「こんばんは、御侍さん」
花見の席、八雲紫がムゲンのそばに腰を下ろした。
手には御猪口と徳利を持っている。
「侍なんてもんじゃねぇよ。ただの人斬りだ」
ムゲンは手に持っていた杯を空にして、紫の方へとつきだした。
紫の式神である八雲藍が尻尾を立てた。
空気が歪む。
藍の怒りで、妖気で。
「藍、気にすることはないわ。若造が意気がっているだけ、相手にするだけ損よ」
そう言い、紫はムゲンの杯に酒を注いだ。
「人というものは脆いものです。病で死ぬ、一太刀で死ぬ、溺れて死ぬ。儚く、脆い」
紫が自身の杯にも同様に酒を注いだ。
乱反射を起こし、酒の面に桜が浮かび上がった。
「俺はその脆いヒトの中で一番強ぇ、そう思っている」
「あら、えらく謙虚ですね。少しは学習したのかしら?」
「昔から、斬りたいやつを斬って、奪いたいものを奪って生きてきた。それが当たり前だったし、それこそが正義だと教えられてきた」
杯を傾ける。
「だから、私は貴方を弱いと言いました。刀を振り回すことでしかものを言えない貴方が最弱になる日がいずれ訪れます。」
「そして、最弱となった貴方が悪となる日がいつか必ず訪れます」
ムゲンは知ってはいた。いつかサムライがいなくなる時代が、将軍すらもいなくなる時代が、刀がなくなる時代が、琉球王国がなくなる時代が来ることを。
ジンが言っていた。世迷い事を言うやつだと高を括っていたが日に日に感じていた。
刀を持つやつが減った。長崎から始まった西洋の文化が広まりつつある。
「で、何で俺をここに連れてきた?」
「貴方は外の世界では役不足だからです」
役不足……そのものにとってその役が相応しくないほど重いこと、またはその役が相応しくないほど軽いこと
「唯我独尊、猪突猛進、人一倍の度胸と勝負勘を持っている。そんな貴方が外にいることを勿体無いと思ってしまったのです」
紫は話を続けた。山を消すほどの馬鹿力をもつもの、どのような攻撃をもかわすもの、幻術の使い手、神速ともいえる速さをもつもの、そして……
「瞬発的な速さであれば天狗にも劣らず、刀を持たせれば誰よりも強いはずのものもいます。そしてその少女は」
「……誰よりも弱い心を持っていた……か」
「誰よりもというのは誇張かもしれませんが、そう評するものもいます。心が弱く、悩み、恐れ、葛藤しながら刀を振っています」
紫は目線を銀髪の少女へと向け、語る。その間に杯が幾度も空く。
「で、何が言いてぇんだ?」
ムゲンは杯を空にしながら尋ねた。
妖夢を強くしたい。それはわかる。しかし、ムゲンは人に教えられるような技術はない。
「技術は万も刀を振れば自然と身に付きます。しかし、志と言うものは一朝一夕で身に付くものではありません。人によっては一生涯身に付けることができない可能性すらもあります。」
「あんたから見てあいつはどうだった?」
「赤点はギリギリ回避といったところでしょうか。ムゲンさんが来られてから少しずつではありますが成長はしているようです。あと十年くらいは様子を見てもいいかもしれません」
ムゲンは笑い声をあげた。下品な笑い方だが気持ちのいい笑い声である。
「随分と辛口じゃねぇか。」
「甘やかしてもいいことはないですから。厳しくしないと成長はあり得ません」
紫はそう言い切った。白玉楼を守る刀に甘さは必要ない。誰よりも強く、誰よりも優しくなければならない。
千年来の友の守り刀だ。妥協するわけにはいかない。
八雲紫はそう考えていた。