鬼太郎達との生活が始まって数日が経った。
親父さんや、ちゃんちゃんこ達の手伝いもあり鬼太郎の育児も順調そのものだ。
人間の赤ん坊より成長が少しばかり早いが、まだ立って歩いたりは出来ないし、お喋りも単語らしきモノを繰り返す程度だ。
…親バカみたいだが、とても可愛く見える。
とくに、お肌が、モッチモチしていて愛い。
よく、ほっぺを親父さんと一緒になって、ムニムニつついている。
実に気持ちが良かった。
そんな事を思い出しながら、軽い足取りでの帰宅途中の事だった。
真っ赤な夕日の中、汗を乾かす清涼な風を受けながら、生温い嫌な気配も感じていた。
……如何にも後ろに誰かいる気がする…。
しかし、何度も振り向くが、誰も居ない。影も無い。
時折、走ったり、人混みの中に入ったりして、撒く努力もしたが…全て無駄だった。
だんだんと近づいて来ている。
足音まで聞こえるくらい近くに。
その足音も奇妙な音なのだ。
『ベタベタ』と聞こえる。
俺の後についてきているならば、俺と同じ様な足音の変化が、あって然るべきだ。
硬いコンクリでもベタベタ。舗装された地面でもベタベタ。砂利でも。雑草の上でも。水溜りの中でも。
ベタベタベタベタベタベタベタベタベタ
………なんなんだこりゃ。ベタベタ
足音だけの尾行者ベタベタ…なにがしたいんだ。ベタベタ
あぁ五月蝿いなぁ…。ベタベタいくら足音だけでも近づきすぎだろうベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタ
はぁ〜。最近は鬼太郎がいる為に家の中では吸わぬタバコを咥えて火をつける。
フゥーーーー
どうしたもんか。こんなモノ…家に連れ帰るワケにもいかな…………いや、親父さんなら、何か解決策もしくは、この足音の正体も知ってるかもしれないなぁ…人魚もいる事を知っていたし。
それに、悪いモノなら、あの猛獣三匹が許しはしないだろう。
フフフ。ベタベタ野郎め。俺には助っ人が沢山いるんだぜ。
少しばかり、強気になり振り向いた。
…………まん丸な餅がいた。
タバコが口から地面に飛び降りていった。
なんだこりゃ。
餅には足が生えていた。今はピッタリ、俺の一歩後ろで立ち止まっている。
試しに餅を見たまま後ろにニ、三歩、歩いた。
ベタベタ
コイツだ!餅の足、素足から、あの音が聞こえる。
また止まる。餅も止まる。
また歩く。餅も歩く。
またまた止まる。餅も止まる。
うーん…今度は餅に向かって歩いてみた。
一歩。餅にくっつきそうだ。
しかし、餅は動かない。
何くそ。負けてたまるか。
ニ歩と足を出したら、餅が横にずれた。
今真横にいる………譲ってくれた。
…?気がすんだのか?
回れ右をして、帰路に戻る。
ベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタベタ
………おい。
また振り向く。
「………何のご用でしょうか?」
餅は動かない。
「何故ついてくるのですか?」
餅は動かない。
「…………偶々同じ道を通っているだけなのでしょうか?」
…それならば、申し訳無いが…。
餅は答えない。
…当然か。口ついてないし。
ベタベタベタベタベタベタ
うん?餅が足踏みしている…まさか答えているのか?
……同じ道を通ってるだけ…なのか……。
その割に俺の後ろに、ピッタリ、くっつき過ぎと思うが……。
まぁ良いや、それなら…。
「お先にどうぞ」
俺は横にずれて道を開けた。
すると、餅がぴょんと跳ねた。
…なんで驚く?
餅がこっちを見ている気がする。
餅が頭を下げる。
俺もぎこちなく頭を下げる。
顔を上げると……餅の大きな口が微笑んでいた。
「どうもありがとう」
そして餅はまた、ベタベタ、と足音を鳴らしながら去っていった。
「…………………話せるんかい」
じゃあ、口で言ってくれ。
「そりゃ『べとべとさん』じゃなぁ」
帰り途中の奇妙な餅の話を親父さんにしたら、あの餅の名前を教えてくれた。
「無害な妖怪じゃ。ただ後ろに引っ付くだけ。退散させる方法も道を譲るだけで良い。偶々とはいえ、見事じゃのう水木さん」
「………あんなにハッキリと見えるモノなんですか?」
「いや、普通の人には足音だけ。鈍い人は足音すら聞こえぬじゃろう。うーん、水木さんは一度地獄巡りをしておるからのぅ。その影響で今まで、見えなかったモノ達が見えるようになってしまったかもしれん…すまんのう……やはり儂一人で行くべきじゃった」
「いや〜大丈夫ですよ。自分でも驚くほど冷静にいれましたから。それに…もち、いや、べとべとさんからお礼も言われましたから。随分、紳士なんですねぇ」
「ハハハハハハ。きっと久しぶりに道を譲ってくれる人に会えたのじゃろう。きっと、嬉しかったのですよ」
それなら、良かった。
「……じゃが、弱りましたのぅ。水木さん。妖怪はそこら中におる。しかし無害な妖怪ばかりではないのじゃ……人間を傷つけるコトが在り方である妖怪も少なからずおる」
背中の汗が冷たくなる。
殴って勝てるような相手ではないだろうしなぁ……。
「うーん…どうしたものか……あっ!そうか!おーい!」
親父さんが隣の部屋に声をかける。すると、あのオカリナが飛んできた。
「オカリナよ。今の主人が鬼太郎である事は重々分かっておる。しかし、儂等の恩人である水木さんが、これから危なくなるかもしれん」
オカリナは、フヨフヨ浮きながら黙って話を聞いている。
「じゃから、水木さんに、くっついて守ってやってくれんか」
オカリナがクルクル回転しながら、俺と親父さんを見ている。
ヒューーーーーーー
「おお!やってくれるか!ありがとうなぁ」
オカリナが俺の目の前に来る。
「水木さん!ご安心を!これからは妖怪オカリナが守ってくれるぞ!」
それは心強い。
「どうぞ宜しく頼みます」
妖怪オカリナに頭を下げる。
ヒューーーーーーー
綺麗な音を鳴らしたと思ったら、オカリナが俺の腕に巻きつく。
暫く、うにょうにょ、と白い粘土みたいだったが、そのうちに腕時計に変形した。
……す、すげぇ。
「…いやはや…本当に変形自在なんですね」
「そうじゃろ!すごいじゃろう!」
親父さんは小さな胸を、エヘン、と張っていた。
ご拝読ありがとうございました。