墓場より   作:ひノし

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第四十四話

 

 

 

 

禁止 禁止 禁止 禁止 禁止 禁止 禁止

 

 

 

 

頭の中の 脳髄の奥の 肉塊を構成する原子 

その電気信号が

惨烈に爆ぜて這いずり回る 眼球の裏を 

 

 

マタ…マタ…マダ…マタ

 

 

体験しえない前回の死がオレの瞼の裏で鮮明に繊細に描写するではナいか

 

 

ドろ リ と

 

 

あぁ アァ 痛かったのかなぁ

熱かったのかなぁ

 

寂しかったのかなぁ おレは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『水神』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

顳顬(こめかみ)を殴りつけて、朦朧とし始めていた意識を無理矢理再起動した。

 

ならば、此処は、此の場所は。

示されたものが真実であれば。

記されたものが真実であれば。

俺の頭が、まだ、狂ったみたいに正常ならば。

 

で、あれば。神域なのだろう。此処は。

 

「八さん……長老…って…『()()』なの…です…か?」

()()()()()()

その答えに目眩がする。

「……会える…いや、会っていいものでは、ないでしょう?」

あえるものか。

 

あいたくない。金輪際。

遭った事などある筈も無いが。

此の場所にいるだけで、足が竦んでいた。

恐怖でもあり。畏怖でも、あり。

…魂が忌避してしまっている。

会ってしまえば、何かが。

俺の何かが、決定的に…なる。

幸か不幸かはどうだっていい。

俺はまだ…。

 

「…水木、先に戻っとれ。挨拶は儂等だけで良いじゃろ」

鬼太郎の頭で直立している目玉の親父が、静かに告げてくる。

「うぅん?目玉さん、長老は何もしませんですよぉ?」

まるで良い人かの様に、八さんは『長老』をそう形容する。

神様とやらを。

「で、あろうなぁ。だから…とて、簡単に巡り会うてはならんのよ。八殿。往々にして『神()』なんて呼ばれるモノは()()()()()()()。その様なモノの…前に、眼前に。何かを成す為に足掻き続ける者。人間を。おいそれとお出し出来るかいね。いや…うん。止めた方が身の為なのだ」

「…いや、ま、待てよ…人間と言うならば!」

堪らず、叫んでしまう。

俺よりも余程、貴方達の方が。余程。

「ふむ………答えるべき、か?水木さん」

鬼太郎の父親の目玉は曇りなく此方を見返して、そう宣った。

 

………そんな目を……そんな目で……………あぁ……………あぁ!どうして…どこまで………クソが…………悲しすぎて…苛ついてくる…………だが、だがな………。

見くびるなよ。爺ィ。

 

「ああ、答えろ」

言の葉はいとも容易く、舌から零れ落ちた。

「はっ……は、はは」

目玉であるだけの男は、何処か嬉しそうに表情を綻ばせた。

 

「ハハハハハハ!!!そうか!それでこそ!それでこそ貴方だ!!そうじゃな!儂等も!!倅は正しく!!儂も人間の眼球だとも!人間の端くれだとも!!しかし!」

何がしかしだ。

「しかしながら、私達に…お天道様は果てしなく、遠い。故に日差しに眩むこともなし。心配は無用だよ。我が友よ」

……今の俺には尊ぶべき友人の高尚さも、耳障りだった。

「言ってろ。ダチならよ…何度、墓穴に塞ぎ込もうと引き摺り出してやるからな。そんで文句言う奴等は片っ端からぶち転がしてやる」

「ケケケ!豪快じゃのぅ…重ねて安心じゃのぅ………さぁ、早う行け。外で煙草でも胡瓜でも齧っとれ。なにも唯の挨拶じゃ。ほんの数分、良い子にしとれよ。水木」

殊更に穏やかな親父の声は、聞き分けのきかない童を宥める様な声色だった。

「……待ってるからな。親父」

頷き、目玉の親父は倅の眼孔に入り込んでいった。

そして。

「鬼太郎」

頼もしき男の子に呼びかける。

俺は膝を着き、よく目を合わせながら、抱えていた風呂敷を翻して中身をひっくり返した。

視界の端で、神聖な地に膨大な数の胡瓜にバケツと釣竿が転がった。

「はい」

貫かれると思える程、真っ直ぐに見つめてくれる子へと、先祖の秘宝、その二つ。霊毛ちゃんちゃんこ、妖怪オカリナを手渡す。

 

「──頼むぞ」

 

「はい──言われずとも、だけどね」

 

中年の無骨な一言に、少年は悪戯でありながらも、快活な笑顔を見せてくれる。

「流石だよ」

「……むぅ……偶には褒めずに叱ってくれた方が楽だよ…」

「じゃあ、楽な道には行かせられないな」

「意地悪だねぇ…ケケケ」

 

実際、その通りだ。

テメェの我儘で来た道を引き返すのだから。

テメェだけ、楽な道を。

友人達を『神様』が()わす場に置き去りにして。

 

それでも俺は。

此の先に進めやしない。

此処には居られない。

 

俺は未だ何処にも辿り着けていない。

 

立ち上がり、重く案内人に頭を下げる。

「では、八さん。申し訳ありませんが…二人を宜しく頼みます」

「構いませんですよぉ」

人の良い笑顔で頼みを聞いてくれた。

「胡瓜はどうしよう?」

ちゃんちゃんを身に纏いながら鬼太郎が、地面に積まれた胡瓜について問うた。

「このままで。どうせお供えするモンでしたから」

「そう」

軽く返事をし、気合いを入れる様に兜の緒の様に赤いリボンを固く絞めた。

「…それでは、八殿。行きましょう」

「えぇ、ええ、付いてきておくんなせぇ…」

鳥居を潜り、親子と八さんは更に神域の奥に進んでいった。

 

 

「………すまん…」

姿が見えなくなるまでは見送り、俺は踵を返した。

 

 

 

 

 

ゲ、ゲゲ。ゲゲゲ!

 

 

 

 

 

尻に鉛でも詰められたかと思う程に、足取りは重かった。

 

 

 

 

 

髪が岩に縫い付けられかと思う程に、足元が覚束なかった。

 

 

 

 

 

それでも、一度も振り返らずに神域を後に……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「滴ル水滴ノ声に追われ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来い

 

 

 

 

 

来い来い

 

 

 

来い来い来い来い来い

 

 

 

来い

 

 

 

来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い来い

前頭葉ニ残ッタ羊水ガ自ラノ生存スベキトス、ハリボテノ建前ニ喰ライ付イテ。

濁ッテ溶ケタ血液ヲ鼻腔ヘト垂レ流シテ、恥知ラズノ厚顔ヲ紅ク染メル。今更、気ヅイタ様ニ。

前頭葉ニ残ッタ羊水ガ自ラノ生存スベキトス、ハリボテノ建前ニ喰ライ付イテ。濁ッテ溶ケタ血液ヲ鼻腔ヘト垂レ流シテ、恥知ラズノ厚顔ヲ紅ク染メル。今更、気ヅイタ様ニ。

前頭葉ニ残ッタ羊水ガ自ラノ生存スベキトス、ハリボテノ建前ニ喰ライ付イテ。濁ッテ溶ケタ血液ヲ鼻腔ヘト垂レ流シテ、恥知ラズノ厚顔ヲ紅ク染メル。今更、気ヅイタ様ニ。前頭葉ニ残ッタ羊水ガ自ラノ生存スベキトス、ハリボテノ建前ニ喰ライ付イテ。濁ッテ溶ケタ血液ヲ鼻腔ヘト垂レ流シテ、恥知ラズノ厚顔ヲ紅ク染メル。今更、気ヅイタ様ニ。

前頭葉ニ残ッタ羊水ガ自ラノ生存スベキトス、ハリボテノ建前ニ喰ライ付イテ。濁ッテ溶ケタ血液ヲ鼻腔ヘト垂レ流シテ、恥知ラズノ厚顔ヲ紅ク染メル。今更、気ヅイタ様ニ。前頭葉ニ残ッタ羊水ガ自ラノ生存スベキトス、ハリボテノ建前ニ喰ライ付イテ。濁ッテ溶ケタ血液ヲ鼻腔ヘト垂レ流シテ、恥知ラズノ厚顔ヲ紅ク染メル。今更、気ヅイタ様ニ。前頭葉ニ残ッタ羊水ガ自ラノ生存スベキトス、ハリボテノ建前ニ喰ライ付イテ。濁ッテ溶ケタ血液ヲ鼻腔ヘト垂レ流シテ、恥知ラズノ厚顔ヲ紅ク染メル。今更、気ヅイタ様ニ。前頭葉ニ残ッタ羊水ガ自ラノ生存スベキトス、ハリボテノ建前ニ喰ライ付イテ。濁ッテ溶ケタ血液ヲ鼻腔ヘト垂レ流シテ、恥知ラズノ厚顔ヲ紅ク染メル。今更、気ヅイタ様ニ。前頭葉ニ残ッタ羊水ガ自ラノ生存スベキトス、ハリボテノ建前ニ喰ライ付イテ。濁ッテ溶ケタ血液ヲ鼻腔ヘト垂レ流シテ、恥知ラズノ厚顔ヲ紅ク染メル。今更、気ヅイタ様ニ。前頭葉ニ残ッタ羊水ガ自ラノ生存スベキトス、ハリボテノ建前ニ喰ライ付イテ。濁ッテ溶ケタ血液ヲ鼻腔ヘト垂レ流シテ、恥知ラズノ厚顔ヲ紅ク染メル。今更、気ヅイタ様ニ。前頭葉ニ残ッタ羊水ガ自ラノ生存スベキトス、ハリボテノ建前ニ喰ライ付イテ。濁ッテ溶ケタ血液ヲ鼻腔ヘト垂レ流シテ、恥知ラズノ厚顔ヲ紅ク染メル。今更、気ヅイタ様ニ。

 

 

 

 

 

 

ゲ?

 

 

 

 

 

ゲゲゲ?

ゲ。ゲェーーーーーーーーーーゲゲげ。

 

 

養父殿が()()の中腹において突然に立ち止まった。

それだけならばまだしも、何かを一言呟いたと思えば、頭部の穴という穴からから桃色の血液を噴き出しながら外へと身体を向けたままに後退し始めた。

うすら笑いを浮かべながらに。

 

これは。まずい。

なんと乱暴な事か。

 

姿すらミても、ミせてもいないと言うのに。

此処の主は余程の、余程の()()()()()()であった、か。

 

しかしまずい。

なんとすれば。

 

今はこの身どもの矮小さが苛立たしい。

我らが皇子の養父の危機に差し伸べるには、一分にも満たぬ針の様な身どもの脚では足りない。

 

参道は、静かに濡れてきている。

鮮やかに明るい桃色の血液。それにドス黒く湧く真水により。

 

敵意を剥き出しにしている身どもを無視して、穢れそのものである真水は養父の方へと這い寄る。這いずり寄る。

 

隠す腹積り。か。

 

許さんよ。

 

手出しは出来なくとも。

声くらいならば、出せるのだ。身どもであれども。

 

邪魔虫を八つ裂きにせぬ怠惰さに、思い知らせる声を。

 

今こそ高らかに上げてみせよう。

 

 

 

 

 

 

 

ゲ、ゲ、ゲゲゲゲゲゲゲゲェーーーーーーーー!!!!

 

 

 

 

 

 

 

「い〜い啖呵だぜ。雨ん坊よぉ」

艶の消えた暗闇の参道に低い声が響く。

手前(てまえ)さんの期待の遺児じゃあねぇがぁ…許してくれよなぁ」

 

声の主は未だ遠く。

参道の外から、神域の外から。

青空の下に。滝の下に。真っ当な地と理の上に。

 

ちっぽけな虫の声に全霊をもって応えんが為に全身の筋を流動させ、()()()()()()

 

永遠に遠い『 』からの帰還者。

十回目の改心者。

『 』

 

「羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦」

 

一刹那。

一刹那あれば。神域の主の触手に…口蓋を…破壊せんとする宝杖は、いとも容易く届いた。

 

 

 

『シィイイイイイイィィィ!!!!!』

 

 

…蛇の声に似た断末魔を遺して、養父を取り囲んだ現象は掻き消えた。

養父殿の異常も、共に。

 

神域の主。その暴挙を諌める一撃。

慈悲の一手。

害意なぞ、ちっともありはしない。

 

彼には。彼の掌には。

 

貴方に感謝を。

そして貴方に敬服を。

 

さぁ、さぁ、養父殿。水木殿。

 

さぁ、さぁ、お早く。お帰んなさい。

 

悪夢は露と消えたのですから。

 

 

 

ゲゲゲ。ゲゲ。ゲゲゲーーーェーー。

 

 

 

 

 

 

 

………今。

意識が飛んでいた気が…した。

 

 

「………帰りはこわいとは、よく言ったものだな…」

 

 

歩調を速めて、出口に向かう。

濡れた靴で乾いた地面を踏み締めながら。

 

 

 

 

 

 

 

青空に救われた気分になった。

 

何事もなく神域を脱出出来た事に安堵する。

 

「い〜い判断だぁ。懸命だな、水木サン」

神域の入り口、その前で瓢箪を咥えた瀑の河童が座り込んで待ち構えていた。

 

「……俺がどうするか、判っていたようですね」

「どうすべき、かを判っていただけだ……家族が帰ってくるまで暇だろ?どうだ、一献?」

瓢箪を振り回す、瀑の河童。

あの人達を家族と呼んでくれただけで。その一言で。すっかり俺は絆された。

「…まだ昼間ですよ」

「キ、ハハハ、ハハ!昼間だからこそ、旨ぇだろぉ!いいからよ、座んな!」

傍の砂利を叩いて手招きしてくる。

「……そう、ですね。いやに心臓が落ち着きませんので、少しだけご相伴を……隣、失礼します」

「おぉ。キキ…誘ったのはぁ俺だぁ。失礼な訳がねぇ」

近くでミれば…相応の風格を持つ瀑の河童の隣に座る。

何処かの、名のある()()なのだろうな。この方。

「さ、さ、まずは一杯やっとくんなぁ」

上機嫌に杯を差し出して、無造作にだが酌をしてくれる。

「いただきます」

一息に、飲み干す。

「キヒヒハ!見事!」

「………おや…」

喉にくる熱さを覚悟していた。

が、するり、と酒は舌を飛び越え喉を滑り、胃に収まってしまった。

清らかな流れは身体に直ぐに馴染んでしまう。

「……これは…水でしょうか?」

嘘を吐いたとは思えないが…飲み込んだ液体には、えもしれない甘美な毒性は感じ取れなかった。

「水!キキキ!そうかぇ!そう思うかい!所がどっこい!正真正銘完全純度の酒精よ!どうだい!ウメェだろぉ!キキキキ!」

「あぁ…そう、ですか?…これが酒なら…他のは呑めなくなりますね」

「ほほ…随分と、まぁ、褒めてくれるねぇ…キキ…一杯目より二杯目が、二杯目よりも五杯目が…なんつってなぁ、美味さが増していくのよぉ」

「へぇ」

「論より証!さ、も一杯!」

「あ、どうも」

「ま、ちびちびやんなぁ。呑みやすさがコレの売りだが…やり過ぎると尻から玉がおちらぁ」

「…面白い言い方をしますねぇ」

「キキ…本当なんだな、困ったことに」

「……………ゆっくり呑ませてもらいますよ」

「そうすると良ぃ」

唇を濡らす程度で含む。

「ん……ん!んまい…!」

「だろぉ」

先の剣呑さは何処へやら、瀑の河童さんは陽気に笑った。

 

「……ふぅ…」

胸騒ぎの残骸を溜め息と共に吐き出す。

「……」

酒が回ってきたせいなのか、不可思議な湖の周りにミえる河童達の姿が増えていた。

「………………」

皆、皿の下…額に鉢巻を巻いていた。

一つは赤。もう一つは青。

「……ほぉ…」

鉢巻の河童達は、何やら競争している。

走りで。踊りで。綱引きで。棒倒しで。騎馬戦で。歌で。

うぅむ……とても見覚えのある光景なのだが。

「……えぇと…すみません…何杯も頂いた手前なのですが、河童さん…何とお呼びすれば…?」

「お、名乗ってなかったかぁ?……そぅだなぁ……色々あんからなぁ…ま、いっか…『僧』とでも呼べやぁ」

「『僧』さん…お坊さんなのですか?」

「う〜ん…ま、そんなモンだぁ…ま、ま、いいんだこのお話(御伽話)は…で?なんぞ、聞きたい事でも?」

「あ、はい……河童さん達が催しているのって、あれは…」「祭りだなぁ…んん?そん顔はアイツらが何やってんのか知っているみてぇだなぁ?」

「…人間で言うところの、運動会に見えますね」

「運動会…なんとも生真面目な名前だな、そいつはぁ。しかし、ふぅん…漸くあの祭りの名前が知れたわ」

「偶々、同じ事をやるなんて…不思議ですね」

「ハハハ、いや不思議はねぇさぁ…何年か前に…もっと前だったか……河童の中にも物好きな奴がいてよぉ…見聞を広めてくるとか何とか抜かして…人間の街に遊びに行ったんだんだよ…そん時に持って帰って来たのが()()だ」

「ほぉ、そうでしたか」

「勇敢と言うか向こう見ずと言うか…ま、何にせよ…奴の土産は連中には大当たりさね。それから週一でやってるってもんよぉ」

「週一…」

「飽きもせず、よくやる。そう思うだろぉ、水木サン」

「…まぁ…元気だなぁ、とは思います」

「ハッハッハッ!!」

「僧さんは出ないのですか?」

「キキ……最初は出たさぁ、もう張り切ってなぁ……だが張り切り過ぎたなぁ……自分で言うのもあれだが…俺ぁ強ぇええもの」

「成程…お会いしたばかりですが、よく分かりますよ」

「お世辞が上手…本気で言ったな…」

「目の前で瀑を割られりゃ、仕方ないでしょうよ」

「そうかぁ?…そうだなぁ!キキキハハハハ!!ま、呑めよ、水木サン」

「呑みます、僧さん」

「キキ!その意気よ!」

熱い鎮静剤を腑に捩じ込む。

 

…身体と意識の境界線が曖昧になってきたので、自らの餓鬼の頃の白昼夢でも見ているのかと疑ったが…僧さんが現実“そうだ”、と答えてくれたので、俺は未だ現を掴めているのは間違いなさそうだった。

 

しかし、それでは、なんだか、()()()()モノが、みえていた。

 

大いに盛り上がる河童の運動会。

多種多様な何百人の『河童』達は楽しげに汗をかいている。

色や背丈に体格の違いはあれど、皆同じ姿形だ。

 

頭頂部には綺麗な皿が一枚。

そこから伸びるザンバラな髪。

大きな瞳に耳。それと嘴は野性味溢れる物。

鉤爪と水掻きのある四肢は甲羅と一体化した胴体から、ぬるり、と伸びている。

 

これが共通的な形であるのだが…。

 

酔っ払って揺れる視界の片隅に()()()小さな子供達。

 

「……僧さん…俺ぁ、アナタと戦わなくちゃあならんのですかねぇ……?」

「藪から棒に当たる犬だなぁ…キキキ…何を懸けて戦うんだぁ?水木サン?」

「そりゃあ、()()()です、よ………河童達が()()()するなんて俺ぁ知らなかった……でも、しかし…見つけたには返してやりたくなるのが人の情……違いますか…?」

「違わねぇさぁ…間違いなくなぁ」

「そう、でしょう……じゃあ、構えてくれ…相撲で決着としましょう…」

「まぁ、待ちねい…中々に愉快な揺れ方しているぞぉ、水木サン」

「揺れても倒れても諦めませんよぉ…」

理由は不明だが口の滑りが良くなり過ぎて、操作不能になりつつあった。

「おうおう、そうだとも。アンタは負けんさ。だって戦わなくて良いんだもの」

「…………………謎かけですか…?」

「捻っちゃいねぇさぁ。よぉ!よぉく、聴いてくれよぉ。おい、座ってろって。じっ、しろ。アンタは楽観的な誤解をしているんだからよぉ」

肩を掴まれて動きを制限される。身を捩って抵抗しようにも…身体がぼんやり、と麻痺していて、肩を回す程度しか出来なかった。

「悲劇じゃあねぇのですか」

「悲劇さ。あの子達に返る場所があるならばな。だが、それは無い。ここから幾ら河を下ろうと下界に下ろうと。無いものは無い。底になけりゃ無いのさ。何処にもな」

「……頭がぼんくらだ…一言で…理解させてくれ…」

酔いのせいか。信じ難い…現代社会においても()()()()()()()のせいか。

僧さんが何を言ってるのか分からなかった。

「無茶を言うねぇ……じゃあ、こうだ………あの子達は俺達の子だ。それに()()文句を言わない」

「…………そう…か。そうか」

震える視界を動かして子供達を見る。

皆、悩みも無い顔ではしゃいでいた。河童達と。

「楽しいん…だよなぁ…」

「んなの当たり前だ。道理さぁ。童なんてな、飯食ってよく寝て笑ってりゃあーいいんだ。それだけで良いんだ。ちっこいのが何人何十人増えようとも目くじらを立てる奴は此処にはいねぇ」

「……じゃあ、じゃあ僧さん。おっきくなったらどうするんだ?」

幾ら、不可思議な空間であれども。

幾ら、変化の法則があれども。

あんなにも幸せそうな人間が、怪しく成るとは思えなかった。

「忘れるさ。忘れて、堪らなくつまらない素晴らしき同族の社会に戻るさ。自ずとな」

「簡単にいくとは…」

「なる様になっちまうのさぁ。だから、その時まで。その時までには、それなりに立派な(さら)を頭ん中に作ってやんだ。程々に幸福な一生を泳がせる為になぁ。よぉ、こう見えても俺ぁはよぉ、あの子達に読み書きを教えてんだぜぇ」

少し酔いが覚めた心に、また、どうしようもない哀しさが広がってきていた。

「これじゃあ、尻拭いじゃあないですか…すみません、偉そうな…失礼を言いますが」

「キ、キキキ、そう思うのはアンタだけだ。それに、俺達は尻が好きなんでな。いくらでも撫でてやるさ!キキキハハハハ!!」

「最早、恐ろしきは人界のみですよ…僧さん」

「いや、いやはや…いやぁ、何処も等しく恐ろしいものだぜ。暗闇を怖がらなくなった生物に未来は訪れねぇ。今でこそ丸くなった俺というモノだって…アンタのお仲間を幾人、送ったかなんて……いやぁ…何人かは覚えてはいるけどなぁ……罪深いぜ、相当になぁ」

「正直ですね」

「怒らないのかぁ、水木サン」

「……では、こう問い返しましょうか?僧さん」

 

……………全く、嫌になる。

 

「僧さんは幾人『河童』を送りましたか?」

「ムゥ……キ、は、ハ、は…恐ろしきは人界。否定するのは辛くなってきたなぁ…いやぁ、辛いのはアンタ等か」

 

「愚かな人間達の艱難辛苦は蜜の味とは思えませんか」

「んなの人間の言葉だろうがぁ、俺達の辞書には載ってねぇよぉ」

「…そうですか……俺も…老後は、此方側に引っ込みたくなってきましたよ」

「それもいい…アンタみたいのなら、誰も彼も歓迎するだろうさ。水木サン」

 

苦味を多分に含んだ記憶は、心地良い酔いをすっかり冷ましてしまった。

 

「ただいまぁ」

背後から待ち侘びた子の帰還を伝える声が聞こえた。

「おかえり、大丈夫か?」

振り向いて…無事な姿であるかを注視する。

傷一つ、汚れ一つ、見逃さない心持ちで。

「なぁんにもないよぉ?」

完全装備の鬼太郎は、のほほん、とした雰囲気である。

「それが一番だよ…お疲れ様だったね、鬼太郎」

「いいぇ」

まぁるい澄んだ目を細めて微笑んでくれた。

 

「………それより、呑んでるの?昼前に?」

「ぐ」

素直な疑問の視線が心に刺さる。

「俺が誘ったんだぁ、責めんでやってくれやぁ…鬼太郎サンよぉ」

面白がって黙って見守るかと思いきや、存外律儀な僧さんが助け舟を出してくれた。

「なんぞ、失礼な事考えてないか?水木サン?オォイ?」

俺は惚けた振りをした。

「ぬぬ。いたのか」

やや眉間に皺を寄せる、鬼太郎。

………珍しい表情だ。

これもまた、可愛らしい。

「いるぜ。此処が仕事場なんでなぁ」

「……仕事中の人は、もっと呑んじゃ駄目じゃないの?」

「………ま、そりゃあね、人の世界の常識だからなぁ…俺にはトンと理解し難い。うん、うん」

「誤魔化してない?」

「誤魔化してない」

「……神様に怒られるよ、その内」

誤魔化されなかった鬼太郎は小さな腕を組んで、注意した。

「ゾッとするなぁ…ま、ま、俺が叱られるのは神様ってより、仏サンだからな。心配ご無用だぁ」

「心配はしてない。むしろ、怒られろって思ってる」

「………正直に言わなくても良いんだぞぉ」

「じゃあ正直に言うべきだったね」

「手厳しいこった…」

遠慮の無い言葉に僧さんは、何処か懐かしそうに呟いた。

 

「ほいはい。お待たせしたです、水木さん」

皿の上に目玉を載せた八さんが駆け寄って来た。

「いえいえ、大して待っていませんよ」

「約束通りに五体満足で帰って来たぞぉ、水木」

「…貴方が言うと話が拗れる」

「ケケケ、そうだねぇ」

「そうかぁ?」

ピョコ、と跳ねて皿の上から鬼太郎の頭に飛び移った。

 

「あ、後ですね。これ忘れ物ですよぉ」

そう言ってバケツと釣竿を掲げる八さん。

「あぁ…すみません…お手数をおかけさせてしまい」

失念していた釣り道具を受け取る。

 

気のせいか…バケツの表面が少し錆びている様に思えた。

 

「それじゃあ、帰る?水木」

懐から妖怪笛を俺へ手渡しながら問いかける鬼太郎。

「うん、ありがとう…そう、だな…」

鬼太郎は俺を見上げながら、お腹を摩っている。

笛から変化した腕時計は昼時を示していた。

「じゃあ、お暇するか」

「うん」

「そうじゃな」

 

「ちょちょちょ、お待ちしてくだせぇ」

八さんが何やら慌てた。

 

「長老への挨拶は、タダの挨拶ですんで…優勝した鬼太郎君には、もちっと祭りを楽しんでいただきてぇもんです。勿論、目玉さんも水木さんも」

……あぁ…そんな話の流れだったか…。

「んぁ?優勝って、何の話だぁ?八よぉ」

瓢箪の酒を頭の皿に注いでいる僧さんは不思議そうに問う。

「何って、そりゃあ胡瓜掴み大会だ」

「ほぅ、アレか…………なぁんで、鬼太郎が優勝したんだぁ?」

「流れ」

端的な鬼太郎。

「……まぁ、流れですかねぇ」

「そうですねぇ」

 

「…奇縁なこった」

 

河岸(かし)を変えて。

俺達は運動会場まで移動し、鬼太郎と親父は八さんに案内されて飯炊き場に行った。

砂利に敷かれた藁の上にて…俺と僧さんは場所取りの為の留守番をする事に。

や、とか、ほ、とか一文字の簡単な挨拶をしてくれる河童さん達に会釈を返しながら、喉の焼ける水をグイグイ、と呑む、呑む。

尻の座りを探りながら呑む俺とは違い、僧さんは、たがが外れた桶に注ぐ勢いで呑みぱなっしであった。

そんな隣の酒豪は、大声で野次を飛ばす訳でもなく。身振り手振りで応援する訳でもなく。

ただ静かに祭りの様子を観ていた。

静かな微笑みを湛えて。

そんな表情を見れば、確かに“僧”である事に何の文句も無かった。

見習って祭りの様子を鑑賞していると、わらわら、と小さな河童と()()()達が俺達の周りに集まった。

人間の男が物珍しいのか…木の棒でつついたり、袖を引っぱったり、髪の毛を抜いたり、背中を滑り台に見立てたり、様々な手段で触れ合いに挑戦してきた。

少々くすぐったかったが、きゃは、きゃは、と軽やかに弾む笑い声の邪魔をする気にはなれなかった。

大きな反応が無い事に対して次第に不満を覚える子供達の注文に応え、おお、だとか、ああ、だとか、いい、だとか、棒読みの感嘆詞をそれなりに大きな声で張り上げた。

大根役者もいい所の演技であっても子供達は大いに喜んでくれた。

そして、悪戯の延長線なのか御礼のつもりなのかは判らないが、俺の頭の上に藁を載せ、更にその上に乾いた餅の付着した皿を載せてくれた。

しかしながら、俺の頭に皿の座りは悪く、ぐらぐら、と揺れた。硬い首と肩の筋肉を駆使して何とか落とさぬ様に未だ温かい皿の安定に努めた。

平和鳥(みずのみどり)にも似た様子の俺を見る子供達は、実に不思議そうな表情を浮かべていた。

うんうん、唸っている子供達の輪の中に、頭一つ分だけ背丈の大きい少年が苦笑しながら入って来た。

「ハハハ…お客人が困っておられるよ……これを使いなさい」

そう言うと、懐から黒い紐を一束取り出して子供達に渡した。

「ありがとう、にいちゃ」

「うん……お客人…もし、何か()が、御座いましたら己が責を負います故…何卒、戯れをお許し戴きたい」

……一回りも二回りも下の少年に慇懃に頭を下げられた。

「いや…いやいや、このくらい何て事ありませんよ。ですから、貴方が頭を下げられる事もありません」

余りにも丁寧で心の込められた言葉に、たじろぎながらも返答した。

「寛大なご配慮を感謝いたします。お客人」

「いえいえ、それこそ」

「そんなに気を回しゃあ、目もまわるぞぉ」

「これは先生。今日(こんにち)も良いお加減ですね」

「おうよ、加減なしに上機嫌だ…こんな酔いどれ野郎二人に構うこたぁねぇよぉ。それに、そろそろ祭りの目玉が始まるぜぇ…用意せんといかんだろうよぉ」

「おや、もうそんな時間ですか。ありがとうございます。先生にも負けない取り組みをお見せ出来る様に努力します」

「頑張れよぉ、気楽になぁ」

「はい。それでは、先生。お客人。ごゆるりと」

神前であるかのようなお辞儀をして、少年は祭りの熱気の中に進んで行った。

「……いやぁ、感心しました」

「何がだい」

「良い先生なのですね、僧さん」

「は?俺がか?ハハハハ馬鹿を言いなさんな!良い先生なんて此方の世界にはいねぇよぉ……精々、良い生徒がいるだけだぁ」

その言葉こそが…善き先生の証左である事を伝えるのは野暮だろうか。

 

「はぁい、じっとしててくださいねぇ。おきゃくじぃん」

童達はやいの、やいの、と協力しながら、俺の頭にぐるぐると巻いた紐でもって皿を固定してくれた。

見てくれだけの草臥れた河童が完成した。

「キキキ…よう似合っているぜぇ。揃いになったなぁ」

「お調子者にしか見えないと思うのですが」

「尚更、良いじゃあねぇか。河童なんてのは、みぃんなお調子者だぜ。なぁ?」

「うん」「そーだね」「まちがいなし」「えへへ」「はぁい」「よんだぁ?」

童達は一斉に肯定を返した。

「ほらな?」

「…ふふ…では、有り難くお調子者の冠を、被らさせて戴きますね。先生」

「だから…よせやい」

苦笑いを浮かべて、僧さんは酒をあおられた。

 

童達とごっこ遊びを興じながら酔いどれ野郎二人で次々と瓢箪を空にした。

 

僧さんの手持ちの最後の一つを涸らした…丁度その時に運動会場の熱気は最高潮へと達そうとしていた。

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