墓場より   作:ひノし

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第五十一話

「おぉい、お茶のお代わりをくれんか」

「はいはい、ちぃと待って下さいよ」

「それとお汁粉もお願いしまぁす」

「はいはい……いや、食うなぁ。腹減ってたのかい、おぼっちゃん…水木、ちゃんと食わせなきゃあなぁ」

「要らぬ心配だ。元々、鬼太郎は食いしん坊なんだよ」

「あ、そう」

「育ち盛りなんだ。僕」

「あぁ、そう。それなら、いい、いい。思う存分ゆっくりしてきな。どうせ、店で食う奴なんていやしない」

 

山々の木々が衣替えに勤しむ月。

澄んだ秋空には薄っすらとした雲がかかり、肌寒さを感じさせる中、食糧の買い出しの帰りに、蛙町の片隅にある和菓子屋にお茶をしに来ていた。

 

和菓子屋の名は、豆洗屋。

一見すると、傷痍軍人が一人で営んでいる、と見える店。

実際は厨房で作品を作り続けているモノがもう一人いる。

店の名前は、その職人の名から取られたものだ。

 

「よいっせっ、と」

調理以外を担当している丁稚の男は、クルリ、クルリ、とコンパスの様に脚を動かして、注文を伝えに奥に引っ込んだ。

男の脚が何処まであるのかを知っている俺からすれば、ぎこちなかろうが、遅かろうが、立って歩いて進んでいるだけで奇跡だと思える。

 

そもそも、男の現在の脚を贈ったのは自分である。

 

車椅子でも良いだろうに…丁稚は頑なに脚を求め、何故か俺に頼んできやがったので、態々、百貨店に出向き…白い目で全身を刺されながらマネキン人形を家に連れて帰り、推理小説を地でいく猟奇的作業を乗り越えたのだ。

 

彫刻の才能が無い野郎が脚を作り出す方法なんて、他には浮かばなかった。

 

……二度とやりたくないので、くれぐれも大事にしろ、と何度も念を押した。

その後、何度か店に通っているが、約束は守ってくれている様子である。

 

「おぉい、お三方ぁ!うまいかぁ〜?!」

厨房に篭りきりの小豆洗いの声が、俺達に向けて響いた。

「おぉ!うまいぞぉ!」

甲高い声を大きく上げて、直ぐに親父が返す。

「景気は良さそうだなぁ!小豆の!」

「いやぁ、ぼちぼちだぁ〜!だが、まぁ、商売てのは、そんなもんだろぉ〜!」

「そうじゃなぁー!よく言うものじゃ!商売というものは」

「「飽きない!!ハハハハハハハ!!」」

……埃のかかった冗談に笑い合うオヤジ二人は、変わらず、元気だ。

 

「ほ、よ、お、よ」

大道芸の才能のある丁稚……権兵衛は、脚と一緒に胴体も回して、頼んだ料理を運んで来た。

こんな様子を見てしまえば、硬質の脚なんぞ贈るよりも…キャタピラでも調達すればよかったな。

「さ、待たせた。どうぞ、お召し上がりを」

「すまんの、いただくよ」

「ケケケ、きたきた。いただきまぁす」

親子の健啖さに微笑ましい気持ちになりつつ、少し冷めた茶を啜る。

 

「時に、水木。アレはアンタの仕事になってるのかい?」

「アレって、なんだ?」

「おいおい、ここらじゃアレの話は持ちきりだぞ?仕事…ではないようだが…に、しても、知ってるものだと思っていたんだが」

「…心当たりはないが…兎にも角にも、アレとは何か言ってくれねぇと」

「豆腐屋」

「店?んな処、開いたか?」

「いや、構えた訳じゃねぇ。歩き回っているらしい。俺と爺さんは出歩くのが好きでもねぇし、見た事はねぇんだが…夕暮れに現れては、採算度外視で売りつけてるんだとよ」

「豆腐を」

「そうとも、豆腐だ」

「……別にいい事じゃないか。安売り豆腐の変わり者ってだけだろう。ご婦人達は万々歳だろ」

「あぁ、そうとも。万々歳、正しく。それなりに、美味くて、安い。そんで、風邪がなおるんだからよ」

「………何言ってんだ」

「俺の台詞じゃねぇよ。そのご婦人達がよ。

井戸でもねぇ此処で会議を開いて、喧しく喋ってたんだよ。

曰く、あの豆腐は抜群の薬だ。ってな」

「…腹には優しい。気のせいだろ」

「俺もそう言った。

だが、一蹴さ。どうやら余程の効能らしい。

一昨日なんか、何処ぞの政治屋の秘書も尋ねて回っていたんだと。なんでも、大事な長男の体調が思わしくないらしくてな」

「……会議に出席してたのかよ…」

「常連さんにいい顔すんのは当たり前だろ。

人の噂に尾鰭も翼も付く物だが…。

少しは興味が湧かねぇか、探偵さんよ」

「湧かん。害があるならまだしも。

薬豆腐屋なんて追ってどうするんだ」

「そりゃ、うすら寒い夜には湯豆腐が美味い。

からな」

「お前が食いてぇだけだろ」

「いや、俺は揚げ出しの方が好きだ。とろん、とした熱々のあんかけを、程よい薬味が冷ますくらいの」

「作ってもらえよ。豆腐料理なんて朝飯前だろうよ。小豆さんなら」

「…頼めるならな……爺さん…小豆を使わなきゃ、てんで、なぁ。

お陰で、家の食卓は赤飯ばかり。

そろそろ、赤くない物を食いてぇなぁ」

「我儘を言うな…………………いや、おい、まさか」

「今日の代金は要らねぇよ」

「…通りで、いつになく勧めると思えば…!」

「なんだ…別にいいじゃないか…たかが豆腐と言ったのは何処の誰かさん…だったかな」

「…………………口の良く回る野郎だよ。お前は」

「どうも」

「……今日は間に合わんぞ。早くても明日だ」

「明後日でも。慌てなくていい。楽しみは、ちょっと先にある方が嬉しいもんだ」

「……豆腐と一緒に料理帳も持ってきてやるよ」

「料理長なら、もういる」

「あぁ五月蝿え」

 

思いもよらない依頼を受けてしまった俺は、食糧を背負ったまま件の豆腐屋を探す事になった。

 

「豆腐かぁ…どんな料理にするの?水木」

権兵衛から渡された鍋を帽子にしている鬼太郎が、顔の上半分を隠しながら俺を見上げて問う。

「冷奴だな、悪いけど簡単に…な…もう、他の料理を考えちまっているから…」

「いいじゃない。ぷるぷるで美味しいよぉ」

「そう言ってくれりゃ、助かるよ…して親父…一応、聞いておくが…」

「奴なんて嬉しいぞぉ〜〜今夜は呑もうぞ〜〜!」

鬼太郎の眼の前の鍋が、左の眼孔に収まる親父の声を反響させている。

「そっちじゃない。その、さ…豆腐を売る妖怪に」

「あぁ〜おるよ」「いるのか」

「名を『豆腐小僧』。これ以上も以下もなし〜妖怪がミえぬ者でも容易く交流できるぞ〜なんせ豆腐を持っとるだけじゃから〜〜」

「持ってるだけ?豆腐で身体が出来てるとか、触れた者全てを豆腐に変えるとか、なんか、そういう事が出来るんじゃないのか?」

「漫画の読みすぎじゃ〜なんの期待をしとる〜〜しかし〜腑に落ちんのは奴は豆腐を売〜るな〜んて事をするモノではないのじゃがなぁ〜〜」

「……もし、その妖怪その人だったならば、聞いてみようぜ」

「う〜む」

 

草木を揺らす風が肌を立たせる寒さに変わるのを感じながら、和菓子屋から程近い住宅が寄り合う路地へと足を運ぶ。

 

「……豆腐屋さんは、何処かしらん」

「姿は見えないな」

「声ものぅ〜おーい豆腐屋ぁ〜!!」

「外で大声を出すなよ、親父…」

鍋の中で。

「ほほ、ぶるぶるするね」

「お、すまん、すまん」

……鍋か、それとも……頭……止そう。

「どうする、水木〜も少し待つか?」

「…俺ってよりも、鬼太郎…お腹は大丈夫かい?」

「うん、大丈夫。まだまだお汁粉がお腹でたぷたぷだよ、ほら」

愛用の長袖の紺色のシャツを捲ろうとする狸坊やを止める。

「見せなくていい。風邪ひくから」

「あ、そう?」

ポン、と腹太鼓が一つ鳴る。

と。

 

大仰に。

ガラガラ、とタイヤの転がる音が辺りに響いた。

 

「豆腐はいらんかぇーー!

美味しい豆腐、冷たい豆腐、真っ白白な豆腐ー!!

栄養満点!保存料は使ってないよぉーーー!!!」

 

最初から此処にいましたよ。なんて言わんばかりに姿を現した豆腐屋は、俺達の目の前で高らかに声を上げて、客を呼んだ。

 

「あ、でた」

「でたな〜」

「………」

吃驚した。

悔しいので声には出さんが。

 

「豆腐屋さーん!」

「今日も来てくれたのね!」

「お二つお願いしますわ!」

「こっちは三つ!」

「私は一つ、一番綺麗なの下さいな!」

豆腐屋と負けず劣らずの神出鬼没さの奥様方が、群れになって豆腐屋のリヤカーを取り囲んだ。

……その…重厚な木造りの二(・)階(・)建(・)て(・)のリヤカーは、さながら神輿の様である。

…………ちっとは、臆さぬものかな……。

………………それだけ主婦は強いって事だろう。

そう思う事にしよう。

 

「嵐じゃな〜」

「すごい。すごいね。はくりょくが」

「……収まるまで待つか……おんぶでもしようか?」

「いいの?」「いいよ」

「丁度ねぇ、お腹もふくれて眠くてねぇ、悪いねぇ」

「……お爺ちゃんになってしまわれたな」

「すまんねぇ」

鬼太郎の物真似は案外上手かった。

 

十分もすれば人集りは無くなり、リヤカーの傍には鬼太郎と変わらぬ程の背丈の…小僧が一人。

 

「さて、と。豆腐が残っているといいが」

「でなきゃ〜おからでも戴こう」

「むにゃ…………ん……あ…いなくなったね」

ひょい、と背中から鬼太郎は飛び降りた。

 

豆腐屋の小僧。

頭には笠を被り、着物を着付け、雪駄を履き、

前髪だけを伸ばした丸坊主。

今時、珍しい姿だ。百年程、遅れている様でもある。

 

姿形は兎も角。

重々しい二階建ての荷車を唯一人で引く小僧が、

只人…人間であろうか。

 

辺りに人影の無い夕日に晒された路地は、怪奇に遭うには打って付けであり、そんな中、俺達は九分九厘妖怪である小僧へと足を踏み出した。

 

「こんにちは、『豆腐小僧』さん」

「あ、どうも、毎度あり………ぬ?ぬぬ?あり?あ!?」

こりゃ、当たりだな。親父。

「み、見抜かれた!!祓わないで!!拙は悪い妖怪じゃないですよ!!」

「ま〜〜落ち着きなさいぃいいい」

「ひぇ、子供が嗄れた声を!!なんて恐ろしい!!」

「僕じゃないよ」

「儂の美声に何を言うか〜〜!!」

美声とは何かを問いたくなる。

「ん!?ぬぬぬな!!!?めめめめめめ目めめめめががががが…あぁ…」

パタリ、と豆腐小僧は気を失い、地面に倒れた。

 

「………なぁ、如何して毎回毎回、親父は異常に怖がられているんだ…?」

「えへん」

「褒めてる、と?」

「違うのか?儂の溢れ出る魅力を皆〜感じ取ってしまうのじゃろう〜?」

このオヤジは……岩子さんに聞かせてやりたい。

……………いや…………………一緒になって胸を張る。この御夫婦なら。

「………そうだな」

「そうじゃろぉ〜」

「どうしようか、この子」

ぶっ倒れた小僧の丸い豆腐の様な頬を突き、無事を確認する鬼太郎が一番冷静だった。

 

突こうとも、呼ぼうとも、揺さぶろうとも、小僧は起きず。

 

余り、乱用もさせたくはないのだが……。

仕方がないので、鬼太郎の金属の帽子を外した。

 

髪の毛が逆立つ鬼太郎が指先一つで炸裂させた静電気は、瞬時に豆腐小僧の意識を浮上させた。

「あいた!!!」

真白な頬に、少しだけ赤い点が出来ていた。

………やはり、電気はやり過ぎだったか。

「大丈夫ぅ?」

「いってぇ、え、え?此処は誰?私は何処?」

「鬼太郎、も一発やるか」

「そうする?」

「混乱してるだけだろうから…親父、悪ふざけが過ぎるぞ」

「ケケケ、久々に脅かし甲斐がありそうな小僧でなぁ…ケケケ」

「………そんな事をやってたのかよ…」

鬼太郎に似つかない悪戯小僧であった様だ。

………悪戯爺いの方が正しいか。

「伊達に幽霊なんて名乗らんよぉ」

「????」

「……やぁ、失礼をしました。どうかお許しを…

『豆腐小僧』さん」

「あ、や、そんな事ぁ…………ありますな。でも許します」

「感謝します」

「感謝されます………ぇと、お客人?」

俺の手の中の鍋に気づいた豆腐小僧は商売人の目に変わった。

「あぁ、まぁ、そうです……そうですね、三つ程、戴けますかな?」

豆腐小僧のリヤカー、一階の荷台には波波と冷水が貯められており、その中を艶々とした表面の豆腐が三つだけ泳いでいた。

…………見間違いでなければ、これは比喩ではない。

「はいさい。只今……あ!丁度、これで終いです!

幸運ですね!オマケに飾りも付けましょう」

活きが良い豆腐を網で捕まえて鍋に滑り込ませたと思えば、懐から取り出した紅い楓の葉を豆腐の頭に載せてくれた。

白い豆腐に紅葉は、よく映える。

「ありがとうございます。お幾らでしょうか?」

「三つ占めて十五文じゃなくて、円です」

十五円!そりゃ、こぞって買う訳だな。

「それはまた…お安いですね。いいのですか?」

「ええ、全然。また獲(・)れ(・)ば(・)い(・)い(・)だ(・)け(・)で(・)す(・)か(・)ら(・)」

何言い出してるのだろう、この小僧。

…………本当に豆腐か…?

「そのままでもヨシ!茹でてもヨシ!揚げてもヨシ!

拙自慢の豆の風味を、確と楽しんで下さいねぇ」

……じゃあ、豆腐か。

「ではでは!」

「お、ちょいと待ってくれ」

売り切れ御礼で満足気に帰ろうとする豆腐小僧を、

親父が引き止めた。

「ひ、あ、へぇ」

折角ご機嫌だったのに、可哀想に……。

「あははは、そう怖がるな、豆腐小僧よ。

一つ聴きたい事があるだけじゃよ」

鬼太郎の左目は、いつもに増して穏やかな声で笑い、豆腐小僧を安心させようとしている。

「ひひぇ、ひ、へ、へぇ」

しかし、効果はない様だ。

「其方、何故豆腐を売っとるんじゃ?

そんな俗っぽい在り方ではなかったじゃろうに」

「ひ、あ、え、ええ。そうですね、拙は、豆腐持ってるだけ良いですよ。

だけど、いい加減に親離れしなくちゃあ、と」

「ほぅ」

「もう何百年も小僧ですから。そろそろ、と」

「ほぅほぅ」

「渡る世間は、お金ばかりが必要になってしまっている様なので」

「成程。それでか」

「えぇ、はい、アルバイトってやつですね。はい。

ひひひ、その内にお父みたいに大きくなれそうです」

「…?……なぁ…独り立ちしたところで背は伸びんぞ。多分」

「へ、へ?」

「良くも悪くも…其方…もう何百年も“小僧”で定義されとる。両親から離れたくらいじゃあ、強固な在り方は揺らがんと思うぞ」

「……えぇ……そんなぁ…この大きさには飽き飽きなんですが」

「父君に教えを請えば良かろう…きっと、伸び縮みは得意じゃろうに」

「それじゃあ、まぁた…手のかかる子だな…とかなんとか言われますよ」

「では母君に」

「分かって言ってますよね…意地悪な御目玉だなぁ」

「お父さん、あんまり苛めちゃ駄目だよ」

「いやはや、そんなつもりでは…すまんのぅ。まぁ、あれじゃ、背丈なんて兎も角。

こうやって商売をやれてるだけでも立派じゃ。ご両親も鼻が高いじゃろうよ」

「ひ、ヒヒヒ!そうでしょうかねぇ…それなら嬉しいけど」

「まぁ、頑張んなさい。其方の豆腐は評判も良いみたいだから」

「エヒヒヒ…精進します……そんでは……」

 

西日の眩さに目を瞑れば、豆腐小僧の姿は消えてなくなっていた。

 

「思ったよりすんなり逢えた…それに豆腐も戴けた」

「のぅ。言ったじゃろ。豆腐を持っとるだけ、とな」

「……どんな子供でも体現出来る在り方だよな」

「そういうのも、いたっていいじゃろ」

「………そうだな」

 

『豆腐小僧』か。

あの子をミれば、存外、この世ってのは、大らかな物である様にも思える。

ただ存在する事に、大層な理由なんていらない。

そんな気にもなる。

 

「まだ、早い時間だね。

これなら戻っちゃえば良いんじゃない?」

隣の鬼太郎が首を真横にして、俺の腕時計を読んで提案した。

 

「うん。借りは…早く返した方が良い…か」

このまま帰るも、豆洗屋に戻るも、大凡、同じ時間がかかる。

であれば、今夜の夕食も彼処でやってしまおう。

厨房もある事だ。

小豆洗いなら快く使わせてくれるだろう。

「じゃあ、戻ろう」

「はぁい」「酒はあるのかのぅ」

 

べたべた

 

「こんばんは」

「「「ご一緒にどうぞ」」」

「あは。なかがいいねぇ」

 

日も沈んだ道すがら、家々から匂う料理を当てっこをしながら、俺達は並んだ歩いた。

 

町から少し離れた豆洗屋の前まで戻ると、店の明かりは未だ点いたままであった。

とっくに閉店になっている筈なのだが。

それを示す様に暖簾は店内に掛かっていた。

 

「あぁ、ここね。それじゃあ、またね」

「あ、べとべとさん。今日は此処で夕食にしようかと思ってるのですが、一緒に食べて行きませんか?」

「ありがとう。でも、こんやはもうすこしあるくよ。

もしかすれば、ほかにもいっしょにあるいてくれるひとがいるかもしれない。じゃあね」

妖怪の鑑そのものの言葉を残して、べとべとさんは夜に足音だけを響かせていなくなった。

「気をつけてねぇ」

 

べとべと

 

硝子戸を開けて、暖簾を潜り、再び豆洗屋に入る。

 

「こんばんはぁ」「また来たぞぉ」

「豆腐、手に入ったから早速…」

 

「「「え」」」

 

各々、挨拶をしながら店内に声を響かせたが、先程まで自分達が座っていた席に、思いもよらぬ方々が座っていた為、俺達は揃って声を零した。

 

男が三人。

 

異彩、異質、異形。

特異な経験により俺の眼球…或いは脳髄は尋常ならざる存在を知覚可能になっている。

不可逆的な変化である。

故に、主観では窺い知れぬ事柄であるのだが…今、目の前に座する三人。

平常の脳は彼等を、彼等に、何を感じるのだろうか。

 

「やぁ、久しいね」

ぬらりひょん。

「ハハハ、本当に来た!どんな手品を使ったのだ?」

吸血鬼ルスヴン卿。そして、その従者ベオ。

 

数々の経験においても、なお、その在り方の尺度が実感として掴めぬ御三方は、最後に会った時と全く変わらずに豆洗屋の中に、在った。

 

「……これは、お久しぶり…で…?」

何故、此処に?

何故、この組み合わせで。

 

「ハハハハハ!!そうだろうね!そうだろうとも!」

「喧しい。浮ついた台詞回しは止めろ。

突然にすまないね、水木くん。目玉の親父さん、

鬼太郎ちゃんも」

「いやぁ、驚いた。なんじゃ、其方等、茶飲み友達だったのかのう?」「そうなの?」

「違う」「そうだとも」

………見解は全く違う様だ。

 

「ええい、黙れ。貴様の番は後にあるのだから黙れ」

「二度も言わなくとも。鶏じゃあないのだから」

 

眉間に大いに皺を寄せたぬらりひょんが、熱の無い煙管を咥え、ふぅ、と息を一つ吐き、此方に微笑み、着席を促した。

 

どうやら、隣の吸血鬼を無視する事にしたのだろう。

 

「お待たせしましたぁ。羊羹三つに、お茶三つ………

おぉ、なんだ、忘れ物か?」

厨房からクルン、と宙返りをして飛び出てきたのは権兵衛であり…いつかを思い出させる腕だけの移動方法をとっていた。

片手にはお盆があると言うのに、そして、その上には注文の品もある…一欠片も一滴も溢れていない品が。

器用どころではない。かなり怪(・)し(・)い(・)技である。

「これは見事だ。実に。日本は忍者の国と言うのは真実だったのだね。ベオ」

「左様で」

大いなる誤解である。

 

似非忍者の権兵衛には鬼太郎の抱えている鍋を指し示して、用件を暗に伝える。

「はぁ、そりゃ、流石だな。流石にモテる男は違う」

配膳しながら、一人で得心する権兵衛に色々と抗議をしたかったが、今は控えた。

 

「それではごゆっくりと」

存外、権兵衛の丁寧な接客に複雑な気持ちになりながら、ある意味では上司である…ぬらりひょんへ視線を向けた。

 

「さて…水木くん。

例の件の下調べだが漸く終わったよ」

 

黒き天幕!!

 

「そうですか!では!」

「あぁ、私からの正式な依頼として調査へ向かってくれるかい。現地の情報は協力者に叩き込んである」

「何から何まで。助かります」

「当然の事だよ。では、この協力者の爺ィと一緒に」

ぬらりひょんは、ルスヴン卿を逆手の親指で指し示していた。

「えぇ。えぇ…?」

えぇ……?

「盛り上がってきたね!水木くん」

目の端では影が蠢く姿に成り代わる…溌剌とした紳士は、満面の笑みであった。

「…あの、自分は構わないのですが、なんだって、そんな流れに?」

「諸々は現地へ向かう列車の中で聞くと良い……長旅だから、話題は多い方が良いだろうからね」

………表情を読むに、誰よりもぬらりひょんが納得していないな。

「……いよいよじゃな。して、ぬらりひょんや。

場所くらいは、其方の口から聞いても良かろう?」

 

「…仰られる通りですな。では、水木探偵」

 

「はい」

 

「黒き天幕を暴きに、神戸へ向かえ!」

 

「承知」

 

まずは、一歩。

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