後藤 ひとりside
「これより! 結束バンド、緊急ミーティングを行いますっ!」
「わ〜ぱちぱち」
軽く拍手をするリョウさんと喜多ちゃん。
私も合わせて音の鳴らない拍手をする。
「さて、花奏ちゃんのお披露目ライブから1週間が経ったわけだけど……」
「その姫榊がここにはいないね?」
今日のミーティングは虹夏ちゃんの家でやる、と聞いて集合した。
姫榊さんがいないのは……何か理由があるのだろうか?
サボり? いやいや、あの一件以外で姫榊さんが逃げ出した事はないし……。
……はっ!? まさか……彼女を追放するつもりじゃあ!?
「……ぼっちちゃん!」
「ひゃい!?」
急に名指しされて変な声を上げてしまった。
「今週の花奏ちゃん、どんな感じだった?」
「あっ、えっと……その……なんだか、元気がなさそうでした……」
ライブは一応、成功した。
でも彼女にとってはそうではなかった。
「だよね。……そこで、私は考えました。今の私たちが花奏ちゃんにしてあげられる事は何があるのだろうか……と」
「は、はあ……?」
「花奏ちゃんの歓迎パーティーを開こうと思いますっ!」
「いぇーい」
歓迎パーティー。
……なるほど……?
「では喜多調査員!」
「はいっ! 伊地知主任!」
虹夏ちゃんに指差されて喜多ちゃんが立ち上がり、敬礼をする。
なんだろうこのノリ。
「花奏ちゃんの好物の調査、その結果報告をお願い!」
「かしこまりました! ……あの、このノリ、やめていいですか?」
「あっ、うん」
あっさりと終わった。
「それでは気を取り直して……本人に直接聞いてみたんですけど、姫榊ちゃんの好物は『オートミール』って食べ物だそうです?」
「えっ」
オートミール……?
「リョウ先輩、知ってるんですか?」
「……いや、なんでもない」
「喜多ちゃんはオートミールってどんなのか知ってるの?」
「いいえ、知りませんね〜。ひとりちゃんは?」
「い、いえ……知らないですね……」
「ん〜……リョウは知ってるんでしょ?」
「シラナイヨ」
「絶対知ってる反応じゃん。……まあいいや、コックパットで調べてみよっと」
虹夏ちゃんがスマホを取り出して操作する。
「へ〜、お粥みたいな料理なんだね」
「ソウダネ」
なんかリョウさん、明らかに片言……。
「せっかくだし、作って食べてみましょうよ!」
「私はお腹いっぱいだからいらない」
「ミーティング前にお腹鳴ってただろ……」
「あれは草が当たっただけ」
「もっとダメじゃん! ……1から作るのは無理そうだけど、スーパーやドラッグストアで買えるみたいだね」
「任せた」
「お前なぁ……じゃあぼっちちゃん、一緒に買いに行こうか。喜多ちゃんは留守番お願いね?」
「はいっ!」
「えっ、あ……」
引っ張られて虹夏ちゃんの家を後にする。
今日の虹夏ちゃんは一段と張り切っている。
……こういう時は大抵、空回りするのがオチだという経験則がある。
「あっ、あの……にっ、虹夏ちゃん」
「んー? なに、ぼっちちゃん?」
「そっ、その……あの後、何かあったんですか……?」
虹夏ちゃんはキョトンとした表情を浮かべて首を傾げた。
「あの後?」
「あ、あの……姫榊さんが倒れて、虹夏ちゃんの家で休ませた後……」
虹夏ちゃんは一瞬だけ驚いた表情を浮かべて、すぐにいつもの朗らかな表情に戻った。
「なーんにもないよ。花奏ちゃんもすぐに起きて帰ったし」
「そう……です、か」
聞けなかった。
そもそも、こんな事を聞くのは野暮というやつなのでは?
……あの日から、姫榊さんは学校でもスタ練でも、ずっと虚空を見つめていた。
姫榊さんを励ましたい……その思いは虹夏ちゃんも同じなのだろう。
でも……何かが違う。
悪い方向へ向かっているわけではなさそうだけども……。
「ぼっちちゃん! 聞いてる?」
「ひゅあい!?」
「もー、自分の世界にトリップしてたでしょ?」
「あ、は……はいっ……」
「何かお菓子も買っていこうか、って話をしてたの。……好きなのカゴに入れていいからね」
……今はただ、姫榊さんを励ます事だけを考えよう。
「ただいまー」
「伊地知先輩にひとりちゃん、お帰りなさ〜い」
「すぴー」
リョウさんは机に突っ伏して寝に入っていた。
喜多ちゃんはそれをスマホで撮影してる。
「コイツはほんとに自由過ぎる……パパッと作っちゃうから、2人は待ってて」
「あ、わ……てっ、手伝います」
「いいよいいよ、5分もあれば出来るみたいだから」
虹夏ちゃんに促されて席に着く。
そして5分ぐらい経って……
「お待たせ〜」
虹夏ちゃんがお椀を3つ、テーブルの上に並べる。
見た目はお粥と殆ど同じに見える。
「ご苦労」
いつの間にかリョウさんが起きていた。
「リョウの分はないからね?」
「いらない」
なんでリョウさんは頑なに食べようとしないんだろう……?
「色々な種類があったけど、とりあえず一般的ってサイトに書いてあったロールドオーツってのにしてみたよ!
それじゃあ、花奏ちゃんの好物がどんなものか味わってみようか!」
いただきまーす、と私と喜多ちゃんと虹夏ちゃんは同時にオートミールをスプーンで掬い、口に中に運ぶ。
「なっ、なにこれ……」
「マッッッッッッッッズ……!」
「うん、知ってた」
……独特な食感と味がする。
これは正直、不味い。
……だからリョウさんは食べたくなかったんだ。
「これなら塩粥の方がまだマシだよっ!」
「姫榊ちゃん……こんなのが好きなのね……」
2人の手が止まる。
それはそうだ。
「……ぼっちちゃんは平気そう、だね?」
「あっ、はい……食べれなくはない、かと……」
美味しくはないけれど。
「……ひとりちゃん、私の分も食べる?」
「えっ、あ……は、はい」
「私の分もあげる」
3人分のオートミールを平らげた。
もう二度と、食べたくはない。
「で、あれを歓迎パーティーで出すの?」
全員が黙り込み、俯く。
完全にお通夜ムードだ。
「……オートミールは1人分だけ用意して、あとはみんなで決めよっか!」
全員、黙って頷いた。
みんなが(ここに姫榊さん居ないけど)結束した瞬間であった。
*
姫榊 花奏side
『STARRYに来て!』
今日はスタ練が無く、家でピアノを弾こうかと思っていたら伊地知さんからロインが届いた。
……お説教だろうか。
自分でも分かってる、ライブでみんなに迷惑をかけ、挙句に練習に身が入っていないって事は……。
『わかりました』と返信し、身支度を整える。
……このまま逃げ出してしまおうか。
そんな考えが過ぎる。
そしてすぐに振り払う。
……行こう。
そして謝ろう。
土下座でもなんでも、やろう。
そしてSTARRYの前までやってきた。
指定されたのはスタジオではなく、お店の方。
しかし、お店の扉には《closed》の小看板が掲げてある。
……入っていいのかな?
そう思った刹那、後ろから肩を叩かれた。
首を後ろに向ける。
「何やってんだ、入らないのか?」
伊地知 星歌さん。
STARRYの店長さんで、伊地知さんのお姉さん。
練習をたまに見に来るけど、直接お話しする機会は殆どなかった。
『伊地知さんに呼ばれたんですけど、閉まってるので入っていいのかな、と』
「いいよ、さっさと入りな。虹夏たちも待ってるだろうし」
……「たち」?
「ほら、来な」
戸惑いの念を抱きながら、店長さんの後ろについていく。
何があるんだろうか……?
STARRYの中に入り、広がってきた光景に思わず目を見開いた。
「やっと来たね!」
「待ってた」
「いらっしゃ〜い!」
『新メンバー歓迎会!』
そう書かれた横断幕と、テーブルに並んだ食事。
店内に散りばめられた色とりどりの装飾。
……私のために?
「あっ、そ、その……こちらにどうぞ……あっ、これも……」
挙動不審な後藤さんに促されて席に座る。
手渡されたのは『本日の主役!』と書かれた襷。
「さて、メインゲストも到着したし……花奏ちゃんの歓迎会、始めるよ!」
「わ〜ぱちぱち」
とりあえず、拍手をしておく。
テーブルの上に並んでいるのは、唐揚げ、ハンバーグ、カレー、しらす丼、エトセトラ……なんとも纏まりがないラインナップ。
「はい、これ好物なんでしょ?」
伊地知さんが私の前にお茶碗を置く。
「………………!?」
オートミール。
……オートミールだ!
普段は作ってと頼んでも断られ、ならば自分で作ろうとキッチンに立とうとすると全力で阻止され、普段は食べられない私の大好物が目の前にある。
「めっちゃ目が輝いてる……」
「あんな表情できたのね、姫榊ちゃんって」
そういえば、この前……喜多さんに私の好物を聞かれたっけ。
……そうか、この為に。
「みんな席に着いたねー? ……えぇー、コホン」
「古くさい」
「うっさい! ……花奏ちゃんの加入とこれからの結束バンドの発展を願いまして! 乾杯!」
グラスがコツンとぶつかる。
オートミールが入った茶碗を見つめる。
そして拝むように手を合わせる。
「御神体か何か?」
スプーンに掬い、一口食べる。
微かに香る麦の風味。
プチプチした食感に、優しい舌触り。
……美味しい!
「なんか、トリップしてる時のひとりちゃんみたいね」
「えっ……私、あんなのですか……?」
食べ終わり、スプーンを置く。
深く息を吐く。
ごちそうさまでした。
「そういえば姫榊ちゃんが何か物を食べてる所って見たことなかったかも」
「あ……たっ、確かに……いつも、音楽室に着いた時にはピアノ弾いてる準備してますし……」
「その後もお昼ご飯食べてる様子ないし、ちゃんと食べてるの?」
首を縦に振る。
『音楽室に行く前に済ませてる』
「え、いや……そんな時間、あります……?」
「姫榊、虹夏より小さいしかなり痩せ型に見える……」
「身長150cnだっけ? ほんとにちゃんと食べてるの〜?」
失礼な。
体調管理や栄養管理はバッチリだ。
『お昼ご飯、持って来てある』
私は鞄の中身を漁り、用意しておいたお昼ご飯を手に持って掲げる。
《10秒チャージ!》
「……………………」
みんなの視線が冷たく突き刺さる。
「……喜多ちゃん! 花奏ちゃんを身動き取れないようにして!」
「了解ですっ!」
無理矢理に席を立たされ、後ろから羽交い締めにされた。
待って、なんで?
「リョウは片っ端から料理持って来て!」
「らにゃ!」
えっ、えっ?
「ちゃんとご飯食べなさい!!」
伊地知さんに唐揚げやらハンバーグやらカレーやらしらす丼やらを口内にねじ込まれる。
助けて!
後藤さん、見てないで助けて!!
「……自業自得、です」
そんなっ!?
ちょ、くるし……喉詰まる!
「そうだぞ、ちゃんとメシを食えメシを」
「リョウさんにだけは言われたくないと思います……」