元レガ主のワイ、二度目の転生はケモ耳美少女だった件   作:アルティメット穢れた血

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 ペトスの名前の由来と元ネタって黒死病(ペスト)とその全盛期の中世ヨーロッパだと思うんですよね。

 原作の回想におけるリリム(ゼータ)の悪魔憑きの発症描写が黒死病のそれだし、聖職者という表の立場を持つペトスの「悪魔憑きの臭いを嗅ぎ分けられる」というところや、自ら金豹族の里に赴いてリリムの悪魔憑きを告げにきたところとか。

 原作のペトスに肩書きが付くとしたら、このあたりにちなんで「死の宣告者」とかそんな感じになるんじゃないですかね?
 「黒死」と「告死」をかけた洒落で。



「これ一度言ってみたかったんだよね」

 ――服従の呪文。

 

 壱与の前世の世界において『許されざる呪文』と呼ばれる3つの闇の魔術の内のひとつであり、その名のごとく意志を持った対象を強制的に術者の支配下に置いて行動を意のままに操ることができるようになるというものである。

 

 対象の意志が強いと支配下から抜け出されたり、そもそも効かなかったりするという制約こそあるが、「他者をその意志に関係なくコントロールできる」ということから『闇の魔法使い』と呼ばれる者たちが好んで悪用していた恐ろしい魔法だ。

 

 壱与は今回この魔法を使用した。

 

 具体的には闇取引をしていたペトスたちにわざと見つかり、逃げる自身を追いかけてきたカルロたちにこの魔法をかけたのだ。

 

 すべては自らの勝利を確信して絶頂状態に達したペトスを一気にドン底に叩き落し、そのまま他の者たちもろとも一気に仕留めるために――

 

 服従の呪文が『許されざる呪文』と呼ばれる最大の要因は、まさに今回壱与がやったように「絶対に主や仲間を裏切ったりしない忠臣的存在ですら裏切り者にすることができる」という点であり、これによって組織・集団内に疑心暗鬼の種をばら撒いて崩壊・自滅に誘わせることすら容易に可能なのである。

 

 

「使われると直接・間接問わず甚大な被害がおよぶ可能性が非常に高い――

 中世の闇の魔法使いが生み出した卑劣な魔法だ」

 

 

 誰かに語りかけているわけでもなく壱与はそんなことをポツリと口にする。

 

 そんな彼女の眼前では、もはやすっかりお馴染みと化しつつある悪霊の火の大蛇による悪党大虐殺もとい悪党爆食ショーが絶賛公演中であった。

 

 

「き、貴様……!」

「およ?」

 

 

 ふいに声がしたので振り返ってみると、いまだにその身をカルロたちに貫かれたまま口と胸と腹から大量の血を垂れ流しているペトスの姿があった。

 

 ――よく見ると先ほどカルロに切り落とされたはずの右腕が元の場所であるペトスの体に戻っており、ペトス自身の顔色も少しばかりよくなっている。

 

 当初森の中で様子をうかがっていた時からペトスが集団の中で最も力がある存在だろうと予想をたてていた壱与であったが、こればかりはさすがの彼女も予想外だった。

 普通の人間ならばとっくに死んでいるし、そもそも切断された腕がひとりでに元に戻って再生などしない。

 

 ――これはラウンズに与えられる『ディアボロスの雫』による疑似的な不老不死の効果がペトスにも十全に発揮されていることの証明なのだが、当然壱与はそのようなことを知りはしない。

 そもそも彼女はナイツ・オブ・ラウンズはおろか『ディアボロス教団』という組織の存在自体知らないのである。

 

 数か月前に彼女が暮らしていた銀狼族の隠れ里を襲撃したのが、その教団であってもだ。

 

 

「――まだ生きてたの?

 というか、再生するんだあんた」

黙れェ!!

 このようなことをして……ただで済むと思っているのかァ!?

 

 

 激昂と共にペトスの鎖が壱与に対して振るわれる。

 

 「害獣」「下等生物」などと見下していた獣人、それも子供にいいようにしてやられたという事実に、ペトスの怒りはもはや頂点を優に超えて新次元にまで突き抜けていた。

 

 それこそ普段どのような時でも冷静・余裕かつ他者を見下した言動を表向きは崩さない彼からは想像できないほどの荒れっぷりである。

 「化けの皮がはがれた」ともいえるが。

 

 

Protego(護れ)

 

 

 頭に血が上っている――それどころか大量に血を吹き出している――状態でも首を正確に狙ったペトスの一撃は、壱与が突き出した杖の先に張られた透明な魔力の壁によって阻まれた。

 

 目の前で起きた現象にサングラスの奥でペトスの瞳がまたしても驚愕で見開かれる。

 もはやこれも今夜だけで何度目かはペトス自身にもわからない。

 

 

「魔力そのものを盾――防壁として展開したというのか?」

「あ。わかるんだ。

 正解。グリフィンドールに1点。

 ――って、あんたホグワーツの生徒でもOBでもなかったね」

 

 

 ははは、と壱与はわざとらしく笑い声をあげる。

 

 そんな彼女の姿にペトスはさらにその目を血走らせ、鎖を握る右手から血をにじませた。

 

 

 ――もはや他のことなどどうでもいい。

 

 目の前にいる無礼にして最悪極まりない存在を駆除することにペトスはその肉体も力も思考もすべて注ぐことを決意した。

 

 こいつだけは絶対に許すわけにはいかない。

 必ずここで殺さなければならぬ――!

 

 

「お前……遊んでいるのか……!?

 ラウンズ第十席であるこのペトスを前にして――!」

「知らんよ、あんたなんて。

 いったいどこの誰だ?

 というか、お前が何者かなんて正直わたしには()()()()()()よ」

「っ……!?」

 

 

 ――どうでもいい。

 

 意味合いこそ異なるが、奇しくもこの時壱与とペトスが思っていたことは同じだった。

 

 

「ペストだかラウンジだか知らないけど、どうせここで消える悪党の名前なんていちいち覚えてられないし興味もない」

 

 

 さり気なくペトスに対する殺害宣言をしつつ壱与は杖を振るう。

 

 ――ペトスに剣を突き刺していた3人の魔剣士が大きな赤い樽にその姿を変えた。

 

 そんなわけだからさ、と一度間を置いた後、壱与は再度杖を構え、そして振るう。

 

 

「部下たちと仲良くあの世まで吹っ飛べ!

 Incendio(燃えよ)!」

 

 

 壱与の杖の先端から炎が噴き出し、火が赤い樽に燃え移る。

 

 次の瞬間、赤い樽は3つ揃って盛大に爆ぜ、森の中に轟音と衝撃を響かせた。

 

 

ドゥブッハァ!

 

 

 当然、突き刺さった剣を通してそれらと密着していたペトスの肉体は爆発によりものの見事に吹き飛んだ。

 

 彼の口から飛び出したもはや声と呼んでいいかもはっきりしない苦痛の声は爆音にかき消されて誰の耳にも届かなかった。

 

 

「あ――」

 

 

 そんな光景を生み出した張本人である壱与は、それを目にすると少しばかり驚いた顔をして声を漏らす。

 

 

「なんかその場の勢いというか前世のノリで思わずやってみたら上手くいっちゃったよ“変身術”……

 やっぱりイメージって大事だな、うん」

 

 

 なにか納得したようにその場でうんうんと頷き始める壱与をよそに、悪霊の火の大蛇がその場にいたペトス以外の最後の1人に食らいついた。

 

 それに気がついた壱与は悪霊の火に対して反対呪文をかけて役目を終えた大蛇を消滅させる。

 

 

「う~ん……

 相変わらず制御も問題ないし強力だけど、消すためにわざわざフィニートしなきゃいけないから魔力の消費がな~……

 このあたりもなんとかならないもんか……」

 

 

 はあ、とため息をついた後、壱与はその視線を檻のほうへと向けた。

 

 そこにはいまだに鎖に繋がれて閉じ込められている黒いヒッポグリフの姿があった。

 

 先ほどまでは檻の中で暴れていたヒッポグリフは今はすっかり大人しくなっており、その目はただじっと壱与のことを見つめている。

 

 

「…………」

 

 

 壱与はなにも言わずヒッポグリフに対して深々と頭を下げた。

 前世で養った知識をもとにした行動である。

 現世のヒッポグリフも前世同様の生態・習性をしているかはさすがの壱与にもわからなかったが、やらないよりはマシだろうと思ったがゆえだ。

 

 

「――――」

「あ……」

 

 

 壱与を見ていたヒッポグリフがつられるように軽くその首を下ろした。

 どうやら現世におけるヒッポグリフも誇り高く賢い生き物なようだ。

 

 

「今出してあげるからね」

 

 

 ゆっくりと顔を上げた壱与はその顔に穏やかな笑みを浮かべながら檻へと近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ……ハアッ……!」

 

 火薬樽の至近距離からの爆発でその身を文字どおり四散させながらもペトスはまだ生きていた。

 

 正直彼自身も自分がこうして生きているのが不思議で仕方がなかった。

 

 ――同時に、いまだに死んでいないことを少しばかり後悔した。

 

 

 かろうじて肘のあたりから上が残った右腕と上半身、そして首を使って地をずるずると這いずりながらペトスは視界の隅に壱与の姿をとらえる。

 

 彼女は今ヒッポグリフを拘束していた鎖と檻の鍵を開錠しようとしている真っ最中であった。

 

 

 ――今は1秒でも早くここから離脱しなければ!

 

 

 ペトスの頭と体はその思考に完全に支配されていた。

 そこにはもはや司祭、そしてラウンズとしてのプライドは微塵も残されていなかった。

 

 ただ視界に映る獣人の少女から急いで逃げることだけにすべてを集中し、彼女に気づかれないように少しずつ森のほうへと移動していく。

 それと同時にバラバラになった肉体を少しずつ再生させていくことも忘れない。

 ダメージこそ回復はできないが、体が元に戻りさえすればこっちのものだ。逃げられる。

 

 

 ――これはあくまでも戦略的かつ戦術的な撤退にすぎない。

 

 今回の一件は戦闘、そして狩りを行うことを想定していなかったがゆえに起きただけの偶発的事例だ。

 

 それらを想定したうえで事前に備えをしておけばこのようなことにはならなかった。

 

 

 その身が森の木々に近づいていく度にペトスの頭の中にそのような考えが浮かんでいく。

 

 同時に、なぜ自分がこのような醜態をさらしているのかを考えてみた。

 

 

 「油断」や「慢心」があったことは残念ながら認めざるを得ない――

 

 だが、私があの害獣風情に劣っているなどということは絶対にないと断言できる!

 

 

 ――そうだ。()()だ!

 

 やつが手にしていたあの木の棒のようなもの――

 あれはきっと私や教団も知らない未知の力が秘められたアーティファクトだったに違いない!

 

 おそらく銀狼族に英雄の血と共に伝わってきた秘宝かなにかなのだろう。

 

 この私がここまで痛めつけられたのは、あのアーティファクトの力によるものだ!

 

 ああ、間違いない!

 そうだ! そうに決まっている!

 

 そうでなければ、ラウンズであるこの私が――

 このペトスが獣人の小娘風情に一方的にやられるようなことがあるわけないのだ!

 

 

 ペトスは壱与のことをいまだ「脅威」や「敵」と認識していなかった。

 それどころか、彼女が使った「魔法」も壱与自身の力ではなく、彼女の持つ杖がアーティファクトであり、それの力だろうと考えた。

 

 ラウンズとはいえペトスもこの世界の住人である以上そう思ってしまうのも無理はないことかもしれないが、この状況でも壱与をまったく取るに足らない存在と認識しているのはさすがに現実逃避である。

 もしくは、彼の抱いている思想ゆえの最後まで譲ることができない信念によるものかもしれない。

 

 ――理由はどうあれ、そのような考えを抱けるのは彼の中に精神的余裕が再び生まれてきている証拠でもあった。

 

 

(忌々しい害獣め……!

 覚えているがいい。お前は此度の一件で完全に聖教を――そして教団を敵に回した!

 それはこの世界そのものを敵に回すことと同義!

 その棒のようなアーティファクトにどれだけの力があろうとも、所詮貴様はただの1匹の獣にすぎん――!

 次こそは我が鎖でもってその憎らしい首をねじ切ってやる……!)

 

 

 ペトスの体が完全に当初の形を取り戻したのは、再生した彼の右手が1本の木の根をがっしりと掴んだ時だった。

 

 自然とペトスの口元は歪み、精神も肉体同様当初の落ち着きを取り戻し始める。

 

 

「ふふ……

 ここまで来れればあとは問題ありませんね。

 速やかにこの場を離れ、銀狼族討伐のための戦力を編成せねば……」

 

 

 ペトスの脳裏にそう遠くない未来に生まれるであろう光景が浮かぶ。

 

 地獄の業火を背に銀狼族の生き残りたちを老若男女問わず無残な骸に変え、その首で山を築き上げる教団の魔剣士たち。

 

 それを前に同胞たちの血の海に沈みながらその顔に「絶望」を抱かせる壱与。

 

 そして、そんな彼女の首を鎖で引き千切り、女神ベアートリクスを讃える声をあげ絶頂に達する自分――

 

 なんという絶景であろうか!

 

 

「くくく……

 銀狼族よ。我々を敵に回した報いを受けるがいい――

 貴様らは1人残らず私が絶望の底に沈めて殺してやる……!」

 

 

 眼前の巨木に手を触れながらペトスがゆっくりとその身を立ち上がらせる。

 

 すでに彼のサングラスに隠された両目は現実ではなく、自らが生み出した妄想を見ていた。

 

 

 

 

 ――ゆえに、その両手が木から離れると同時に自分の両足、そして自分の体が()()()()()()()()()()ことで無理矢理現実に引き戻されることとなった。

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 ペトスの口から情けない声が漏れる。

 

 自分の体が突然鳥の羽のように軽くなったことを全身から感じ取った。

 

 彼は過去に何度も己の精神がふわふわとした状態に浸ることこそあったが、肉体がこのようなことを経験したことは一度もない。

 

 これはどういうことだ、と思わず両手で自分の体のいたるところをぺたぺたと触れながら足下を見やる。

 

 ――幸い、自分がいきなり幽霊になってしまったというわけではないようだ。

 足下にあるのは地面だけで、自らの肉体が横たわっているなどということはなかった。

 

 

「――浮遊呪文(レヴィオーソ)

 わたしに戦い方の基本を教えてくれた先生から最初に授かった魔法だ」

「っ!?」

 

 

 ――背後から声がした。

 

 その身を宙に浮かべたままのペトスがゆっくりと振り返ってみると、そこには漆黒のヒッポグリフをそばに従えた壱与が彼に対して杖を向けている姿があった。

 

 

「獣人の耳を舐めるな。

 あんたがまだ生きていたことも、こっそり逃げようとしていたこともハナっから気づいていた。

 息遣いや地を這いずる音が聞こえていたからな」

 

 

 杖を向けたまま壱与がペストへと近づいていく。

 

 2人の間に空いた距離は長くても10メートルといったところか?

 

 

「なんでわたしが今まであんたを見逃していたかわかるか?

 ――あんたに“恐怖”を抱かせてやるためだ」

「なっ……!?」

 

 

 壱与の口から告げられたその言葉にペトスの顔が驚愕で歪む。

 同時に背中から一気に冷や汗が吹き出し、ぐっしょりと湿らせた。

 

 

「ただ少しずつじわじわと痛めつけるように恐怖感を与えるだけじゃだめだ。

 それじゃいつか肉体よりも先に心が死んでなにも感じなくなるから意味がない。

 相手に“恐怖”を与えるというのは強制的に“希望”を“絶望”に転じさせること――

 つまり、相手の心が少しでも多くの正の感情を抱いている時に負の感情のドン底に叩き落してやれば、より大きく鮮度が高い“恐怖”を相手に与えることができる」

「――ッ!」

 

 

 ペトスは理解する。

 

 目の前の存在の目的は自分を殺すことだったのではないと。

 

 最初にカルロたちを操り彼らに自身を貫かせたのも、彼らを火薬が詰まった樽に変えて爆発させたのも、今こうして自分のほうに近づいているのも、すべては「恐怖」という感情を与えるためだったのだ。

 

 

「な、なんなんだ、お前は……!?」

 

 

 思わずペトスの口から声が漏れる。

 

 自分でもわかるほどその声は震えていた。

 

 

「お前はいったいなんな――うっ!?」

 

 

 「恐怖」を払うように叫ぼうとしたところで、ペトスはさらにあることに気づき声をあげるのを止めてしまう。

 

 

 ――先ほどまでは灰色だった壱与の瞳。

 目の前にいるペトスの姿をはっきりととらえている2つのそれが、今は紫色に輝き不気味に揺らめいていることに。

 

 

 ペトスはその色の瞳に覚えがあった。

 

 2年ほど前に自らに殺意を向けてきた金豹族の娘――リリムの怒りを宿した目とまったく同じ色だ。

 

 

『――この時を待っていた』

 

 

 壱与の体を通じてリリムがそのような声を発しているような気がした。

 

 

『殺す……!

 殺してやる――!』

「ひいッ……!」

 

 

 壱与の――いや、リリムの瞳がさらに深い紫色に変わり、同色の炎を燃え上がらせる。

 

 それを見たペトスは完全に「恐怖」に屈し、支配された。

 

 

 ――実のことを言うと壱与の瞳が紫色に見えたのは偶然彼女の瞳が月明かりに照らされる夜空を反射させたからで、リリムの声と姿は恐怖心から見た幻覚なのだが、当然ペトスはそのことを知る由もない。

 

 

やめろォ!!

 その目で――その目で私を見るなァ!!

 

「――!」

 

 

 絶叫するペトスに壱与はピタリとその足を止める。

 

 2人の距離は半分くらいにまで縮まっていた。

 

 

「……はぁ」

 

 

 興がそがれたのか、壱与はため息をつきながら目を閉じて杖を持つ右手をゆっくりと下ろした。

 

 同時にペトスにかけられていた浮遊呪文が解除され、彼の体が地面に落ちる。

 

 どすんという音をたててペトスは情けなく尻もちをついた。

 

 

「……!」

 

 

 ――よくわからないがチャンスだ!

 

 ペトスは急いで立ち上がり逃げようとした。

 

 しかし、心はそう思っているのに体は言うことを聞かないように動かない。

 

 

 ――「恐怖」に屈したペトスの体はすでに逃走はおろか自らの生を完全に諦めていた。

 

 当然、ペトス自身はそのことを知らないし気づいていない。

 

 

「――ああ、そうか」

 

 

 目を閉じて軽く顔を俯かせながら壱与の口からそのような言葉が漏れる。

 

 ポツリとつぶやかれたはずのそれは不思議とペトスの耳にははっきりと聞こえた。

 

 

 再び壱与の両目が開き、その顔がペトスのほうを向く。

 

 彼女のその瞳はすでに本来の色である灰色に戻っていた。

 

 

「あんた自身は気づいていないだろうけど、あんたからはすごい死臭がするんだ。

 きっと今日まで人や魔法生物を大勢殺してきたんだろ――?」

 

 

 感情のなさ気な目でペトスをとらえながら壱与は問いかける。

 

 

「…………」

 

 

 その問いにペトスは答えない。

 ――というより、今の彼には答えられるだけの余裕がなかった。

 

 少しでも余計なことをすれば次の瞬間自分は死ぬ――

 そのようなことを考えていたからだ。

 

 

 ――最初から返答など求めていなかったのか、ペトスよりも先に壱与の口が再び開いた。

 

 

「だけど、あんたがやってきたことは結局のところ()()()()なんだ。

 ただ殺すだけ――“命を奪う”だけで“()()()()()()()()()()()()”わけじゃない」

「――は?」

 

 

 突然壱与が意味のわからないことを言い出したため、思わずペトスの口から情けない声が漏れる。

 

 それを気にすることもなく壱与はまるで独り言のように話を続けた。

 

 

「“死”というものを理解するということは、この世界が脆くて儚いものであることを知るということだ。

 わたしたちが立っている大地は今にも消え去り、はるか頭上に浮かんでいるはずの空が次の瞬間には崩れ落ちてくるんじゃないかと思わずにはいられない――

 そんな感覚を嫌でも抱いてしまうことだ」

 

 

 壱与の足が1歩前に出る。

 

 

「生きている以上、命を奪うことは必然だ。

 だけど、それは得意気に語ったり誇れたりするものじゃない――」

 

 

 さらに1歩進む。

 

 

「わたしとあんたはきっとそこが違うんだ()()()

 “生”と“死”は表裏一体で常に背中合わせの関係――

 決して“死”からは逃れることはできないし、それを振り切ることなんてできやしない。

 あんたは間違いなくそれを知らない――理解していないんだ」

 

 

 足が止まる。

 

 代わりに杖を握る右手が再び上がり、その先端がペトスのほうを向いた。

 

 

「うッ……!?」

 

 

 ペトスは無意識に体を立ち上がらせると、背後の木の裏に身を隠そうとした。

 

 「死」から逃れるための生きている存在ゆえの本能的な行動だった。

 

 自分が疑似的な不老不死を得ていることなどとうに忘れ去っていた。

 

 

Accio(来い)

 

 

 しかし、ペトスのその行為は不発に終わる。

 

 壱与の口から発せられたその一言と共に、彼の両足――体は再び宙に浮き、壱与の握る杖のほうへと一気にひっぱられた。

 

 

 

 

 ――ペトスの目に映る世界がまたしてもスローモーションのようにゆっくりと流れていく。

 

 同時に、誰かが自分の手足をはじめとした体中のいたるところをがっしりと掴んでいるような気がした。

 

 思わずそちらのほうへ目を向けると、大勢の見知らぬ者たちの影があった。

 

 ――いや、その者たちが誰であるかをペトスは知っていた。

 

 それは今まで自分が殺してきた人間、エルフ、獣人、そして魔獣をはじめとしたかつて命あるものだった存在、その幻影だ。

 

 彼らが一斉にペトスの体を掴んで離さず、壱与の持つ杖のほうへとひっぱっている。

 

 

 ペトスの目が次に壱与のほうに向く。

 

 自身に杖を向けている彼女の周りに、これまた多くの影が存在することに気がついた。

 

 

 ――金豹族だ。

 

 族長だった男に赤ん坊を抱いた女――2年ほど前のあの日部下たちと1人を除いて狩り尽くした獣人たちが壱与の背を囲むようにペトスを見て立っている。

 

 

『やってくれ』

 

 

 族長だった男が隣に立っている壱与にそう語りかける。

 

 その言葉に答えるように壱与の口がゆっくりと開かれた。

 

 

「――教えてやる。

 これが“モノを殺す”っていうことだ」

 

「や――!」

 

 

 やめろ!

 

 ペトスがそう叫ぶよりも早く、彼の額がとんと壱与の杖の先端に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Avada Kedavra(息絶えよ)

 

 

 

 ペトスの視界に緑色の極光が瞬き一面を覆う。

 

 それが彼が最期に見た光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃ……ひぃ……

 な、なんだったんだアレは……!?」

 

 

 いまだに夜の闇が明けない森の中を密猟団の頭は1人さまよい歩いていた。

 

 ペトスがカルロたちに刺された際に森の中に逃げ込んでいた彼は、運良くその後壱与が放った悪霊の火からも逃げおおせていたのだ。

 

 

「獣人にあんな化け物がいたなんて聞いてねえ……

 と、とにかく、今は急いでアジトに戻らねえと……

 聖教の連中に報告するのはその後だ……」

 

 

 とっくに息切れをしていながらも彼はその足を止めることをやめなかった。

 足を止めたら間違いなく追いつかれて自分も殺されると思っていたからだ。

 

 

 ――彼のその考えは間違ってはいなかった。

 

 しかし、彼を追っているのは獣人――壱与だけではないことを失念していた。

 

 

「ん……?」

 

 

 突然視界が一層薄暗くなったような気がした男は思わず顔を上げる。

 

 

 ――鷲の上半身と馬の下半身を持った漆黒の影が頭上から飛びかかってきた。

 

 

「う、うわああああああああああっ!」

 

 

 男が悲鳴をあげるのとヒッポグリフが彼の影に覆いかぶさるのは同時だった。

 

 

 

 

「あんたからも結構死臭がしたからね。

 前世の頃からわたしは密猟者は見つけ次第1人も生かして帰さないことにしているけど……

 ま。今回は“因果応報”ってことで」

 

 

 少し遅れてその場にやってきた壱与のその言葉は、ヒッポグリフになぶり殺しにされる男の断末魔によってかき消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ~、まさかあそこであの名台詞を口にすることができるとは思わなかったなぁ~。

 “その目で私を見るな”なんて言われたら、型月主人公ムーブをしたくなるってもんでしょ?」

 

 

 夜空を駆けるヒッポグリフの背に乗りながら、壱与は上機嫌で先ほどペトスを殺した時のことを思い出していた。

 

 壱与は当初、同じ型月作品の某青髭旦那ムーブで決めようと思っていたのだが、ペトスが恐怖から某ネロアさんのようなことを叫んだものだから実に百数十年ぶりに中二病を拗らせたのである。

 型月作品を知る者ならば、某直死の魔眼眼鏡や某正義の味方の真似は一度はしたくなるものなのだ。

 

 

「それにしても……

 やっぱりアバダ・ケダブラはまだ上手くいかないな。

 魔力の消費量がとんでもないのもそうだけど、制御や集束が難しい……

 現時点ではさっきみたいに杖の先端部に一瞬だけ効果を発現させるので精一杯だ」

 

 

 杖を取り出しながら「う~ん」と先ほど自身が使用した『死の呪い(仮)』のことを振り返って頭を悩ませる壱与。

 

 そんな彼女を気遣ってか、ヒッポグリフが一度クアッと鳴いた。

 

 

「――うん。そうだね。

 時間はまだまだたっぷりあるんだ。

 少しずつ努力を積み重ねてまた使えるようになろう」

 

 

 壱与は杖をマントの中にしまうとヒッポグリフの首筋を撫でながら周囲に目を向ける。

 

 いまだ空には太陽が顔をのぞかせることはなく、無数の星々が金色の輝きを放っていた。

 

 ――その輝きの色は偶然にも金豹族の毛の色に似ていたが、壱与はそのようなことを知るわけがない。

 

 ペトスが自身の周囲に金豹族の幻影を見ていたことも当然ながら知らなかった。

 

 

「あ……

 そういえば掲示板にまったく書き込んでなかった。

 ――まあいいか。事後報告で」




●壱与(イッチ)
 ペトスとの戦いの中で前世から実に百数十年ぶりに中二病を拗らせた。
 ちなみに『月姫』のゲームは前々世に同人版のみプレイしており、リメイク版は発売前に死んでいるので未プレイ。
 前世では変身術などを応用して「無限の剣製」を再現できないか試みたことがあるらしい。
 なお、ペトスのことは結局最後まで「密猟団のボス」と思っていた。

●ペトス
 偶然その場に現れた密猟者スレイヤーの月厨ムーブの犠牲になった哀れなナイツ・オブ・ラウンズ第十席。
 まあ、原作での外道っぷりを考えたらちっとも可哀想だなどとは思えないけど。
 原作でもいずれシャドウ様に瞬殺される運命であろうが、はたして今作の最期と比べたらどっちがマシな死に方になるのやら……
 とりあえず前任に続いて第十席が早くも空席になってしまったディアボロス教団涙目。

●カルロ
 火薬樽にされた後、部下共々爆発させられて粉微塵になった。
 たぶん肉片すら残っていない。ミンチよりひでえよ。

●密猟団の頭
 ヒッポグリフの餌になりました。
 イッチは最初自分が殺す気満々だったが、ヒッポグリフの心情を察して譲った。

●リリム(ゼータ)
 Q:どうして家族の仇が知らないところであっさり死んでいるんですか?
 A:え? あいつ密猟者じゃなかったの?

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