周辺を警戒しながら蛞蝓の様に匍匐前進を続けるのは、大変に根気と体力の要る作業であった。
どのくらいの時間を這いつくばっていたのか…確認しようにも…一つしか無い腕時計が今は背中に乗っかっている銃に変化してしまっているので、分からない。
いつからいつまで、地面と仲良くやってればいいのやら…。
流れる汗が目に染みて、ズキリ、と痛む。
半袖のシャツから覗く腕は土と草葉に触れ、何箇所か薄く切れていた。
衣服に付着した土や砂は森林に篭る咽せ返る湿気により泥となって、へばりついている。
首筋に時折、強い日差しが噛み付く。
脳裏に焼き付いた残酷な記憶が、ゆっくり、と顔を出そうとしていた。
身体も精神も過酷な状況であるが、訳の解らない未確認生物達を相手取るよりはマシだと言えた。
「へぇはぁ……お……よぅし、水木ぃ…もう大丈夫だぁ……」
「……ふぅ……そうか…」
痺れる脚を叩きながら、立ち上がる。
ヨロヨロ、と立ち上がったねずさんの手の中の鬼太郎の髪の毛は、漸く一方向だけを指し示してくれていた。
「この感触からして、きっと近くだゼ」
「感動的な再会だな」
「違ぇねえ」
汚らしい姿の男二人で、ずんずん、と森の奥へ進む。
出来れば、エンジンとタイヤが無事である事を祈りながら。
此方はもう、歩く元気をすっかり失っているのだ。
カーンカーンカーン
カーンカーン!!
カーンカーンカーンカーン!!!
止まらない流れる汗に顔を顰めながら額を拭い、ひりつく首筋を掻きながら幾らか歩くと前方から何やら甲高い金属音が俄かに聞こえてきた。
まるで、金属と金属を打ち合わしている様な音が。
「………………」
「………………」
余りにも粗雑な音に、足を止めた。
同時にねずさんも、同様に。
「………………水木ぃ……聞こえているか?」
「……まぁ、うん……カンカンってな」
「鉄の音だナ」「そうだな」
「こんな森でか」「鉄なんてありそうにもない森でな」
「つー事は、だ」「…あぁと……」
「あれは俺の車を何処かの馬鹿が弄り回している音じゃねぇかぁ!!!??」
「だろうな!!!走るぞ!!ねずさん!!」
…疲弊した身体では、どうにも不恰好な形でジグザグに走る事しか出来ないが。
カーンカーン!!!
バコン!!バコん!!
ギギギギ!!!
メカカキカキ!!!
ウイイイィィィィイイインンンンン!!!!
全力疾走で近づけば耳に入る不快な音は、力任せも良いところな乱暴な破壊音に変わった。
「ぐわぁーーー!!?何しでかしてくれてるんだぁーーー?!!」
本日何度目かのねずさんの絶叫は、頭上の樹木の葉を微かに揺らしていた。
三本の巨木を回り込んで身の丈程の草から抜け出せば、海が見える小高い崖っぷちに出て、遂に目的の車両と対面した。
驚いたことに希望的観測通り妖怪車はおおよそ無事な姿であった。
目につく損傷と言えば、前面部分の左右ライトの破損。ボンネットの僅かな凹み。そのくらいしか目立つものは無い。これならば、エンジンも無事であろう。
次に気になるタイヤも…車が水平に鎮座しているところを見れば、破裂はしていない。
実に喜ばしい損傷具合であった。あぁ、良かった…なんて言葉は口には出せないが。
さて、
妖怪車の後部にて、何やら工作をしている老爺の姿がある。
老爺は真っ黒に日に焼けて、それとは真逆の長い真っ白な髪を一房に纏めている。皺と染みの多い顔には髪と同じく白い髭が伸びたままになっていた。擦り切れた深い緑の着物の袖から伸びる、歳の割に太く血管の浮いた腕が目につく。そんな姿から、漁師なのだろうか、と俺は推察を立てた。
老爺は、息を荒げている俺達に目もくれずに玄翁を一心不乱に振り回している。
「おじいさん!!誰か!来たよ!!おじいさんってば!!おじぃ!!さぁん!!あああもうもう!!」
車の後部座席には、俺達に背を向け悲痛な声で老爺を呼びかけ続けている少年の姿があった。
背丈からして五、六才程度であろうか。黒い短髪で色白の肌。そして、上裸である。陽当たりの良い所で、じ、としてりゃあ暑いだろうに。
ぎゃあぎゃあ喚いているので、元気一杯ではあるようだが。
そんな人間二人の姿に俺は少しばかり面食らった。
てっきり、また珍妙な存在が…ロボットでもいやがるのだろうか、と思い込んでいたからだ。
「ヤイヤイヤイ!!!ジジィ!!手前!俺の車に何してんだ!!」
言葉は悪いがまともな正論を喚きながら、ねずさんは老爺に体当たりする勢いで迫る。
「フン!!せぇい!!オラッ!!こんやろ!!!」
とても物作りをしているとは思えない掛け声を発しながら、まだまだ玄翁を振り続ける老爺。いや、ジジィ。
「おい!爺さん!!そいつは友人の車だ!!勝手な真似は辞めてくれ!!」
念の為に一度腕時計に戻した妖怪笛を右手で固く握って、大声で警告を伝えながら、ねずさんに続いた。
「フぅん!!!そいや!!えいさ!!どりゃぁあ!!」
耳が悪いのか、破壊活動に夢中なのか、はたまた無視しているのか、老爺は一向に手を止めない。
「オイ!!!ジジィ!!!」
顔を赤くしたねずさんが、老爺の盛り上がる肩を、ぐい、と引っ張った。
「なんだ!!!」
かぁんかぁんかぁんかぁん!!!
身体に接触して、漸く老爺は反応を示した。手は忙しなく動かしたままだが。
「なんだじゃないよ!!やっぱりコレ人のモンじゃん!!おじいさん!!もうやめなよ!!あやまりなよ!!ボクからもごめんなさい!!」
少年は真面目な子であった。
説得と謝罪を同時に行うとは、中々人間が出来ている。
「やめたら!!!帰れんぞ!!!!」
グギャガガガガガガガァンンン!!!
玄翁一本で出る訳ネェだろ、その音。
「うー!!それはそうかもだけど!!…いや、海にまで連れて行ってくれればいいだけだよ!!なぁんで!!人の乗り物を改造するのさ!!僕の為に…みたいな話にしないでよ!!あと!!!いい加減!!叩くのやめなって!!五月蝿くて会話がしずらいよぉ!!!」
声変わり前の掠れた高い声で懸命に叫ぶ少年。
悲痛である。実に。
俺が気にする事でもないが。気にすべきは爺ィである。
「坊主の方が道理が分かってんじゃねぇか!!」カンカンカンカン!!!「いい爺が恥ずかしくねぇのか!?」ガンガンガガン!!!「手ェ止めろ馬鹿タレ!!!」ズィィイイイインンン!!!「楽器じゃあねえんだ!!!!」「みりゃあー分かる」キキキンガガガーー!!「聞こえてんなら!!!止めろやァ!!!!!!」
ねずさんが、踏ん張って老爺の肩どころか頭を掴んで引っ張っているにも関わらず、老爺の身体は、うんともすんとも動かない。
「んぐくくくくくくくくぐぐぐ!!!!!」
顔を真っ赤に鼻息を蒸気の様に吹いて、力を込め続けるねずさん。
「ったく!!!頑固爺…怪我しても恨むなよ」
ねずさんの隣に立ち、俺も老爺の身体に手をかける。
肩でも頭でもなく腹に回して、自らの腕と腕を繋ぐ。
軽く、息を吐き。
「うおりゃあああああ!!!!」
「!!!ぬわ!!!」
全身の筋肉を奮い立たせ身体を反り返し、容赦なくジジィを背後に投げ飛ばした。
ズーーーしーーーーンンン!!!
いとも簡単に宙に飛んだ逆さまの老爺は、後ろの巨木に壮絶に激突した。
「やべ、やりすぎた」
仰向けに地面に寝そべって、老爺の有様を見ていた俺は手加減をしなかった事を後悔した。
「ハハハハハハ!!!一本ダゼ!!水木ちゃん」
呆気に取られたのは一瞬の事。すぐに呵呵大笑して俺に手を差し出す、ねずさん。
「大人としてどうなのか、疑問だけどな」
友人の手を取り、立ち上がる。
「それはあの爺ィだ。人があれだけ止めてんのに聞かなかったんだからな。余程、日に当たりすぎたんだろ」
眉間に皺を寄せてねずさんは嫌味を吐いた。
「打ちどころが悪くなきゃいいけどな」
存外、軽かった爺の心配を言葉だけでする。
衝撃的な場面を一部始終見ていたので、老爺が背中から激突しているのを俺は知っている…まぁ、巨木との激突後に頭から地面に落下していたが。
「ああ……だから言ったのに…!」
車に乗ったままの少年が顔に両手を当てて、言葉を溢している。
「……ふん…水木ちゃん、爺の様子を見に行ってやれ。俺は愛車の具合を確認するからよ」
少年の落ちこんだ姿に思う所があったのか、ねずさんは、そう提案した。
「了解」
返事と共に、老爺に向けて足を踏み出した。
結論から言えば、老爺は無事であった。完全に気絶してたが。
妖怪車は無事ではなかった。走行は出来るが。
エンジンもタイヤも、問題は無い。
問題は、後部。マフラーの横に新たに備え付けられた謎の機構。
「…………」
ねずさんは、呆れたきった表情でソレを見つめていた。
「……」
老爺は近くの木陰で間抜けな寝顔を晒していた。
「…………………………」
恐らく俺も全く同じ表情で、ソレを見つめていた。
「………………………………」
多少は事情を知っている筈の少年も沈黙したまま、後部座席から身を乗り出してソレを観察していた。因みに…見えなかった少年の腰から下は年季の入った蓑で覆われていた。心底どうでも良い事だが。
ソレは車両後部のど真ん中にあり。
直径は三尺程。そして、一尺ほど突き出している。
開いた傘をそのまま突き刺した様な形である。
素材は鉄?と……貝殻である。
噴射口と呼んだのは、そんな
開口されているならば、その後ろに存在するトランクルームが確認出来る筈なのだが…顔を近づけて目を凝らしても目視出来るのは闇ばかりである。
腕を突っ込むなどの、蛮勇は振るえなかった。
謎の超機構を付けられた車を無事と言えないだろう。絶対に。
…………玄翁一本で造れるモノじゃねぇだろ。
呑気に、そんな事を思った。
沈黙の中。或いは困惑の中。
「……………何これ」
ずっと黙っていた少年が、小さく小さく呟いた。
その言葉を受け、隣の友人の堪忍袋の緒が切れてしまった。
「何コレじゃあねぇえぇだろうがあああああああああああ!!!!!!!!????!!」
この日、最大記録の絶叫。
「わぁあああ!!!?」
少年は吃驚仰天して、車の座席の下へひっくり返る。
しかし、そんな事では友人の興奮は収まらない。
「何を抜かしてんだ!!!?お前のジジィがつけたモンだろうが!!ヨ!!!何だコレ!!何なんだコレ!!!何でつけた!!!何をつけた!!!俺の!!車に!!!つーかお前等誰だ!!何処の馬の骨が何のガラクタをつけやがったんだぁ、あぁ!!!知らねぇよ!!何コレ…だと!しらねぇよ!!!お前が知ってろよ!!お前が説明しろ!!一切合切!!何もかも!!吐けアホンダラ!!」
物凄い勢いで車に飛び乗り、ひっくり返ったままの少年に怒鳴りながら詰め寄る、ねずさん。
「まぁまぁまぁ!!」
大きめの声をかけて宥める。
「…!……はへ!!ぇぇと…うわ…ぅぅ」
見知らぬ大の大人に激怒されている少年は真白な顔を蒼白にして、パクパク口を動かす事しか出来なくなっていた。
「まぁまぁに出来るかヨ!?!!水木!!」
「落ち着けって。そんなに唾を飛ばしちゃ話も出来んぜ。それに相手は子供だぜ?大人の余裕を見せてくれよ。
気持ちは海程に深く理解出来るけどな。
「ぬぐ!!ぬぐぐぐぐぐぐぐ!!!………ぐぐぐぐぐ………」
前歯を食いしばりながら髭を渾身の力で引っ張り上げて、何とか怒りを抑える努力をしてくれている、先生。
「…………………はぁ……………煙草くれや…」
「何本でも、どうぞ」
Peaceとマッチを箱ごとねずさんに手渡す。
煙草を受け取ったねずさんは車の座席の上に立ち上がり、そのまま大股で運転席に移動した。屋根の無い車は、こんな時にも役立つ。
直ぐに煙が登り、ねずさんはハンドルの横に足を乗せて頭の後ろに手を組み座席に深く沈んだ。愛車で寛ぐ事にした様だ。
つまりは、後は任せる、という事だろう。
「わわ……へひ……」
少年は目を回しながら、座席の下、ひっくり返ったままで俺達の様子を見ていた。
俺は殊更ゆっくりと移動して、静かに後部座席のドアを開いて乗り込んだ。
「ぇ…あの……その……じ…し…じつ、は」
「君も落ち着きなさい。まずは起きあがろう」
席に座らせる為に、少年の腋に手を差し入れた。
「ふひ……あの…あ、ちちょちょちょっとまってくだ」
何故か慌てて、ジタバタする少年。
「何もしないよ。ただ、その格好は辛いだろうから」
「いいいや、そそそいうここことではなくてぇ」
「?」
……まぁ、いいや。引き上げてしまおう。
「はいよ」
「わぁ!はいじゃあなぁい!」
裏切られた表情でされるがままになる少年。
少年が変に暴れた所為か、さらり、と蓑が外れてしまった。
「あ」
「あ」
眩しい。
澄んだ翡翠色の鱗に覆われた半身は、光の中で海と同じく瞬き耀きを余す事なく晒す。白い肌の腰から、水の流れと同じく自然な線を描いて、深い緑の背鰭と腹鰭は硝子細工の様な黄金の尾鰭に向かって伸びていた。
生物の質感ではない。異質な存在感。
神様…なんて存在が丁寧に丹念に永い時間を懸けて創り上げた…美術品だと、言われた方が理解出来た。
惚けた印象を心の中だけで紡いだ後に、鈍い脳髄は少年の正体が何かを教えてくれた。
「『人魚』だ………」
「人魚だ」
「ばれたーーーー!!!」
少年人魚は、高い音程の叫び声を上げた。
「………やかましいなぁ………なぁんだ、人魚か……」
煙草を喫んでいたねずさんは片目だけ開いて鷹揚に、ちら、と此方に振り向いて、直ぐにまた正面に向き直り、身体を伸ばして座席に沈んだ。
「やぁ、ねずさん。人魚だぜ。珍しくないのかい?」
「幽霊族の童と目玉と、お前さんに比べりゃあな」
輪っかの煙が宙に漂う。
「あ、そう」「そうさね」
「ああああああ………どうか慈悲を…指の一本だけで勘弁して下さい」
穏やかでない事を言う。
「俺は、そういう者じゃあないのだが」
「ひひぇ……そう、ですよね……背鰭の辺りで勘弁して下さい」
どうにも要領を得ない。
「何が背鰭の辺りなのかな?」
「え……何って……ボクの口から言えと……!……ひぇぇ噂通り…なんて非道いんだぁ……」
少年の濡れた瞳から、水色の雫が、ポタポタと滴り落ちる。
「うん?…何が?…?」
しゃくり上げる少年は、もう何も答えてくれない。
答える余裕が消えてしまった様である。
「おうおう、どうどう」
理由は不明だが、不憫なので少年を柔らかい座席に座らせ、肩を軽く叩いて慰めよう、とした。
「ううえええええんん!!!肩からイかれるんだぁ!!!うわああああんんん!!!」
大波が岩礁に当たったような大声で泣き喚いたので、慌てて手を引っ込めた。
「うわ!…なんだい、なんだい……」
「うぐ……ぐわぁあああんん」
「これじゃあ話にならんなぁ」
「やれやれ…どうやら坊主…クわれるとでも思ってんだろ」
…………。
「クわれる?」
「水木ちゃんが、自分を焼いて煮て食べてしまうってヨ」
「んな事しねぇよ!!!!!!!」
「お、おう。分かってるよ。俺はちゃあんと分かってるゼ。だけども、坊主はすっかり思いこんじまっているんだ」
「なんでそんな馬鹿げた思い込みすんだよ!」
「……手を挙げた代打がカッカすんなヨ……よぉ、ヨォ、坊主。泣いてねぇでオレをミろ」
「うぉあぁあああんん!!!」
号泣しながら、素直にねずさんに目を向ける少年。
横目に視線を合わせた、ねずさんが一言問う。
「
そう言った友人の横顔は、揺蕩う紫煙の中で常とは違う怪しい貌を浮かべていた。
「ぅぅぅぁあ……ああ…あぁ…。あ」
「なぁ…?」
「…あ、あ、ひぐ、ぐ、お、
「奇遇なこった」
…………。
………………そうか……ねずみ、男。
それに、人、魚。
本当に奇遇ながら、よく似た在り方の二人だ。
「こんなオレと一緒にいる人間が、その男が、下らん…ありきたりな欲望を持ってるとでも言うカ?ん?」
「あ……ん…え」
「オレの存在を懸けても、俺のダチは、んな事しねぇヨ」
「……そこまで…?」
「これ以上なく、ダ。だから、さっさと鼻を拭いて、ダチの話を聴けヨ。坊主」
「…ずす……ぅん………はぃ……」
「宜しい。さて、水木。今度は任せるな?」
態とらしい言い方で俺に言葉をくれる。
「………すみません…先生」
「いいってことよ。大人気ないのが此処には二人いたってだけだ。ハハハハハハ!!むしろ、安心したゼ!!
「……いつまで経ってもかなわんなぁ……
俺が死ぬまでだろう。
一度、車から降りてトランクを開く。
後部座席の少年の隣に戻り…そんなつもりは無かったが…何であれ怖がらせてしまった少年にハンカチと冷たい麦茶の入った水筒を渡した。
「…ぁ…どうも…」
……………こんなに良い子の顔を、ぐずぐすにしてしまった自分の首を締め上げたい欲求を努めて抑えた。
「遠慮なく拭いて、飲んでくれ。それから、可能な限り話をしてくれないかい?」
「はい」
少年が一息ついている間、友人から返却された煙草を時間をかけて肺に吸い込んだ。
「……ありがとうございました」
丁寧に畳んだハンカチと蓋を閉めた水筒を、自分と俺の間の座席の上に置いて、少年は感謝を伝えた。
「いや、気にしないでくれ……すまなかった」
「いえ。いえ、ボクが誤解しただけなので、おにいさんは悪くないです」
少年の擁護が心臓を抉る。
「………おにいさんって歳でもないけどね」
おちゃらけた一言しか、絞り出せなかった。
「あ、そうなんですか…?お若いですね」
…………………この子も、俺の何十倍の歳なのだろうか…?
「…はは、嬉しいねぇ…」
「…はは、は」
「………」
「………」
「いや、気まずいワ。事情を聞けよ。んで、話せよ」
前から、思春期か!と、指摘が飛んでくる。
「ゔゔん……えぇと、まずはだね。君とお爺さんは何をしてたんだい?」
「あ、うんと、実はですね、ボクが悪戯をしてしまいまして」
「悪戯かい?」
悪戯をするような性格に見えないが。
「はい。母上の目を盗んで宙を飛ぶ舟に忍び込んだら飛翔してしまいまして」
「待って……待って?」
話も飛躍したぞ。
「母上と言うのは海の底の城のヒトでして。ボクも其処にいまして。そして、そのお城の港の舟が飛ぶモノでして。それに一度乗ってみたいなぁって。一度操ってみたいなぁって。そんな悪戯心をボクはずっと持っていたのです。今朝、とうとう行動を起こして乗ってみてしまいましたら、ボクの手にどうこう出来る代物ではなくて。大暴走。大脱走。海を泳ぎ回って空に飛び出して飛び回り最後に地に墜落しました。たんこぶが何個も出来ました。細腕だけで一生懸命に舟から這いずり出てみれば、目の前には、凹んだお兄さん達の車だけがありまして。物凄く困っていました。多分、生まれてから一番。そしたら、不意にお爺さんが森から来ましてボクに話しかけてきたのです。帰りたいかって。不意にでしたので、さっきみたいに命乞いも忘れて答えてしまったのです。帰りたいって。そしたら、お爺さんが、帰してやるって。そう言うや否や、ボクを抱えてお兄さん達の乗り物に乗っけて。その後にボクが乗って来た舟をあっという間に金槌で解体して部品にしまして。その部品をお兄さん達の車にくっつけてしまったんです。部品の何もかも。全部。そして、仕上げの段階でお兄さん達が来たんです。ボクは最初は何も言えずに作業を見てたんですけど。段々、この乗り物が誰かさんのモノでは?と気づきまして。途中からお爺さんに止めようっ言ったのですけれど。お爺さんは聞いてくれなくて。でも言い訳ですよね。本当にごめんなさい。お爺さんは何も悪くないのです。ボクが悪戯したのがダメなんです。本当、ごめんなさい」
……ほ、本当に可能な限りを全て話してくれたな…この子。
幾つか全く無視出来ない部分もあったが。
その中でも、一番聞き逃せなかったことがあった。
「…うーん…色々、補足してほしい所があるけれど……あの、人魚クン?」
「あ、はい。何でしょう、おにいさん?」
「あの、お爺さんは君の知り合いじゃあないのかい…?」
「知らない人です」
怖。えぇ…何だよ、あの爺は。
木陰で鼾をかいている老爺が、今、恐怖の対象になった。
「…………特級の不審変狂老人は置いといて…すると、君は海の底に帰りたいんだね?」
「出来れば……今すぐに、です」
「だろうねぇ」
先の態度を見れば、地上の印象は最低なのだろう。海のお城では。
………海の底の城かぁ。
頭に昔話が浮かんでくる状況だなぁ。
「聞いてたかい?ねずさん」
「聞かなきゃよかった」
ねずさんは疲れた顔を隠さずに、そう言った。
「……じゃあ、君も後ろのアレが何かは解らんのだね?」
「はい。全然。ごめんなさい、先生さん」
人魚クンは俺に答えてから、ねずさんに頭を下げた。
「…坊主が謝らなくていい。オレこそ怒鳴って悪かったナ…」
「あ、ごめんなさい…」
「……真面目なヤツだネ。人魚ってのは」
「ボクだけですよ。みーーーんな、唄って踊れば生きてられるって本気で信じているヒト達ばかりです」
苦労してるのかな……この子。
「あ、母上は別ですが」
「……そうかい」
しかし、ご母堂も今頃取り乱しているだろう。
「……はぁ……ねずさん……」
「………あーあー!オレァ、俺達、休暇に来たよなァ…!?」
「まだ午前中だ」
手の中の自動で調節される腕時計が教えてくれている。
「急げば、午後はゆっくり出来るよ。恐らく、は」
「……はいはい……ヨシ、二人がかりだな」
「ああ。二人がかりで、あのジジ…お爺さんにアレの使い方を問おうじゃあないか」
正直に白状してくれりゃあいいが。
人魚クンに水筒と弁当の一つを自由に飲食しなさい、と押し付ける様に渡してから、俺達はデカい鼾の老爺の傍へ。
「ぐぉおおおおお………ぐぐがぁああああああ」
何とも丈夫で豪快な老爺である。
俺達は充分に警戒しながら、不本意だが老爺を起こす事にした。
「オイ、ジジィ。起きろ。起きねぇと、彼処の人魚喰っちまうゾ」
おいおい。
立ったまま老爺を見下ろして、心にも無い台詞を吐くねずさん。
「ふごぉ!!なんだとぉ!!?」
狸寝入りしてたのか疑う速度で身体を
片目が固く閉じたままなので、実際寝ていたのだろうが。
「嘘だ。オイ、ジジィ。オレの車のアレは何だ?」
「んがぁ!?何だ!誰だ?オマエ等!?」
「オマエに迷惑をかけられた男二人だ。んな事いいから答えろ」
「フン!!言った所でわかるかい!!」
「水木」
「おう」
俺は老爺にかけた袈裟固めを更に強める。
「イダダダダダダダ!!!!やめろ!!コンやろ!!このバカ共!!」
「あぁん?何言ってんのか分からなねぇなぁ?歳の所為か耳が遠くてなぁ」
実に
「イダダダダダダダダダダ!!!クソッタレ!!!年寄りを労われ!!クソガキがぁあああ!!!」
「オマエがクソガキだ。小僧」
その通り。
「何をぉ……イダダダ……オマエ、まさか妖か?!!通りでクセェ訳だ!!きな臭ぇ筈だぁあアアアア!!!」
「褒め言葉をありがとさん。ほれ、年寄りを労って質問に答えろ」
「……ちぃっ!!!!あんなボロい車じゃあ力がねぇんだ!!!だから、もっともっと押す力がねぇとよ!!!アレつけなきゃ!!届かねぇだろうが!!!畜生メ!!!イテェッて言ってんだろ!!止めろバケモノが!!!」
答えになってるのか、なってないのか…。
「……フン!…馬鹿に五月蝿えから緩めろ水木」
「はいよ」
ほんの少しだけ、緩める。
「ハァ!!!畜生!!!いってえなぁ!!」
「テメェ、自分でも理解不能なモノを人様の車につけやがって。オイ、ジジィ、何故だ?」
「あぁ!?」
「何故、そこまですんだ。初めて遭遇した亜人をただの
「………………」
老爺が黙った。
「オレにとっちゃ、どうでも良い事だ。だが、気になる。気になるだろうゼ。あの坊主には」
「…………………」
老爺は黙ったまま。
「……まぁ、白状なんてしねぇヨナァ。じゃあ、いいわ。勝手にしてな。ただし車は返してもらう。文句なんて言わせはしねぇぞ」
……その車で人魚クンを帰す事を決して伝えない、ねずさん。
「…んぎぎぎっ…!!」
老爺の口から割れんばかりの歯軋りが聞こえる。
「はっ、みっともなく態度に出すなよ。あの坊主を家に帰してぇんなら、御手手でも繋いで歩いて行きゃあいいじゃあねぇか」
「それで行けるかぁ!!!オメェは何にも分かっちゃいねぇ!!!あの子の家が其処いらにある訳ねぇだろ!!!」
「
「あぁ!!?」
「テメェ、さっきも言ってたよなぁ?力が無くては届かねえって。おかしかねぇか?薮から出て来た爺が、未確認物体と俺達の車、そしてあの坊主を一目見て、躊躇なく物体の方を解体した後に車を改造するなんてよ。仮に、オメェに良心があって本気で坊主を帰したいと思うならば。やってる事がイカれてるゼ。まず、坊主に何処から来たのかを問う必要がある筈だ」
……確かに人魚クンは、そんな問答をしたとは一言も言っていなかった。
「百歩譲って、『人魚』の存在をテメェが知ってたんなら……坊主が言ってた通りに海に送れば良いだけだろ。乗り物なんて使う必要はネェ」
「……」
また、老爺は黙る。
「オメェは知ってんだ。坊主の家を。何処にあるかまで。そして、入った事もあるんじゃあねぇのか。海の底の城にヨ!じゃあ、未確認物体もオメェにとっちゃ未確認じゃあなかったんだ。それなら、解体も改造も出来るわなぁ!」
老爺は何も言わなかったが、老爺の起こした行動が符合した事実を裏打ちしていた。
「なんとか、言ってみろ。不可思議にどっぷり
「『浦島』ヨォ!!」
………どうやら、俺が拘束している人物は、かつての主人公である様だった。