『貴方が私に勝てない最後の理由は……』
丑三つ時、真南の空に見える月を眺める。
「少し欠けたところがムゲンさんらしいですね」
ムゲンは声が聞こえた方を向く。主である西行寺幽々子が襖の隙間から覗いていた。
「あんたか……」
「かなり落ち込んでいるようですね。紫に負けたのがそんなに悔しかったですか?」
「そうかもな」
「あらあら、本当に落ち込んでいるようですね。普段のムゲンさんなら『るっせー!!俺が落ち込む分けねぇだろ!?』って言うのでしょうけどね」
屋敷の主が微笑む。優しく、柔らかい微笑みは冬の雪や春の桜を思い出す。
丑三つ時の欠けた月が僅かに西へと傾いていた。風が走る、音が駆け抜ける、葉が散る。遣いから帰ると晩飯も食べず、縁側に座りただただそれを見ていた。
落ち込んでいることは間違いない。手加減され、手も足も出ず、さらに死ぬこともできなかった。
今までどんなにボロボロになっても勝ってきた。負けたこともあるが持ち前の負けず嫌いでしぶとく勝ってきた。
しかし、今度は違う。
自分が勝てるビジョンが全く見えない。
どうしても負ける結末しか見えない。
「ムゲンさん、八雲紫は強かったですか?」
「それなりにな。昔倒した化けもんやロシア人よりもつえーのは確かだ」
「ムゲンさんは楽しい旅をしていたのですね」
何気ない無い会話、それがただただ心地よかった。
「紫は単純な剣術だけの勝負であれば妖夢よりも弱いです。そしてムゲンさんは妖夢よりも強いです。……これは心についてです。あの子は斬れるものがたくさんあるのに斬らないでいます。ムゲンさんはこの世に斬れないものなんてあると思いますか?」
「もし、俺がアイツでアイツが俺なら斬れないものなんてのはねぇだろうな」
単純な答えだった。ムゲンに妖夢の刀捌きがあればどんなに硬いものでも真っ二つに斬れるだろう。妖夢にムゲンの大胆さがあればどんなに強い敵でも斬れるだろう。それだけのことである。
「そうですね、あの子は強いです。そして、ムゲンさんも強いです。強さのベクトルは違えど間違いなく強いです」
幽々子はまたしても非情になれなかった自身を嘲笑った。そしてその自嘲は優しく、厚く塗り固められた柔らかい微笑みに消されてしまった。
「なぁ……」
「何ですか?」
「お前の友人、斬っちまってもいいか?」
「構いませんよ。まぁ、私たちは一太刀入れられたくらいで死ぬこともありませんから思いきってやってください」
主の言葉を聞き、ムゲンは刀を手に歩き出した。