墓場より   作:ひノし

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第四十二話

「……その名で呼ばれるのは、本当…に…本当に、永らく久しいな」

心底、驚いたことに老爺…『浦島』は先とはまるで別人の様に変貌し穏やかな受け答えをした。

憑き物でも落ちたように………いや、()か。

「しかし、()は何処で其の名を?いつか、()と遭った事がありや?」

古めかしさが残る言葉で問う、浦島。

「いんや、今が初対面ヨ」

ねずさんも、浦島と同じ様に言葉と態度を変えた。

「で、あれば尚のこと。何故、遥か前に捨てた名を知っているのだろう?」

「……お爺さん、貴方は今の世では有名な御仁なのですよ」

ねずさんに代わり、俺が理由を答えた。

「はて…それは面妖な。吾の様な唯の男が…」

「唯の男ではあったろうが、お前さんがしでかした…いや、成し遂げた事は破天荒だったんだよ」

正しく。御伽噺になる程には…。

「はぁ…誰ぞに伝えた覚えなんて無いのだが…汝も、吾を?」

浦島が首を動かして俺を見た。

日焼けした顔にある双眸には今は理性の光があった。

「…そうですね。子供の時から知ってます」

「なんと……なんとも、奇縁な」

俺達を見て、天を仰いで呟いた。

「自分も同じ思いですよ。お爺さん」

「……で、あろうなぁ」

 

「ほんで、浦島。今度の亀は俺の車だったのかい?」

「…………面目なし」

 

浦島の謝罪の言葉をもって、和解となった。

 

浦島を男二人の手で起こし身体の砂埃を払ってあげ、車に戻る事にする。

浦島の足取りは頼もしさを感じるほどには確かなものであった。

「それで?」

「それでとは?」

横並びで歩きながら、話し始める二人。

俺も横で話を聞く。

「だからよ、アレはどう使えばいいんだ?」

噴射口の事だろう。

「ああ、其の話。なにも特別な事はなし。汝の平時と変わらぬ運転にて、海に潜れば宜しい…筈」

マジかよ。

「筈ってなんだ!筈って」

「何分、古惚けた記憶を頼りに見様見真似で施した為に…やってみなくては、どうとも」

「オイオイオイオイ!発進即爆破なんて事になったら笑い話にも出来ねぇぞ!」

半笑いのねずさんは、大きな身振り手振りをしながら抗議した。

「発破はせん。これでも幾度も試しは作った」

「何?幾度も?」

「ああ。これでも粗削りで何百、何千、は造った。時間だけが吾には合った…しかし、この好機は今までになく。懐かしき竜宮の素材で造ったアレは吾の中では傑作と断言出来る仕上がり。故に、その様な笑い話にはなりはしない事を、吾は約束す」

「本当かァ?」「嘘は吐いてないぜ、ねずさん」

「いや、な、疑っているのとは違うんだがヨ」

「信じきれぬのであれば、吾と子だけで城に赴く。その後に必ずや車は返却いたす。必要とあれば即刻、吾は戻ってくる」

「即刻をお前さんが言うかネ。それが出来なかったから、『浦島』なんだろうがよ」

手痛い一言である。

それを喰らった当人は半目になって、ねずさんに言い返す。

「汝ぁ……吾の名を侮蔑の言葉として使っていないか?」

「自分の胸に手を当てて考えてみろ」

「三年丸ごと、は考えた。どうしようもない阿呆と言う結論ではある」

「………何に時間使ってんだよ、オメェ…」

「反省は人間の特権だ。妖」

「楽してヒトを呼ぶナ。俺の名は『ねずみ男』ってんだよ」

「では、『ねずみ男』。どうするのか?」

「七どころか、八面倒臭いが、オレが運転する。オレの車だしな」

「忝い」

 

結論は出た。あとは、行動あるのみ。

 

「ところで…話は変わるのですが、先とは別人ですね。浦島さん…勿論、嫌味ではありませんよ」

「う、うん、まぁ。あの様な分からず屋になりきれば、邪な輩には都合が良い。まさか、釣り上げられた魚の様に投げ飛ばされるとは思わなかった」

「その件は…申し訳ありません」

「否、新鮮であった」

「…あ…そうですか…………うん…?輩なんて来るのですか?」

「時折、時々。銭、誉、力、目当ての輩が森の珍妙な生物を狙ってしまう。(なんじ)も、そうかと思い込んでしまったのは吾の不徳の致すところ。ねずみ男が名を呼びつけてくれたので、目も醒めた」

「ハハハ……そんな考え無しが来るのですねぇ」

「然り。そんな輩は、只管怒鳴って拳骨をくれて追い出していた」

怒鳴る浦島を思い浮かべたら、ある疑問も浮かんだ。

 

「…あの……亀の時も、そうだったのですか?」

「………あの亀の時も、そうだったのですよ」

 

聞いてた御話は、優しい味付けになっていた事を知った。

 

 

「もごふご!!おごごいああい!!」

おにぎりを口に詰め込んだままで、恐らくは、おかえりなさいを言ってくれる人魚クン。

「やはり人魚は陽気だ」

浦島が何度も頷いて、自らだけで得心している。

「お話出来たのですね。お爺さん」

………意思疎通が可能な人間だったのですね、と言う意味合いだろうな。

「………うむ……」

人魚クンの言わんとする事が理解出来た浦島は、瞑目して返事をした。

「ハハハ!!言われたナ!!」

笑って浦島の肩を叩く、ねずさん。

「……こうも素直な言葉には、くるものがある」

されるがままで肩を落とす、浦島。

「?良かったのではないのですか?」

人魚クンは頬と額に米粒を付けながら、首を傾げていた。

「ハハハ!!ヨォ坊主!色々相談したんだがヨ。お前さんは俺達が送り届けてやるぜ」

「なんと!」

俺に顔中の米粒を取られながらも、嬉しそうな声を上げる。

「本当に宜しいのでしょうか!」

言葉とは裏腹に声色と表情は既に感謝を表している。

「届けられる気満々で聞くなヨ」

「あ、え、えへへ、ぬへへ」

色白の顔を仄かに紅くして、はにかむ人魚クン。

「…………良かったな……」

浦島が、優しく伝える。

「はい!なんであれ、お爺さんもありがとうございます!」

「なんであれ、は付けなくていいのでは?人魚クン」

「そうですかね!」

と、言う言葉を俺にではなく浦島に向かって発した。

どうして、その言葉をかけるんだ?人魚クン?

「………違いはない………」

浦島は、そう言うしかない。

「ですよね!」

「も、もう、ね?ほら、おにぎりがまだあるから…お食べ」

見てられないので。

気に入ってくれたであろう塩むすびを、人魚クンの横にある弁当から摘んで口に運んだ。

「いただきまぐもぐ」

手も出さずに、口だけ動かしておにぎりを食べる人魚クン。

これでは餌付けである。

…鯉じゃあないのだから。

「真面目も過ぎりゃあ、鋭利だな」

「………うむ……」

 

お弁当もすっかり食べ終わり、元気一杯の人魚クンのいる後部座席の隣に座る。

ねずさんは無論運転席へ。

そして、浦島は助手席に。

 

「案内は頼むぜ」

慣れた手付きでエンジンをかけ、暖めるねずさん。

「万事、任せろ」

「さぁ、人魚クン。しっかり座って…座れるかい?」

どうにも…座席の素材の人工皮と人魚クンの半身の鱗の相性が悪い様で、何もしなくとも、するする、と滑ってしまっている。

「はい!」

返事は良いのだが、細い腕をつかって幾度も体勢を立て直していた。

「……浦島さん、城には此処からどの様な進路で行くのでしょうか?」

「其処の崖から海へ。真っ直ぐに飛び込めば目と鼻の先に」

さも当然、とばかりに答える。

「…そうですか。人魚クン、俺の脚の上に座ろうか」

「え?」

「危ないからね」

「危ないのですか!では仕方ありませんね。よいしょ」

微塵の躊躇もなく魚が水面から飛び跳ねる様に、人魚クンは俺の脚に跳び乗った。

一瞬身構えたが、目測以上に軽かったのでなんの痛みも衝撃も無かった。

「……聞き分けが良くて助かるよ」

「ありがとうございます!」

屈託のない笑顔で応える人魚クンの表情は実に晴れやかものだ。

 

「よぉ、浦島。こっから海に突っ込むのは最短距離って事で納得するけどよぉ……潜れんのか?」

最後の最後に安全確認を重ねる、慎重なねずさん。

「想定通りならば着水直前にアレから泡も出る」

答える浦島は、それ以外にも出る様な言い方をした。

しかし、泡とは…また。

「泡…ねぇ。車をサッパリ包んでくれるってか?」

「応ともよ。よく分かったな」

「………メルヘンチックなこった」

パチクリ、と瞬いてから英語を使った感想を一言呟いて、ねずさんはハンドルを握り直した。

………そんなめるへんちっくな事柄ならば、鬼太郎にも見せてあげたかった……いや、駄目だな。こんな危ない事を体験させてたまるか。

喜ぶ顔は目に浮かぶが。

「よっしゃ。サァサァ発進するぜ。ちゃあんと掴まっていろヨォ!」

「うむ」浦島は頷く。

「はい!」人魚クンは手を挙げて快活に返事をする。

「ああ、いつでもいいぜ。ねずさん」

 

「応!!」

気合いの入った返事をして、ねずさんはアクセルを全力で踏み込んだ。

うおおぉぉぉぉぉんんん、と車体を震わせてエンジンが叫んだ。

 

その時だった。

 

ブォワアワン!!!!

 

車両の後部、噴射口から間抜けな破裂音が聞こえた。

 

ゴォオオオオオオオオオオオオ!!!!

 

と、同時に聞いた事もない轟音が車を更に揺らす。

 

すげぇ音だ。

 

堪らず振り返る。

 

「うおおっ!!?」

冗談みたいに真っ赤な火炎が噴射口から猛然と発射されていた。

 

鮮烈な赤色の火炎は、ごぉごぉごぉ、と鳴いては、爆発的な勢いで車を推進させている。

車は倍々で加速する。崖に向かって。海に向かって。

「こいつぁ、スゲぇな!!!フハハハハハハハ!!!!」

縦に横に逃げようとするばかりに振動するハンドルを押さえつけながら力任せに操縦するねずさんは熱の入った笑い声を高らかに上げた。

「ねずみ男!!右に五度回せ!!」

浦島は鋭く的確な指示を飛ばす。

「こうか!!」

「上手いぞ!このままだ!このまま行」

けば、竜宮城。

 

それを言いたかったのだろうが。

 

興奮する浦島が言葉を言い終える前に、車に、また一つの変化が起きた。

 

炎上したのである。

座席以外の全ての箇所が。

 

白い肌に当たらぬ様に俺は人魚クンを庇った。

 

「ドぉうわちちちちち?!!!オイ!!浦島!!『火車』じゃあねぇんだぞ!!いくらなんでも燃えすぎちゃあいねぇか!!?」

車両から出る火炎は勢いは殺さずに、嫌に目に染みる黒煙に変化しつつあった。

「いや!ややや!!?…何故だ!!そんな!こんな事!!絶対に起こらぬ様に調整した!!!う!?…すんすん……ぅうぅんんん!?ねずみ男!!!こ、この車の燃料は一体何だぁ!!?!!!」

鼻と口を押さえた浦島が悲痛に叫び、問う。

「あーーー!!!そ!そうか!!おめぇ!!この車を!油で動いていると勘違いしやがったな!!!?」

目が真っ赤になっているねずさんが怒鳴る。

「勘違い!?勘違いも糞もあるか!!?それ以外の何で動くと言うか!!?」

「浦島さん!!!酒だ!!酒で動いてんですよ!!コレは!!」「あついんですけれどぉ!!」

腕と胴体で囲っている人魚クンの混乱の声を掻き消すような大声で車を()()()()()()()()の正体を答えた。

「なぁんで!!!車が酒で動くんだぁあああああ!!!!」

 

こればかりは浦島を責めれまい。

 

もはや停止も脱出も不可能な速度の炎上した車は、全くの見当違いの方向へ暴走し、そのまま宙に舞った。

 

「「「ぐわああああああああああああああ!!!!?!!」」」

「きゃあああああああああ!!!?!!」

 

 

 

ゲゲ!

 

 

 

上空にて、育ての親とだらしのないオッサンが見知らぬ二人と車で()()()()()()姿を、鬼太郎は目撃しました。

「なぁにを、しているのかしらん。あのヒト達は」

こんな事ならば自分を連れて行ってほしかった、と鬼太郎は思いました。

「ぐるるるる!??ナ、エ???水木さんにねずみ男ぉ!?!」

不審者に警戒して牙を剥き出してきたシーサーは驚愕します。

「あらぁー」呼び子はいつも通りに口をポッカリ、と開けて見上げています。

「べべべべるるるるるんんん!???」垢舐めは舌を巻きました。

「ホウ。これが噂に聞く…地上の、花火というものか」

不審者は、見事、と感想を述べました。

「違いまスヨ!!!アァ!!ド!グガァ!!其処から動クナ!!貴様!私ノ友人達ニ指一本デモ触レテミロ!腑モ骨モ海ニ撒キ散ラシテヤル!!!」

文字通りに、血を湧かせ、肉を踊らせながら、巨躯に変化したシーサーは不審者に厳重な警告をします。

「おぉ、おぉ。恐ろしい事を言いなさる。しかし、理解した」

自らの()を撫で付けながら、不審者は頷きました。

「グォオオオオオ!!!」

シーサーはその返事を聞き届けるや否や飛び出し、友人達から離れた位置にて、丸太の様な四肢を地面に叩きつけて跳躍しました。その余波で白い砂浜に窪地が出来るほどの力で。

 

「グォオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

あっと言う間にシーサーは炎上飛翔物体に追いつきました、

「「!!シーーーサーーーーー!!!!!」」

水木とねずみ男は数時間振り二度目の獅子の真体の姿に歓喜の声を上げます。

「ぬわぁああああああ!!?」

老人は初めてミる獣に恐慌しました。

「ぎゃあああああああああああぁぁぁぁ………」

少年は初めてミる獣に驚き、意識を投げ捨ててしまいました。

 

一秒と少し。

 

疲れ果て壊れかけの体に鞭打った水木とねずみ男はそれぞれ、固まっている老人に全身の力が抜けて人形の様な有様の少年を担いで、シーサーの背中に飛び移りました。上手なものです。

 

二秒と半。

 

背中に四人を乗せたシーサーは宙を蹴り、身を翻して炎上飛翔物体から離れます。

 

三秒。

 

物体が最早我慢出来ず、大爆発しました。

「グォオオオオオオオオオオオ!!!?!!」

「「「どわあああああああ!!!!!」」」

 

五秒。

 

大爆発で発生した衝撃波でシーサーは体勢を崩して自由落下してしまっています。

 

ですので。

 

「ゲゲ。ゲゲゲゲ」

鬼太郎。出番ですよ。

「しょうち。船虫さん」

 

鬼太郎が身体に釣り合わぬ怪力をもって、ちゃんちゃんこを投擲しました。

これで一安心です。

 

 

 

ゲゲ。ゲ。

それから、それから。

 

 

 

足元でフナムシが鳴いている……鳴いている?

……………ま、いいや……。

「………………駄目だったナ」

ねずさんが、ぽつり、と呟いた。

「………………ああ」

呆然と立ち尽くし、焦げ臭い砂浜で海を眺めながら煙草を吹かしている俺達。

「ねずさん……頭の所が燃えてるぜ」

「おっと…」

纏っている布切れを叩いて、消火した。

「………ボロボロになっちまったなぁ」

年季の入りすぎた薄い灰色の布切れは、今や半分が黒焦げ、もう半分は焼失していた。

かく言う俺の衣服も似たようなものだ。

「あぁ……一張羅だったんだが……ま、唯の布だ。どっかに落ちてんだろ…」

(うち)にある服、なんでも持っていってくれよ」

そのくらい安いものだ。なんなら父親の着物を譲ったって良い。

「そうか?悪いナ……贅沢言うが…一枚物の麻が好みなんだ」

「……贅沢か?それ」

「……そうだな」

「そうさ……」

「…………………元気だな、彼奴等」

ねずさんの視線の先には、浅瀬で鬼ごっこをしている子供達の姿がある。

鬼太郎、呼び子、垢舐め…それに人魚クンだ。

人魚クンは海の間近に着いただけで大いに喜んでいた。

ここまで来れば泳いで直ぐに帰れます!!つまり、帰ったも同然ですよ!!と言って遊びに交ざっていた。それで良いのか人魚クン。

いやまぁ、様々な事情があって改造車の移動になっただけだったが。

人魚クンの細腕と下半身を考えれば、此処まで来れるだけ御の字か。

………………それに…………帰った後の大目玉が怖いのも少なからずは……。

 

「フゥーー……さて、と。行くか…水木ちゃん。何故かまだ解決しねぇといけねぇ事があるからヨ」

「……敵意は無いようだけどな」

 

椰子の木の下で休んでいるヒト達の元へ向かう。

 

木陰には、精も根も尽き果て煤で真っ白な浦島。それに小さな姿に戻ったシーサーが眠っていた。

その二人の傍で、椰子の木の葉を扇代わりにして緩く煽っているモノがいる。

いつの間にか、いたらしい…何者か。

………………どんなミ方をしたって妖怪だ。

 

鳥、魚。魚、鳥?

 

魚の身体に水鳥の頭を乗せた珍獣。

一言で言えば、それだった。

 

水鳥の頭には澄み切った海と同じ色をした髪の毛が伸びていた。

背丈と同じ長さで、持ち主が右へ左へ動けば、さらり、さらり、と揺れる。妙齢の女性が羨んでもおかしくない美麗な御髪である。

 

髪の下の貌、まず一番目を引くのは瞳だ。

生物特有の水分が含まれて光る濡れる眼球は、そこには無い。

眼球に代わって濡れているのは、石…野暮ったい言い方をすれば、宝石だ。例えば帝都の中心部で…成金の夫の三歩後ろにいる瀟洒な妻の首にある様な。類稀な逸品が、濡れながら陽の光を複雑に反射していた。

白い羽毛に埋め込まれている宝石の横にある鰭は負けず劣らずに輝きながら、呼吸する度に微動している。

光輝な髪と瞳に鰭とは打って変わり、黄色の嘴は何の変哲も無いものでむしろ目立っていた。

 

豪華な頭を乗せている身体は、赤、緑、青、に代わる代わるに鈍く光る鱗に覆われた魚の物だ。

身体の先端の鱗と同色の三枚の尾鰭は、器用に身体を支えて直立を叶えている。

 

はっきり言ってしまえば、珍しいなんてもんじゃない。

妖怪と言う呼ぶのも似合わず、どちらかと言えばいつの日かに出逢った『獏』。

()と同じく幻獣の方が、らしい呼び方であった。

 

……この幻獣を見れば……浦島が追っ払ったと言う邪な輩の欲望も、ほんの僅かに理解出来た。

 

不躾にミている俺を気にも留めずに。

今もただ、眠る二人を()()()()葉を持って仰いでいるだけだ。

親切だ。

 

「それにしても、まぁ、珍しい妖怪が出てきたモンだなぁ。百年振りか」

「…知っているのかい?ねずさん」

「ああ。江戸の頃に巷の話題になった妖怪だぜ。なんせ瓦板にも載ったからな」

瓦板…って新聞みたいな物じゃないか。

「そいつは驚きだ…」

 

「ワタシもな」

……件の妖怪が喋った。

……………てっきり人語は扱えないものかと。

 

「…これは失礼を…………お話出来たのですね」

「気になされるな」

「助かります……改めまして、私は水木と言うものです」

「ほぅ!なんとも丁寧な人間、丁寧な挨拶!()いぞ!」

件の方は、煌びやかな片目を瞬かせた。

随分と人間臭い仕草…だ。

「おっとっと…此方もお返しせねば、な」

 

「ワタシは『海彦(アマビコ)』。気軽に()()()()と呼んでくれな」

 

……うん??

「アマビコ、じゃあないのですか」

「渾名の方が可愛いだろう?ビエの方が」

「あ、そうですかねぇ?」

名は…大事ではないのだろうか…。

 

「なんでぇ、おメェさん『海彦(アマビコ)』って名前だったのか?」

「然り…手前(てまえ)さんは?」

「ねずみ男ってんだ」

「良い名だな。分かり易い」

「そう………だな。確かに」

片目を歪めた後に同意した、ねずさん。

「……んで、アマビエよぉ。今回は何が起きるんだ?」

「察しが良いな。流石に鼠、と名にあるだけあって迫る危機には敏感か」

「…違わねぇが…アマビエってのは、そういう在り方だろうがよ」

危機……とは。それに在り方、と言ったな。

背筋が、す、と冷えて、嫌な予感がした。

「水木坊や」

「…はい」

「絵は得意かな?」

「……はい?」

 

 

どんな巡り合わせか。

俺は砂浜で妖怪画に挑戦する運びになった。

 

 

………筆と墨と紙は、段取りの良いアマビエさんから戴いた。

 

直ぐに、二枚、紙を無駄にした。

 

ド素人絵描きと煌びやかな被写体の方、それに眠る二人を他所にして、ねずさんは火を起こして、子供達と一緒にじっくり焼いた海の幸を堪能していた。

香ばしい匂いが空腹を攻めてくれる。

 

空と海が等しく紅く染まった頃に、俺は『海彦』の絵を描き終えたのだった。

 

「上等、上等。前任者よりも上手い。ご苦労様よ、水木坊や」

「…………どの辺りが上等でしょうか」

落書きの中で、アマビエさん本人と似ても似つかない歪んだバケモノが棒立ちしている。

「誠心誠意描いてくれたではないか。それが肝要よ。後は町の人間の目に届けば万事宜しい」

「……あぁ、と…」

そう言われても、困ってしまう。

こんな落書きを一体何処の誰が取り合ってくれるものか……。

「ぬらりひょんにでも頼めばいいだろ、水木ちゃん」

焼いた蛸の足を咥えた、ねずさんが名案と一緒に枝に刺さった焼いた……ナニかをくれた。

「うん。そうすれば良いか。ありがとう、ねずさん」

美味そうな匂いのナニかを受け取りながら、謝意を告げる。

「なにぃ?ぬらりひょん?……アレはまーーーだ人間にちょっかい出しているのか……飽きずによくやるよ本当に………物好きな奴!」

知古の間柄なのか……いや、何の不思議も無いか…あの御仁なら。

「アマビエさん…一つお聞きしたいのですが、この様な絵が何の役に立つのでしょうか?」

「気休めのお呪い」

アマビエさんは即答する。

「気休めとは、随分な謙遜だな」

アマビエの在り方を把握しているねずさんが、そう返した。

「気を休ませるだけよ。それだけ。後は見た人間の努力次第、それ以上はやらぁん」

アマビエさんは半分、真剣に。半分、巫山戯た。

「へっ、そう言うかい。水木ィ、どうにも言う気がネェ様だから教えるけどよ。この珍妙な奴の在り方は…」「失礼だな」

「疫病封じだぜ」

…凄すぎねぇか。

「だろ?……胸を張って言えよ。前任者って奴にだって伝えたんじゃねぇのか?()()()()()()

「疫病封じなんて喧伝させてない。ワタシが伝えたのは、疫病が起こる事とワタシの絵を掲げろ、だけだ!」

「それを言われて、絵に()()がある事を察せない馬鹿はいねぇだろ」

「まさか!人間の子がぁ…?」

「赤ん坊とでも思ってんのか」

「…?百年も生きられないと聞いているぞ」

……本当にこういう方達の物差しは長大だ。

「世間知らずだナ。やれやれ」

ねずさんは焚き火の方へ、戻っていった。

「ハハ…ハ………アマビエさん…つまるところ、近々疫病が流行る。そして、この絵を人間に見せれば…ある程度は抑えられると、そう言う事ですね?」

「然り」

「それが貴方の在り方」

「然り」

「対価は必要ですか?」

「いらん。これにて責務は終わり。何遍も言うが、後は坊や達の努力次第。精々、命を落とさぬ様にな」

 

「…分かりました……御厚意に感謝します」

 

「いやいや、感謝も不要。それに厚意ではないよ。()()()()は皆を唯、愛しているからやっているんだ」

「え…?」

 

愛している……なんて、人の口から初めて聞いた事と、その台詞をアマビエさんが発した事に、俺は虚を突かれた。

 

「ワタシは使い。竜宮の使い。ワタシ達は、陸のモノ達が何をしでかそうとも臆さずに愛するとも」

耀く髪は、きらきら光る。俺の目には眩しい程に。

「何処までいっても皆々は海の子だから、さ」

 

…………なんと、なんとも。

 

「とても妖怪とは、呼べないですね」

これ程までに、ハッキリされては。

「ハハハハハ!!!珍妙とでも呼ぶかね?ハハハハハ!!!」

「まさか……フッ、ハハハハハ!!」

アマビエさんの在り方は、その姿以上に高貴なものであった。

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