「妖夢ー、ムゲンサーん」
白玉楼に主の声が響き渡る。どこか間の抜けたような、しかし何か考えがあるような不思議な声である。長く白玉楼に勤める妖夢は声だけで何か裏があることを感じ取っていた。
「幽々子様、何か御用ですか?」
屋敷の庭師兼剣術指南の魂魄妖夢はすぐさま声の元へと向かう。その表情に期待と僅かな諦めが見え隠れしていた。
「失礼します。ついにムゲンさんを閻魔様の元へお贈りする決心がついたのですか?」
主の部屋につくなり口を開く。妖夢がいきなりこのような失言ともとれる発言をしたのには理由がある。まずムゲンは元々外の住人であり、輪廻天性の理から外れた白玉楼に長居すべきではないと考えていたこと、次にムゲンがこなす用心棒という役割は自分がこなすべきであると考えていたこと、最後に、これが妖夢にとって最も重要であるが、世話をすべき相手が一人から二人に増えたこと等、理由は多々あるが、ムゲンを元の輪廻天性の理の中に戻すべきであると考えていたのだ。
その発言を聞き、主の目が少し鋭くなる。
「妖夢、そんなこと言っちゃムゲンさんがかわいそうよ」
「はい、申し訳ありません」
主の緩くもどこか厳しい一言に妖夢は萎縮する。妖夢自身配慮が足りないことは理解していたため妖夢は直ぐに答えた。
しかし、ここで質問を止めないのが彼女が半人前たる所以なのだろう。
「しかし幽々子様、何故あのようなどこの馬の骨ともわからぬ浪人崩れを幽々子様のそばに奥のですか?幽々子様を御守りするのは私の役目であると私が生まれるより以前に決まっていたはずでは?」
白玉楼の主は悩んでいた。この質問に対し白玉楼の主である西行寺幽々子として答えるのか、魂魄妖夢の主である西行寺幽々子として答えるのか悩んでいた。
そして西行寺幽々子は口を開いた。
「妖夢、貴方に用心棒という役割を担わせない理由はただ一つ、貴方がムゲンさんより弱いからです。貴方の言いたいことも全て理解できますし、納得もしています。しかし、貴方がムゲンさんより弱い現状でムゲンさんよりも、多く、強い悪漢共から白玉楼の主である西行寺幽々子を十分に守ることはできますか?もしくは守ること以外で私のためにできることはありますか?もし今この場ではいと声高らかに宣言できるのであれば今すぐにでもムゲンさんの用心棒としての任を解きましょう。それが貴方にできますか?」
白玉楼の主である西行寺幽々子として答えたつもりでいた。しかし魂魄妖夢の主である西行寺幽々子としての答えを隠しきれなかったところに甘さがあるのだと西行寺幽々子は扇の裏で自嘲した。
もちろん、その甘さにこの半人前が気付けばの話である。
もちろん、その甘さに気づかない故に半人前なのである。
妖夢は下を向き、歯をくい縛り、膝を握り潰してしまうほど強く握り、零れそうな涙を必死に堪えながら「私が弱いから」と心のなかで繰り返し呟き続けるのであった。
暫く経ち、襖が消魂しい音を立て開く。
「呼んだか?」
まるで浪人とまで言われたムゲンの立てる音である。聞き慣れたはずの音が今はただただ煩わしかった。
「えぇ、呼んだわよ。実はね、今から貴方達に人里へお使いに行って欲しいの」
主の雰囲気が普段の調子に戻る。慣れたはずであってもやはりどこか馴れることのできない変わりようである。
「お使いってどこにだ?」
今までの話を知らぬムゲンはいつものように尋ねる。
「私の友達の家に花見の招待状を送って欲しいの。場所は書いて渡すから安心して」
緩く、間の抜けた口調で主が語る。その口調はまだ小さな子供に近所の甘味処に行って菓子を買ってこいと言うかのようである。
「花見っつってもまだ見渡す限りの雪景色だろう」
「そうなのよ。まだ冬が続きそうだから花見用の団子と一緒に雪見大福も沢山買ってきて欲しいのよ」
ムゲンもここまで来たら主には敵わないと折れたようである。
「わーったよ。行けばいいんだろう?行けば」
半ば投げ槍な言葉をを返しつつムゲンは与えられたお使いをこなすため外へと向かう。
「妖夢、貴方も行きなさい」
西行寺幽々子は妖夢の方へと向き直りムゲンを追うように促す。どこか冷たい反面どこか暖かい言葉である。
「幽々子様」
妖夢の弱い言葉が座敷を静かに満たしていく。
「私が彼より強くなれるなら、私が彼より幽々子様を思って剣を握れるなら、私を白玉楼を守る剣としてとして認めて頂けますか?」
先程よりも強くはっきりとした言葉が座敷に静かに響いていく。
「それはもちろんよ。貴方自身が貴方の強さを見つけ、知ったとき、貴方を白玉楼とその主である私を守る剣として認めることを誓いましょう。」
その言葉を聞き、妖夢は屋敷の外へと駆け出していった。