【完結】沈黙のピアニスト   作:高科奈紗

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糸と糸(後編)

 伊地知 虹夏side

 

「ナメクジ……私はクソザコナメクジ……」

「もー、ぼっちちゃんたらいつまで隅っこで座ってるの〜?」

 

 ゲームで惨敗したぼっちちゃんは部屋の片隅で体育座りをしてる。

 

「ひとりちゃんに駆け引きを要求するゲームは……ねぇ?」

びっくりするほど弱かった

「そこの2人! 追い討ちかけないの!」

『〜♪』

 

 ぼっちちゃんの頭を撫でて慰めていると、誰かのロインの通知音が鳴った。

 スマホを取り出したのは花奏ちゃん。

 花奏ちゃんは画面を見るとすぐにスマホを置いてメモ用紙とペンを手に取る。

 

準備できたから、着いて来て

 

 準備……いったい何の準備だろうか? 

 花奏ちゃんに促されて部屋を出て、3人で後ろに着いて行く。

 

「喜多ちゃんは何か聞いてる?」

「いいえ、何も聞いてないですね〜」

 

 花奏ちゃん基本的に、最低限の事しか語らない。

 いや、下手すれば最低限の事も語らない。

 仕方ないと言えば仕方ないけれど。

 

 私たちがたどり着いたのは、花奏ちゃんの部屋とは違った大扉の前。

 花奏ちゃんがその扉に手をかけて、開く。

 

「ここって……ホール?」

「あっ! アレ見てください!」

 

 喜多ちゃんが指差した先は大部屋の中心。

 そこにあるのは大きなピアノと傍らに3つの椅子。

 

今日は私、姫榊 花奏のリサイタルにお越しいただきありがとうございます

 

 花奏ちゃんは振り向いてメモ用紙を見せた後、両手を腹部に添えて背筋を伸ばしたまま頭を下げた。

 その様子はまさに絵になる。

 こういう事に慣れているんだろうな、と感じ取れる。

 

「姫榊ちゃんがピアノを演奏してくれるの!?」

 

 花奏ちゃんはコクンと頷く。

 

これが一番の私の出来ることかな、と思ったので

 

「やった〜!」

 

 大はしゃぎの喜多ちゃん。

 ぼっちちゃんも、表情が綻んでる。

 私たちは椅子に腰掛け、始まるのを待つ。

 

「花奏ちゃんのピアノ演奏、どんなのかな〜」

「そういえば伊地知先輩って聞いたことないんでしたっけ?」

「無いよ〜、これが初めて」

「めちゃくちゃすごいですよ!」

あんまりハードル上げないで喜多さん

 

 譜面台にスコアを並べている手を止めて、頬を膨らませる花奏ちゃん。

 歓迎会以降、花奏ちゃんはこういった柔らかい表情をする事が増えてきた。

 

それじゃあ始めます。1曲目は組曲『四季』より「花」

 

 花奏ちゃんはメモ用紙とペンを台の上に起き、深呼吸する。

 花奏ちゃんの「感じ」が一瞬で変わった。

 普段の茶目っ気のある感じではなく、かといってスタ練やライブの時の真剣さとはまた違った感覚……緊迫感。

 そして彼女の指先が鍵盤に触れ、旋律が流れ始める。

 

 弾むようなリズム、 優しくて美しい音色。

 そして高音から下降していく旋律。

 聞いたことある曲ではある。

 学校の音楽の授業で習ったような気がする。

 その時にCDで聞いた音源と遜色ない……いや、もしかしたらそれ以上に、彼女の奏でる音に心が引き込まれる。

 

 これが彼女の……花奏ちゃんの本当の実力。

 ハンデなんて物ともしない、しっかりとした音色。

 

 1曲目の演奏が終わり、ホールに拍手の音が響く。

 花奏ちゃんは表情を変えず、こちらを向いて軽く頭を下げる。

 

「いや〜……うん、すごいね!」

「ですよね〜!」

「うんうん! 喜多ちゃんたちが絶賛するのも納得だよ! ……この曲、学校の授業で……中学の時かな? 聞いたような気がする」

「あれじゃないですか? は〜るの〜、うら〜ら〜の〜……ってヤツ」

「あー! それそれ!」

「うぐ……中学……」

「ひとりちゃんがダメージ受けてる〜!?」

 

 花奏ちゃんがぼっちちゃんを「なんだこの人……」みたいな目で見てる。

 彼女はまだぼっちちゃんの奇行に慣れきってないみたい。

 

2曲目はピアノ協奏曲イ短調 第1楽章

 

 花奏ちゃんは何事も無かったかのように、再び鍵盤に向き直る。

 そして旋律を奏で始める。

 

 ……バラエティ番組で聞いたことある曲? 

 なんか悲劇的な場面でよく使われるイメージがある。

 崩れ落ちるような旋律の後にやってくるのは、軽快なリズム、そしてゆったりと静かに流れる音色。

 この曲って、こんな風な……穏やかな情景を思い起こすような曲だったんだ。

 

 しかし、徐々に旋律は熱を帯びて、華やかな音色を奏でる。

 雰囲気が一変する。

 思い浮かぶ情景が変わっていく。

 それでも、思い浮かぶ「場所」は変わらない。

 同じ景色を、色々な角度から、色々な時間から……見ているような、そんな感覚。

 

 そして最初に流れた旋律が華々しいリズムに変わって奏で……演奏が終わった。

 

「この曲って、こんな爽やかな感じのだったんだね〜」

「テレビで流れる最初の部分だけからは想像も出来なかったですよね!」

「で、でも……掴みとしてはバッチリなリズムです」

 

 ふと、花奏ちゃんの視線を感じる。

 こちらをジッと窺っていた。

 

「どうしたの? 姫榊ちゃん?」

腕がつりそうだから、ちょっと休憩させて

「あ〜……演奏時間、長かったもんね〜?」

「じゅ、10分以上はありましたね……」

 

 少し休憩時間を取り、花奏ちゃんは再び鍵盤に向き直った。

 

「もういいの?」

平気、昔はもっといっぱい演奏してたから。

 3曲目は趣向を変えて……「戦火を交えて」

 

 聞いたことのない題名の曲だ。

 だけど、演奏が始まった瞬間、ピーン! と来た。

 何かのゲームの曲だ、確か……ドラクエ? 

 

 ドラマティックでハイテンポな旋律。

 一見して、かなり難しい曲である事が理解できた。

 それでも花奏ちゃんは顔色ひとつ変えず、淡々と……それでいて情熱的に鍵盤を弾く。

 臨場感のある雰囲気に飲み込まれそうになる。

 

 演奏が終わっても、音色から伝わってくる熱が残っている。

 花奏ちゃんの演奏は、心を揺さぶる力がある。

 あの時の……ライブの時も、そうだった。

 

「これってアレだよね、ドラクエの曲?」

「ふぁ、Vの戦闘曲ですね……」

私はフローラ派

「えー! 絶対にビアンカの方がいいじゃん!」

「何の話ですか???」

 

 そうこうして、花奏ちゃんのリサイタルは1時間近く続いた。

 演奏し終わり、スコアを片付けている花奏ちゃんの姿は心なしか浮き足立っているように見えた。

 

ご静聴ありがとうございました

 

 花奏ちゃんは立ち上がり、頭を下げる。

 

 彼女の演奏は凄かった。

 だけど……ふと思ってしまった。

 花奏ちゃんは何で、結束バンドに誘われて入ったのだろうか……と。

 ぼっちちゃんのように、断れない性格じゃないのは今までの交流で分かってる事。

 

 ……やっぱり私は花奏ちゃんの事を、もっと知らなきゃいけないんだと再確認した。

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