姫榊 花奏side
駅前のコインロッカーにバッグを預ける。
流石にこの重さをずっと背負うのはムリだ。
「よし、ではいざ行かん」
リョウさんが右手を高く掲げる。
私も同じポーズを取る。
『それで、どこに行くんです?』
「古着屋」
古着屋……?
『ボロボロのジーパンやヨレヨレのTシャツがいっぱい売ってるんですか?』
「イメージがコテコテ過ぎる。……まあ、着いてからのお楽しみ」
そうして連れられたのは古風な雰囲気の漂うお店。
「どう、イメージ通り?」
周囲を見渡す。
よくわからないけど、私が着たことないような服がズラリと並んでいる。
しかも、古着屋なのに並んでる服はどれも新品さながらに見える。
『全然、イメージと違う』
「ふふん、古着と侮るなかれ」
『そもそも私、洋服屋って入ったの初めて』
「……ん?」
リョウさんの動きが止まる。
「自分で服、買った事ないの?」
『家の人が用意してくれますから』
「その服も?」
コクンと頷く。
『家にあったのを適当に選んで着ただけ』
リョウさんはジッとこちらを窺う。
しばらくそのままでいると……
「山田リョウの古着コーデ教室、始まるよ」
なんだかヤケに張り切って古着を物色し始めた。
そして一着の古着を手に取り……
「これ着てみて」
それを差し出された私は、言われるがままに試着室へ入った。
「うん、やっぱり姫榊は和テイストな服が見合うね」
リョウさん曰く《和モード》な古着を中心に何着も渡され、それぞれに袖を通していった。
いったい、どれだけの数を着せ替えたか覚えていない。
そして私が今着ているのは、赤色のジャンパースカートと黒色の羽織。
「着物とか巫女服とか似合いそうだよね、姫榊って」
私はモヤっとした表情をして、少し頬を膨らませる。
『こういった和テイストな服ってあんまり好きじゃない』
リョウさんはメモ用紙を見て、大きく首を傾げた。
「なんで? サイドを束ねてる黒色の振分髪と、スラッとした手足が映えるのに。なんだか五月人形みたいでさ」
『そういう印象を持たれるのがイヤなんです』
リョウさんは目をギョッと見開いた。
《お人形さんみたいでかわいいらしいね》
幼い頃からずっと言われてきた事だ。
私はその言葉を聞くのが、堪らなくイヤだった。
そういった発言に悪意がないのは理解している。
それでも、私が私として見られていないって思ってしまう。
まるで意思のないお人形扱いされているようで……。
ピアノのレッスンの先生や、コンクールの審査員の人たちもそうだ。
私を見ていない。
見ているのは、私の腕前だけ。
私の演奏を《素晴らしい》ではなく《好き》と言ってくれたのはカスミだけだった。
「……ごめん、無神経だった」
リョウさんが顔を伏せて、そう言った。
「……………………」
2人の間に沈黙が佇む。
『大丈夫です、慣れっこですから』
私はそうメモ用紙に書いて着替えようとした。
「あのさ!」
いつになく真剣な表情を見せるリョウさん。
私はその表情に、一瞬だけ気取られてしまった。
「姫榊が自分で選んで、コーディネートしてみてよ。姫榊がどんな服装を選ぶの、見てみたい」
真っ直ぐと、それでいて柔らかな視線を向けられる。
私は頷き、着替えるのを止め、試着室から出た。
様々な服が、所狭しと並んでいる。
それを順番に眺めていき……1着の古着に手を伸ばした。
そして別の古着も手に取る。
それらを持って、再び試着室へ入る。
そして試着室のカーテンを開けた。
「へ〜……そういうの、好きなんだ?」
私が選んだのは、黒色のスラックスパンツに白色のブラウス。
『家にあるのはスカートばっかりだから、こういうのも着てみたいなって』
「ああ……いっつも制服かロングスカートだもんね」
思えば、体操服とか部屋着以外で……私服でズボンを着たのは初めてかもしれない。
なんだか新鮮な気持ち。
「うん、似合ってると思うよ。今度のスタ練、それで行ってみたら? みんな……いや、ぼっち以外は驚くと思うよ」
『別に服装1つで驚かれるようなことでもない気がしますけど』
「そんな事ないって。10人いたら9人は振り向く逸材だよ、姫榊は」
褒められてるのだろうか?
あんまり嬉しくないけど……。
「……うん、いざとなったらぼっちと姫榊の二枚看板で売り出そう。うまく対比になってるし確実にウケる」
なんか変なこと言い出したよこの人。
『もう着替えていいですか?』
「あ、うん。いいよ」
試着室のカーテンを締めて、私服に着替える。
さっきまで着ていた服を元の位置に戻そうとした、その時だった。
リョウさんに肩を叩かれた。
視線をリョウさんに向ける。
「その服、渡して。買ってくるから」
そう言われ、私は言われた通りに手渡す。
それを受け取ったリョウさんは真っ直ぐにレジへ向かい、会計を済ます。
そして戻ってきた。
「あげる」
あげる。
その言葉の意味を理解するのに、少し時間がかかってしまった。
リョウさんは万年金欠でダラシないダメ人間だと伊地知さんから聞いていたのが原因だ。
そのリョウさんが……私にプレゼントしてくれる?
リョウさんの言葉の意味を理解した私は、差し出されている紙袋を受け取る。
『ありがとうございます』
そうメモ用紙に書いて見せて、頭を下げる。
「今度、それ着て来てよ」
『考えておきます』
2人で古着屋を出た。
そこでふと、1つの疑問が過る。
『お金持ってたなら、なんで喫茶店でお金貸してって言ってきたんですか?』
2着の古着を買うより、カレーの方が遥かに値段は安い。
つまり、あの場で自分の分を払おうと思えばそれが出来たハズだ。(もっとも、最初から奢る気だったけれど)
あの古着屋でタダで貰ったか、後払いにでもしないと辻褄が合わない。
リョウさんの視線をジッと捉える。
リョウさんは平然とした表情で口を開く。
「秘密」
やっぱりこの人は、よくわからない人だ。
コインロッカーに預けていた荷物を引き出し、電車に乗る。
なんだかんだで、充実した1日だった。
初めての自分のキーボードを買って、初めての古着屋も体験した。
疲労感よりも充足感が優っていて、気分がいい。
下北沢に到着し、紙袋を持ってバッグを背負う。
そして電車から降りようとした刹那……足元がグラついた。
やばい。
倒れる。
そう思った。
「大丈夫?」
私の体が床に投げ出される事はなかった。
リョウさんに肩を支えられたから。
私は少しの間硬直した後、小さく頷いた。
「疲れてるんでしょ? 駅から出るまで、バッグ持ってあげるから」
有無を言わせずバッグを取られた。
私はリョウさんの後ろを静かに黙ってついて行く。
改札を通り、駅の出口の近くで立ち止まる。
「もう平気そう?」
私はコクンと頷く。
バッグを返してもらい、再び背負う。
ズッシリとした重さは感じるが、先程のような感覚は起きなかった。
この重さに慣れていかないとな……筋トレしようかな……。
「今日は楽しいかったよ。たまにはこういうのも悪くないね」
リョウさんにそう言われ、ハッと思考が現実に引き戻される。
『私こそ、楽しかったです。それにキーボード選びを手伝ってもらって、服まで買ってもらって本当にありがとうございました』
リョウさんはクスッと微笑んで「どういたしまして」と返した。
私とリョウさんの家は別々の方向だ。
なのでここで解散となる。
『それではさようなら。また次のスタ練で』
頭を軽く下げ、メモ用紙を見せる。
「うん、またね。……花奏」
リョウさんはそう言って手を振り、背を向けて歩き出す。
その後ろ姿を見つめている私の髪を、心地よい秋風が揺らした。