元レガ主のワイ、二度目の転生はケモ耳美少女だった件   作:アルティメット穢れた血

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 思った以上に長くなってしまったので、前後編に分けざるを得なかった……

 後編は明日投稿します。



「“恐怖”というものには鮮度がある」

 とある日の夜、とある森の中の一画――

 本来ならば夜の闇に支配され、シンと静まり返っているはずのそこは今、うっすらと輝く明かりとギャアギャアという“()()()”の鳴き声に支配されていた。

 

 

「ほう……これが……」

「へい。先日我々が捕獲した魔獣でさぁ」

 

 

 その手にランプを持ったいかにも悪党といった醜い風貌をした男が、自身の隣に立っているもう1人の男に対して気色の悪い笑みを浮かべる。

 ランプを持っている男が重度の猫背であるためか、もう1人の男の背は本来の彼の身長よりも高く見えた。

 

 

「――確かにこれは珍しい。

 私も噂程度では耳にしておりましたが、本物ははじめて見ます」

「へへへ……そうでしょう?

 この珍獣、是非司祭様に買い取っていただきたいと思いまして……」

 

 

 2人の目の前には馬車から降ろされたばかりの巨大な檻――大型の獣などを閉じ込めておくために利用されるものだ――があり、その中には鎖で繋がれた奇妙な生命体が暴れ回っていた。

 

 

 大きさは人間の大人よりも一回りも二回りも大きく、脚は四つ足、頭から前脚のあたりまでは鷲で、それより下は馬、そして背中からはやはり鷲の羽根が生えている実に珍妙不可思議な獣――

 

 「ヒッポグリフ」と呼ばれる魔法生物である。

 

 ――ただし、「魔法」という概念が存在しないこの世界では、ヒッポグリフに限らず通常の生命体とは異なる系統樹に属する神秘的存在は総じて「魔獣」と呼ばれている。

 

 

 全身の羽や毛を黒曜石か黒真珠のごとく漆黒に輝かせているヒッポグリフは、檻の外から自分を見つめている男たちに対して怒りの声をあげてその身を震わせていた。

 

 

「ふむ……いいでしょう。

 見たところまだ成体ではないようですが、これは良い生体サンプルになりそうです。

 そちらが希望する金額で引き取らせていただきましょう」

「へへーっ。ありがとうごぜえます。

 こいつを生け捕りにするのは本当に俺たちも骨を折りまして……

 いや、“骨を折る”どころの話じゃありやせんね。くたばっちまったやつも――」

「余計な話は結構。

 私は今や多忙の身。商談は速やかに済ませていただきたい」

「は、はい……ペトス様……」

 

 

 ペトスという司祭の口から発せられたどこか冷たい雰囲気を感じさせる声に、猫背の男はビクリと一瞬その身を跳ねさせる。

 その顔には先ほどまでの気色悪い笑みではなく、「恐怖」という感情を見るからに浮かび上がらせていた。

 

 

「いやぁ、これは楽しみですねぇ……

 この太く逞しい首を我が鎖で秒もかからずにねじ切ったら、いったいどんな血をその身から流してくれるのでしょうか?

 鷲と馬の体をしているのですから、実に獣臭い鮮血がほとばしるに違いありません――」

 

 

 ペトスはかけている黒いサングラス越しに改めて目の前のヒッポグリフをじっと見つめる。

 

 ――サングラスに隠された彼の瞳は珍しいものを目にしていることによる好奇心ではなく、汚らわしいものを前にした者が見せる侮蔑の色に染まったものであった。

 

 

(――ケッ。相変わらず悪趣味な野郎だ。

 聖教の高位司祭なんていう金のある御身分でなけりゃ、あんな輩とはそもそも商売なんてしねえのによ……)

 

 

 そんなペトスから少しずつ距離をとりつつ猫背の男こと密猟団の頭は心の中で愚痴を吐いた。

 

 

 密猟団の頭が内心つぶやいたように、ペトスは聖教の司祭である。

 

 しかし、彼には聖職者という身分でありながら致命的な欠陥を抱えた人間であった。

 

 首元まで伸ばされて切り揃えられた髪の毛に黒いサングラスという司祭らしからぬ外見もそうだが、それ以上に異常なのはその内面だ。

 

 

 ――誰かの命を自らの手で奪いたい、すなわち「誰かを殺したい」という殺生に対する強い衝動を秘めており、加えて自らが殺めた存在に対して歪な美意識を抱くのである。

 

 

 人間、エルフ、獣人、魔獣、その他の生命体――この世界で生きとし生けるものすべてがペトスのそんな性癖のはけ口だった。

 

 彼がこれまで勤務してきた教会や聖堂の中には、彼が密かに殺してきたものたちの死体や首、臓物や体の一部が今もなお大切に保管されているなどという噂もある――

 

 

 これだけでもペトスが異常者であることは間違いないのだが、彼をさらに異常者たらしめている理由が他にもある。

 

 

 ――彼は極度の差別主義者であり人間至上主義者であった。

 

 ペトスにとってこの世界、この大地のすべては女神ベアートリクスの祝福と加護を受けた()()()与えられし天恵(ギフト)であり、エルフや獣人、魔獣やその他生命は皆そんな女神が人間のために用意した施しを盗まんとする賊徒にして汚らしい足で踏みにじる低俗な輩にして群がる害虫・害獣だったのである。

 

 

 また、彼にはこの世に生を受けた時から「“悪魔憑き”を臭いで嗅ぎ分けられる」という異能とも呼ぶべき特異体質持ちだった。

 

 この先天的異能と「“悪魔憑き”の発症者には人間よりもエルフや獣人のほうが圧倒的に多い」という事実がペトスの狂信にさらに磨きをかけ、これ幸いとばかりに自らの「()()」の口実として利用していったことは言うまでもない。

 

 

 極まった思想と特異体質、そして先の異常性癖が組み合わさったことにより、いつしかペトスは聖教の高位司祭という皮を被った血に飢えた殺戮者へと変貌した。

 

 彼はまさに本来噛み合わないはずの歯車同士が最悪の偶然により噛み合ってしまったがために完成してしまった怪物だった。

 

 当然そんなペトスのおぞましい本性を知った者たちは次々と彼という存在を恐れてそのそばから離れていったが、ペトス自身はそんなことは微塵も気にしなかった。

 

 そのような在り方がペトスにとってまさに僥倖ともいえる運命をもたらすこととなったからだ。

 

 

 『ナイツ・オブ・ラウンズ』。

 聖教の裏に潜む秘密結社『ディアボロス教団』――その最高幹部にして事実上のトップともいえる12の席の内のひとつをペトスは与えられたのである。

 

 司祭としてのそれまでの働きだけでなく、殺戮者として多くの命を奪ってきたことによって養われた戦闘能力と殺しのセンスを買われたことによる抜擢だったとペトス自身は記憶していた。

 

 ――実際はこれに加えて、ペトスが座った第十席の前任がある日突然何者かによって殺害されたため空席となったことも理由なのだが、ここでは割愛する。

 

 

 こうしてペトスは司祭としての表の顔だけでなく教団最高幹部の1人という裏の顔も手に入れたことで人生の絶頂に達した。

 

 それこそ、このまま昇天して女神ベアートリクスの胸に抱かれてもいいと思うくらいに――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がさり――と、ペトスたちの耳に草木が擦れる音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、今のは――!?」

「誰だ!?」

 

 密猟団の馬車とヒッポグリフを閉じ込めている檻の周りにいたごろつきや魔剣士たち――前者は密猟団の構成員で後者はペトスの部下――が音のしたほうへと一斉に目を向ける。

 

 ペトスと密猟団の頭もそれにつられて視線を同じ方向へ変えてみると、少し離れた森の木々の中に紛れて小さな人影がひとつ見えた。

 

 

 ――人影が後ろに振り返り勢いよく森の奥深くへと駆けていったのは同時だった。

 

 

「逃げたぞ!」

「カルロ」

「はっ!

 ――いくぞ! ついてこい!」

 

 

 密猟団の頭が叫ぶのと同じくしてペトスは自身のそばに控えていた魔剣士の名前を口にする。

 

 カルロと呼ばれたその魔剣士はすぐさま部下である2人の若い魔剣士を引き連れて森の中へと駆けていった。

 

 

「今の人影……おそらく子供じゃねえですかい?」

「でしょうね」

 

 

 密猟団の頭の問いにペトスは即答で頷いた。

 それと共にペトスの手元からじゃらりという金属音が響き渡る。

 

 

 ――気がつくとペトスの両手にはいたるところが赤く染まり、ところどころが錆びついた鎖が握られていた。

 

 鎖の先端部には棘の付いた黒い分銅があり、その色と合わせて明らかにただの鎖ではないことは明らかである。

 

 

「間違いなく我々の顔を見てしまったでしょう――

 仕方ありませんね。せめて苦しみは一瞬で終わらせてさしあげましょう」

 

 

 物騒だがどこか慈悲深そうな雰囲気に包まれた声がペトスの口から漏れる。

 ――しかし、そのような言葉を発した彼の口は不気味なほど真上にその端をつり上げていた。

 

 

「……あまり汚さねえでくださいよ?

 証拠が残らねえように処理すんのはこっちなんですから……」

 

 

 愛用の殺戮用具を取り出し早くもその顔を狩猟者のそれに変えたペトスを前に、密猟団の頭は大きくため息をついた。

 

 周囲からは彼の部下であるごろつきたちの「またかよ……」などの呆れ声もかすかに聞こえたが、頭はそれに対してなにも言わなかった。

 それを耳にしたペトスが機嫌を損ねて彼らの首を次の瞬間鎖で引き千切るようなことになっても、そうすれば自分が巻き込まれる可能性はないからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「連れてまいりました」

「ご苦労様ですカルロ」

「…………」

 

 カルロたちが1人の子供を捕らえて森の中から戻ってきたのは、彼らが森の中に入って10分ほど時が流れてからだった。

 

 3人の魔剣士に左右と後方を囲まれつつペトスの前に突き出されたのは、フード付きのマントを身にまとった子供。

 顔はフードを深々と被り、かつ俯いているため見ることはできないが、全身のいたるところが震えているのがペトスたちにはすぐにわかった。

 

 ――全身を鎖で縛りつけられ、おまけに前に出された両手には魔力を封じる効果がある手錠がかけられている。

 ここまでされていれば怖がって当然か、と子供の姿を見た密猟団の者たちは思った。

 

 

「ふふ……そんなに怖がらなくても結構ですよ?

 悪いようにはいたしませんの、でッ!」

「あっ……!」

 

 

 子供の頭にそっと手を伸ばしたペトスが、次の瞬間被っていたフードを強引に脱がせる。

 

 それと同時に、ぴょこんと音をたてるように2つの特徴的な耳が子供の頭から飛び出した。

 

 ――獣の耳だ。

 

 

「獣人……」

「っ……!」

 

 

 思わずつぶやいてしまった密猟団の頭を子供――獣人の少女が睨みつける。

 

 白銀の髪に白い肌、灰色の瞳と鋭い目をしたその少女は、先ほどまで森の中を駆けていたとは思えないくらいその身を白く美しく輝かせていた。

 小柄で背は低く幼い外見ながらも、数年後にはなかなかの美人に成長するかもしれない、などと密猟団の者たちは夢想する。

 

 

「おやおや……

 これはなんという幸運でしょうか?

 このようなところでこんな珍種に出会えるとは――!」

 

 

 ペトスの口から漏れたそのような品のない声によって密猟団の頭ははっと現実に引き戻された。

 

 

「ち、珍種?

 もしかして、その獣人の娘っ子が……?

 どういうことですかいペトス様?」

「そのままの意味ですよ。

 白銀に輝く髪に白磁器のような肌、そしてこの特徴的な耳――

 ()()は銀狼族。今や絶滅の危機に瀕している獣人の中でも極めて希少な種です」

「――人のことを“これ”なんて物かなにかのように言うな」

 

 

 いきなり自らの顔に手を触れてきたペトスに対して獣人の少女は顔を歪めて不快感をあらわにする。

 少女の白銀の髪が少しずつ逆立っていくのが密猟団の頭の目に映った。

 

 

「ぐっ……!?」

「自らの状況と立場をわきまえてものを言いなさい。獣風情が」

 

 

 ペトスがその顔に穏やかな笑みを浮かべながらも少女の髪を強引に掴んでひっぱる。

 だが、ぶちり、とかすかに音がして少女はペトスの魔手から強制的に解放された。

 

 

「――本当に美しい髪ですね。

 獣のものとは思えないほど魅力的なのは、やはり英雄の直系の血筋であるがゆえなのでしょうか?

 いやぁ、実に興味深くて神秘的です……」

 

 

 自らの手に握られた少女の何本もの髪の毛をペトスはゆっくりと顔に近づけ、スーッと鼻から息を吸いつつその匂いを嗅いだ。

 少女や密猟団の面々、そして一部の魔剣士たちはペトスのそんな奇行に思わず「うわっ……」と声を漏らす。

 

 

「ハァーーーーッ……

 ですが、香りはお世辞にもよろしくはない。

 獣特有の臭さといいますか、鼻の奥にまで響く不快感といいますか、嗅いで損しました」

「失礼だな。清潔には気を遣ってるよ。

 なんかアレルギーでも患っているんじゃないかあんた?

 いい耳鼻科紹介してや――グフォッ!?」

 

 

 少女の皮肉はペトスが彼女の腹に蹴りを入れたことによって中断された。

 

 その場にうずくまりむせる少女の頭髪を再び掴んだペトスは、またしてもぐいっとそれをひっぱって少女を無理矢理立ち上がらせる。

 

 

「二度も言わせないでください?

 身の程をわきまえない低俗な輩は獣であろうと人間であろうと私は好きません」

「――安心しなよ。わたしもあんたみたいな男は嫌いだからさ」

 

 

 サングラス越しに少女に侮蔑の目を向けるペトスに対して少女はニッと白い歯を見せて笑った。

 

 今もなお余裕そうな顔をする少女にペトスは一瞬目くじらを立てた――サングラスにより少女をはじめ他の者は誰も気づかなかった――が、すぐにフッと笑みを浮かべて少女の髪から手を放した。

 

 

「貴重な生体サンプルが2つも手に入ると思ったのですが……

 残念ながらひとつは生きて研究所に持ち帰ることはできなさそうですね」

 

 

 ――じゃらり。

 

 

 ペトスの手に再び鎖が握られ不気味な金属音を響かせる。

 

 それを見た密猟団の頭やごろつきたち、そしてカルロら3名を除く魔剣士たちはこれから起きる惨状に巻き込まれないよう慌ててその場から後ずさった。

 

 

「カルロ、お前も下がれ。

 そこだと巻き込まれてしまう」

 

 

 ペトスのその言葉に少女の後方に立っていたカルロが無言で軽く頭を下げた後、ペトスの右側面のあたりに移動する。

 それと同時に、いまだ少女の左右に位置取っていたカルロの部下である若い魔剣士2人が少女の体をガッシリと押さえつけて無理矢理その場に跪かせた。

 

 

「獣は人間に狩られるのが道理――

 そして無様に地に伏せるのがお似合いです」

「道理? 誰がそんなこと決めたんだ?

 あんたの頭の中にいる都合のいい神様か?」

 

 

 ――死を目前にしても少女はまだその顔に余裕の笑みを浮かべている。

 

 そんな少女を見下ろすペトスはそれが内心非常に腹立たしくて仕方なかった。

 

 

 今まで自分に狩られてきた者たちは獣人であろうとエルフであろうと、そして人間であろうと皆が最期にはその顔に「恐怖」や「嘆き」、「絶望」といった感情を浮かべていた。

 

 それなのに、目の前にいる()()はなぜ死を前にしても笑っていられる?

 

 死を恐れていないとでもいうのか?

 

 ラウンズである――『ディアボロスの雫』を得た私ならともかく、ただ鬱陶しいだけの()が「死」という恐怖を乗り越えたつもりでいると?

 

 

 ――ふざけるな!

 

 思い上がりも甚だしい!

 

 

 生まれながらに天恵を授かったのは私だ!

 

 我々「人間」だ!

 

 ゆえに私はラウンズにまで上り詰めることができた!

 

 

 畜生は畜生らしく「狩られるもの」としての立場をわきまえて存在しているがいい!

 

 怯えろ!

 

 自らの愚かな選択を悔み、そして嘆け!

 

 それだけがこの世界でお前たちに許されることだ!

 

 下等生物風情が人間にたてつこうとすること自体おこがましい!

 

 

(あの忌々しい金豹族の親子といい、なぜこうも私に――!?)

 

 

 ――気がつけばペトスの脳裏には2年ほど前の出来事が蘇っていた。

 

 

 それはペトスのラウンズ就任を決定づけた聖教、そして教団から受けたとある任務でのことだ。

 

 その任務とは「悪魔憑き」が発現した獣人――金豹族の娘の確保と、その血と共に「真実の歴史」を御伽話として継承している金豹族の殲滅というものであり、それ自体は問題なく終わった。

 

 だが、ペトスはその任務において2つ気に食わないことを体験した。

 

 

 ひとつは金豹族の族長――標的である「悪魔憑き」の父親であった――が、最期まで「恐怖」も「絶望」も抱かなかったこと。

 

 彼は娘が逃げる時間を少しでも稼ごうと族長にだけ伝わる禁術を発動してまでペトスに抗った。

 

 それはペトスから言わせれば無謀かつ無駄以外のなんでもないことであったが、どれだけ力の差を見せつけても族長はその意志を折ることも揺るがせることもなくペトスに挑んできたのである。

 

 結局彼はペトスの鎖によってその首をねじ切られて死亡したが、それでもなおその顔に、その意志に「恐怖」や「絶望」を浮かべることはなかった。

 むしろ最期までその逆――「勇気」と「希望」を業火のごとく燃え上がらせていた。

 

 

 ――実に気に入らない。

 

 

 もうひとつは標的であった「悪魔憑き」、リリムという金豹族の娘その人だった。

 

 ペトスはリリムの父や母、赤子であった弟までもその手にかけ、彼女の顔と心に「恐怖」と「絶望」を彩らせた。

 

 ――だが、最後の最後でリリムがペトスに対して向けた顔に浮かべていたのはそれらの感情ではなく「怒り」であった。

 

 

『殺す……!』

 

 

 なんの力もない獣人の小娘風情が自らの命を奪おうと襲いかかってきただけでなく、意識を失い身柄を確保されるその瞬間まで殺意を宿した目を向けてきた――

 

 

 実に腹立たしい。

 

 

 おまけにその後、確保したリリムを研究所に移送していた馬車が謎の武装集団に襲撃されたうえに、そのリリムも襲撃者たちと共に逃亡したという事実が余計にペトスを苛立たせた。

 

 ――幸い族長の死体とその血から金豹族族長に伝わっていた禁術のデータが手に入ったことによりラウンズ昇進は揺るぎないものとなったので溜飲を下げたが。

 

 

「……っ!」

 

 

 黒いサングラスの内側でペトスははっと現実に戻り目を見開く。

 

 あれから時間は1秒も経過してはいない。

 

 サングラスの向こう側にはいまだに銀狼族の少女が不敵な笑みを浮かべてペトスを見上げていた。

 

 

 ――どうした? こないのか?

 

 

 少女の目は明らかにペトスに対してそう挑発するように言っていた。

 

 

(舐めるな、獣臭いヒトモドキが!)

 

 

 鎖が握られたペトスの右手が動く。

 

 

「――すべては女神ベアートリクスと教団の御意志!

 せめてもの情けだ。貴様の首と死体は剝製にして私の部屋に永久に飾ってやろう!」

 

 

 その言葉と共にペトスの右腕が少女に対して振るわれた。

 

 

 

 

 我が絶頂はその歩みを止めることはなし――!

 

 

 興奮からかペトスの視界にはすべての動きがスローとなって映った。

 

 少女の首に絡みつき、それを千切り落とさんとする自らの鎖が月明かりに照らされて一瞬輝きを放った時、ペトスはその光の中で女神ベアートリクスが自分に対して微笑みを浮かべている姿を見た気がした。

 

 

 嗚呼、女神ベアートリクスよ!

 やはりあなた様の天恵は今も我がもとに――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残念だけど、あんたにキスをしてくれるのは女神様じゃなくて死神か吸魂鬼(ディメンター)だワカメちゃん頭

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 ペトスの振るった鎖は少女の首を落とすことはなかった。

 

 その代わり、ペトスの鎖を握る右手がその腕ごと少女の前にぼとりと落ちた。

 

 

 ――ペトスの目に映る少女の顔が不気味に歪む。

 

 

「なにが――」

 

 

 ――なにが起きた?

 

 そう言いかけたペトスは顔ごと自らの視界を右に向けると、思わず声を発するのを止めてしまった。

 

 

 なぜなら、ペトスの視線の先――先ほどまでペトスの右腕が存在したであろうそこには、自らの剣を振り下ろしたカルロの姿があったからだ。

 

 

「か、カルロ……!?

 お前、なにをして――」

 

 

 ――なにをしている?

 

 そう言い終わる前に、ペトスは自らの腹部――左右の横腹からどすんといった感じの軽い衝撃と、そこから熱のようなものがじわじわと湧き上がってくるのを感じた。

 

 

 ――目をそちらに向けると、カルロの部下の若い魔剣士2人がそれぞれ自らの剣でペトスの横腹を左右それぞれから刺し貫いていた。

 

 深々と突き刺さった2振りの剣は、どちらも反対側の横腹からその先端をのぞかせていた。

 貫通しているのは明らかだ。

 

 

「あ……」

「ひ、ひいいいいいいいいいいっ!?」

「ぺ、ペトス様!?」

 

 

 司祭服が少しずつ赤く染まっていくのと同時に、ペトスの口からごぼりと鮮血が溢れ出る。

 

 それを見てようやく止まっていた思考が活動を再開した密猟団の頭はその顔を真っ青に染めて近くの木の後ろに身を隠し、カルロとその部下以外の魔剣士は突然目の前で起きた事態に混乱を隠せなかった。

 

 

貴様らああああああああああっ!

 なにをやっている!?

 ふざけるなああああああああああっ!

 

 

 口から大量の血を吹き出し、サングラスに隠された目を血走らせながらペトスは怒りの声をあげる。

 

 ここにきて起きた部下のまさかの裏切りとそれによる自らの負傷に、ペトスの思考は一気にぐちゃぐちゃとなった。

 

 それこそラウンズに与えられる『ディアボロスの雫』――疑似的な不老不死を得られるそれの効果で肉体の負傷や損壊自体は大したことにはならないのにである。

 

 

「敵が最も油断する時――」

「っ!?」

「それは自らの勝利を確信したその瞬間――」

「その時が反撃の糸口を掴む最大の好機となる――」

「お、お前たち……!?」

 

 

 ――ペトスはこの時、カルロたちの顔をようやく拝むことができた。

 

 カルロとその部下は3人とも虚ろな目をしてあさっての方向を見ており、かすかに端をつり上げているその口からはだらりとヨダレを垂らしていた。

 

 

「駄目押しにもう一撃やっちゃって」

 

 

 ゆっくりと立ち上がった銀狼族の少女――壱与のその一言に、カルロの体がビクンと跳ねる。

 

 

「か、カル……があッ!?」

「おお~……

 心臓がっつりいったね~」

 

 

 ペトスが制止の声をあげるよりも早く、カルロが自らの剣をペトスの胸元――心臓部に深々と突き刺した。

 

 それを目の前で眺めながら壱与は自らの手にかけられていた手錠を外し、体を縛りつけていた鎖を解いていく。

 

 

「なっ……!?

 き、貴様、なぜ拘束を……!?」

「なぜって……

 そんなの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からに決まってるじゃん」

「――っ!?」

 

 

 魔剣士の1人の口から飛び出した疑問に、壱与は「今さらなに言っているんだ?」と言わんばかりの顔をして答える。

 

 そんな彼女の言葉にその場にいた誰もが驚愕の表情を緊急浮上させた。

 

 

「は、はじめから、謀られていた……!?」

 

 

 またしても大量の血をゴポッと吹き出すのと同時に、ペトスの口からそのような声が漏れる。

 

 それを聞いた壱与はいかにも「してやったり」と言いたげな笑みを浮かべ、マントの下に隠していた自らの杖を右手に握った。

 

 

「こうも上手くいくとは思わなかったけどね。

 失敗したら普通にゴリ押しでいくつもりだったけど……」

 

 

 まあ、どっちも大して変わらないか、などと言いながら壱与はゆっくりと杖を頭上に掲げる。

 それを見る魔剣士たちや密猟団は壱与が取り出した杖がどのようなものなのかわからないため、警戒して身構えてしまい動くことができない。

 

 

「ともかく、ここからはわたしのターンだ」

 

 

 再び壱与がニカッと歯を見せながら笑うと同時に、彼女の杖の先端に莫大な魔力が集束して小さな太陽のようなうねりを持った赤い球体が生まれ――

 

 

Pestis Incendium(悪霊の火)

 

 

 解き放たれた。




●壱与(イッチ)
 隠れて様子を見ていた末に「ペトスが最も強いやつで事実上のボス」と判断。
 彼を最優先でぶち殺すことに全集中していたため煽りまくった。
 集団との戦いにおいては頭から潰すのは基本だよね!
 ついでに魔法の練習もしたかったので、わざとカルロたちをつり出してインペリオした。
 おまけにインペリオに成功した途端、ペトスの精神が絶頂に達した瞬間にドン底に叩き落して愉悦してやろうと思い一芝居打ったというぐう畜っぷり。
 敵が外道ならそれ以上の外道ムーブで相手取るとか、こいつ本当に主人公なんですかね?
 ……前世レガ主だったわ(納得と諦め)。
 なお、ペトスのことは「密猟団のボス」と考えており、彼がラウンズであることなど当然知りもしない。
 というか、現時点ではディアボロス教団の存在自体知らない。

●ペトス
 密猟団と闇取引していたせいでイッチに「よし殺そう」と即断即決されたナイツ・オブ・ラウンズ第十席。
 ワカメちゃんヘアのグラサン外道司祭。
 原作ではまだほんのちょっとしか登場していないキャラのため、本作における設定等はほとんど作者によるオリジナルである。
 Q:原作で詳細な設定が明らかになっていないのに登場させちゃって大丈夫か?
 A:(どうせ二次創作なんだし)大丈夫だ。問題ない。

●カルロ
 ペトスの部下である魔剣士。オリジナルキャラ。
 たぶん教団のチルドレン1stのネームド。
 もう名前とその行動の時点でフラグだった。見てこいカルロ!
 部下共々まだ生きているけど次回あっさり死ぬ(無慈悲)。

●密猟団の頭
 ぶっちゃけモブ。酷い猫背。
 ラウンズであるペトスに贔屓してもらっていたり、ヒッポグリフを捕獲できるくらいなので密猟団の戦力や規模はそれなりにあると思われる。
 ……まあ、この後イッチに殲滅されるんですけどね(非情)。
 前世からバリバリの密猟者スレイヤーであるイッチに見つかったのが運の尽き。
 カルロ同様部下共々まだ生きているけど、やはり次回死ぬ。

●リリム(ゼータ)
 自分のまったく知らないところかつ自分とはまったく無関係な理由で因縁の相手であるペトスがぶち殺されそうという尊厳破壊を食らっている。
 どういうことなの……?

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