墓場より   作:ひノし

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第四十二話 閑話

日も暮れた砂浜には、踊る火だけが光を放っている。

 

焚き火の周りで皆、思い思いに過ごしていた。

 

「はふほふ、もくもく」

「もぐもぐ、ふがふが」

食いしん坊な鬼太郎と午睡から覚めたシーサーが、焼いた貝を夢中になって食べている。

「オメェら、もちっと味わって食え!!もったいねえだろうが!!」

火で焼けた服だった布切れを鉢巻き代わりにした日に焼けたねずさんは、せっせと貝を焚き火に投げ入れては、返す手で十二分に焼けた貝を掴み、一つだけ、ぷるり、とした貝の中身を啜ってから、早く早くと急かす二人の前にも熱々の貝を差し出していた。

口調は荒いが………口調が荒いだけの面倒見の良い人である。

三つ四つと頂いて直ぐに満腹になってしまったが、やはり採れたて新鮮そのものの海の幸は良い塩梅の塩加減で実に旨い。腹一杯の今でさえ、焼けた匂いだけで涎が垂れそうになる程だ。

 

その横では。

 

「べるる」

垢舐めが焚き火へ向けていた、枝に刺した果実を呼び子に渡した。

「あんがと、垢舐めぇ。ほぅら、たまちゃん!食べよ食べよ」

玉ちゃん…人魚クンの名前だ。

『人魚』は海の底には大勢いるらしく、人間と同じく個人個人の名がある事を『玉匣(たまくしげ)』と言う人魚クンの名前と一緒に教えてもらった。

それ故、子供達は人魚クンを()()()()()と呼んでいた。

「わぁあ!あまーい!!もうあまいよぉ!香だけで!」

たまちゃんを感動させる果実とは、バナナである。

焼かれて真っ黒になったバナナは芳醇な甘い香りを漂わせていた。

炭化手前の皮をめくってみれば、バターの様に溶けた果肉が、ほらお食べと言わんばかりにプルプル揺れていた。

「ろん」

「ん、ワタシにも?これは忝い…垢舐め坊も食べなくてはいけないよ!」

「るん」

「玉坊も、よくよく息を吹いてから、お食べ。猫舌なのだから」

「分かってますよー!あちち!」

 

二人の話から察してはいたが、たまちゃんとアマビエさんは同郷の仲であった。

 

アマビエさんは舟泥棒の迷子の人魚を探す、そのついでに在り方を通しに来訪したのだった。

しかし、アマビエさんの心配を裏切って陸に上がったら直様、二つの使命は解決してしまった。

 

絵も描いて…玉坊も保護して…どれだけワタシを喜ばせてくれんだい?、とアマビエさんは髪の毛で俺の頭を撫でくりまわして、そう言っていた。

この歳で頭を撫でられるのは、中々に気恥ずかしかった。

 

だがまぁ、嫌でも目立ち過ぎるアマビエさんのたまちゃん捜索を、この地上を歩き回る前に終わらせる事が出来たのは、幸運だった。

万が一、どちらか一方でも人間の街に足を踏み込んでしまった日には、大きな騒動だけでは済まなかっただろう。

ねずさんが言った通り、何もかも暴かずにはいられないのが…人間の悪い癖…その為だけに、何をするのか分かったものではない。

 

「大丈夫ぅ?」

「言わんこっちゃない」

「るんるふ」

垢舐めが、すかさず椰子の実をたまちゃんに手渡した。

「あいはと。ふぅふぅ」

 

微笑ましい光景だ。

何はともあれ、この場に辿り着けたのだから……良い一日だった、と言えるだろう。

「めでたし、めでたし……かな」

焦げた頭髪を撫でながら、独り言を溢した。

「ふがっ…」

傍で浦島爺さんが鼾をかいていた。

 

 

街のスモッグで霞んだ夜の空とはまるで違い、静かな砂浜の上では満天の星空が、ありのままの姿を晒していた。

月にも劣らない星々が疎に点滅していて、宙の中で遊んでいる様にも見えた。

 

いよいよ深い時間になってしまったので、アマビエさんとたまちゃんは海の城へ帰る事になった。

 

「いや、はや、すっかり世話になってしまったねぇ。何の礼も尽くせぬ事、お詫びしたい気分」

「とんでもない事です」

「…絵の事を言っているならば、それは違うよ、水木坊や。呼吸をしていて、礼を言われても困るだろう?」

「呼吸で誰かは救えませんよ。アマビエさん」

「フフフ!……そうとも限らんさ。しかし、勿体ないから、その気持ちは貰っておくよ。貰って後生大事にするよ」

「是非、そうなさって下さい」

「ハハハ!!好いねぇ!……いや、本当にいいな。()、呼ぼうかな」

「オイ!」

ねずさんが吠えた。

「冗談だよぉ…」

アマビエさんは分かりやすく、しょげた。

 

「気をつけてね、たまちゃん」

「うんうん。また迷子になった大変だからねぇ」

「べるべる」

「無茶は駄目ですよ。親御さんが悲しみます」

「お別れの時に言う事?!それぇ!?」

「けけけ…また、いつか、ね!」

「う、うん……ま、また会えるかな?」

「心配は無用ですよ。僕達は長生きですから」

「十年、百年なんて、あっという間だよ!たまちゃん!」

「……確かにぃ!!また!また!会おうね!皆んな!」

「べる」

 

「……さぁさぁ、いい加減、帰らないと姫様に何を言われるか…玉坊や!帰るとしよう!」

「はい!あ、ちょっと待ってて!!」

たまちゃんは砂浜を転がって浦島の元へ行った。

「おぉ爺さぁん!!!」

……そして、未だ眠る老爺の耳に絶叫した。

「ぬぐわぁああああ!!!?」

たまらず、浦島が起き上がった。

「うわ!…びっくりしたぁ!!」

驚いていいのは、浦島だけだよ…。

「何ぞ!?」

「おはようございます!お爺さん!では、さようなら!」

「?!な、は、ほ?……あぁ…帰るのか?」

耳を押さえながら、しゃがれた声を絞り出した浦島。

「いろいろ、ありがとうございました!」

「…吾は何もしとらん…」

「そうですね!でも、助けようとしてくれました!だから、ありがとう。浦島さん」

「……ぅん…気をつけて帰れよ……人魚の子…」

「?あ、ボク、名乗ってなかったですね。『玉匣』。それが僕の名前。母様から戴いた名です!覚えておいて下さいね!」

「………待て…………………た、たまくしげ……と、言うか?」

「ええ!」

「………そうか……そう…か……」

「……泣いてるの…お爺さん?」

「………すまん、な……すまなかった」

「…え、いや!大丈夫ですよ!だから、泣かないで」

玉匣は浦島の白髪を、何度も撫でた。

 

「…………え、まぁさぁかぁ……あの坊や、浦島ぁ?」

アマビエさんは嘴を限界まで開いていた。

 

 

それから。

 

 

「じゃあ!お達者で!!」

「風邪引くなよぉ」

二人は海の底に帰っていった。

 

 

見送りを終えた子供達は、葉っぱや藁草を使って寝床を作る作業を始めていた。

…逞しいものである。

 

 

そして、一人で。

浦島は真っ黒な海を見つめていた。

胡座をかいて、ただ黙って。

 

 

「よかったのか?」

その背中に、ねずさんが声をかける。

「…………」

浦島は頷く。

「……亀、呼んでもらえば良かったんじゃねぇのか?なぁんで、断ったんだヨ」

野暮な事を敢えて言う、ねずさん。

 

「…………ずっと……ずっと…解こう、としていた」

 

「……ウン?」

 

「何百年も前から、ずっと。帰ってきた時から。帰ってきてしまった時から。ずっと。何故、吾は…竜宮に再び戻れると信じていたのか?何故、吾は…彼等が…彼女が寂しそうな顔をしている事に気づかなかったのか?何故、己の郷愁に抗えなかったのか?そんな事ばかり、考えていた。だが、だが、それよりも。なによりも。解らなかった事は。

 

何故、()()は空の箱を渡したのか?

 

この砂の上で、()()()()()()()()()()()()姿()よりも不可思議な。しかし、意味では無かった。不思議は無かった。あの箱は答えだった。彼女の精一杯の想い。縛りを掻い潜り、場も時間をも超えた、彼女の言の葉。彼女は応えていた。最初から。それに応えなかったのは……吾。その吾が、やるべき事は。亀を呼びつける事ではない。()()を守る事だ。何百年経ようとも、何千年経ようとも、守らねばならん。それが、吾のやるべき事だ………そうだろう?」

 

「………そうだな」

 

俺達は振り返り、浦島太郎から離れた。

 

何の約束か、なんて、分かり切っていた。

 

 

 

翌朝。

 

 

 

砂浜に浦島の姿は無かった。

 

「………」

「ふぁぁああーあー!!アチィな畜生め!」

「おはよう」

「ああ、おはようさん」

「……大丈夫だろうか?浦島さん」

「自棄はしねぇだろ。また何処かで金槌振り回しているだろうよ」

「……そう、だよな」

「そうさ。ほら、水木ちゃん。五月蝿い奴等が起きる前に朝飯の材料をとらにゃあ、仕方ねぇぞ!」

「お、うっかりしてた……さて、今日はどっちが多く釣れるかな!」

「へへへへ!!年季の違いを見せてやるよ!坊主!」

 

腕時計を変化させた釣竿を担いだ俺と、そこら辺の枝で自作した釣竿を担いだねずさんが、揃って立ち上がった。

「…ぅん?」

立ち上がったと同時に、自然には合わない駆動音が聞こえた。

 

プップーー!!

 

砂浜の奥の森から車両が飛び出してきた。

見慣れた酔っ払い車を運転しているのは、見慣れた()()であった。

 

「生きぃてたのかァーーーーーーーーー?!!!?!お前ぇぇーーーー!!!!」

どっちに言った??ねずさん?




ご拝読ありがとうございました。
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