主の命により人里へと向かう魂魄妖夢とムゲン。
既に冬の短い日も傾き寒さも増していた。
いつもより二枚ほど余計に服を着込んでいるので二人とも一回り大きく見える。
「んで、使いの内容は?」
「人里についたら別行動のようですよ。ムゲンさんは幽々子様のご友人の元へ招待状を届けて、私は里の市で買い出しですね。」
ムゲンが欠伸を交えながら尋ね、妖夢がそれに答える。妖夢は慣れてはいけないと考えながらも身に付いた習慣を僅かに恨んだ。
人里までの道は長く、まず彼岸へ向かい幻想郷の閻魔を勤める四季映姫のもとへ向かい、冥界を出る許可をもらいにいかなければならない。そこで小一時間程彼女の小言を聞く。
最も説教を受けるべき人間が欠伸をして目に涙をためているのだが……
彼女の有難い小言が終わると彼女の部下であるおしゃべりな死神と共に川を渡り、顕界に入る。そこからは飛ぶことのできないムゲンに合わせて妖夢も徒歩で人里へと向かう。
「思ったよりも時間がかかりますね。ムゲンさんは疲れませんか?」
「いや。」
「そ、そうですよか……」
「寒いですよね。桜が咲くのはもう少し先なんでしょうか?」
「さぁな。」
「そうでよね、わからないですよね……」
このようなやり取りを何度繰り返したかだろうか。妖夢は10回目から数えるのを諦めていた。
「ムゲンさん、外にいたときのムゲンさんの話をしてもらってもいいですか?旅をしていたということは以前聞きましたけどそれよりも前のことって知らないんですよ。」
人は時に壮大に地雷を踏む。人には触れてほしくないことの一つや二つはあるものだ。
妖夢が振ったこの話題はムゲンにとって正しく地雷であった。旅の仲間であったフウやジンにも可能な限り隠してきた地雷をこの半人前は盛大に踏み抜いた。
「おいガキ」
ムゲンは口を開いた。明らかな殺意を持った目で妖夢の方向を睨み付ける。
「ガキってなんですか!?こんな見た目でもムゲンさんよりも何倍と生きて……」
ムゲンの目の色が変わったことに気づき妖夢の言葉は途中で区切られてしまった。
空白の一瞬
消えない音が煩わしい
見える景色が鬱陶しい
短く永い一瞬
「伏せろっ!!」
ムゲンが刀を抜く。
そして、飛び出す。
妖夢がムゲンの言葉を聞き刀を抜く。
そして、振り返る。
妖夢が振り返るその先には巨大な蛾がいた。
……
結論を話せば幻想郷最強の剣術と言われる魂魄流の現当主である魂魄妖夢とその妖夢に勝ったムゲンとに言葉も理性も持たない木っ端妖怪が勝てるわけもなく巨大な蛾はいと言わぬ間に物言わぬ肉塊へと変わってしまった。
「なんだこいつ?」
「恐らく夜雀の亜種かなにかでしょう。」
「こいつ喰えねぁかな。」
「蛾は食べても美味しくないですよ。イナゴとか蜂なら食べられなくもないと思いますけど。」
ムゲンが適当に話し、妖夢がそれに答える。本人は慣れたくなくとも自然な流れで答えてしまう。白玉楼では見慣れた二人のやり取りである。
「ガキ、さっきの話だがよ……」
「はい……」
さっきのと同じ空気が二人の間に張り詰める。
永く静かで二人しか存在しないかのように感じる一瞬。
「人には聞かれたくもねぇし話したくもねぇことがある。俺の場合、昔のことは話したくもねぇし聞かれたくもねぇ。だからもし、お前がまた俺の昔のことを聞いてきたら俺はお前を切らなきゃならんかもしれねぇ。それだけは忘れるんじゃねぇぞ。」
さっきと同じ目だ。鷹の様で鬼の様で鋭く細いその目は間違いなく妖夢の方を向いていた。
妖夢はすぐに答えようとしたが声が出なかった。了承でも謝罪でもすぐに答えようとした。しかし喉から出るのは掠れた音ばかりで妖夢の高く幼い声とは限りなく遠いものだった。
「わかったなら頷け。それでいい。」
ムゲンの言葉に妖夢は何度も首を縦に振る。今、妖夢を支配するものは恐怖のみであった。
「今日はここで野宿か。」
ムゲンの言葉に妖夢は何度も首を縦に振り続けていた。