墓場より   作:ひノし

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第四十話

空の真下まで雄大に広がる海原が、波打ちながら陽の光を反射している。

輝き、揺れ、波の音を上げながら在る姿は、圧倒的な自然でいながらも、超大な生物のようであった。

常日頃は、森や山に川の近くで生活している俺にとっては、いつ見ても新鮮な光景であり、心が躍った。

 

故に、目が釘付けになった。

故に、前方上空から飛来する物体に気づくのが遅れてしまった。

 

交通事故は、人生で初めての経験であった。

 

正体不明の物体…らしき何かと正面衝突し、車両からいとも簡単に投げ出され、空中でなす術もなく落下の衝撃と損傷を待つばかりであった俺達五人の身体を、口で噛みつき爪で引っ掛け尻尾で包んで、海原の手前に存在していた目視で確認出来るかどうかの…そんな遥か離れた柔い砂浜まで、跳んで投げて救ってくれたのは、見間違う程に発達した巨躯に変化した『シーサー』であった。

「ふわぁ……ウミの近くでぇ…運が良かったです」

寝起きの獅子は事も無げに言った。

「あ、ありがとう」

全身に被った砂を不快に感じた時に、遅れて背筋が凍った。

 

 

「全く!何だってんだ!!」

此方は任せて下さい、と買って出てくれた頼もしきシーサーの言葉に甘えて、俺とねずさんは荷物を積んだままの妖怪車を探しに出た。

大はしゃぎで海に飛び込む前の鬼太郎を止めて、準備体操をさせた後に拝借したアンテナ髪の毛二本を、両手に携えるねずさんは先から文句が止まらなくなっていた。

「しかし…一体全体、何と激突したんだろうか?」

出番が多くなってしまっている三八式を肩に担いで、ねずさんに問う。

「さあな!生き物じゃあないのは確かだ!俺の愛車のフロントがブチ壊れた衝撃があったからな!!ああ、そうだ!あんな硬ぇのが生き物な訳ネェ!」

「そいつは……ご愁傷様」

「いんや、まだヨ!!見てなくちゃあ分からんよ!」

ご臨終でなくとも、自走が出来なくては……諦めるしかないのではないだろうか…。

俺よりも理解しているだろう持ち主に伝える事なぞ出来なかったが。

右へ左へ曲がる自立する髪の毛を当てにして、不思議な森を進み続ける。

「……ダァーー!畜生!よりにもよって妖気が多い所でよぉ!!」

残念ながら…髪の毛アンテナは最早、風車の様相を呈していた。

運任せに、あっちこっちそっちに歩を進めてみたって、酒臭い車両の姿形は無い。

その代わりに見えるのは、日本に自生しているとは思えない様々な巨木に食虫植物、奇怪な鳴き声で口説く鳥、毛玉に足を取ってつけた四足歩行の生物的物体、胴が異様に膨らんだ蛇、風鈴みたいな身体を滑らかに動かして空中を飛び交う虫、茂みに潜んで此方を伺う猿と人間の中間のような姿の獣……ゆるり、と視線を回せば、間違いなく図鑑には載っていない新しい存在を、次々と発見する有様であった。

「……これは、また、何とも」

「オメぇ等!!何をチラチラ見てんだ!!散れ散れ!!」

あっけに取られる俺を他所に、態とらしく感じる程までに啖呵を散らしながら、髪の毛風車を更に振り回す、ねずさん。

「そう、興奮しなさんなよ」

「甘い!甘いぜ!水木ちゃん!何も八つ当たりしている訳じゃあ……半分はそうだが!」

…そうなのかよ。

「線引きは大事。何でもかんでも受け入れていたらつけ込まれるぞ!俺達妖怪には手加減、気配りなぞ持ち合わせていねぇんだからよ」

「申し訳ないが、ちっとも、そうは見えん」

そこいらの人間よりかは、上品なモノだ。

「偏見だな。大体、俺とダチになった時は人間だと思ってたんだろ。幽霊親子は初対面の状況がアレだったしよ……あとの妖怪共は偶々…つーか何度も殺されかけた事を忘れたのかよ」

「…いや、まぁ…その事を言われるとな…」

思い返すまでもなく、割と酷い目にはあってはいる…。

が、殺されかけるなんて、今更だ。

「オイオイ。戦時中じゃあ無いんだぜ?殺す殺されるなんて、もう味わいたかぁネェだろ?」

「出来れば」

「…じゃあ、もちっと怖がるべきだ!」

「はいよ」

しかしなぁ、死なんてなぁ。別に……。

 

「ヤカマシイネズミジン。オマエ、サガシテイルノハ、テツノカタマリカ?」

 

おや。

茂みに潜んでいた獣の方が話しかけてきた。

随分とカタコトな日本語ではあるが、理解するには難くない。

 

「なんだよ。知ってんのか?エテ公」

「……ソノイミハシランガ…ケナシテイルノハワカルゾ…ハゲネズミ」

「禿げてねぇわ!!」

禿げてないのか?

「水木ぃ、頼むぜ!俺の髪は洒落っ気だよ!洒落っ気!毎日、入念な手入れをしているんだからな」

「待て待て。声に出してないぞ」

「長い付き合いだ、わかるゾ…それに水木は嘘が吐けない性分だからな」

「…言葉にしてねぇのに嘘吐くとかじゃあないだろ」

「そんな事ぁネェよ」

本当か?

「本当だ。読心なんて出来んのは妖怪でも一人だけの専売特許なんだぜ?」

「へぇ…って…またやってんじゃねぇか!」

「顔見りゃ分かるってんだよ」

「…鬼太郎にも言われたが…そんなに百面相かよ、俺ぁ」

「………ハシャグノヲヤメテ、サッサトホクトウニススメ。アホウドモ。ンデカエレ。ヒルネノジカンナンダ。ワレラハ」

うんざり、とした声で獣の方に嗜められた。

 

茂みの中にいるのが大層好きな獣の方と手を振り合って別れた後に、俺達は北東へ進んだ。

 

目的地が定まり自信を持って進み始めたのだが、何が契機だったのか、森は俺達に牙を剥いた……文字通りの意味においても。

 

壺がそのまま変化したような植物が、頭から丸呑みしようとしてきやがったので、根から引き抜いた。

「あ、あ頭が欠けたぁ!!」

いや、叫んでる場合か。死ぬだろ、それ。

 

蔦で四肢を絡め取り血を吸おうとする樹木は、端から伐採してくれた。

「ハハハハハ!!ザマァみやがれ!!俺の血なんて吸うからだ!!」

「吸った途端に干菓子みたいになったんだが!?ねずさん病院に行け!!」

「病院んだぁ?全国津々浦々まで、金輪際出入り禁止になってらぁ!!」

何をしたんだよ。

 

地に(ひしめ)き蠢きながら飛び跳ねて襲ってくる、胴が異様に膨らんだ蛇達は蹴り飛ばし、投げ回してくれた。

「待てぃ!!水木!!何匹かは連れて帰ってくれヤ!」

「………何の魂胆だ?」

「新種の蛇発見!!博覧会!!売りつけてガッポガッ危ねぇ!!」

両手で振り回していた二匹を、阿呆な友人に向け全力で投擲した。

 

そんなこんなで、今現在。

()()()()オオスズメバチの大群を、散弾銃でもって住処と同じ姿にしている最中である。

 

……あぁ…虫に酷い事をしたなんて、後で鬼太郎に怒られちまうかな。

 

「水木!!何を躊躇してんだ!!何一つ効いてねぇんだゾ!!?」

そうなのだ。

大変頑丈な事に…神秘の化身である妖怪笛が変化した散弾銃、その射撃であっても蜂の身体を貫通する事は叶わず、ただ、ただ()()()()だけだ。ボコボコに。ベコベコに。蜂の巣に実によく似ている。

蜂達の二輪車のエンジンみたいな羽音は、一段と激しさを増していく。

今や、その音の大きさたるや。銃撃音さえも優に超えていた。

「怒ってるなぁ!」

「っったり前ぇだろ!!!!?いいから撃て撃て撃ていや、イヤイヤ!!やっぱり逃げろ逃げろ逃げろォ!!!ウオォオオオオ!!!!?」

異論は無かったので、即座に北東へ、疾走、跳躍、前転、匍匐。

可能な限り身体を伸ばして地面を抱きしめる俺達の上を、暴走した蜂達は猛烈な速度で通り過ぎていった。空気を裂く音を置き去りにしながら。

「のわ…ぁ…!」

「ぅぉ……ぉ!」

 

土やら砂やらを噛み締めて喫緊の敵をやり過ごした俺達は、そのまま身体と服装を汚している土草と虫を、更に塗りたくって地面に擬態する事にした。

自然と一体化したつもりで…耳を澄まし…呼吸を殺し…鼓動を抑え…気が遠くなる程、ゆっくり、じりじり、と這いずって進み始めた。

「ふぅ…ふぅ……どうしてこうなったんだヨ…」

「……あぁ……全くだ……」

青々と生い茂る樹木の葉の隙間を縫って届いてくる熱く鋭い陽の光線が…嘲笑うように俺達の顔を射していた。

 

 

ゲ。ゲゲ。一方その頃。

 

 

「はーーい。二人ともー。休憩ですよーー。上がって来て下さーい」

筋骨隆々の大獅子の姿から、平時通りの犬に似た姿に戻ったシーサーが、波打ち際にて、後ろ脚だけで器用に立って背を伸ばして、水泳に夢中の友人達を大声で呼びました。

「はああああいいいいぃぃ!!!」

「はああいいぃ!!」

「はあいぃ!」

「はぁい!」

「はい!」

静かな浜辺に場違いな山彦が、何度も何度も繰り返し響きます。

「……うるさいですよ。呼子。ご機嫌になっちゃって……しかし、返事をするのは良い事です。ええ……返事だけじゃなければね」

はぁ……と、誰にも聞こえない溜息を吐く、シーサー。

「べるん」

「あ。垢舐め。採れましたね」

「るん」

「流石です。木登りも得意とは知りませんでしたが」

「るんふん」

軽く首を振って謙遜する垢舐めの両手一杯にあるのは、黄色く長い果物と茶色く硬い実です。

「ろん?」

「遊び道具ではありませんよ。果物なんですから、食べますよ」

「べるぅん」

「ええ。さて、釣り餌もありますし、もう一度呼びますかね」

再び、海辺に立ち、シーサーは友人達に声をかけます。

「おやつがありますよぉー。はやくこないとぉ、たべちゃいますよぉ」

「まってててぇえぇえええええ!!!!」

「まっててぇぇええぇぇぇ!!!」

「まってぇぇぇ!!」

「まってぇ!!」

「まって!!!」

「ま!!」

引く波に負けじと、懸命に大きな声を返す呼び子。

山という、音の防壁がありませんので…呼び子の大きな声……雷鳴に近い

大声は砂浜に波の紋様を刻んでしまう程でした。

「………やれやれ……そんなに出すほど遠くないでしょうが…」

耳を丸めたシーサーは苦笑しながら、茶色い木の実に牙を突き立てました。

陸のシーサーと垢舐め、海の呼び子と鬼太郎。

二組の距離はおおよそ七尺もありはしませんでした。

ですので、実の所水泳と言っては少しばかり大袈裟な表現になってしまいます。

水遊び。が適当でした。

 

「呼び子は声が大きいねぇ」

鬼太郎は平気な顔で、そう言いました。

 

 

「「いただきます」」

砂浜の上にとても大きな葉っぱを敷かれて、その上に果物と木の実が整然と並んでいます。

「どうぞ……あぁ…一応、言っておきますが…採ってきてくれたのは垢舐めですからね。ちゃあんと感謝して下さいね」

「あんがと、垢舐め」

半裸の呼び子がお礼を言いました。

「ありがとう、垢舐め。ちらと、見たけれど。すんごく高い所まで、すいすいと登っていたね」

縞々模様の水着の鬼太郎が感謝と感嘆を伝えます。

「べるん」

「本当に?お猿みたいだったよ」

「べろ……べるん」

「ふひ、けけけ!くすぐったいよ!」

照れてしまった垢舐めは、鬼太郎の頬についた海水と汗と砂の混ざった汚れを舐めとって誤魔化しました。

「あ。すーすーする。爽快」

鬼太郎は頬に手を当てて、気持ちの良い海風の感触に浸っています。

「………舐められたのにですか?」

「うん。舐められたから」「へぇ、ハッカ油でも出せるのですか?垢舐め」

「べぇ?」「では無いみたいですね……」

「んご。ぐげかかか」

「……あなたは何をやってるんですか?呼び子ぉ」

茶色い……鬼太郎の髪の毛にもよく似た短い茶色い毛を、びっしりと生やした硬い木の実を、呼び子は顔中の筋肉を使って必死に齧りつこう、としています。

「ん?ごぇああいぇえ?」

「けけけ。噛んだままじゃあ話せないよ」

「んあ。そうか。そうだね、へへ。シぃサぁ…これ本当に食べれるのぉ?」

「……最初に説明しなかった自分も悪いですが……よくもまあ、こんなモノを咀嚼しようしましたね。呼び子」

「……ん?褒めてないでしょぉ?」

じと、とシーサーを見つめる呼び子。

「半分は褒めてるんじゃないかな?」

捕食者に対する抵抗を奨めたくなる、柔らかく()()()()()形をしている黄色の果物を、二口、三口と…皮ごと食べている鬼太郎が、呼び子を励まします。

「賞賛も厭味もありませんよ。びっくりしただけですよ……その食欲に……ほら、貸してごらん」

「ほい」

呼び子から木の実を受け取ったシーサーは、先と同じ様に牙を使って器用に丸い穴を開けます。

「おお!丈夫な歯だね」

「こうやって穴を開けて中の果汁を飲むのですよ」

「ほぉぉ…飲み物だったんだぁ…どれ…んぐんぐあまぁい!!」

「もぬ。あまいんだぁ!僕も飲んでみよ」

「じゃあ、開けますね……ん、いや…鬼太郎…髪の毛を使ってみたらどうですか?」

「え?髪だよ?無理じゃあない?」

「髪のままなら。霊力のコントロールは、もう何度も行っているのでしょう?」

「こんとろーるって何?」

「あ…操作ですよ。ええと、集中して超能力を使った事は?」

「あるよ。それをやれば良いの?」

「そうです。一本抜いて、硬化を念じてみて下さい。鉛筆みたいに。きっと出来ますよ。鬼太郎の躯体はそれはもう、とびっきりですから」

「なんだか、ブリキのロボットみたいに言うなぁ」

鬼太郎は育ての親から贈られた玩具を思い出していました。

「失礼…気を悪くした?」

「いんや、格好良くて好きなんだ。ロボット。やってみるよ」

慣れた手つきで髪の毛を一本だけ抜いて、親指と人差し指で摘んで力を集中させる鬼太郎。

すると、難なく髪の毛は硬化しました。鉛筆よりも硬く強固に。錐の様な硬さになりました。

「お見事」

「んぐんぐ。わぁ、すごいや。手品みたいだ……そういや婆と爺もやってたかな」

今頃、井戸か温泉かに浸かっているかな、と呼び子は想像しました。

「あの二人は巧みですからね。伊達に永く在る訳じゃあないですし。さ、鬼太郎。くるくる、と穴を開けれますか」

「はぁい」

掌で抑えて、火起こしの要領で木の実に穴を開けていきます。

キルキル、と気味良い音が五度鳴って毛錐は厚い皮を貫通しました。

「よし!出来たよ!」

「上出来です。こういう事も出来るのを覚えておいてくださいね、鬼太郎」

「うん。勉強になりました。シーサー先生」

「先生ってそんな……うひひ」

シーサーの赤毛の顔が燃えるように紅顔しました。照れたのですね。

「べるんべろ」

「うひゃ!垢舐め!日に当たったからじゃありませ凄いスースーする!」

「でしょ」

 

「ウンウン。仲が良いのは善い。坊。ワタシにも木の実をくれないか。無論、穴を開けてな」

耀く半人半魚の方が、鬼太郎に注文します。

 

「いいけど、貴方はだぁれ?」

鬼太郎は友達の輪の中に紛れ込んだ闖入者に問いました。

「ぐるる!!いつの間に!?」

シーサーが手を逆立て牙と爪を剥き出しにします。

「べる!」

垢舐めは驚きの声を上げました。

「もぬ。さっきからいたけど。もぬ」

黄色い果実を両手に持って頬張る呼び子は、呑気にそう言いました。

 

そして、突然に。

 

彼等の上空を、黒煙に包まれた車両が飛翔しました。

 

「「「ぐわああああああああああああああ!!!!?!!」」」

「きゃあああああああああ!!!?!!」

 

三人の男性と一人の童の絶叫が砂浜と海に大きく大きく響き渡りながら。 

 

 

ゲゲ。一体どうした事でしょうか?ゲ、ゲゲ。

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