どうしてこうなったのか。
なぜ初の小説がこれなのか。
僕にもわかりません。
仮に小説書くとしたら水晶巣崖の話
かなぁとか思ってたんですけどね…
X開設の狂気にやられたんだぼかぁ
ある英雄についての記述
ここ最近、とある革命的ゲームと
それに関するインターネットのバズりを
受けて、海外からの移住者が格段に増えている。
そんな今だからこそ、日本に来てくれた人に、
そして我が国の国民にも今一度知ってほしい
人がいる。
それは、『福沢諭吉』である。
日本国民なら誰しも知っているこの男。
おそらくお手元の財布の中、あるいはへそくり
なんかを見てみれば、そこに必ずいるであろう
人呼んで『永世究極英雄』
だが、その偉業を正確に知っている人は
一体どれほどいるだろうか。いや、もしかしたら
今この文を書いている私でさえ、把握していない
偉業があるのかもしれない。
しかしそれでも、ほんのわずかでもいいので
この男のことを知ってほしい。
誰よりもカッコよく、鮮烈に、その人生を駆けた
世界が、いや、人類が誇るべき偉人のことを。
彼の出自は今のところよくわかっていない。
生まれた時代はわかるのだが、いつから生き、
そしていつこの世を去ったのかは今のところ
どの文献を見てもわからないのだ。
いつのまにかいて、いつの間にやら消えた。
そういった幻のようにつかみどころのない
ところも彼の魅力の一つなのかもしれない。
〈中略〉
おそらく、彼が初めて歴史書に名を残したのは、
かの有名な『難波血峠事件』であろう。
当時、学問のために大阪に渡っていた福沢は、
その当時、大阪を騒がせていた荒くれ達を一晩
にして殲滅した。ここで語るべきはそれを為した
理由であろう。元々、並外れた力を持つ自分は
必要以上に物事に関与しない方が良いという
考えを持っていた福沢であったが、
宿でお世話になっていた女中が荒くれの被害に遭い
かけ、行動を起こすことを決意したという。
なんと見上げるべき義侠心であろうか。
己に課した戒律を破ってまで世話になった者のため
に尽くす。福沢ほどの男が、自己を苛む恥すら許容
し1人の恩人に報いる。
やはり英雄とはまず先に心が成ってなければならない
と、我々に教授してくれているかのようだ。
そしてこの事件を発端に、福沢の名は全国に轟いて
ゆく。『民化の合戦』や『悪徳誅伐一揆』、さらに
『進科同盟』に『高天原破り』と今の日本を
形作った様々な事件には、
全てこの男が関わっているのだ。
〈中略〉
このように様々な事件を起こし、解決してきた
中でも特筆すべきは、やはり『宙割りの大立ち回り』
であろう。
当時、江戸で1万人の弟子に己の持つ知と力を伝授
していた福沢にある一報が届いた。それは、江戸を
目掛けて特大隕石が降ってきているため今すぐ江戸
を離れて欲しいという知らせであった。
福沢はその知らせを受け、すぐに弟子に江戸の住民
を保護させ、己一人で隕石に対応しようと動いた
ここで驚くべきことは、弟子が一人も異議申し立てを
しなかったことであろう。おそらく、彼らは誰よりも
近くで福沢を見ていた分、隕石すらも憂慮に値しない
と断じたのだろう。日頃から互いに心を通じ合わせて
いなければ到底出来ないことだ。
そして、隕石と福沢との決闘が始まった。
福沢は悩んだ。どうすれば江戸に極力被害が出ないで
済むだろうかと。そうして、そのIQ53万とも謳われる
頭脳で導き出した答えは、
『江戸城の天辺から跳躍し、上空で粉砕する』
というなんとも信じ難いものだった。
だが、福沢という男にはそれを可能と思わせるだけの
力があった。ちなみに、この時の提案に
時の政府は即時許可を出したとされている。
こうして準備も整い、江戸城の天辺で隕石と対峙する
福沢。そして、その時は来た。
爆音を伴い飛来する隕石、天へと昇る福沢。
決着は一瞬だった。
両者が接触したその瞬間、隕石はちりと化し、
英雄を祝福するかのように江戸中に降り注いだ。
そして、上空で福沢が叫んだ言葉こそがかの有名な
「天は人の上に人を作らず!」である。
この言葉は江戸のみならず日本全土に響き渡ったと
伝わっており、これが今の夏の風物詩、
『天下祭り』の元とされている。
〈中略〉
福沢の勇名は日本のみならず世界にも伝わっており、
例えばチベットの僧院では福沢は『インドラの化身』
として伝わっている。興味深いのはこの記述が
なされた当時はユーラシア大陸との間で船は
出ていなかったことだ。つまり、もしこのチベット
に伝わるフクザワが我々の知る福沢であるなら、
彼は、その肉体のみで海を渡り切った。つまり、
最低でも日本海を泳ぎ切ったことになる。
彼が呼びかければ船の一隻や二隻どうにでもなった
だろうにそれをしない。自分の問題は自分で
カタをつける。
そういった心意気がわかるエピソードだ。
〈中略〉
長々と語ってきたが、これでもまだまだ彼のこと
を伝えきれていない。しかし、この文の本意は
彼のことに興味を持ってもらうことなので、
最後にあと一つだけ、エピソードを話して終わりに
しようと思う。
それは、『世界一周友好の義』だ。
当時、福沢の存在を危険視していた海外諸国は
福沢、ひいてはそれを有する日本自体に敵意を
向けていた。そんな中福沢は、単身欧米を巡り
各国のトップ全員に話をつけて来たという。
残念なことに福沢がどんなことを語ったのかは
記録には残っていない。
しかし、福沢の言葉に
よほど感銘を受けたのか、海外には
『Do Hukuzawa, Be Hukuzawa.』
(フクザワたらんとする者は、
皆等しくフクザワであるのだ)
という諺がある。これは、当時の米大統領
『グリール・D・マックルガム』の自伝にあった
言葉が元であり、福沢の高潔さがよく表された
一文であるように思える。
福沢諭吉はあまりに偉大なる英雄である。
一時、『そろそろ紙幣の人物を改めてもいいのでは』
という意見が起こったこともあったが、
福沢の代わりであると納得できるだけの人物を
誰も挙げられなかったことでその論争は幕を閉じた。
福沢とはまさしく日本人を体現したかのような存在
であり、我々の心の奥底に彼のスピリットが
受け継がれていることは疑うべくもない話だ。
我々はぜひ、そのことを誇りに思って、
今日を、明日を、彼のように全力で生きていけたら。
それはきっと、何よりも輝かしい
誇りとなることであろう。
ー『永世究極英雄福沢諭吉伝』より抜粋
意味わかんないですよね。僕もです。
永世究極英雄ユキチフクザワについては
シャンフロWikiを閲覧ください。
何もわかりません
追記:この内容は100%捏造で出来ています