「おぉい、お茶のお代わりをくれんか」
「はいはい、ちぃと待って下さいよ」
「それとお汁粉もお願いしまぁす」
「はいはい……いや、食うなぁ。腹減ってたのかい、おぼっちゃん…水木、ちゃんと食わせなきゃあなぁ」
「要らぬ心配だ。元々、鬼太郎は食いしん坊なんだよ」
「あ、そう」
「育ち盛りなんだ。僕」
「あぁ、そう。それなら、いい、いい。思う存分ゆっくりしてきな。どうせ、店で食う奴なんていやしない」
山々の木々が衣替えに勤しむ月。
澄んだ秋空には薄っすらとした雲がかかり、肌寒さを感じさせる中、食糧の買い出しの帰りに、蛙町の片隅にある和菓子屋にお茶をしに来ていた。
和菓子屋の名は、豆洗屋。
一見すると、傷痍軍人が一人で営んでいる、と見える店。
実際は厨房で作品を作り続けているモノがもう一人いる。
店の名前は、その職人の名から取られたものだ。
「よいっせっ、と」
調理以外を担当している丁稚の男は、クルリ、クルリ、とコンパスの様に脚を動かして、注文を伝えに奥に引っ込んだ。
男の脚が何処まであるのかを知っている俺からすれば、ぎこちなかろうが、遅かろうが、立って歩いて進んでいるだけで奇跡だと思える。
そもそも、男の現在の脚を贈ったのは自分である。
車椅子でも良いだろうに…丁稚は頑なに脚を求め、何故か俺に頼んできやがったので、態々、百貨店に出向き…白い目で全身を刺されながらマネキン人形を家に連れて帰り、推理小説を地でいく猟奇的作業を乗り越えたのだ。
彫刻の才能が無い野郎が脚を作り出す方法なんて、他には浮かばなかった。
……二度とやりたくないので、くれぐれも大事にしろ、と何度も念を押した。
その後、何度か店に通っているが、約束は守ってくれている様子である。
「おぉい、お三方ぁ!うまいかぁ〜?!」
厨房に篭りきりの小豆洗いの声が、俺達に向けて響いた。
「おぉ!うまいぞぉ!」
甲高い声を大きく上げて、直ぐに親父が返す。
「景気は良さそうだなぁ!小豆の!」
「いやぁ、ぼちぼちだぁ〜!だが、まぁ、商売てのは、そんなもんだろぉ〜!」
「そうじゃなぁー!よく言うものじゃ!商売というものは」
「「飽きない!!ハハハハハハハ!!」」
……埃のかかった冗談に笑い合うオヤジ二人は、変わらず、元気だ。
「ほ、よ、お、よ」
大道芸の才能のある丁稚……権兵衛は、脚と一緒に胴体も回して、頼んだ料理を運んで来た。
こんな様子を見てしまえば、硬質の脚なんぞ贈るよりも…キャタピラでも調達すればよかったな。
「さ、待たせた。どうぞ、お召し上がりを」
「すまんの、いただくよ」
「ケケケ、きたきた。いただきまぁす」
親子の健啖さに微笑ましい気持ちになりつつ、少し冷めた茶を啜る。
「時に、水木。アレはアンタの仕事になってるのかい?」
「アレって、なんだ?」
「おいおい、ここらじゃアレの話は持ちきりだぞ?仕事…ではないようだが…に、しても、知ってるものだと思っていたんだが」
「…心当たりはないが…兎にも角にも、アレとは何か言ってくれねぇと」
「豆腐屋」
「店?んな処、開いたか?」
「いや、構えた訳じゃねぇ。歩き回っているらしい。俺と爺さんは出歩くのが好きでもねぇし、見た事はねぇんだが…夕暮れに現れては、採算度外視で売りつけてるんだとよ」
「豆腐を」
「そうとも、豆腐だ」
「……別にいい事じゃないか。安売り豆腐の変わり者ってだけだろう。ご婦人達は万々歳だろ」
「あぁ、そうとも。万々歳、正しく。それなりに、美味くて、安い。そんで、風邪がなおるんだからよ」
「………何言ってんだ」
「俺の台詞じゃねぇよ。そのご婦人達がよ。
井戸でもねぇ此処で会議を開いて、喧しく喋ってたんだよ。
曰く、あの豆腐は抜群の薬だ。ってな」
「…腹には優しい。気のせいだろ」
「俺もそう言った。
だが、一蹴さ。どうやら余程の効能らしい。
一昨日なんか、何処ぞの政治屋の秘書も尋ねて回っていたんだと。なんでも、大事な長男の体調が思わしくないらしくてな」
「……会議に出席してたのかよ…」
「常連さんにいい顔すんのは当たり前だろ。
人の噂に尾鰭も翼も付く物だが…。
少しは興味が湧かねぇか、探偵さんよ」
「湧かん。害があるならまだしも。
薬豆腐屋なんて追ってどうするんだ」
「そりゃ、うすら寒い夜には湯豆腐が美味い。
からな」
「お前が食いてぇだけだろ」
「いや、俺は揚げ出しの方が好きだ。とろん、とした熱々のあんかけを、程よい薬味が冷ますくらいの」
「作ってもらえよ。豆腐料理なんて朝飯前だろうよ。小豆さんなら」
「…頼めるならな……爺さん…小豆を使わなきゃ、てんで、なぁ。
お陰で、家の食卓は赤飯ばかり。
そろそろ、赤くない物を食いてぇなぁ」
「我儘を言うな…………………いや、おい、まさか」
「今日の代金は要らねぇよ」
「…通りで、いつになく勧めると思えば…!」
「なんだ…別にいいじゃないか…たかが豆腐と言ったのは何処の誰かさん…だったかな」
「…………………口の良く回る野郎だよ。お前は」
「どうも」
「……今日は間に合わんぞ。早くても明日だ」
「明後日でも。慌てなくていい。楽しみは、ちょっと先にある方が嬉しいもんだ」
「……豆腐と一緒に料理帳も持ってきてやるよ」
「料理長なら、もういる」
「あぁ五月蝿え」
思いもよらない依頼を受けてしまった俺は、食糧を背負ったまま件の豆腐屋を探す事になった。
「豆腐かぁ…どんな料理にするの?水木」
権兵衛から渡された鍋を帽子にしている鬼太郎が、顔の上半分を隠しながら俺を見上げて問う。
「冷奴だな、悪いけど簡単に…な…もう、他の料理を考えちまっているから…」
「いいじゃない。ぷるぷるで美味しいよぉ」
「そう言ってくれりゃ、助かるよ…して親父…一応、聞いておくが…」
「奴なんて嬉しいぞぉ〜〜今夜は呑もうぞ〜〜!」
鬼太郎の眼の前の鍋が、左の眼孔に収まる親父の声を反響させている。
「そっちじゃない。その、さ…豆腐を売る妖怪に」
「あぁ〜おるよ」「いるのか」
「名を『豆腐小僧』。これ以上も以下もなし〜妖怪がミえぬ者でも容易く交流できるぞ〜なんせ豆腐を持っとるだけじゃから〜〜」
「持ってるだけ?豆腐で身体が出来てるとか、触れた者全てを豆腐に変えるとか、なんか、そういう事が出来るんじゃないのか?」
「漫画の読みすぎじゃ〜なんの期待をしとる〜〜しかし〜腑に落ちんのは奴は豆腐を売〜るな〜んて事をするモノではないのじゃがなぁ〜〜」
「……もし、その妖怪その人だったならば、聞いてみようぜ」
「う〜む」
草木を揺らす風が肌を立たせる寒さに変わるのを感じながら、和菓子屋から程近い住宅が寄り合う路地へと足を運ぶ。
「……豆腐屋さんは、何処かしらん」
「姿は見えないな」
「声ものぅ〜おーい豆腐屋ぁ〜!!」
「外で大声を出すなよ、親父…」
鍋の中で。
「ほほ、ぶるぶるするね」
「お、すまん、すまん」
……鍋か、それとも……頭……止そう。
「どうする、水木〜も少し待つか?」
「…俺ってよりも、鬼太郎…お腹は大丈夫かい?」
「うん、大丈夫。まだまだお汁粉がお腹でたぷたぷだよ、ほら」
愛用の長袖の紺色のシャツを捲ろうとする狸坊やを止める。
「見せなくていい。風邪ひくから」
「あ、そう?」
ポン、と腹太鼓が一つ鳴る。
と。
大仰に。
ガラガラ、とタイヤの転がる音が辺りに響いた。
「豆腐はいらんかぇーー!
美味しい豆腐、冷たい豆腐、真っ白白な豆腐ー!!
栄養満点!保存料は使ってないよぉーーー!!!」
最初から此処にいましたよ。なんて言わんばかりに姿を現した豆腐屋は、俺達の目の前で高らかに声を上げて、客を呼んだ。
「あ、でた」
「でたな〜」
「………」
吃驚した。
悔しいので声には出さんが。
「豆腐屋さーん!」
「今日も来てくれたのね!」
「お二つお願いしますわ!」
「こっちは三つ!」
「私は一つ、一番綺麗なの下さいな!」
豆腐屋と負けず劣らずの神出鬼没さの奥様方が、群れになって豆腐屋のリヤカーを取り囲んだ。
……その…重厚な木造りの
…………ちっとは、臆さぬものかな……。
………………それだけ主婦は強いって事だろう。
そう思う事にしよう。
「嵐じゃな〜」
「すごい。すごいね。はくりょくが」
「……収まるまで待つか……おんぶでもしようか?」
「いいの?」「いいよ」
「丁度ねぇ、お腹もふくれて眠くてねぇ、悪いねぇ」
「……お爺ちゃんになってしまわれたな」
「すまんねぇ」
鬼太郎の物真似は案外上手かった。
十分もすれば人集りは無くなり、リヤカーの傍には鬼太郎と変わらぬ程の背丈の…小僧が一人。
「さて、と。豆腐が残っているといいが」
「でなきゃ〜おからでも戴こう」
「むにゃ…………ん……あ…いなくなったね」
ひょい、と背中から鬼太郎は飛び降りた。
豆腐屋の小僧。
頭には笠を被り、着物を着付け、雪駄を履き、
前髪だけを伸ばした丸坊主。
今時、珍しい姿だ。百年程、遅れている様でもある。
姿形は兎も角。
重々しい二階建ての荷車を唯一人で引く小僧が、
只人…人間であろうか。
辺りに人影の無い夕日に晒された路地は、怪奇に遭うには打って付けであり、そんな中、俺達は九分九厘妖怪である小僧へと足を踏み出した。
「こんにちは、『豆腐小僧』さん」
「あ、どうも、毎度あり………ぬ?ぬぬ?あり?あ!?」
こりゃ、当たりだな。親父。
「み、見抜かれた!!祓わないで!!拙は悪い妖怪じゃないですよ!!」
「ま〜〜落ち着きなさいぃいいい」
「ひぇ、子供が嗄れた声を!!なんて恐ろしい!!」
「僕じゃないよ」
「儂の美声に何を言うか〜〜!!」
美声とは何かを問いたくなる。
「ん!?ぬぬぬな!!!?めめめめめめ目めめめめががががが…あぁ…」
パタリ、と豆腐小僧は気を失い、地面に倒れた。
「………なぁ、如何して毎回毎回、親父は異常に怖がられているんだ…?」
「えへん」
「褒めてる、と?」
「違うのか?儂の溢れ出る魅力を皆〜感じ取ってしまうのじゃろう〜?」
このオヤジは……岩子さんに聞かせてやりたい。
……………いや…………………一緒になって胸を張る。この御夫婦なら。
「………そうだな」
「そうじゃろぉ〜」
「どうしようか、この子」
ぶっ倒れた小僧の丸い豆腐の様な頬を突き、無事を確認する鬼太郎が一番冷静だった。
突こうとも、呼ぼうとも、揺さぶろうとも、小僧は起きず。
余り、乱用もさせたくはないのだが……。
仕方がないので、鬼太郎の金属の帽子を外した。
髪の毛が逆立つ鬼太郎が指先一つで炸裂させた静電気は、瞬時に豆腐小僧の意識を浮上させた。
「あいた!!!」
真白な頬に、少しだけ赤い点が出来ていた。
………やはり、電気はやり過ぎだったか。
「大丈夫ぅ?」
「いってぇ、え、え?此処は誰?私は何処?」
「鬼太郎、も一発やるか」
「そうする?」
「混乱してるだけだろうから…親父、悪ふざけが過ぎるぞ」
「ケケケ、久々に脅かし甲斐がありそうな小僧でなぁ…ケケケ」
「………そんな事をやってたのかよ…」
鬼太郎に似つかない悪戯小僧であった様だ。
………悪戯爺いの方が正しいか。
「伊達に幽霊なんて名乗らんよぉ」
「????」
「……やぁ、失礼をしました。どうかお許しを…
『豆腐小僧』さん」
「あ、や、そんな事ぁ…………ありますな。でも許します」
「感謝します」
「感謝されます………ぇと、お客人?」
俺の手の中の鍋に気づいた豆腐小僧は商売人の目に変わった。
「あぁ、まぁ、そうです……そうですね、三つ程、戴けますかな?」
豆腐小僧のリヤカー、一階の荷台には波波と冷水が貯められており、その中を艶々とした表面の豆腐が三つだけ泳いでいた。
…………見間違いでなければ、これは比喩ではない。
「はいさい。只今……あ!丁度、これで終いです!
幸運ですね!オマケに飾りも付けましょう」
活きが良い豆腐を網で捕まえて鍋に滑り込ませたと思えば、懐から取り出した紅い楓の葉を豆腐の頭に載せてくれた。
白い豆腐に紅葉は、よく映える。
「ありがとうございます。お幾らでしょうか?」
「三つ占めて十五文じゃなくて、円です」
十五円!そりゃ、こぞって買う訳だな。
「それはまた…お安いですね。いいのですか?」
「ええ、全然。また
何言い出してるのだろう、この小僧。
…………本当に豆腐か…?
「そのままでもヨシ!茹でてもヨシ!揚げてもヨシ!
拙自慢の豆の風味を、確と楽しんで下さいねぇ」
……じゃあ、豆腐か。
「ではでは!」
「お、ちょいと待ってくれ」
売り切れ御礼で満足気に帰ろうとする豆腐小僧を、
親父が引き止めた。
「ひ、あ、へぇ」
折角ご機嫌だったのに、可哀想に……。
「あははは、そう怖がるな、豆腐小僧よ。
一つ聴きたい事があるだけじゃよ」
鬼太郎の左目は、いつもに増して穏やかな声で笑い、豆腐小僧を安心させようとしている。
「ひひぇ、ひ、へ、へぇ」
しかし、効果はない様だ。
「其方、何故豆腐を売っとるんじゃ?
そんな俗っぽい在り方ではなかったじゃろうに」
「ひ、あ、え、ええ。そうですね、拙は、豆腐持ってるだけ良いですよ。
だけど、いい加減に親離れしなくちゃあ、と」
「ほぅ」
「もう何百年も小僧ですから。そろそろ、と」
「ほぅほぅ」
「渡る世間は、お金ばかりが必要になってしまっている様なので」
「成程。それでか」
「えぇ、はい、アルバイトってやつですね。はい。
ひひひ、その内にお父みたいに大きくなれそうです」
「…?……なぁ…独り立ちしたところで背は伸びんぞ。多分」
「へ、へ?」
「良くも悪くも…其方…もう何百年も“小僧”で定義されとる。両親から離れたくらいじゃあ、強固な在り方は揺らがんと思うぞ」
「……えぇ……そんなぁ…この大きさには飽き飽きなんですが」
「父君に教えを請えば良かろう…きっと、伸び縮みは得意じゃろうに」
「それじゃあ、まぁた…手のかかる子だな…とかなんとか言われますよ」
「では母君に」
「分かって言ってますよね…意地悪な御目玉だなぁ」
「お父さん、あんまり苛めちゃ駄目だよ」
「いやはや、そんなつもりでは…すまんのぅ。まぁ、あれじゃ、背丈なんて兎も角。
こうやって商売をやれてるだけでも立派じゃ。ご両親も鼻が高いじゃろうよ」
「ひ、ヒヒヒ!そうでしょうかねぇ…それなら嬉しいけど」
「まぁ、頑張んなさい。其方の豆腐は評判も良いみたいだから」
「エヒヒヒ…精進します……そんでは……」
西日の眩さに目を瞑れば、豆腐小僧の姿は消えてなくなっていた。
「思ったよりすんなり逢えた…それに豆腐も戴けた」
「のぅ。言ったじゃろ。豆腐を持っとるだけ、とな」
「……どんな子供でも体現出来る在り方だよな」
「そういうのも、いたっていいじゃろ」
「………そうだな」
『豆腐小僧』か。
あの子をミれば、存外、この世ってのは、大らかな物である様にも思える。
ただ存在する事に、大層な理由なんていらない。
そんな気にもなる。
「まだ、早い時間だね。
これなら戻っちゃえば良いんじゃない?」
隣の鬼太郎が首を真横にして、俺の腕時計を読んで提案した。
「うん。借りは…早く返した方が良い…か」
このまま帰るも、豆洗屋に戻るも、大凡、同じ時間がかかる。
であれば、今夜の夕食も彼処でやってしまおう。
厨房もある事だ。
小豆洗いなら快く使わせてくれるだろう。
「じゃあ、戻ろう」
「はぁい」「酒はあるのかのぅ」
べたべた
「こんばんは」
「「「ご一緒にどうぞ」」」
「あは。なかがいいねぇ」
日も沈んだ道すがら、家々から匂う料理を当てっこをしながら、俺達は並んだ歩いた。
町から少し離れた豆洗屋の前まで戻ると、店の明かりは未だ点いたままであった。
とっくに閉店になっている筈なのだが。
それを示す様に暖簾は店内に掛かっていた。
「あぁ、ここね。それじゃあ、またね」
「あ、べとべとさん。今日は此処で夕食にしようかと思ってるのですが、一緒に食べて行きませんか?」
「ありがとう。でも、こんやはもうすこしあるくよ。
もしかすれば、ほかにもいっしょにあるいてくれるひとがいるかもしれない。じゃあね」
妖怪の鑑そのものの言葉を残して、べとべとさんは夜に足音だけを響かせていなくなった。
「気をつけてねぇ」
べとべと
硝子戸を開けて、暖簾を潜り、再び豆洗屋に入る。
「こんばんはぁ」「また来たぞぉ」
「豆腐、手に入ったから早速…」
「「「え」」」
各々、挨拶をしながら店内に声を響かせたが、先程まで自分達が座っていた席に、思いもよらぬ方々が座っていた為、俺達は揃って声を零した。
男が三人。
異彩、異質、異形。
特異な経験により俺の眼球…或いは脳髄は尋常ならざる存在を知覚可能になっている。
不可逆的な変化である。
故に、主観では窺い知れぬ事柄であるのだが…今、目の前に座する三人。
平常の脳は彼等を、彼等に、何を感じるのだろうか。
「やぁ、久しいね」
ぬらりひょん。
「ハハハ、本当に来た!どんな手品を使ったのだ?」
吸血鬼ルスヴン卿。そして、その従者ベオ。
数々の経験においても、なお、その在り方の尺度が実感として掴めぬ御三方は、最後に会った時と全く変わらずに豆洗屋の中に、在った。
「……これは、お久しぶり…で…?」
何故、此処に?
何故、この組み合わせで。
「ハハハハハ!!そうだろうね!そうだろうとも!」
「喧しい。浮ついた台詞回しは止めろ。
突然にすまないね、水木くん。目玉の親父さん、
鬼太郎ちゃんも」
「いやぁ、驚いた。なんじゃ、其方等、茶飲み友達だったのかのう?」「そうなの?」
「違う」「そうだとも」
………見解は全く違う様だ。
「ええい、黙れ。貴様の番は後にあるのだから黙れ」
「二度も言わなくとも。鶏じゃあないのだから」
眉間に大いに皺を寄せたぬらりひょんが、熱の無い煙管を咥え、ふぅ、と息を一つ吐き、此方に微笑み、着席を促した。
どうやら、隣の吸血鬼を無視する事にしたのだろう。
「お待たせしましたぁ。羊羹三つに、お茶三つ………
おぉ、なんだ、忘れ物か?」
厨房からクルン、と宙返りをして飛び出てきたのは権兵衛であり…いつかを思い出させる腕だけの移動方法をとっていた。
片手にはお盆があると言うのに、そして、その上には注文の品もある…一欠片も一滴も溢れていない品が。
器用どころではない。かなり
「これは見事だ。実に。日本は忍者の国と言うのは真実だったのだね。ベオ」
「左様で」
大いなる誤解である。
似非忍者の権兵衛には鬼太郎の抱えている鍋を指し示して、用件を暗に伝える。
「はぁ、そりゃ、流石だな。流石にモテる男は違う」
配膳しながら、一人で得心する権兵衛に色々と抗議をしたかったが、今は控えた。
「それではごゆっくりと」
存外、権兵衛の丁寧な接客に複雑な気持ちになりながら、ある意味では上司である…ぬらりひょんへ視線を向けた。
「さて…水木くん。
例の件の下調べだが漸く終わったよ」
黒き天幕!!
「そうですか!では!」
「あぁ、私からの正式な依頼として調査へ向かってくれるかい。現地の情報は協力者に叩き込んである」
「何から何まで。助かります」
「当然の事だよ。では、この協力者の爺ィと一緒に」
ぬらりひょんは、ルスヴン卿を逆手の親指で指し示していた。
「えぇ。えぇ…?」
えぇ……?
「盛り上がってきたね!水木くん」
目の端では影が蠢く姿に成り代わる…溌剌とした紳士は、満面の笑みであった。
「…あの、自分は構わないのですが、なんだって、そんな流れに?」
「諸々は現地へ向かう列車の中で聞くと良い……長旅だから、話題は多い方が良いだろうからね」
………表情を読むに、誰よりもぬらりひょんが納得していないな。
「……いよいよじゃな。して、ぬらりひょんや。
場所くらいは、其方の口から聞いても良かろう?」
「…仰られる通りですな。では、水木探偵」
「はい」
「黒き天幕を暴きに、神戸へ向かえ!」
「承知」
まずは、一歩。