伊地知 虹夏side
メイドさんにぼっちちゃんと喜多ちゃんが連れて行かれ、部屋の中にいるのは私と花奏ちゃんだけになった。
『適当に寛いで』
花奏ちゃんはそう書いてあるメモ用紙を見せて、壁にもたれかかった。
部屋の中を見渡す。
ここが花奏ちゃんの部屋か〜……思ったより生活感があるなぁ。
壁際に置いてある大きな棚に目を向ける。
中には模型が所狭しと並んでいる。
「花奏ちゃん、プラモデル好きなんだ?」
花奏ちゃんはコクンと頷く。
意外な趣味だ。
「ちょっと見ていい?」と聞くと、これまたコクンと頷いてくれた。
「おー……綺麗に組み立ててあるね。……しかもよく見たら、全部きっちりと墨入れまでしてある!」
花奏ちゃんは微動だにせずにこっちを見ている。
「これ全部、花奏ちゃんが自分で作ったの?」
コクンと頷いた。
『塗装は時間も技術もないからしてないけど』
「墨入れだけでも充分凝ってると思うけどね〜」
『でも最近はあんまり作れてない』
花奏ちゃんは棚の横に鎮座している山積みになった箱を指差す。
「積んじゃってるわけか〜」
『今はキーボードの練習の方がしたい』
「ん……そっか」
その言葉を聞いて、少し嬉しくなった。
先日、花奏ちゃんは自分のキーボードを買ったと聞いた。
それぐらい、結束バンドの活動に力を入れたいと考えてくれている……そう思うと、胸の奥がザワザワした。
『もう二度と、あんな思いはしたくないから』
花奏ちゃんのその言葉で、あの日の出来事がフラッシュバックした。
『あの時はありがとう、伊地知さん』
「へっ?」
花奏ちゃんの闇色の瞳がこちらの視線を捉える。
淀んでいて燻んだ瞳だけど、あの時とは違って光が差し込んでいた。
互いの視線がぶつかり合ったままの時間が続く。
「あ……あの、さ!」
言葉を紡ぎ出そうとしたその時、部屋の扉が開いた。
「ひとりちゃん! ほら、部屋に着いたわよ!」
私と同じドレスを着たぼっちちゃんと喜多ちゃんがやって来た。
ぼっちちゃんは瀕死状態のようで、喜多ちゃんに肩を貸してもらって歩いている状況だ。
「あー……やっぱり、ぼっちちゃんはこういう服着るとダメージ受けちゃうよね」
「溶けそうになって、メイドさんたちが着させるの大変そうでした!」
『度々思うのだけど、後藤さんって本当に人間?』
「ヒト科ではあるんだよね〜、一応」
花奏ちゃんが、今にも崩壊しそうなぼっちちゃんの顔を指で突っつく。
「お飲み物です」
メイドさんがテーブルの上にコースターを4つ並べ、そこにコップを置いた。
「それではごゆっくりとお過ごしください」
メイドさんはそう言って頭を深々と下げ、退室した。
「喜多ちゃんとぼっちちゃんも、そのドレス似合ってるよ〜」
「そ、そうですか〜? あっ、せっかくだし4人で写真撮ってイソスタに載せていいですか!?」
「さすがはSNS大臣……」
『変装用の眼鏡かけさせて』
「あ、あばっ……あばばっ……」
喜多ちゃんはいつも通りだな〜。
……花奏ちゃんに横目を向ける。
特に気にしてなさそうだ。
……まあ、今はこの時間を楽しもう!
ぼっちちゃんがある程度回復し、4人で椅子に座る。
「姫榊ちゃんって、家でもいつもこの服装なの?」
『普段は普通の部屋着。今日は特別』
「こんな豪邸に住んでるんだから、花奏ちゃんの普通はアテにならなそう」
「確かにそうですね〜」
テーブルの上に目を向ける。
様々なボードゲームが置いてある。
1つのボードゲームが目に留まった。
「花奏ちゃん、チェスやるんだ?」
コクンと頷く。
「割とイメージ通りね〜」
「な、なんだか……まさしく御令嬢って感じが……」
「私もルールぐらいなら知ってるしさ、1戦やってみない?」
花奏ちゃんはまた頷き、チェスボードを私たちの間に置く。
そして白と黒のポーンを1つずつ手に取り、どちらの手でどっちの色を持っているかわからないようにして握り締める。
私は花奏ちゃんの右手を指差す。
両手が開かれる。
右手には黒のポーン、左手には白のポーン。
「何してるんですか?」
「先攻後攻を決めたんだよ。チェスは白が先手だからね」
「じゃ、じゃあ……黒を引いた虹夏ちゃんが後手って事ですか……?」
「そういう事だね。先攻が欲しかったな〜」
チェスボードに駒を並べる。
互いに並べ終わるのを確認して、手を差し出す。
「よろしくね」
握手を交わし、試合開始だ。
まずは花奏ちゃんから……。
ポーンを右手に掴み、2マス先に置く。
e4……まあ、セオリー通りかな?
「その駒って将棋で言う《歩》みたいなものですよね? 2マス動かしていいんですか?」
「ポーンは最初に動かす時だけ、2マスまで動かせるんだよ」
花奏ちゃんがどんな手で来るか分からないし、ここは無難に……。
花奏ちゃんが動かした列にあるポーンを手に取り、2マス先に置く。
e5。
互いのポーンが向かい合う形になった。
「そこに置いたら、伊地知先輩の動かした駒が取られちゃうじゃないですか。ミスったんですか?」
「ポーンは斜めの駒しか取れないんだよ、だからここは安全」
「なるほど……移動は真っ直ぐだけど、攻撃は斜めだけ……結構、複雑なんですねチェスって」
「ポーンだけね?」
さて、ここからどう攻めてくるのかな?
花奏ちゃんはクイーンを手に取り、動かす。
Qh5。
……ん? んんっ?
「い、いっぱい移動しましたね……」
「これはクイーンって駒ですよね、確か上下斜めに好きなだけ動かせるって」
「ん……そう、チェスで最強の駒……だね」
「き……キングが最強なんじゃないんですか……?」
「取られたら負けだけど、戦術的な価値はクイーンの方が重要かな」
「な、なるほど……」
そう、クイーンは盤面の要となる駒。
特に中盤以降は。
……それを、こんな序盤から動かす?
花奏ちゃんは何を狙ってる?
……とりあえず、出来る手を打とう。
ナイトを手に取り、右斜め前に進める。
Nf6。
……これで、次に「あの手」を打ってきたら……
「その駒は他の駒を飛び越せるんですね?」
「ナイトは将棋の《桂馬》みたいなもんだからね〜」
「つ、使い辛そうですね……そ、それにナイトなのに馬の形の駒……」
「確か、馬に乗った剣士が由来だったかな?だから馬の形してるハズ」
「頭を齧られないようにしないとですね!」
「やめて、思い出させないで」
花奏ちゃんはクイーンを手に取り、横に動かす。
Qxe5。
その先には私が最初に動かしたポーンがある。
私のポーンは取られ、花奏ちゃんのクイーンが私のキングの前に陣取る形となった。
……やっぱりそう来たか。
「あ、あれ……これって、チェックメイト……?」
「メイトではないね、チェックの状態ではあるけど」
「伊地知先輩、大ピンチじゃないですか!」
もちろん、こんなので終わらせるわけがない。
ビショップで花奏ちゃんのクイーンを牽制する。
Be7。
「これなら一安心ですね!」
「で、でも虹夏ちゃんはすでに1つ駒を取られちゃって……」
花奏ちゃんはまたクイーンを手に取り、移動させる。
Qg5。
別のポーンを狙いに来た。
……なんとなく、花奏ちゃんの戦術が見えた。
というかこれは……
私はキングを手に取り、ルークの横まで移動させる。
そしてルークでキングを飛び越す。
0-0。
「今、二つの駒を動かしましたよ! 反則です!」
「キャスリングっていう特殊な手だよ」
「へ〜……じゃあ、その手をいっぱい使えば有利ですね!」
「1試合に1回しか使えないよ」
何回もキャスリング出来たらゲームが崩壊する!
そしてゲームは進み……
「チェックメイト」
「……………………」
「ふー……ありがとうございました」
花奏ちゃんがお辞儀をする。
「に、虹夏ちゃんが勝った……最初は姫榊さんが、ガンガン攻めてたのに……」
「いつの間にか、クイーンが追い詰められてそのまま崩されちゃってたわね」
そりゃあ、クイーンが単独で突っ走ったらこうなる。
クイーンが右往左往している間、花奏ちゃんは盤面を整えられない。
だけど私は盤面を整える時間がたくさんあった。
それが勝敗の差。
花奏ちゃんの戦い方は戦術なんてものはなく、ただ単に一番強い駒をひたすらに動かすだけのド初心者の戦い方。
でも、ルールはしっかり覚えてる。
「……花奏ちゃんって、暗記は得意だけど応用が全くできないタイプでしょ?」
花奏ちゃんの肩がビクッと大きく跳ねた。
「そ、そうなの? 姫榊ちゃん?」
『否定はしない』
「やっぱりね〜」
花奏ちゃんは真面目過ぎる性格なのだろう。
スタ練やライブの時だってそうだ。
彼女はスコア通りに完璧な演奏をするけど、アレンジやアドリブは一切入れない。
生真面目さが服着て歩いているような子なんだ、花奏ちゃんは。
「何か別のゲームする? 次は4人で出来るやつとかさ」
「あっ、じゃあ……このゲーム、やってみたいです……」
珍しくぼっちちゃんが自分から意見を出した。
ぼっちちゃんが指差したのは……
「Sukll……スカル?」
「ひとりちゃん、完全にドクロのパッケージだから選んだでしょ?」
「うへへ……カッコ良さそうだったので……」
「どんなゲームなの、花奏ちゃん?」
『騙し合いのチキンレース』
このあと滅茶苦茶ぼっちちゃんが負けた。