「いやぁ、それにしても残暑極まれりといった天気ですねぇ」
汗一つ掻かずに大通りを横断しながら他愛の無い話を振ってくる、前方の記者の青年。
「……まぁ…」
目元の汗を指の背で拭いながら、答えた。
流石に……ここまで都合の良い展開を素直に受け入れる気にはなってはいない。
妖怪を追っている人間と言う事。新聞記者と言う事。
この二つだけで警戒心は限りなく膨れている。
その上で、この
なんであれ、調べる気ではいたのだ。
案内を断った所で此方に利は無い。
しかし、今この瞬間も目の前の男が気づかない内に
「………………」
僅かに眉間へと皺を寄せながら、男の一挙一動を半ば睨み付ける様に鋭い視線を送っている。
あ、あの鬼太郎が…思いっきり不機嫌である。
今までも俺や親父を害した…害そうとした人達には敵意を見せたり……殆ど親戚のオジサン代わりのねずさんには荒々しく接したりする事はあったが…今回は、また訳が違う。
唯、単純に…只管気に入らなそうであった。
「………暑くないか「大丈夫」
男が現れてから繋いだ手はそのままではあるが、小声の会話は端的に終わってしまう。
うぅむ…早口の鬼太郎は新鮮だ。
……これもまた成長であろう。
「お子さんはお幾つですか?」
先導の…青年から、軽い視線と共に再び他愛の無い話が投げられた。
「………」
繋いだ鬼太郎の手が三度、目の前の相手に気づかれない様に…俺の手を揉んだ。
「
俺も端的に答える。
聞かれた以上の情報は拡げずに、当たり障りのない嘘を吐く。
「へぇ〜…とても五歳には見えませんねぇ」
「よく言われますよ。大人しくて良い子だね、と」
面倒な会話だ。
「お名前はなんて言うのですか?」
「ねぇ、お父さん…まだ、つかないのーー?僕、疲れてきたよーー!」
!?!!!
一瞬誰が出したか理解不能の声に度肝を抜かされて呆けた顔面を晒す所であったが、前職により鍛えられた表情筋を駆使して半分困った様な笑顔を作り上げた。
「あぁ!そうかい坊やぁ!こぉんな暑い時に連れ回してごめんなぁー」
俺の大根父親演技の反撃を喰らい、鬼太郎の口の端が僅かに引くついた。
よく噴き出すのを我慢した鬼太郎!
あとで、うんと褒めてやるぞ!
「あのぅ……すみません…現場はまだ遠いでしょうか?」
「あぁ!いえいえ!丁度、ここから見える肉屋の横道から裏通りに出ますので…そうすれば直ぐですよ」
「そうですか…それは良かった」
肉屋は…大通りに通る幅広の道を挟んだ向かい側にあった。
鬼太郎、今、俺も嫌いになったよ。
実際、もっと聴く事があるだろう、と此方から言いたくなる様な、かったるい事ばかり話してくる男に気の抜けた返事を適当に返せば…程なくして遭遇現場に到着…した、らしかった。
「ここですね。さ、どうぞ」
何がどうぞか、知らねぇが…鬼太郎と共になるべく男から離れながら辺りを歩いた。
……何の第六感も持ち合わせていない俺には換気口や錆びた配管やゴミ箱を漁る小さな獣達に、剥き出しのモルタルの壁ばかりしか目には入らなかった。
が。何か重要な手掛かりが其処ら中に散乱しているかの様に目だけは、ぐるぐる動かした。
頼りは隣の鬼太郎ばかりである。
「………」
鬼太郎は慎重に足を運び、壁や地面を触れて妖力の残穢を探っている様なので、それを邪魔させぬ為に俺は男の近くへ。
男は両手を腰の後ろに組んで、何が面白いのか微笑んだままだ。
薄暗い路地では男の真白な顔や服は、光って見える様な気がした。
「さて…今度は…此方が質問する番だ」
煙草を咥えながら、記者の男を見据える。
「お手柔らかに」
「俺達に何の用だ?」
「
「妖怪……怪異の目撃者に会おうとする人間全てをか?地道な事だな」「いやいや、まさかまさか。貴方達だから、ですよ」
「何…?」
「自分、職場で浮いているのですよ。今時、流行らない不可思議な物を喜んで追っている変わり者だからでしょうね」
「……」
何を言い出してるのだ。
…それに…そんな自虐を吐かす癖に男の微笑みは途切れない。
「半分仕事。半分趣味。あくせくと日頃から追っているのです。流石に日本全国は回る事は土台無理ですが、それでも、この街の奇怪な話はかなりの数を収集出来ている自負があるのです」
「ご苦労なこった。そして、んな事はどうでも良い」
「いえいえ、そのおかげで。不思議な噂を手に入れたのですよ。誰が話したのか。誰が広めたのか。誰が脚色したのかは不明ではありましたが、それでも、こんな噂が静かに俄かに子供達の間で飛び交っているのですよ」
「どんな?」
「曰く、妖怪事件を解決する探偵がいると。妖怪達が現れれば、小さな童と一緒にやってくる男がいると」
「……まさか、それが俺達だと?」
「ええ!ええ!親子が妖怪の目撃者を尋ねる。そんな場面を目撃してしまえば偶然で片付ける事は出来ませんよ」
「…へぇ…そう」
「否定なされないのですか」
「肯定もしてないが」
「解りませんね。ハッキリお認めになられれば良いでしょうに」
「子供の噂を、さも真実の様に語る自称記者に何を語れると言うんだ」
「火が無ければ煙も立ちませんよ」
「煙はな。よく見りゃ湯気かもしれんぜ。或いは雲かも」
「意地悪ですね。良いでしょう。そう言うのならば、こう問いましょう。貴方達は何故人面犬を追っているのですか?」
「漸く聴いたな。待ちくたびれたぜ」
「
「案内してくれた礼に教えてやるよ……実はなぁ…」
開口一番に聴かなかった自身を恨めよ。新聞記者。
何も考えずに、誰がここまで付いて来るか。
「会社、首になっちまってな」
「はい?」
「失職したんだよ。んで、そんな甲斐性無しな男を見捨てて嫁さんも出ていっちまった」
「はぁ」
「子供を置いてな。困ったよ。あぁ…困り果てた。しかし、そうも言ってられない。辛くとも飯を食わせなくてはいけねぇ。それで、閃いた」
「ほぅ」
「本を書こうと」
「え」
「いや、分かってる。素人が、んな簡単に書ければ先生方の苦労はねぇ。だが、見て聞いた物なら…それをそのまま書けば。そして、世間様にウケが良いのは…やっぱり怪談だろう、と思ったんだ」
「は」
「だから」
「だから」
「だから、だからだ」
「まさか本気で仰っているのですか」
「本気…の筈だ。やってる途中なんだから、どれだけ本気かなんて言った所で説得出来ねぇだろ」
「それなら。それなら。それなら商売敵ではないですか!」
「頓珍漢だな。俺は記者なんぞになる気は無い。これっぽっちも」
「やってる事は同じではありませんか!」
「まさか!俺は見たままの。ありのままを書く気だぜ」
「だから、それが「だから、それが違うだろうが。さて、気は済んだな、記者さんよ。これ以上何も言い様がないぜ。俺は」
「その話を信じろ、と。そう言うのですか」
「信じるのはアンタ次第だろ。俺は何方でも良い。アンタが何を勘繰ろうがやる事は変わらないからな」
「無責任では」
「どうとでも責めてくれ……ふむ……坊も飽きた様だからな。ここらで失礼するぜ。案内どうも…人面犬に逢えればいいな、記者さん」
鬼太郎が此方を、じ、と見つめていたので…心底うんざりする会話を切り上げて、男に背を向けて大股で離れた。
「……どうだった」「また、駄目」
その密談を最後に、俺達は無言で遭遇現場を後にした。
「……疲れた……」
「………変に…あたまが…いたいよ…水木ぃ…」
「……鬼太郎…あんな声出せるんだな…」
「僕も…驚いたよ……水木も……あんなに出鱈目を…スラスラ……ねずみに教えてもらったの……?」
「…………教えてもらった訳じゃないけどな……鬼太郎との会話を…真似しただけだよ」
日頃から鬼太郎に対しての、ねずさんの会話は…荒唐無稽…嘘八百…変芸自在な言葉ばかりで構成されている。
恐らく、鬼太郎の反応が良いから揶揄っているのだろう。
「お待たせ致しました。アイスコーヒーにチョコレートパフェです」
「ありがとうございます」
キンキンに冷えたコーヒーは俺が頼んだ物。
精巧な硝子細工の器に崩れないギリギリのバランスで盛り付けれた、たっぷりの甘味の数々で彩られたパフェは鬼太郎の為の物だ。
「ごゆっくり」
「なにこれ…!」
「パフェだ。甘いぞ」
見てるだけで腹にもたれる。
「どれが食べれるの?」
なんとも可愛らしい質問だ。
「フフッ…全部、器以外はな」
「そうなの…壊しちゃうのは勿体ないねぇ…」
細長いスプーンを構え、何処から責め崩そうか考えあぐねている様子だ。
「急かす様で悪いが…食べちゃわないと溶けちまうぞ」
「あ、うん」
取り敢えずの所、甘味の頂点に座する果実のさくらんぼを摘み取った鬼太郎。
そのまま、左目へと持っていった。
「お父さーん。お昼のおやつですよぉ」
「むにゃむにゃむしゃむしゃ」
………そう言えば好物であったな。寝ながら食べれる程には。
一口一口を感動する鬼太郎を見ながら、飲むコーヒーは気持ち甘かった。
「…で?どうじゃった?呑気に寝てて悪かったのぅ」
蝉の様に、空になったコップを抱きしめて冷をとっている親父から当然の疑問が投げかけられた。
「なぁんに」
入念に調査した倅の答えに、鷹揚に頷く。
「そうか、そうか…鬼太郎のレーダーに反応せん程に…綺麗なのか…或いは矮小なのか…現状判明している在り方を踏まえても、なんとも言えん奴じゃのぅ、人面犬は」
…。
「うっすらと思いつつあるんだが…放置も視野に入れた方が良いのだろうか?」
「ああ…しかしなぁ、態々、連日人間に接触している事、同じ場所には出没しない事、これが示す事を思えば…」
「それは分かっているよ。何かを…いや、
こんな大都会を駆けずり回って。
「うむ…その
親父の目の奥が、僅かに揺らいでいる。
「……親父。ハッキリと一番懸念している事を言ってくれないか」
「……犬の妖怪の一つに…見境なく人間を、人間だけを呪い祟るモノが有る…もしも、この件の犬が…誰かが造り出したソレであったならば…未だ放たれた矢であるだけであったならば……標的を見つけてしまった……その刻…………この街は人が多い…多すぎる」
今朝の…
「親父…黙ってていい事じゃあないだろ…」
「…限りなく…低い可能性だからじゃよ。本来は二重の意味で土着のモノ。こんなに動き回る事は、無い。無い筈なのじゃ」
「だが、もうこの世界に絶対は無い」
「そうだ。故に相対し、見定めておきたい」
「…はぁ……成程。親父の焦りが理解出来た…こりゃあ…あまり悠長にもしていられないなぁ…」
後、打てる手は…何かないか。
……犬。犬……。
「……犬と話せる方はいないのか?」
「藪から棒になんじゃ」
「これだけ広範囲を彷徨っているんだ…他の犬の縄張りを侵しているだろう?鼻も良い彼等に事情を聴ければ、また違う証言が手に入る…気がしてな……愚策かな?」
「はぁ〜ほぉ〜、いやぁ目から鱗じゃあ…。なんという上策」
自分で発案しておいてだが、そんなにか。
「わんちゃんと話すの?面白そうだね」
追加注文したメロンソーダを、熱心に飲んでいた鬼太郎は目を輝かせた。
「犬と話せるモノか………あ!…いや、うぅん…あぁ、彼奴も…いや…あの頭巾は…ないな」
唸りながら脳内の辞書を引く作業に没頭した親父を、静かに見守る。
「流石の鬼太郎も犬語は、どうだい?」
「残念だけど…」
「そうだよなぁ」
蟲語を話せるだけで大したものなんだ。これ以上の多言語話者になる事は求められまい。
「何十回か遊べば、覚えれるかもしれないけど」
「何十で、足りるのか……!…?」
有能である。
事態が切迫していなけりゃ、学習も間に合っただろう。
「うぅむぅ…水木…いるにはいる。いるんじゃがぁ…」
……歯切れが悪い。
「…皆…住処から出て来るモノ達じゃあない。そして、人間が大嫌いなモノ達でもある。事情を説明した所で…説明すれば尚更…協力を拒むじゃろうな。間違いなく」
「やっぱり、嫌われているんだな」
「そのモノ達の嫌いは…憎悪ではないぞ……懲りたのじゃよ」
「余計、タチが悪いぞ。親父」
「…それなら、さ……僕…思いついちゃった…」
鬼太郎が呟く。
「犬より、いっぱいいるから…多分…人面犬も見ていると思うんだけど…」
そんな存在がいるのか。
「それに、その子達と話せる奴も身近だけど」
なんとも都合の良い。
であるのに、鬼太郎は渋い顔をしている。
「鬼太郎、その子達…とは誰の事じゃろうか?」
「うん…ねずみ」
「「…あぁ」」
ぐうたらな印象のオッサンに頼りたくない。
それを表情で教えてくれた鬼太郎は俺を上回る策を思いついてくれた。
俺は全然、構わないんだけどなぁ…。
「よし、では呼びつけるか。どうせ暇じゃろ彼奴」
「そうか?…そうだな」
多分、そうだ。
「水木、笛で頼む」
「ああ……ん?此処でやってもいいのか?」
静かな店内には店主以外には人の影はないが。
「構わんよ。他の人間には聞こえんし」
「そうか。では…」
腕時計は既に本来の姿に戻り、机の上で演奏に備えていた。
久しぶりに妖怪オカリナに口をつける。
グワラガキャシャァァアアォォオンンン!!!!
「きゃあ!!」
「ぬわぁ!!」
「ぐぇ!!」
工事現場で大事故でも起きた様な不協和音が、俺達の鼓膜に突き刺さった。
慌てて両手で耳を塞いだが、鼓膜への衝撃は防ぐ事は叶わなかった。
聴覚への不意打ちにやられた俺達は堪えきれない気持ち悪さに、再び机に突っ伏してしまった。
「に…に、二度と呼ばない…」
鬼太郎の呻き声に親父も俺も完全に同意だった。
その後、突然叫び声を上げた俺達を心配した店主がすっ飛んで来たので…大慌てで机の目玉を手で覆い隠して、必死に矛盾した言い訳を並べたのだった。
「いらっしゃいませ」
「先に来た奴等の連れだが…アァと、子供連れの男だ」
「奥にいらっしゃいます」
「オ、そうかい。ありがとさん…それと、なんか食い物あるか?」
「メニューの……この頁の物ならございます」
「ん……じゃあ、ナポリタンを持ってきてくれ」
「かしこまりました」
どうやら歩いて来たらしい、ねずさんは早速注文を終えて俺達に席へと。
「ヨォ!笛での呼び出しには驚いたゼ!!ほんで、何の用だ?探偵諸君!……ンン?なんか顔色悪いな?日射病か?」
じと、とねずさんを見る親子は何度も首を振って答えた。
「…まぁ、それは良いんだ。突然呼び出して悪いね。ねずさん」
「いいんだ。いいんだ」
穴だらけの麦わら帽子を被り手拭いを首に巻いたねずさんは、虫取り網を近くの空席に放ってから、ドカッと、俺の向こう側の鬼太郎の隣に座った。
「…何をしていたんだ?」
「虫取り」
「趣味なのかい」
「まさか!仕事さね。ガキンチョに売りつけんだ!良い小銭稼ぎになるんだナ。これが!ちょっとくれぇなら奢るゼ!水木ちゃん!」
「すみませーん。さっきの、ぱふぇをもう一つお願いしまーす」
すかさず、鬼太郎が注文した。
「鬼太公!まずは!オレに!断りを入れろ!」
「断る」
「かぁ〜減らず口!なんだって水木を見習わないかねぇ!この子は!」
ご婦人みたいな口調で鬼太郎にプンスカ、叱る。
「水木は何がいい?」
「ハハハ…俺はいいよ。お腹いっぱいだからな」
一息にナポリタンを啜り上げるねずさんに、今回の事件の事情を説明した。
「大凡、分かった……まぁた面倒臭そうなモノを追っているなァ。水木ちゃんは」
「まぁ…そうだな」
「しかも、込み入った事情もある、と見た。イイぜ。奴等の伝達網を共有してやるヨ」
「ありがとう、ねずさん」
「イイって事ヨ」
太っ腹のねずさんに会計されてしまい、頭を下げながら涼しい喫茶店から出て、近くの路地裏へと移動した。
「鬼太郎が気づいたのは驚きだが、言う通り鼠なんてのは…この街なら至る所にいるんだ………オーイ!!誰かあるか!!」
一つ、ねずさんが声を張り上げると…まるまる太ったドブ鼠が一匹姿を現した。
鼠は、二本足で直立して…ねずさんに…手を振った。
………ほぼ、妖怪では?
「お、久しぶりだな。ちと太ったか?」
チーチーチチ
「まぁな。贅沢し過ぎだからナ」
チーチチ
「おう。オメェさん、人面犬って知ってるか?」
チー?
「人間語を話す犬だとよ、最近この辺りを彷徨いている様でナ」
チー……チチ
「頼むゼ。見た奴がいたなら……この水木って男に伝えてくんねぇか」
チー!
「よし。これで良いだろ。水木ちゃん、家に帰って昼寝でもしてりゃあ、此奴等の誰かが教えてくれるサ」
「……凄く簡単に事が運ぶな…」
「適材適所って奴だゼ。状況が嵌れば、こんなモンよ」
「ああ、身に染みたよ」
「ちゃんと覚えておけヨ。それと、昼寝つーのも冗談じゃあないゼ。勘だが件の犬は夜に出るとミた。体力を温存しとけヨ」
「分かった」
ねずさんの勘もまた、バカにはできない。
「……ねぇ…なんで、水木と話している時は真面目になるのか、この
「なんでじゃろうかのぅ?儂等だけの時は頭のネジが捩じ切れた発言しかせん癖にのぅ」
せん癖にのぅ」
背後から純粋な疑問の様な声色の小さな話し声が聞こえてきて、俺も不思議に思った。
「クソ真面目な男に、それやったら駄目だろ」
さも当然の様に答える、ねずさん。
喜ぶべきだろう。そう思う事にする。
「な!?僕もマジメなんだけど!?」
「そうじゃ、そうじゃ!無論、儂もじゃ!?」
激しく抗議する親子。
「いいや、性根はオレと同じぐらい、ぐうたら、と見てるね」
「「ぐうたら……!…?」」
世界でも終わったみたいな表情で、言葉を溢す姿を見て…少しだけ笑いそうになった。
「ぐうたらでも、なんにも悪くないよ」
慰めも含めながら本心で、そう言った。
「ホラ!この言葉を心を込めて!サラッと言えるか?!オォ?!」
「グ、ムググ」
「ぬぬぬぬぬ」
歯を食いしばり、無念そうに顔を顰めた親子。
………そんなにまで、なる必要あるかね。
食事と同じく、凄まじい速度で仕事を手伝ってくれたねずさんは、また虫取りへと戻っていった。
言われた通りに帰宅した俺達は思い思いに、身体を休めた。
親父は麦茶の氷風呂で寛ぎ、鬼太郎は
一つだけ虫籠も家にはあったので鬼太郎に勧めたが、狭そうだから大丈夫だよ、と、何とも可愛らしい理由で断ってくれた。
いつも留守番してくれている垢嘗めと震々は朝からずっと、おはじきで遊んでいた様だった。
いつもの通りではあれども、仲の良い事である。
皆の姿を横目に、俺は纏めてあった人面犬についての新聞の切れ端をもう一度、目を通していた。
「………」
…人面犬との遭遇案件…新聞に載った事だけを限定すれば…その数は十九件。もしかすれば、それ以上に目撃した者は多いのかもしれない。
「………」
ふ、と。
午前中の、気まずい会話が頭に過ぎる。
………あの言い方からすれば、一般的な成人であれば一笑に付す妖怪についての記事を書いたのは、あの記者だろう。
あの…薄気味の悪い笑みの男の。顔の造形が、まるで人形の様な…あの青年の。
…………あの若い男…。
何とも出鱈目な取材方法を用いていた。
記者が子供の噂を頼りにするのか…。何も子供が嘘吐き、なんて偏見…そんな意地の悪い考えは持ち合わせていないが。
それでも、だ。
話す事に一生懸命になるのが、子供達だろう。
嘘ではないが。
真実だけを述べているのだが。
事実が歪曲してしまう…そんな、うっかりは多かろうに。
大人ですら、時折起こる事だ。
「………」
そんな取り留めの無い事を頭の中で流しながら記事を読めば………注意深く、全ての記事の…一欠片を入念に集めてみれば。
全員が事実だけを述べる前提であれば……人面犬とやらの、姿形は。
毎日、
「………馬鹿なのか…!…俺は」
読んでいる姿勢だけであった事を自分自身で証明した後に、幾度も顔を擦った。
十九件、それぞれの証言は何か一つだけが、毎日、食い違い続けていた。
最初の一件から最新の一件となれば、全く別の犬だ。
白い毛並みは、黒く。
尻尾が短くなり。耳が垂直に立ち上がり。目は増え。鼻は高くなり。牙が生え。髭は豊かに。
大きさは二倍。
声は酒焼けの男性から鈴の様な響きの女性のものへと、人面犬は変貌していた。
本当にその姿に変わっているのならば、ある意味では問題は無い。
そういう存在。それだけの話だ。
だが、もしも、目撃者達が小さな間違い、思い込みを重ね続けていたのならば……いや……そうなれば、もう話は変わるだろう。
こんな話に何の信憑性もないだろう。
全員が全員、自らの真実だけを信じ込んでいたならば……そもそも…こんなモノは最初から……何処にも…何処へも…存在していなかった……そんな可能性すらある。
其々の目撃者へと確証を委ねて……皆、見たんだから…いるだろう…そんな子供じみた責任転嫁を行なっている…阿呆に成り果てた可能性すら、ある。
だったら、これは、この話の本筋は…。
いるのか、いないのか。
それが問題だ。
「………」
最早、何一つ証拠に値しない言葉の数々を見る気も失せて、暑さで気怠い体を畳に寝ころばせた。
犬も歩けば…そんな言葉通りの今までが特別なだけで…やはり妖怪…親父さんの言葉を借りれば…今の時代に妖怪に遭遇するなんて事は…簡単な訳がなかったのだろうか。
「……人面犬…」
誰にも聞こえない様に囁く。
呼んで来てくれる。そんな性質がある筈もないが。
今は、その存在を願っていた。
どうか、まだ人間はそこまで無責任では無い事を証明してほしかった。
頭の中が、また、黒い泥に沈んでいく感覚が。
内容の一欠片も持ち帰れぬ悪夢へ、頭から徐々に。
……あぁ…俺は何を忘れて……何から……目を逸らして…。
「ごめんください」
玄関から鈴の様な音色の声が聞こえる。
……久しく…妖しさの無い声であった。
「はぁい!」
鉛を詰められた様な身体を起こす前に、鬼太郎が向かってくれた。
ゲ。ゲゲ。
不躾な男に攫われて。
静かな林から何処へ連れられるものか、と半ば諦念の拙を慰めてくれたのは、柔らかな手であった。
その手の持ち主が、まさか、まさかの…旧支配者の忘れ形見。幽霊族の遺児であった事は拙にとって生涯最大の驚愕であった。
また、生涯最高の幸福でもあった。
この御子の傍であるならば…これ以上望める事などありはしない。
脚を捥がれようが、角を折られようが構いはしない……そんな残酷な事をする方ではなさそうであったが。
御子との光栄な触れ合いは、外からの来訪者によって中断されてしまった。
慈愛溢れる御子は拙を、矮小な魂の拙を、枯れた草の冠に再び戻し、それを再び被り直された。
来訪者との面会に拙の同席を許してくださった。
ゲゲゲゲ。
幸甚の至り。
「はぁい!どなたですかぁ?」
来訪者を威圧なされぬ声で…しかして、四肢に霊力を漲らさる御子は扉を開き来訪者と相対された。
「あら」
「あれ」
「あら、あら。こんにちは」
「……こ、こんにちは…」
「水木さんのお宅で間違いないでしょうか?」
「は、はい」
「じゃあ、貴方が鬼太郎君?」
「そ、そうですけれど…も…どちら様でしょうか?」
「あ、ごめんなさい!私、おばあちゃんのお使いで伝言しにきたの」
「
「……あ……はい…」
御子は日に当たり過ぎた様子であった。