里抜けエルフの放浪録 作:KK
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└───初めての魔法───┘
明くる日も明くる日もと、メールさんと行動を共にして気付けば僕がここへ来て5日目になっていた。
どうやら僕は優秀な子供らしい。メールさんは決して褒めてはくれないが、午後の暇な時間に話しかけてくれた団員は僕をそう称してくれた。子供は偶にしか来ないが、大抵は落ち着きが無くて、或いはこちらの指示を聞いてくれなくて、だとか愚痴のようなものを零しつつ、僕は中でも優秀だと言った。
優秀だという自覚はあまりない。確かに他の子供よりは人生観というか、物事の捉え方は穿っているかもしれない。多分僕はそこを評価されたのだろう。でもそれは大人になれば均される部分であって、何か物事に秀でているという評価には繋がらないような気がする。精神が早熟してるというのが正しいように思える。将来性を俯瞰すれば僕は平凡だ。精々増長しないようにしよう。
午後の魔法の授業は今日から外で行われることになった。いわゆる実践編というやつだ。
昨日メールさんから「もう座学で教える初歩はありませんから、明日は魔法を使ってみましょう」と言われていたので、心の覚悟というか、準備はできていた。
騎士団詰め所にある中庭でメールさんを待ちつつ、魔法の授業というのはワクワクするものらしいという固定概念について考えてみる。これも異なる魂からの情報だ。
僕は魔法を扱った経験は無いが、それでもこの里で過ごす以上幾度となく日常的なシーンで活用されるところを目にしてきた。そもそも里で生きる以上魔法は必須条件だ。火を焚くにも洗濯するにも魔法を活用する。使わなくとも勿論生きてはいけるが、異分子として村八分にはされるだろう。魔法を使わないなんて何を企んでるんだ、疚しいことでもあるんじゃないか。そう勘繰られる。だから必須条件。この里で生きるには魔法が必須だ。
そんな事情があるからか、とんと魔法への好奇心というのは湧いて来なかった。それでも生きる以上、あった方が良いとは思うから真面目に習得は目指そうと思う。
「エミオール、お待たせしました。それではやりましょう」
「はい」
やってきたメールさんは杖を持っていた。木で作られていて、何処か古びている。メールさんの足元から腰くらいまで伸びていて、僕が両手じゃないと握れなそうな大きな杖だ。メールさんはそれを片手で特に事無しに持っていた。
しかし杖なんて使うのか。僕が見てきた人はみんな空手で魔法を使っていた。
「初心者のうちは補助として杖を使います」
僕がまじまじと見ていたからだろう。メールさんは簡単に補足する。
「魔法は一番最初が難しいのです。魔力の供給、魔法の生成、それらの制御、維持。初心者がこの工程を補助具無しで扱うのは難しいことなのです」
「そうなんですね。それにしても僕にその杖は大きくありませんか?」
メールさんは僕の顔を見ると、それからなぞるように足先までジロジロと見て頬を緩めた。その後に自身の持つ杖を見た。一瞬悩むように目を閉じる。考えるまでもなくその杖を扱うには僕の身体が小さすぎると思うんだけども。
「……杖の大きさを間違えました」
「そうですか」
「子供用のものを改めて持ってきます」
ひょこりと背を向けて小走りでメールさんは来た道へ戻り始めた。おっちょこちょいだ。メールさんの背丈はこの里のエルフでも大きい方なのに、何だか小さく見えた。
数分と経たずメールさんは戻ってきた。今度は僕が片手で持ってるくらいの細さで、杖の長さもさっきの半分くらい。見た通りの構造であれば僕でも容易く扱えそうだ。
「持ってみてください」
「分かりました」
僕は杖を受け取る。特に力が湧いてくるとかは無い。一見した通りの木の棒だ。
「これなら僕でも扱えそうです。お手数おかけしてすみません」
「いえ、これが私の職務ですから」
生真面目に話すメールさんだが、言葉と裏腹に表情は薄く鼻白んでいた。初日なら分からなかっただろう。五日も一緒にいれば無表情の中に豊かな機微が隠れていて、それを見出すくらいは容易だ。でも何故ヘソを曲げたのかは分からない。あと一年くらい一緒に過ごしたら分かるのかもしれないが、生憎二週間だけの予定だ。
中庭の中央部分へ移動する。中庭といっても、ここでも普段の訓練を行う想定なのか、花壇などは一切ない。地面は石畳で舗装されており、ここなら不意の炎魔法で燃えても被害が無いというのはメールさんの弁だ。
「それでは早速ですが杖を構えてください」
メールさんに言われて、どう構えようかと刹那の間悩んだ。でも普通に縦に持てばいいかと思って、僕は両手で掴むと胸の前で持つ。
「エミオール、それでもいいですが将来のためになりません。片手は開けておくべきです」
背後に回ったメールさんに杖を持つ手を修正される。親にもこんな密着されて指導されたことがないからか、こそばゆい。
「それって戦闘を考えてのことでしょうか」
少し照れ臭くなって、誤魔化すように僕は言った。メールさんからの返事はすぐさま返ってくる。
「勿論そうです。エミオールが将来、戦闘を担うような職に就くかは分かりませんが、私は騎士団のエルフです。他はともかく、私は騎士団の流儀しか教えられません」
「そうでしたか。いえ、それでもありがたい話です」
「はい。それに里の外に出れば魔物と戦う事だってあります。今日の経験は必ず活きるはずです」
魔物。里の外には魔物がいると言う事実は知っていた、でもそれと戦うというのは考えてもみなかった。その前提があるなら片手を開けると言うのは重要な事かもしれない。従おうじゃないか。プロフェッショナルが言う事だ。
「では魔力を集中させてください」
「やってみます」
僕は魔力を収束させることを意識する。魔力を扱うのは今日が初めてだが、メールさんの座学を聞いて何となく理論的には掴んでいた。
要するに呼吸だ。息を吐くようにして腹から力が流れる。それが魔力だ。魔力は表面を流れるように伝わる。口から出た魔力は身体の表面を流動的に動き、手先を通じて杖へと伝わる。その証拠に杖から緑色の、如何にも神秘ですと主張したげな光が淡く発されている。
「自分のものにするのが早いですね……一応聞きますけど経験が?」
「全く無いです」
「私より余程才能があるんですね」
そんなことはないと思いますけど、と謙遜しそうになって心中で押し殺した。割と本気でメールさんが羨ましそうに見ていたからだ。
実際、僕は大した才能などないと思う。剣もそうだし魔法もそうだ。僕の中にある異質なる魂のせいで早熟なだけで僕自身は大したことがない平凡な才覚しかない。その証拠として両親から褒められたことなど一度も無かった。騎士団に来てからどうにも過大評価が多い。
「ではフレアの魔法を使ってください」
「分かりました……」
返事はかなり気が抜けたものであったと思う。その時の僕は杖を操ることで精一杯だったからだ。
魔力が杖に集えば集うほど、難易度が指数関数的に増加する。僕は杖の重要性をここで初めて実感した。杖という媒体が無ければ魔力のやり場を無くして、そこら中に散らしていただろう。
魔力制御というにはおざなりで、呼吸と同時に体内から抽出した魔力を杖に格納しているのが現状だった。その現状だけで僕は手一杯なのに、ここから加工しなくてはいけない。魔法へ七変化させなくてはいけない。
フレアについてはメールさんから教わっていた。最も基礎的な魔法として位置づけられている。杖先に火が灯るだけの魔法で、日常生活でも炊事でよく使われる。マストで覚えるべき魔法だ。
しかし、中々うまく物事は行かない。
火が灯ることなく、杖は薄明な緑色に光ったまま。
フレア、フレア。そう心の中に唱えてみても変化なし。
魔力を熱量に変化するイメージをしてみるが、それでも駄目そうだ。
「私の言葉に返答しなくていいです。思い描いてください。火はどんな形をしていますか」
言葉に甘えて、心中で繰り返す。
どんな形かって、それは不定形だ。一定の形で灯って、風で揺らいで、また元に戻る。捉えようがない。
「火は何色ですか?物に火が点くと?燃え盛る様子はどうですか?」
火の色は赤い……温度が上がれば青くなる。一度引火すれば一気に燃え広がる。地震で揺らされた波のように。
瞬間、何処からともなく僕の記憶に蘇るものがあった。
燃え広がる街だ。こんな里なんて目じゃないほど、見たことがないくらいに大きな街。焼け落ちて崩れている家屋。悲鳴の数々。あちこちに空を隔てるほどの炎の壁がせり立ち、誰かの歯ぎしりの音。誰だろう。
この記憶は何なのか。
きっと魂だ。僕に憑りついた異なる魂の記憶だ。この記憶の持ち主はこの悲惨な光景を悲痛な気持ちで見ていたのだ。
彼なのか、彼女なのか。素性は一切分からない。それでも魂の知識や考え方はいつも僕へと流れ込んできている。
この光景を通して、初めて僕はこの魂の生涯に興味を持った。
「……凄いですね。成功じゃないですか」
「えっ……ホントだ」
気が付いたら杖に火が灯っている。灯る、という言葉にしては少し火力が強いけど。
僕は一つ、魔法を覚えた。
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└───森の奥地───┘
里から出てみましょう、と森の中へ行くことになったのは騎士団に逗留する全日程が折り返しに入った頃合いであった。
緊張は当然あった。
里の外は魔物が出る。知識としてその脅威度合いは把握していたし、戦えと言われれば僕は無条件降伏する。魔物に通じるかは知らないけど。
流石に戦え、なんて言わないよな?
チラッとメールさんを見てみるが、物言わぬ表情で足元の悪い森道をサクサクと歩いていた。時折僕の足元を確認しているのは多分歩幅を見て、僕の歩くペースを観察しているのだろう。早足に置いてかれる心配はしなくてよさそうだ。
それに、今日ばかりはメールさんだけじゃない。ハヴァー二さんが一緒だ。ハヴァー二さんは僕の背後から着いてくる形で、偶に物音に反応して上下左右を確認している。
「何で来たんですか」
里から一時間程度は整備された林道を歩いた時、メールさんは予兆も無くハヴァー二さんにジロリと視線を送った。送ったというより刺した。刺々しい。
「護衛だ」
ハヴァー二さんは普段と変わらぬ仁王立ちで言う。
「私だけでは頼りないと?」
「そんなことは言っていない」
「なら貴方は別の任務があるでしょう、来なくても良かったのでは」
「それは他のエルフに任せた。俺はこいつに興味があるから着いてきただけだ。護衛が一人増えて楽になったと考えればいい」
「そうですか」
スンと澄ました表情のまま言葉を切った。この前もそうだったが、あまり仲が良くないのかもしれない。ただ仕事仲間というのは実際にしてこんなもんなのかなと思う。周りが息苦しさを覚えていても、当人同士は仕事が熟せれば問題なしと考える。だから僕は特に言及しなかった。森を出るまでの我慢だ。
「どこまで行くのですか?」
代わりに一時間歩いてきてずっと思っていた疑問を言えば、答えは背後から返ってきた。
「境界だ」
「境界とはなんでしょうか?」
「この森と、外の世界を隔てる結界が引かれているのは知っているな。その境目の周辺地域のことだ」
「なるほど」
要はこの世界の果てだ。関心はある。果たして断崖絶壁なのか、それとも結界によって不自然に世界が切り取られているのか。はたまた結界は透明で外の世界がこちらから確認できるのか。
すると、メールさんは明らかに不満げに眉を顰めた。鉄仮面の彼女にしては珍しいことに誰が見ても明らかに機嫌を損ねたなと分かるくらい露骨だった。
「私の説明を取らないでください。今回の担当は私のはずです」
「俺に聞かれたと思ったから答えた。それだけだ」
「ハヴァー二さんに聞くはずがありません。エミオールは後ろを向いていませんでした。今の質問は横にいる私に向けたものだったはずです」
「気を付けよう」
ちょっと面白そうにハヴァー二さんは答える。別に誰が答えても僕としては変わらないけどな、と心の中で反応する。現実では黙る。言ったら最後、メールさんが全方向で不機嫌になる気がした。
あまり温まらない会話を道中挟みながら、更に一時間くらい歩くと奇妙な光景が前方に現れる。
人影だった。三人組。更に遠く、その後ろに獣みたいなのが一匹。家畜か。まだ遠くて良くは見えないけどこちらへ歩いてくるみたいで、試しに手を振ればあちらも手を振る。
「こんなところを往来するんですか……意外でした」
「違いますエミオール」
どういう意味で?
疑問符を上げる間にメールさんは腰元から剣を抜いた。あちらも一人が剣を抜いた。臨戦態勢かと思いきやメールさんはその場で剣をぶんぶんと虚空を刻む。向こうの人影も同じことをした。なるほど。
「鏡ですか」
「その通りです。これがこの里を守る結界です」
結界が引かれている線を基点に、光景が反転しているのだ。外の世界が見えないのは少し残念だけど、それはそれとして、更に近づいて触ってみたい気持ちになる。
と、その前に。
「じゃああれ、魔物ですかね」
「なんだと」
僕が指差した箇所に反応したのはハヴァー二さんだった。小さな点だが、目を凝らせば四本足で三人組へじりじりにじり寄っている。全長は成人したエルフの背丈くらい、メールさんよりは小さい。全身を覆う毛は脂か何かでぐっちょりとしている。是非とも触りたくない体毛だ。口から覗いている牙は涎を垂らしながら空を穿っている。
二人も現認したようでピリっとした空気が流れ始める。
「私もいま確認しました」
「俺もだ。どうやらエミオールは目も良いようだな」
「そうみたいですね」
「騎士団に勧めるよりも狩人にした方がいいかもしれないな」
「それは別に同意しませんけど」
「そうか」
揃って剣を抜くと、来た方向に警戒心を向ける。僕も取りあえず二人に倣って剣を抜こうとするが「ここは私に任せてください」とメールさんに手を抑えられてしまった。じゃあお任せしようかな。そう思って一歩下がったところでハヴァー二さんから一言。
「俺はエミオールなら試しにやらせても良いと思うが」
とんだ藪蛇だったみたいだ。剣を抜く姿勢など見せるんじゃなかった。
ちょっとした後悔をしている間にもメールさんが視線を魔物のいる方向から逸らさず反論する。
「あのですね、七歳の子を魔物と戦わせたら貴方と並んで偉い人に怒られてしまいます。貴方と一緒に倫理観も疑われます」
「俺は黙っている。メールも黙れば問題はない」
「怪我したらどうするんですか」
「する前に援護すればいいだろう。それすら出来ないほど己の実力に、エミオールの実力に自信がないのか?」
ムッとした雰囲気が漂ってくる。メールさんの耳がほんのり赤みを増した。なんだか非常にとても、不味い予感だ。
「魔物程度に後れを取る軟な訓練は積んでいません。エミオールもこの程度の魔物に負けません」
「ならば見守ってみようじゃないか」
「……しょうがない。エミオール、前へ。貴方の力を見せてあげてください。」
マジかと思った。マジという言葉の意味は分からないけど、反射的に出てくると言うことはこの状況に適した悪態なのだろう。いや本当にどうでもいい。
僕は剣を構える前に、隣に聞こえないように溜息を吐いた。