墓場より   作:ひノし

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第八話

暑さが鳴りを顰め、風が肌寒くなってきた。

家の廻りの木々は明るい色へと染まりつつあった。

 

鬼太郎のミルクや防寒着を買う為に三人で買い物に出た。

鬼太郎はちゃんちゃんこがおんぶ紐になってくれたので、俺の胸の辺りにぶら下がっていた。両手が空くので有難い。

親父さんは、いつかと同じ様に胸ポケットに入って貰った。

 

三人で出掛けるのは、久しぶりの事だった。

 

…川釣りに出掛けた以来か。

……『河童』と相撲を取ったな……。

…案外良い奴らだったな。かっぱ。

 

買い物は順調に終わり、焼き芋を齧りながら帰路についていた。

「はふほふ」

胸ポケットから目玉だけ出して、親父さんも芋を味わっていた。

「うっうっ」

鬼太郎が手を伸ばしてくる。

「ちょっと待ってろよ」

芋を小さな一欠片にして、よく冷ます。

「舐めてくれよ」

「ぁい」

ピチょピチょと芋を舐める。

「ぅまあ」

目を細めて、甘さに感動している様だ。

愛い奴め。

 

ガコーン

 

さっと、鬼太郎を持っている荷物で守る。

少し前方の路地裏から、ガサゴソと音が聞こえる。

人か?それともネズミでもいるのか?

 

なるべく路地裏から遠ざかって、通り過ぎようとした。

 

「しけてんなぁ!魚の骨くらい捨てろってんだ!」

 

足が止まる。

……聞いた事のある声だった。

ちらと路地裏を見る。

ヒトがいた。

全身にスッポリと古ぼけた黄色い布で覆われていた。

不機嫌そうな顔だけは出ていた。

その顔には、見覚えがあった。

と言うより、戦友であった。

命の恩人であった。

 

「ねずさん……ねずさぁーん!!!!」

二度と会えないと思っていた恩人に近づく。

「うん?誰でぃ?………おい!…水木ちゃんか!!?」

「生きてたんですね!!」

「そりゃこっちの台詞よ!」

固い握手を交わす。

 

あのジャングルでの日々にて、ねずさんは俺の友人の一人だった。

 

色々な事を知ってるので、俺達は、先生と呼んでいた。

 

俺達が上官に打ち据えられてるのを見て、

「馬鹿正直に受けちゃいけねぇよ」

衝撃の受け流し方を教えてくれた。

そのおかげで俺達のあざや、たんこぶは全くと言っていいほど減った。

 

食糧が尽き、余りの空腹に震えている時は、

「この虫は、頭を潰せば食える」

「この葉っぱも食える」

「この果実は種以外は食える」

「ここの水なら飲める」

「この根っこは薬になる」

俺達に小声で教えてくれた。そのお陰で何人も死の淵から帰って来れた。

 

東から火薬の匂いがする。と言えば、

そこから、敵が来た。

南に小便の匂いがする。と言えば、

また、敵が来た。

何度も腐り落ちかけてる部隊の命を拾った。

 

好き勝手にジャングルを出歩き、

好き勝手に昼寝をし、

好き勝手にものを食べていた。

不思議な事に、上官共に一度も折檻されていなかった。

俺達は、実は部隊で一番偉い人なのかしらと、当たりをつけていた。

 

そして、あの日、あのジャングルでの、

無理で無茶で無駄で無益で無謀な作戦の前、俺は先生と話をした。

「これでお別れですね。先生」

「もにゅもにゅ」先生はバナナを齧っていた。

「先生のお陰でここまで生き延びる事が出来ました」

「もにゅもにゅ」

「どうか先生はご無事で」

「げぇっぷ。水木ちゃん。俺は先生なんてガラじゃねぇぜ」

バナナを半分渡してくれた。

「それにお別れなんて言うなよ。また会おうぜ」

「ハハハ。分かりましたよ先生…いや、ねずさん。また会いましょう」

あの世で。

 

 

 

ドォオオオオオオオトトオオオアオオオオオ

俺は真っ赤で真っ黒な地獄の中を走っていた。

前へ!前へ!前!前!前!マエへ!!マエへ!!

「おおおおおおおおおおおおおお」

友人達に早く会いたかった。

両親に早く会いたかった。

銃弾の豪雨の中、俺は走り続けた。

持っていた三八式はもうただの棒切れになっていた。

シニタクナイ シニタクナイ シニタクナイ   シニタイ

「あああああああああああ」

ヒュ〜〜バババババババババババババ

凄まじい閃光が頭上に咲いた。

ここまでか……。

 

イマユキマス。

 

「水木ぃ!!!!」

 

誰かが、俺の首根っこを掴み、物凄い馬鹿力で投げ飛ばした。

フワリと浮いた空中から、花火の下にこっちを見ている先生がみえた。

「ぁぁあ!先生ーーー!!せんせぇドォオオオオオオオトトオオオアオオオオオ

そこから先は、よく覚えていない。

ただ、俺はたった一人ぼっちになって、灰になった故郷に帰った。

これが俺の一度目の地獄巡りだった。

 

 

 

久しぶりにあった、ねずさんは、あのジャングルにいた時と変わらなかった。

「しかし…如何やって帰ってきたのですか?」

「うん?あぁ〜まあツテがあったのよ」

「それより、水木ちゃん!世帯を持ったのか!?良かったなぁ!!」

鬼太郎を見て吃驚している。あ〜そう見えるだろうなぁ。

「あぁ、いや、この子は友人の子だよ。やむを得ない事情でね」

「ほ〜ん!そうなのか!やれやれ。相変わらずお人好しだねぇ」

呆れた視線が突き刺さる。

「へへ。恥ずかしいな」

「……褒めたつもりはないが…まぁ良いや!元気そうで良かったぜ」

「ねずさんも。それで、なんだってゴミ箱を漁ってるんだ?」

「俺は如何にも今の消費社会に肌があわなくてね!根無草の風来坊を楽しんでるとこなのさ!最近はまだ食える所があるのに棄てる人間が多くてね、それでこうやって、お宝探しに興じてるんだ」

「また凄い挑戦してるなぁ」

「おうよ!」

グっと胸を張るねずさん。

しかし、腹の虫はそれに付き合ってられなかったようだ。

ぐぅおおおーーーーーーーーーーー

悲鳴を上げた。

「…………」

「…………」

「………芋の食いかけでいいかい?」

「……すまん」

 

もう家の近くだったので、ねずさんには我が家に上がってもらう事にした。

鬼太郎は芋を舐め終わると夢の中に引っ込んだ。

親父さんは空気を読んでくれて、ポケットの中で芋を齧っていた。

すみませんと伝えようと、軽くポケットを触った。

すると、優しくトントンと叩いて返してきた。

お気になさらずという意味だろう。

有難い事だ。

 

「水木ちゃん。こんな森ん中に住んでんだなぁ」

「ええ。涼しく、静かで良いですよ」

「良い趣味だよ。実に」

我が家についた。

「さっ。上がって下さい」

玄関の扉を引いた。

うぉお!!

『垢舐め』ぇ!!

最近は風呂掃除担当になった、あかなめが珍しく風呂場から、出てきていた。

しかも、よりにもよって玄関先に突っ立っている。

……なぜだ。何故そこにいる。

あかなめ。何故ねずさんをじーーと見ている。

……まさか。

駄目だぞ!舐めちゃ!!風呂釜だけだろうが!!

鋭い視線を送る。

あかなめは心なしかしょんぼりした。

…そんな顔してもだめだ。

いくら、日頃お世話になってるとはいえ、客人は駄目だ!

残念そうな顔のまま、トボトボと風呂場に帰っていった。

はぁ……気を取り直してねずさんに声を掛けようとしたが、

「水木ちゃん。ミえんのか?」

「はい?」

「妖怪だよ」

言葉は飲み込んだ。

 

鬼太郎を寝室に寝かせる。

親父さんに鬼太郎を頼み、俺は玄関先に出た。

気まずい沈黙が流れる。

森は、シン、と静まり返っていた。

俺は懐からPeaceを取り出した。

「一本くれねぇか?」

「どうぞ」

「ありがとうよ」

マッチで、ねずさんの煙草に火をつける。

そのまま自分のにも。

フゥーーーー

小さな雲が二つ並んだ。

「……ねずさんも見えるのか?」

「見えるぜ………だが、水木ちゃんとはちょい事情が違うなぁ」

「?」

「半分人間。半分ネズミ。それが俺という妖怪だ」

「なんだって!?」

「フフフ。面白えだろう?」

「でも!全然見た目は…」

「そうだな。見た目はな。だがそれは、あの赤ん坊もそうだろう?」

「分かるのか?」

「あんだけ近くによりゃ分かるぜ。人間の赤ん坊があれだけの霊力を持ってる訳がねぇ…水木ちゃん。あの子はナンだ?ナニモノの子供を育ているんだ?」

「…………本当は誰にも言うなと言われているんだ。だけど、ねずさんを信じてるからな……………幽霊族の子供だ」

「何ぃ!?……まだ生き残りがいたのか」

「知ってるのか」

「俺達、妖怪じゃあ有名だ。だが、それも殆ど御伽噺としてな」

「そうなのか」

「…心配すんな。誰にも言わねえよ」

「心配してないさ」

「フフフ。変わらねぇな」

「へっくしょい!冷えてきたなぁ。水木ちゃん茶でも淹れてくんねぇか?」

「いいとも」

 

変わらぬ友と家の中に引っ込んだ。




ご拝読ありがとうございました。
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