墓場より   作:ひノし

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第四話

翌朝はいつもより遅い時間に起きた。

三人で朝飯を食べて、支度をする。

鬼太郎を肌触りの良い布で包んで胸に抱える。

包まれた鬼太郎は、もう、うとうとしていた。

「さて。親父さん用意出来ました」

「うん」

親父さんを手に乗せて、胸ポケットに入れた。

「まずは、あの神社に向かっておくれ」

「分かりました」

 

昨日の荒れた天気とは打って変わって、青い空が広がっていた。

日差しが強く暑いので、なるべく日陰を歩く。

もう誰もいない神社には直ぐに着いた。

 

「儂らが寝ていた部屋へ」

「はい」

……あの部屋には、布団しか無かった気がするが……。

シン、と静まり返った廊下を歩いて奥の部屋へ。

部屋の真ん中には、布団が二つ残されていた。

片方の布団の上には包帯の抜け殻がそのままに。

「岩子の寝ていた布団をめくってくだされ」

言われた通り、捲る。

……古い床板があるだけだ。

屈んで床板を見ていると親父さんが、ひょいっ、と胸ポケットから下りた。

「確か、ここら辺に…」

ペタペタと床を触っている。

すると、一枚の板が、ガコンと跳ね上がって隙間が出来た。

「持ち上げて貰えますか?」

力を込めると、三尺程の扉が開いた。

床下に小さく薄い木箱がある。

取り上げて、鬼太郎にかからぬように軽く埃を払う。

「……これが…遺産ですか?」

「その一つじゃ。開けてみてくだされ」

開いて、中を見る。

小さな紙が箱一杯に入っていた。

「これは…切符?」

「そうです。何枚か入っているでしょう?」

「何枚かどころか箱一杯に入っていますよ」

「それなら安心ですな」

「はぁ……」

切符を観察する。殆ど見た事ない文字で書かれている。

しかし、一つだけ見覚えのある単語があった。

地獄。

「親父さん、凄い場所が書かれているんですが」

「ハハハ、生きている人間には恐ろしい場所でしょうな。そうです。その切符は地獄行きのものですよ」

この世で一等恐ろしい切符であった。

 

箱一杯の……地獄への切符。

そんなものが、あの赤い紙以外にあろうとは…。

「……しかし、親父さん。この切符、何処で使うんです?」

この世駅でもあるのだろうか?

「前に幽霊族のお墓が、この近くにあると言ったじゃろう?その一番奥に小さな沼がある。その沼で使うんじゃ」

沼。

 

神社を出て、今度は墓場に向かった。

薄暗い森の風は涼しく有り難い。

「………親父さん………寄っていきますか?」

「…そうじゃのう」

鬼太郎は夢と現を行ったり来たりしていた。

森の騒めきが、いつにも増して大きく聞こえた。

 

丘の上の墓は昨夜のままだった。

小さな穴と、スコップだけが目立つ。

胸の鬼太郎の寝顔を見つめる。

………よく、こんなに小さな体で這い上がってきたものだ…。

胸ポケットの親父さんは黙って墓を見ていた。

墓には沈黙だけが、あった。

「見守っててくれ…………岩子………行きましょう、水木さん」

「…ええ」

小さな穴はそのままに。

スコップを持って丘を下りた。

丘からの光景は、墓と森と空だけだった。ただ静かだった。

 

手が塞がってしまうので、スコップは丘の下の木に立て掛けた。

…帰りに持って帰ろう…。

広大な墓場の中を進む。

奥に行くに連れては古く大きくなっていた。

……いや……しかし…大き過ぎる。

パッと見、二十尺程の大岩で造られた墓が、ズラり、と並ぶ。

…どうやって、建てたんだ?と眺めながら歩いていたら、いつの間にか巨大な墓場がこじんまりとした洞窟に変わっていた。

洞窟の中は外とは違い、涼しく、肌寒い程だった。

そして、不思議な事に何一つ灯が無いのに外の様に明るかった。

「こんな洞窟の中に沼があるんですか?」

「そうじゃ。あと、もう少しで着きますぞ」

そう言っていたら、沼に着いた。

水たまり程の大きさの白い沼だった。

「切符を三枚出して下され」

箱から出す。

「水木さん、怖いかもしれないが、沼の上に立って、ジッとそのままにして下さい」

…怖いとは?

「……分かりました」

沼の上に立つ。見た目より固いと思ったら何の拍子か、ズプズプ沈んでいく。

「うげっ!!沈んじゃいますよ!」

「大丈夫です!儂を信じてジッとしてて下さい!」

そうは言われても、これは怖い。

思わず鬼太郎を抱く力が強まる。

目を閉じる。

沼は俺達をあっという間に飲み込んだ。

 

ズーーーーーーーーーーーん

 

「水木さん!着きましたぞ」

目を恐る恐る開く。

目の前には暗い洞穴が広がっていた。

…一体…どうなってるんだ?

暗い洞穴には、そこら中にとても大きな桶が転がっている。

その中の……目の前にある桶が揺れた。

……おいおい…中に何かいるのか?

桶の蓋が外れる。

 

「うわっ!!」

 

真っ白な骸骨が這い出て来た。

「大丈夫。案内係じゃ」

骸骨がこちらを見やる。

「ぅえっ!!げほっ!げほっ!うゔぅん!!さてさて客が来たなぁ」

!?喋った!!

「うん?……おんや!生きてる人間は久しぶりだなぁ!」

骸骨が近づいてきて俺をまじまじ見つめる。

「ハハ、どうも……」

「まぁそう怖がるな!何もしねぇべ!」

カラカラと、全身の骨を鳴らして笑う骸骨。

何だか……とても…ご機嫌な骸骨だ。

「ほんで、ご用件は?」

親父さんが答えてくれた。

「預けものを引き取りに来たんじゃ」

「うげっ!目玉が喋った!!」

…………貴方が言うか。

「幽霊族の者じゃ!」

「…えぇと………おお!あれか!よし!よし、着いておいで」

カラコロ、と歩き出す骸骨。

その後に続く。

 

骸骨についていくと程なくして洞穴の外に出た。

………………外の景色は、とても現実のものとは思えなかった。

空は一面桃色。地面は真っ黄色な草が、覆っていた。

それ以外に何も無く荒れ果てた野原が地平線一杯に広がっていた。

「おーい!ちゃんとついておいで!道を知らなきゃ、この世の終わりまで迷子になっちまうぞぉ!」

……恐ろしい事を言う。

「すみませーん!」

大慌てで骸骨の元に向かう。

その後は、ぴったり、骸骨の後ろについて歩いた。

想像していた地獄の有様とは全然違っていた。

ただ、ひたすらに奇天烈な光景が広がる、拡がる世界。

気がつけば、常に全く違う光景になる……万華鏡の様であった。

 

田園風景。海の上。北国。瓦の上。夜景。異国の建物。鉄の塊がゴロゴロ転がる廊下。電線の上。螺旋階段。うずくまる机のうえ。踊る布団の上。

 

……夢の中にいるようだ。

しかも、時折、前にいる骸骨が自分の背中に見えた。

自分の背中など、見える訳が無いのに。

見た事も無いのに。

 

「ついたぜぇ」

骸骨の声で我に帰る。

「ハィ………」

……頭が、ボーーっとする……。

「大丈夫か、水木さん?」

親父さんが心配そうに見ている。

「……フゥーーーー……はぁ…………大丈夫です。なんとか」

到着した、その場所には見渡す限りの金庫があった。何百、何千の。

「親父さん…こんなにあって…どの金庫か分かるんですか?」

「大丈夫じゃよ、どの金庫でも良いのじゃ」

ええぇ?

「はぁ……それじゃあ」

目の前の真っ白な金庫の前に立つ。

「番号はなんですか?」

「ただ、取っ手を捻れば開きますぞ」

「鍵掛かって無いんですか?」

「ここの金庫は自分や家族の物しか引き取れないのじゃ」

………不思議だが便利なものだ。

言われた通りに取っ手を捻り金庫を開ける。

中には、縞々の布きれ、下駄、笛、が待っていた。

「……うん……これでいい。布で、下駄と笛を包んで持っておくれ」

「分かりました」

小さな布で事足りるか、不安だったが丁度よく収まった。

まるで布の大きさが変わったようだった。

空になった用無しの金庫を閉める。

「よし!水木さん、帰りましょう」

骸骨のところに戻る。

「用はすんだみたいだなぁ」

「帰りは、布団で頼む」

親父さんが、そう言う。

何かの暗号だろうか?

「はいよ。ついておいで」

カラコロ歩く骸骨の後ろについていった。

 

また奇天烈な地獄の光景のなかを歩く。もう辺りは見ずに骸骨の背中、背骨だけを見て、歩く。

「ここ…だな」

骸骨が止まる。

先程の、踊る布団の場所だった。

「ほんじゃあ、気ぃつけて帰んなよぉ」

そう言って、手を振りながら骸骨は、また、カンロコンロ、と歩き始めた。

「ありがとうございました」

骸骨の背中に、礼を言う。

「じゃあな〜水木〜」

骸骨が消えた後、その声だけが響いて残った。

……………あれ?何で名前を?

……まぁ……そんな事、造作もないか……。

「…それで、親父さん。どうすればいいんでしょうか?」

「その布団に寝てください。そうすれば、帰れますよ」

…なんじゃそりゃ。

布団を観察する……うねうね動いてるだけで、何の変哲もない布団だ。

…触ってみる。おお!干したてのフカフカだ!

「…まぁ、じゃあ、お言葉に甘えて」

三人で布団に入る。暖かくて、気持ちがいい。

鬼太郎を抱いたまま、横向きに寝る。親父さんは胸ポケットに入ったままだった。

目を閉じると、猛烈な眠気がきた。

直ぐに俺達は眠りに沈んだ。

 

ズゥーーーーーーーーーーーん

 

 

 

 

深い眠りから目を覚ます。

……自宅の布団の中で…。

時計を見ると、出かけた時間から十分しか経っていない。

 

………夢だった…のか?

 

しかし……枕元に冥土からの土産があった。

 

布、下駄、笛が綺麗に揃えて置いてあった。




ご拝読ありがとうございました。
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