【完結】沈黙のピアニスト   作:高科奈紗

14 / 44
題名のないライブ・二幕

 姫榊 花奏side

 

おはようございます

「おはよ〜、姫榊さん」

 

 STARRYに到着し、挨拶をする。

 といっても私は喋れないので軽く頭を下げてメモ用紙を掲げるという方法を取らざるを得ないわけで。

 他のみんなはもう集まっているようだ。

 

「あれ、姫榊さん……目悪かったっけ?」

 

 伊地知さんが私の顔を見て、そう言った。

 おそらく理由はこれだろう。

 私はその原因……黒縁のメガネに軽く触れる。

 

名前と顔が割れてるんだから、少しぐらい変装しろってやみさんが貸してくれた

「へ〜、あの人が。じゃあ度は入ってないんだ?」

視力8.0あるから入れる必要ない

「マサイ族か?」

 

 そんなこんなでふざけ合いながら準備をする。

 ふと、伊地知さんが尋ねてきた。

 

「そういえば、ステージに上がる時は名前どうする?」

 

 名前。

 そうか、本名だとマズイかもしれないのか。

 私はネットに全く触れないから知らなかったけど、ネット上では私は名前と顔が知れ渡っているらしい。

 

「あだ名とかあればそれでもいいんだけどね〜」

 

 ぼっちちゃんみたいにさ、と付け加える伊地知さん。

 あだ名……か。

 

昼行灯か鉄仮面

「それはあだ名って言うより悪口だね?」

 

 そんな名前でステージにあげられないよ! と声を上げた。

 

「じゃあ何か偽名……芸名? 考えないとね」

 

 偽名……なるべくなら、私の本名からかけ離れた物の方がいいよね。

 

猛津 アルト

「うぐぁっー!?」

 

 なぜか後藤さんがダメージを受けて倒れた。

 

「あの時のこと……やっぱり根に持って……」

 

 ピクピク震えてる。

 私と伊地知さんはスルーして話を進める。

 

「完全にアウトだね?」

じゃあアルトで

 

 音響担当の人……みんなからは《PAさん》と呼ばれている人の肩が、ピクッと動いた気がした。

 

「う〜ん……アルトか〜、姫榊さんって感じの名前はしないけど……」

「もっと別の名前の方が良いと思いますよ」

 

 珍しくPAさんに絡まれた。

 そんなに不評か……。

 

「苗字を出さなきゃいいんじゃない?」

 

 リョウさんが話に加わった。

 

「姫榊って苗字は結構珍しいけど、カナデって名前はごくごく普通にいるし」

 

 確かに珍しい苗字……かもしれない。

 基本的に『ヒメサカキ』って間違われるし。

 

カナデでいいです

「決まりだね!」

 

 

「この楽曲の時は-6にして……」

 

 リョウさんにキーボードの調整を手伝ってもらう。

 色々な楽器に詳しくて凄いな……って思う。

 

「……? 何か顔に付いてる?」

いつも調整手伝ってくれてありがとう、リョウさん

「ああ……いいよ、他の3人じゃ出来ないし。それに……」

 

 それに? 

 

「……なんでもない。ライブ、頑張ろうね」

 

 リョウさんは私の肩を軽く叩き、去っていった。

 

 

 ライブの時間が近づくと、みんな慌ただしくなる。

 みんな、バンド以外にもアルバイトとしてここで働いている。

 

「自分もアルバイトした方がいいんじゃないかな、って思ってる?」

 

 みんなの邪魔にならないように隅に座っていると、喜多さんが話しかけていきた。

 図星だった。

 

「顔に出てたわよ。姫榊ちゃんって結構、顔に出るタイプよね」

 

 私は別にポーカーフェイスを気取ってるつもりはないけれど……周囲からはそう見えるらしい。

 

「まあ、顔に出るっていうか……仕草とか視線が分かりやすい?」

 

 やっぱり私は無表情らしい。

 だからあんなあだ名(悪口?)を付けられるわけで。

 

「でもお茶目な一面があったりとか……いや、真面目な表情していっつもふざけてる気が……?」

 

 失敬な。

 私はいつも至って大真面目だ。

 ……カスミにも昔「お姉様は落ち着きが無さ過ぎます! やんちゃも程々にしてください!」って言われたっけ……。

 

「それにしても姫榊ちゃん、緊張してなさそうね?」

 

 …………? 

 

キンチョウってなに?

「え、えぇぇ……」

 

 困惑した表情を見せる喜多さん。

 何が言いたいのだろうか、私には先程の質問の意図がわからない。

 

「えっと……ほら、人前に出て演奏するのが怖くなったりとか」

なんで怖がる必要があるの?

「演奏する時に体が固まっちゃったりとかは」

冬は指が悴んで動かなくなる

 

 冬場は手足の指が霜焼けして辛い。

 

「……姫榊ちゃんってメンタル強いのね〜」

 

 メンタル強かったら私の世界は閉じてないと思うよ。

 私のメンタルはクランブル並にやわやわだ。

 

「ほーら二人とも! もうすぐ出番なんだから最終準備しちゃうよ!」

 

 後藤さんを米俵の如く担いでる伊地知さんがやってきた。

 

「ひとりちゃん、また脱走しようと……」

 

 あの話、本当だったんだ。

 

 

 舞台袖に5人で集まる。

 気合十分な表情の伊地知さん。

 いつも通りクールな表情のリョウさん。

 いつも通り死にそうな表情をしてる後藤さん。

 眩しい笑顔を放ってる喜多さん。

 

「今日は姫榊さんの晴れ舞台!」

 

 正直なところ、みんなの足を引っ張ったりしないかと心配ではある。

 やみさんに指摘された問題点は殆ど解決していない。

 でも……ここまで来たんだ、やるしかない。

 

「ってわけで、姫榊さん! 何か一言、意気込みをどうぞ!」

 

 なんか話を振られた。

 4人の視線が私に向けられる。

 私は少し考えた後、メモ用紙にペン先を走らせる。

 

みんなで楽しいライブにしましょう

 

 ありきたりだけど、私の心からの言葉。

 4人が微笑みを向けてくれる。

 ……いや、後藤さんはまだ死にそうな表情してるけど。

 

「よーし、それじゃあみんな手を前に出して!」

 

 5つの手が重なる。

 これから、私たちはそれぞれの音を重ね合わせる。

 

「ファイト! オー!」

 

 そしてそれを解き放ち、みんなに届ける。

 私の音色を……みんなに届けてみせる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。