Nizガミンの街外れにある地下6層、地上3層を作り上げた主は狂王+5と言われている。当人が地上3階にいるのだから実際どうなのか聞けば良いのだが、残念な事に彼は狂っていた……いや、当初は軽く狂っていた程度だったのだと思われる。最近は狂い方が酷い。
当初は威厳溢れる正に「王」だった。即死攻撃、範囲攻撃、高い回避率、魔法は使っただろうか……遠い昔の話過ぎて誰も覚えていない。
多分最初は組合長のベッセル率いる一党が打倒した筈だ。入り込むごとに姿を変える広大な迷宮…… ダンジョンと見るや全域踏破せねばなるまいとのある種の脅迫観念で、岩山の迷宮3階全踏破を楽しんでいた彼らは「珍しく強いおっさん」程度の情報を流したに過ぎない。これに飛影が反応した……もしや、マーフィー部屋の代替で使えるのでは?
多分、狂王+5が更に狂ったのはそのせいである。
狂王+5は倒されると必ず「マスターの証」なるアイテムを出す。本来であれば地上3階最深部に棲む狂王+5は一度倒したらまた別の階に下がって入り直さねば再び出会えない。しかし、一回冒険を中断して再び冒険を開始すると……再び戦えるのだ。恐らく魔法や秘術を使い、不死ないしは不滅であろうと企んだのであろう。その意味では確かに狂王は狂っていた。
ラヴサバイバーの拳が半歩進んで狂王に命中! 爆散した狂王の身体は虚数空間で緩やかに再生する──筈だった。しかしそれをラヴサバイバーは許さない。残心を解くと流れる様に持ち込んだちゃぶ台に座してでぇくの息子様が淹れた緑茶を手にする。そして一口啜ってビコンビコンビコンと目が爛々と実際に光り戦意を持つ。虚数空間では敵の侵入に備えて狂王の身体を高速再生する……
死は一瞬であった。死からの再生も充分な時間があれば耐えられなくもない死と再生の苦痛がある程度だった。
しかし、ラヴサバイバーの様に撃破→冒険の中断→冒険の再開を5秒で行うとなれば話は別だ。この5秒の中に【死と再生の苦しみ】が濃縮される。そしてそれが40回近く繰り返されるのである!
更に悪い事に、ラヴサバイバーや彼の一党は「己たちが強くあるのはレスキューやアイテム集めに良い結果をもたらす」と判断した。結果──インベントリが埋まるとマスターの証を消費して溺れるほどの経験値を集めて、また5秒単位で替わる替わる狂王+5を狩り続けた。
虚数空間で聞こえる筈のない音楽が鳴り響く。それは処刑の音色であった。数千回の試行で狂王は学習した。逃れ得ぬ死……そして再生。死ぬまでは知り得なかった──【死は恩寵である】──生き物として避け得ぬ苦しみから脱却する福音であった。しかし、生に固執して再び蘇りまた死するのは苦痛以外の何物でもなかった。何故我は死を避けてしまったのか。
その問いに無頓着な忍者達が猛威を振るう。
そんな馬鹿な。経験値が欲しいのであれば──狂王もこの様な事態を予期しなかった訳ではない。冒険者の成長の糧にされる事を予期して更に高効率で、更に稼ぎやすい怪物を用意している。そちらの方が……と狂王は短時間で繰り返される生と死の中で呪詛の言葉を吐く。全く以ってそれは正しい。
だが、誰がその場所に気付くと言うのだ。それはクローン兵との対戦でランダムテレポートをしなければ到達出来ないエリアにあった。冒険者組合もその場所は把握済みで、忍者達よりも適性が高い侍と忍者の混成パーティー「伝奇衆」が攻略に当たっている。
確かに、経験値取得だけならあちらの方が良い。しかし……冒険者組合は新たな冒険者達の為に更なる転移の兜、村正、君主の鎧……を必要としていた。強さだけ求めるならと言う前提なら、ビショップからの忍者転職が最適だろうが──【このNizガミンでは】数多の装備が、レア装備がボルタック商店で買えるのだ。既に迷宮産の装備が全て買える様になって久しい。経験値の他に装備も集めるならばこの岩山の迷宮3階は最適だ。更にマスターの証も取得出来てバランスもいい。今数えたら「異形の忍者達」「組合長の一党」「悪の集団」「伝奇衆」「桃太郎卿の教育隊」「太陽の勇者の一党」と28名にも及ぶ4桁レベル勢が組合に所属していた。更にそれ以下のレベルの組合員がまだまだ迷宮で腕を磨いている。
そして……中には純粋に名誉や強さなどの自己実現を求めて迷宮に挑む者もいたが、その多くは冒険者──危険を冒す者、生と死の狭間の中で戦いや探索に興じる者たちだ。宝箱が有れば中身がなんであれ開けたいし、ダンジョンとなれば踏破し尽くさないとイライラする狂人だ。長であるベッセルは云う。手を抜く訳でも死にたい訳でもない。ただ、己らを打倒し得る強敵と戦い「それを打倒できた」という喜びが我々を駆り立てるのだと。
人は何事にも狂うものである。
読者諸兄の中にも筋トレに励んだ事がある方もいらっしゃるだろう。筆者も若い頃にハマって腕立て200回5セット、腹筋500回2セットなどを毎晩繰り返した時期があるが、腕立て伏せも一度に可能な回数が増えると更なる回数に挑み、大胸筋の厚さが増せば喜び、腹筋が割れれば破顔し、上腕二頭筋が隆起する様を見れば更に鍛えたくなるものだ。何がしかの苦労をして僅かでも成果が出れば嬉しいもの。恐らくは苦行に向かう修験者も、日夜学業に励む研究者も、或いは被虐を求めるマゾヒストも、過酷なダイエットにより拒食症になるのも同じ理屈であろう。
更に、更に……もっと先に!
人々の想いは加速してエスカレートする。それが発狂とは異なる「狂う」ということだ。その意味では冒険者などという生き物は狂っているのである。そして狂った者たちが集まると更なる先鋭化によりカルトとなる。
狂王+5の不運は彼の下に共に狂える仲間が居なかった点にあるかもしれない。彼はカルト化による先鋭化が如何に激しいものか知る事が出来なかった。そして組合長ベッセルは元々グローランサに生まれたカルト宗教、フマクト神を奉じる集団の司祭「フマクトの剣」であり、幼少時からカルト──狂った集団がどの様になるかを知悉していた。いくらでも狂うのだ。人という生き物は!
自らの狂気の浅さに気付けぬまま迷宮を築いた狂王は、今更ながらにして狂気がどれだけ先鋭化するかを身をもって経験し、そして文字通り発狂した。今や自ら編んだ呪法により呼び出され、身に付いた戦いの技を駆使しようとしたがそれを阻まれる機構となった。
そんな狂人を血煙に変えながら、番茶を啜るライオン丸はこう呟く。
「そんな事よりムラマサだ」
狂人の狂人による狂気のダンジョン。
そこに棲むのは紛れもなく怪物なのだ。