無限に怪物が湧き、地下一階を僅か数十フィート歩くだけで死者が続出する迷宮は──下手をすると王国を滅ぼす呪いであった。
魔物が這い出すから? 否。怪物は決して外には出ない。
沢山冒険者が死ぬから? 否。自ら死に赴く狂人というのは一定確率でしか発生しない。
問題は、ダンジョンの産出物だ。
ある種の錬金術めいた「怪物が持つ金貨」は極めて良質な金であり、ある意味ではこの迷宮自体が枯れる事なき金山だ。この魔法の金山は金の流通量を増やして金相場を──金の価値を減らしてしまう。奇しくも冒険者組合を組織して金を市場に流さぬ様プールした事で、金相場の下落は防がれた。また、積極的に装備をボルタック商会に売却するとボルタック商会は買値の倍の価格で品物を販売する。この為冒険者達はボルタックではなくボッタクリだと言うのであるが、王国は迷宮産のアイテム売買に高額の税を課している。安価に出回る事は治安維持上多大な問題が発生してしまう──税収増加と強力な武器類の流通防止が目的だ。
強力な装備を手にする為には組合から融資を受けてボルタック商会から装備を買い、危険な迷宮の難易度を下げて踏破しなければならない。その借金を返す為に迷宮を巡り、それでも尚全滅が発生するなら組合の救助隊が動く。ある意味では冒険者組合は金鉱脈の管理と経営を行っているのである。この構造はまた別の迷宮探索経験があり、それが結果として迷宮を有する国が滅んだのを目の当たりにした──組合長ベッセルの一党に所属する書写屋パイレミンが発案した。そして名代として王宮に赴き、王国の財務を説得して組合の設立を認可させたのである。
また、組合所属の冒険者をコントロールする為にベッセルの一党と異形の忍者集団は常に鍛錬を怠らない。それはある意味で彼らの望みと合致する事ではあるが、迷宮の深奥に棲む怪物以上のモンスターが彼らである限り武力による組合転覆は不可能なのだ。既に一度エルフの里からエルフのみの一党がやってきて組合乗っ取りを企てた事があったが、どれだけ頑張っても──組合が積極的にサポートしてもだ──好きこそものの上手とはよく言ったもので、迷宮散策が好き過ぎるベッセルの一党には近付きはすれども並び立つまでは行かなかった。
正直な話、組合が望めば組合全体で国と一戦交えて勝つ事は出来るだろう。だが、国を乗っ取ってどうすると言うのだ? 迷宮狂は迷宮に潜りたいのであって別に支配欲は無い。王国経営などの些事は王と大臣に任せて彼らは心ゆくまで迷宮に潜りたい。利害は一致した。
Nizガミンの様な迷宮自体は各地に存在しており、そのいずれも上手くコントロールしなければ様々な形で国に影響を及ぼす。或いは迷宮とは狂える創設者が遺した生きるもの達への呪いだ。だが、それが呪いの産物であったとしても、上手くコントロールすれば巨大な利を生む機構にもなる。
今このNizガミンが上手く回っているのは、人知れず平和を維持する為に尽力する何人もの英雄が配慮を怠らず腐心しているからだ。それは吟遊詩人が奏でる必殺技を駆使して強力な魔法を用いる戦闘者のサーガでは無いのだが──狂える迷宮踏破
この様に、世間一般で語られる英雄像と「実際に王国を救い続けている」英雄によく似た者達の間には壮絶な違いが存在していた。現実の英雄達は王国に壊滅的な危機が訪れる様なヘマはしないし、ヒサツワザの名など叫ばない。事が起きてから鍛錬したり、伝説の武具を段階的に取得することもない。冒険者組合に頼めば最初からカシナートも極上の鎧や英雄の鎧、守りの盾、銀の兜……大抵のものは最初から装備出来るし、マスターの証を用いた「酒場でレベルアップ」すら可能だ。そして借金と義理で雁字搦めに縛り付けて死を賭けた迷宮探索に送り込まれる。最強一歩手前の装備を手にしたぐらいでは、そう簡単に経験も稼げない。やはりそれでも慢心したら死ぬし、蘇生費用でまた借金が増す。蘇生してもらえるなら勝ったも同然だと喜色を浮かべるルーキー達も、一度死んで蘇生すると真顔になる。生き返った事がないから知らぬのだ。案外魔法蘇生は苦痛である。何度も何度も死ぬのは文字通り「死ぬほど辛い」
実際Nizガミンで一度死んで蘇生してみれば分かるのだが、死者蘇生は……いや、魂だか命だかをゼロから1にする作業には、1年の時間が必要らしい。魔法による蘇生はこの1年を短時間で経過させる作用があるらしく、蘇生完了すると肉体は1年程度加齢する。逆に言えば寿命が1年縮むのだ。
死が文字通り死ぬほど辛いこと、死からの蘇生が死と同じくらい辛いこと、そして死からの復活を遂げた以上、生物としての必然として最低一回はまた死なねばならぬこと──ここに至り、冒険者達は理解する。生と死の知らない方が良い事実を知るから死神教のフマクトカルトは死からの復活を拒むのだ。一度蘇生してみた冒険者は例外なくフマクト司祭の言葉に従う。死んではならないし、蘇ってはならない。一度死んで蘇った経験のあるでぇくの息子様もこれには同意見だ。死ぬならそれが生の最後であり、次には天の国に迎え入れられる【べき】である。そうでなければ狂王+5の様に発狂するであろう。生物は生と死を個体として繰り返す様にデザインされていない。
依って、組合では基本的にカント寺院に強い忌避感を持っている。死者の復活も可能な神の僕として民衆からの支持が高い宗門ではあるが、魂の安寧を考えれば死者復活など出来るだけしない方が良い。滅多に死なないから民衆は死と復活の苦しみを知らぬのだ。それは最早救いではなく呪いだ──尤も、カント寺院もだからこそ復活費用を高額にして出来るだけ復活しない様に努めているのだが──彼らが敢えて死者蘇生の際に低確率で灰となり、灰からの復活に失敗するとロストする様な呪文を用いているのはこの為である。実は狂王+5が間違いなく復活してロストする事が無いのは、かつてカント寺院が手放した禁忌の呪文に依る。彼は秘術を得て得意だったのだろうが、何故秘密にされたかは考えなかったに違いない。