様な大群となり俺達を囲んだ。
「わ、わ、わわ!!これでは炎が撃てませんよぉお!!」
「これ!全部、蝿かぁ!?!」
九七式を腕時計に戻す。
「………何をする気なんだ親父」
「お父さん」
鬼太郎の左の眼孔から這いずり出た親父は、そのまま小さな茶髪の頭へ登る。
「………………心配するな。倅よ。鬼太郎よ。何が起きても儂はお前の傍にいる。お前がもういいよ、と言うまでな」
親父が力強く全身を使って鬼太郎の頭を撫でる。
「じゃあ、ずぅっとだね」
「……そうか。そうか。ならば、ずぅぅっとじゃな」
そんな会話をするには、十年以上は足らねぇよ。親父。
「………ボケるのは早いぜ親父さん」
「これ以上なく明確じゃ。明確にやるべき事は解る。儂の息子と儂の友人を害する鉄屑を破砕するだけじゃよ」
「…ふ、残念。それだと一寸足らない」
「?何がじゃ?」
「
「…………お前に言われとうないんじゃがぁ……」
「なんでだよ」
「それで、お父さん。蝿さん達と何するのかしらん?」
「儂じゃあないのだよ。お前じゃ。鬼太郎。鬼太郎と蝿達で奴を撃ち倒すのじゃよ」
「?」
「勿体ぶる時間は無いぞ親父さん」
鉄箱は眼前と言っても良いほどに近づいて来ている。
「
「講釈はまた今度。この術の名は」
「『順鳴らしの技法』」
「鬼太郎や。ドデカい花火を打ち上げてみようじゃないか」
「けけけけけ!」
悪戯な笑い声は鬼太郎によく似合った。
いい加減うんざりな箱野郎への会心の一撃をお見舞いするべく、親父は最初に朗々と大声を上げた。
「蝿や!!蝿や!!鬼太郎の
「「「「「「ぶぶぶぶ!!!」」」」」」
蝿の大群は皆一様に静止し敬礼の姿をとってから、ばらけた。
「ぶ、ぶぶ…プワァーン!」
蝿の羽音か鳴き声が、まるで管楽器の調子で音を探す。
「鬼太郎、指鉄砲はまだ撃てるだろうね?」
「問題無し!」
「よし。骸骨よ!産女や!水木さん!鬼太郎の背を支えてやってくれ!ぶっ飛んでしまっては困るからの!」
「了解」「承知いたしました」「承知」
俺達は身体を寄せ合い、腰を落として鬼太郎の背後で構えた。
「鬼太郎!構えよ!」
「はい!」
鬼太郎が腕を上げ伸ばした人差し指を、騒々しい野郎に向けた。
「蝿や!蝿よ!音は定まったか!!」
「プゥン!!」
「宜しい!ならば、演奏の時間だ!!魂込めて鳴らしたもう!!」
「「「「「「プゥゥウウンン!!」」」」」」
蝿達は荘厳な声で頼もしく応える。
「よくやれ。子等よ、愛すべき我が子等よ」
宙を自在に駆ける蝿の王が子供達を静かに鼓舞する。
「ただ、駆けるのも芸無し。鋼鉄の鉄血の化け物。物言わぬ怪物。不条理たる存在。ク、クククク!我が引き摺り堕ろしてやろう!!」
「蝿の王たるベルゼブブが此処に宣告ス」
真紅の眼球をしたたか濡らして、饒舌に喋るは蝿の王。
「汝、正体見タリ!!!化け物ニアラズ!!怪物ニアラズ!!不条理ニアラズンバ!!」
「汝、ソノ名ハ!!!!」
「『
「サァ、サァ、終幕はすぐ其処まで来ているゾ!!浅はかな三文台詞を吐いてみよ!!ミミック!!!」
「コッチニコイィイイイイイイイィイイイイイイイ!!!!」
蝿の王の命名により在り方を得た怪物の産声は間抜けな言い回しであった。
「強引な事しおってからに……見えてるな鬼太郎!」
「箱……ミミックの中身に何かが小さく光った!!」
言う通り激しく開閉する口の合間から、赤く光る警告灯の電球の様な輝きが確認出来た。
…たった今、生えたのだろう。
「絶対、アレが弱点だろ!!どう見ても!!」
思わず、熱を帯びた言葉が口から飛び出す。
「左様!あの光を狙え!鬼太郎!!」
「は、はい!」
…かなり小さいが…!
「プワァーン………
「
地獄の底に鬼太郎の歌が響く。
楽しげな歌によって、鬼太郎の身体に力が漲るのを感じた。
「良き演奏じゃ。どうじゃ鬼太郎。
「ゲ、ゲ、ゲ!!ゲゲゲのゲ!!ケケ!!良い歌詞だねぇ!!蛙の声かしらん?ゲゲゲ!!」
可愛い歌だが……お気に召した様だな。
鬼太郎の指先に集まる光が先とは比べ物にならない速度で成長する。
「鬼太郎、ギリギリまで引きつけろ………大丈夫じゃ。落ち着いてよく狙えば良いんじゃ」
「……はい父さん…!」
……鬼太郎の人差し指が力んで細かく震えている。
「………親父」
「…そう……じゃな…分かっておる…………すまんな鬼太郎、お前だけにやらせてはいかんよな」
「え…いや……父さん…」
「そうじゃよ。儂はお前の父じゃ。父親の目玉。ならば見る事は叶う。目の良い儂が見てやらんと、な!」
そう言い、再び鬼太郎の空いた左目へと飛び込む親父。
「ちょいと気味が悪いかもしれんが我慢してくれよ!」
「あ、いひ、ひひひ……ぅうぅ……ぐぅぅえ」
笑ってるのか苦しんでいるのか分からない声を出す鬼太郎。
「それ!終わった!どうじゃ鬼太郎!」
「…む……むむむ!?見えるのが広がったよぉ?!わぁ!よぉく見える見える!!」
………まさか……。
「うん。確かに繋がった様じゃな。今だけ…儂の神経を鬼太郎の脳髄に接続した。これで儂の視界を共有しているのじゃ、よ!」
……の、の脳髄に直接だ、だって、?
「そ、そんな事して平気なのかよ………!!?」
「頭ん中に和室があるよりかは平気じゃろ」
「言い返せないが!それは!それだろ!!」
「双眼鏡使っているみたいだよ!水木!!後でやってみたら?」
「む!無理だぜ!俺は!!」
そんな勇気は持ってないぞ俺は!!鬼太郎!!
「……怯えてないで、ほれ。視界は確保したんじゃ。射撃の腕前ある人間がいつまで黙っている気だ?水木よ!」
「役に立つとは思えないが」「鉄砲は鉄砲でしょう?」と鬼太郎。
「恐ろしい腕でしたが……」と産女。「謙遜も過ぎりゃ嫌味だぜ」と骸骨。「ごちゃごちゃ言うてないで、やんなさい!」と親父。
「はいはい!悪かった!悪かったよ!!」
謝って鬼太郎の右腕を支えて、左腕を取る。
「片腕よりも支える為に両腕の方が良いよ。鬼太郎」
「…うん…!」
「うん。そして打つ方の手の親指を軽く上げて銃口に平行になる様にしてご覧」
俺の小指よりも小さな親指がほんの少し立ち上がる。
「こう、かな?」「バッチリだ」
「親指の先と銃口の先と着弾させたい場所が重なる、その時に。その瞬間に発射すれば命中するよ」
「三つが合えばいいんだね?」「そうだ、その通り」
「力まず、脱力感が適切だ。今ならば俺が支えてやれるから、もう少し力を抜いて良いぞ」
「うん」
肩の力が無くなり、自然な構えになる。
「もう動かし方には言う事無しだ。最後は。一番大事なのは撃つ刹那だ」
お節介な言葉を吐く。
未だ、『ミミック』は俺達に追いつけない。
「鬼太郎。鉄砲は何処まで行っても何を言っても唯の暴力装置にしかならない」
「冷たい機械でしかあり得ない」
「例え、指であっても。例え、
「その暴力を。力を。どう使うかだ。何の為に。誰の為に」
「そして、使うと決めたならば。打ち倒すと決心したならば」
「迷うな。絶対に迷うな。永遠に迷うな」
「唯、唯、唯、
「見据えて、打倒しろ」
「今は。今もそうだ。申し訳ない。俺達……俺の力及ばず。鬼太郎だけしか奴を止められない」
「だからベールさんは逃げの一手を打つ。だから親父は照準を定めた。だから骸骨さんと産女さんは重しになった。だから俺は銃を構えている」
「それでも、其処までだ。その後の事。銃弾を発射するのは鬼太郎だ。鬼太郎たった一人ぼっちにしてしまう」
「だが、心配するな。鬼太郎。
「撃った後は。結果は。全員で受け止める。お前を一人にはしない」
「だから、迷うな。臆するな。考えるな」
「大丈夫だ。全ては大丈夫」
「ミミック…ぶっ倒してやろうぜ、鬼太郎!」
「………うん!!地の果てに帰って貰うね!!水木!!」
力強く、それでいて優しいままの眼差しで、俺の小さな心を見据える鬼太郎は良い顔で笑ってくれた。
「その調子だ!」
「よぉし!!鬼太郎!!そろそろ潮時じゃ!!冗談の様に光る弱点、しかと見えておるな!!」
「うん!」
「霊力の貯まりは?!」
「超十分!!」
「産女、骸骨、踏ん張れよ!」
「はい!!」「応さ!!」
「水木、準備は良いな!?」
「いつでも」
「鬼太郎、もういいぞ!!あとはぶっ放すだけじゃ!!」
「「「「「「ゲッゲッゲゲゲのゲーーー!!!!!!」」」」」」
「すぅ…………」
肩越しに指鉄砲と赤い光が重なる。
今だ!!鬼太郎!!
「そこだぁっ!!!!!!!」
キュウ……シュッズドドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンンンンン!!!!!!!!!
「むぐぅ!!!!」
「わぁああ!!」
「ぐぅ!!」
「よいしょぉ!!!」
鬼太郎の指から放たれた二発目の光線は、星の
星
「ィイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……………………………」
壮絶な輝きが晴れた後には、奇怪の姿は、影も形も無し。
破砕は此処に為された。
俺達は『ミミック』を木っ端微塵にした鬼太郎を大喜びで胴上げして、はしゃいだ。
それはもう。大喜びで。
「よくやったナ!皆々!だが、まだちゃあんと捕まってロヨ!!帰るまでが遠足だヨ!!!」
「あ!これが!遠足なんだね?!!」
「「「「違う」」」」
鬼太郎をもみくちゃにした四人は揃って同じ台詞を吐いた。
「「「「「「ゲッゲッゲゲゲのゲーーー」」」」」」
地獄の底に星が一瞬で作った途轍もない大きな孔に、蝿達の鬼太郎を讃える歌がいつまでも響いた。
ご拝読ありがとうございました。