【完結】沈黙のピアニスト   作:高科奈紗

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※ここから先、残酷な描写等が増えますのでそれらが苦手な方はご注意ください


消えた神童

 後藤 ひとりside

 

「姫榊ちゃん、待って!」

 

 姫榊さんが喜多ちゃんの手を振り払い、走り去っていく。

 

「……私、追いかけてきます!」

「郁代」

 

 リョウさんが立ち塞がり、喜多ちゃんを制止した。

 

「追いかけてどうするの?」

「そんなの……連れ戻すに決まってるじゃないですか!」

「無理矢理に連れ戻して、何か解決する?」

「ちゃんと説得すればっ!」

「出来るの? ……あの子の事、私たちは何も知らないのに?」

「そっ、それは……」

 

 喜多ちゃんが黙って俯く。

 多分、今の私たちじゃあ……姫榊さんを連れ戻してくる事は出来ない。

 私たちは知らなさ過ぎた。

 彼女の事を……彼女の過去を。

 

「あっ、あの……やみさん、姫榊さんの事……詳しく、教えてくださいっ」

 

 私たちは知らなくちゃいけない。

 じゃないと、前に進めない……そんな気がするから。

 

「ん〜……本人がいないところでペラペラと喋るのは気が引けるけど……まっ、いいか」

 

 あたしも深いとこまでは調べられてないけどね、と付け加えてスマホをテーブルの上に置いた。

 みんなでテーブルを囲むように立ち、画面を眺める。

 そこに写っていたのは……青緑色のドレスに身を包み、ピアノを弾いている姫榊さんだった。

 

「これって……コンクールの動画ですか?」

「そうそう、最優秀賞の子の演奏はネットにアップロードされてんの」

 

 確かに動画に写っているのは姫榊さんなのだろう。

 でも、私たちの知っている姫榊さんよりも一回り小さい。

 それに、左手の小指には……あの日、見せてくれた指輪がはめられていた。

 

「これが、彼女が《本物》だって証拠」

 

 やみさんは画面を操作し、ウィンドウを切り替える。

 そこに映し出されたのは、1つのニュースサイト。

 

「これって……?」

「姫榊 花奏さんのインタビュー記事」

「……あれだけの実績があったら、インタビューぐらいはされて当然か」

「そんぐらい音楽界で知名度があるのよ、彼女は。あたしがライターだからってのもあるけど、あんたたちが知らなさ過ぎて逆にビックリしたわ。……って、話はそこじゃない」

 

 やみさんは記事をスクロールする。

 そこに書かれているのは、なんてことのない普通のインタビュー記事。

 

「……別に、変わったような所はなかったですよ?」

「あのね、そこが問題なの」

「……あっ」

 

 リョウさんは少し考えた後、何かを閃いたかのように言葉を発した。

 

「確かに、おかしい」

「あー! そっか!」

 

 今度は虹夏ちゃんが大きく声を上げた。

 二人は何に気がついたんだろう……? 

 

「伊地知先輩、何がこの記事にあるんです?」

「この記事、姫榊さんの『声と耳』の事に一切触れてないんだよ!」

 

 あ……。

 

「あ……あー! あんなハンデがあったら普通は大きく取り上げるし、そうじゃなくても多少は触れたりはするはず!」

 

 という事は……

 

「姫榊さんの声と耳の問題は、産まれついてのものじゃない……?」

 

 やみさんは静かに頷いた。

 

「これが私の持ってる情報の全てよ。……さっきは言いそびれちゃったけど、彼女の加入の件は合格。だからちゃんと彼女を連れ戻しときなさい?」

 

 それじゃあね〜、と手を振ってやみさんは去っていった。

 

 私たちの間に、重苦しい空気と静寂が佇んでいた。

 

 *

 

 伊地知 虹夏side

 

 あの後、解散してぼっちちゃんと喜多ちゃんは帰宅した。

 明日、学校で姫榊さんを説得してみるそうだ。

 今ここにいるのは私とリョウだけ。

 

「は〜……」

 

 スタジオの机に突っ伏して大きく息を吐く。

 

「やっぱり私、ダメなリーダーだ……」

 

 何も出来なかった。

 姫榊さんを止める事も……喜多ちゃんを止める事も。

 そして、姫榊さんの事情を知ってもなお、彼女を呼び戻す事さえ出来ていない。

 

「大丈夫、郁代とぼっちならきっと連れ帰って来てくれる」

「……ありがとう、リョウ」

「ん?」

「喜多ちゃんを制止しないといけなかったのは私なのに、憎まれ役みたいな事させちゃって」

「なら今度、何か奢って」

「調子に乗んな。……んっ?」

 

 ロインに通知が来た。

 スマホの画面に目を向ける。

 

 やみさんからだ。

 

『二人きりでお話があります』

 

 さっき別れたばっかりなのに……何の用だろう? 

 

「ごめん、リョウ。ちょっと用事が出来た」

 

 STARRYを後にして、指定された喫茶店へ向かう。

 やみさんは既に席に座っていた。

 店員さんに連れが既に来ている旨を伝え、席に案内してもらう。

 

「お待たせしました、やみさん。でも何の用ですか? 用があるならさっきにでも……」

 

 テーブル越しに向かい合うやみさんの表情はいつもより強張っていた。

 

「あの場では言うのはちょっと、ね。けど、まあ……リーダーであるあんたには言っておかないと」

 

 何ともやみさんらしからぬ、歯切れの悪い言葉。

 あの場では言えないこと? 

 

「さっき、持ってる情報を全部出したってのはウソ」

 

 そう言ってスマホを取り出し、机の上に置いた。

 画面に映し出されているのは、一件のネット記事。

 

「彼女が姿を消したの、当時の界隈ですごく話題になってたみたいでね。

 色んな憶測が飛び交ってたわけ。で、《消えた神童》なんてネット上では言われだしたの」

 

「……それと、この記事が、何の関係があるんですか?」

 

 分かっている。

 理解はしている……けれど、脳が理解を拒む。

 

「ちゃんと受け止めなさい。……まあ、この記事のライター、いわゆる炎上系の人でウケ狙いのクソ記事ばっかり書くから信用ならないけど……」

 

 5年前に起きた、一件の少女自殺未遂事件。

 そしてその少女の正体が《消えた神童》……姫榊 花奏ではないか、という説を唱えた記事。

 

「こんなの……馬鹿げた妄想に決まってます!」

「あたしもそう思うけどね。そんな事をするような人に見えなかったし。

 ……でも、彼女は何かを隠してる。じゃなきゃ逃げ出したりなんてしない」

 

 嫌な憶測が脳内を巡る。

 彼女の『声と耳』は後天的なもの。

 そして自殺未遂事件。

 表舞台から消えた時期と、一致している。

 

「でも、なんで……」

 

 なんで、彼女は声と音を失った? 

 何が原因で表舞台から去った? 

 ……どうして、再び音楽の道へ戻るに至った? 

 

「分かんない……どうすればいいの……?」

 

 私は無力だ。

 結局、何も出来ない。

 何も変えられない。

 

「うだうだしてると……彼女、二度と演奏出来なくなるかもね」

 

 やみさんはそう言って席を立った。

 

 私は黙って机の上に置かれたコップを眺める事しか出来なかった。

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