姫榊 花奏side
「出過ぎたマネをして!
まことに!!
申し訳!!!
ありませんでした……!!!!」
STARRYにて、後藤さんの土下座が見事に炸裂した。
その様子を眺める4つの視線。
「姫榊さんと二人で路上ライブをやって、そこでファンの人に姫榊さんを新メンバーだと発言しちゃった……と」
「既成事実を作って囲い込み、ぼっちってば策士だね」
「大胆な事するわね〜、ひとりちゃん」
みんな、面白がってる。
「やややややっぱりクビでしょうか!? 独断専行の罪で死刑……!?」
大袈裟な。
「まあ、独断で動いたのはいただけないけど……リョウと喜多ちゃんは、姫榊さんが入るのはどうなの?」
「異議なし」
「大歓迎ですっ!」
いいんだ。
「ってわけで、姫榊さんを結束バンドのキーボードに任命します!」
「わ〜ぱちぱち」
「これから一緒に頑張っていきましょう、姫榊ちゃん!」
軽い。
すっごく軽い。
大事な事をこんなに軽く決めていいの……?
「よ、よかった……」
「あっ、ぼっちちゃんには罰として来月、フルタイムでバイトに出てもらうからね」
「そっ、そんな……!?」
冗談だよー、と笑い飛ばす伊地知さん。
「まあ、ぼっちちゃんがメンバーとして誘わなくても、サポートメンバーとして誘おうかなって思ってたからさ。ある意味ではちょうど良かったかな〜」
「でも、正式なメンバーに加えるとなると話をちゃんと通さなくちゃいけない」
そう、リョウさんの言う通り。
結束バンドは《ストレイビート》というレーベルに所属している。
どういう契約になっているのかは(現状では)部外者である私には知る由がない……が、勝手にそんな判断を下していいハズがない。
で、ストレイビートのスタッフが今日、私たちを訪ねて来るそうだ。
その人が私の正式加入を認めるかどうかを見定める……らしい。
ダメと言われたら、大人しくサポートメンバーで落ち着くしかない。
……出来るのならば、彼女たちと同じ立場で肩を並べたいものだ。
「姫榊ちゃんの腕前ならきっと大丈夫よ!」
喜多さんが私の両手を握ってきた。
笑顔がすっごく眩しい。
先日の件もあって、後藤さんが謝罪会見(?)を開く前に私は伊地知さんたちに、私の耳の事を話した。
打ち明け終わった時、みんな「それがどうかしたの?」って表情をしていた。
「姫榊さんが姫榊さんである事に代わりはないからね〜」
「聾唖のバンドマン……ロックだね」
「やっぱり姫榊さんって只者じゃなかったのね〜!」
みんな、いい人たちだ。
こんな風に、遠慮なく、気負わずに接してくれた人たちは今までいなかった。
結束バンドのみんなと、ずっと一緒にいたい。
そう思う気持ちが、ますます強くなっていった。
……それと同時に、別の感情が心の奥底で渦巻いているのを私は見て見ぬ振りをした。
「そろそろ来る頃だね〜、ほらぼっちちゃん! いつまでも土下座してないで!」
「あっ、はっ、はい」
いったいどんな人が来るのだろうか……怖い人だったらイヤだな。
声と音を失っている音楽家なんて論外だ、なんて言われたらどうしよう。
「大丈夫、どうせ来るのあの人だろうし、姫榊が何か言われたら私がベースでポムってするから」
何が大丈夫なのだろうか。
っていうか「ポムっ」ってなに?
……でも、まあ、うん……そうだね。
『なんとかなるなる、な〜るなる』
サムズアップ。
「あの二人、おちゃらける方向性が似てますよね」
「類友ってやつでしょ」
褒められてる気はしない。
リョウさんは嬉しがってるけど。
スタジオのドアが開いた。
中に入ってきたのは……
「どうも〜、ストレイビートから来ました、ぽいずん♡やみです〜」
めっちゃ胡散臭い格好した人だった。
「お待ちしてましたー、やみさん。
彼女が話してた子です」
私は軽く頭を下げて『姫榊 花奏です』とメモ用紙に書いて見せた。
「ほ〜……へ〜……」
すっごくジロジロ見られてる。
「とりあえず、演奏してみてちょうだい?」
*
喜多 郁代side
姫榊ちゃんを交えて、5人で演奏をする。
最初よりはマシになってきたけど、まだ姫榊ちゃんのリズムは不安定さが拭えない。
リョウ先輩もそれを見越して、なるべくキーボードが前面には出ないようにスコアを書き直したらしいけど……やっぱり、あの時の実力とは程遠い。
演奏が終わる。
やみさんはしばらく考え込んでから口を開いた。
「……やっぱり《本物》! まさかこんなところに《消えた神童》がいたなんて!」
……え?
……本物?
……消えた神童?
「な、何の話ですか、やみさん?」
私はやみさんに詰め寄った。
やみさんはキョトンとした表情で言葉を返す。
「えっ……あなたたち、この子の事を知らずに引き入れてたの?」
視線が姫榊ちゃんに集まる。
姫榊ちゃんは、訳も分からないといった面持ちで首を傾げている。
「5歳の時に未就学部門のピアノコンクールでデビュー、そこから結果を出し続け、5年前に忽然と表舞台から姿を消した天才ピアニスト《姫榊 花奏》……そこでキーボードを弾いてるのは、その人よ」
姫榊ちゃんの表情が少しだけ、険しくなった。
まるで、開いてはいけない扉に手を掛けている……そんな感覚に襲われた。
やみさんは姫榊ちゃんの目の前に立つ。
「演奏中、他の人の手元ばっかり見てるのはどうしてです?」
姫榊ちゃんは一瞬だけ顔を背け、すぐに向き直りペン先を走らせた。
『耳が聞こえないので』
「あ〜、なるほどなるほど〜。……観客側から見るとすっごく悪目立ちするから、ライブする時はやめた方がいいですよ」
姫榊ちゃんがメモ用紙を仕舞い、俯く。
「あっ、あの……!」
ひとりちゃんが声を上げた。
「さっきのは……本当ですか……?」
「本当も何もないですよ、ギターヒーローさん。ネットで調べればすぐに出てきますから」
スマホを取り出してたぷたぷと操作し、画面を見せてくる。
ピアノコンクールの入賞者……それも、最優秀賞の欄に彼女の名前があった。
他の年度でも、同じ場所に名前が載っている。
知らなかった。
姫榊ちゃんがそんなに凄い人だったなんて……。
……ふと、前に受けた言葉を思い出す。
《だから、何も知らないと言うんです》
そして、彼女は他に何と言った?
《それじゃあ、遅いんですよ》
「とりあえず、加入の件は合格ってこ」
「……姫榊ちゃん!」
やみさんの言葉を遮り、姫榊ちゃんの両肩を強く掴んだ。
姫榊ちゃんの表情が強張る。
「郁代、待って」
リョウ先輩の制止する声を無視して、私は言葉を投げかける。
「あなたに……何があったの?」
姫榊ちゃんは、何も言わない。
姫榊ちゃんは、何も語らない。
そして……
「…………!」
姫榊ちゃんは私の手を振りほどき、逃げるようにスタジオから走り去った。