伊地知 虹夏side
楽しい時間というのはあっという間に過ぎてく。
すっかり日も沈み、夕食も済ませた私たちは全員で一緒にお風呂に入る事になった。
「4人で入れるぐらい大きいんですか!?」
「いやー、ほんとびっくりしちゃったよ。まるで銭湯みたいでさ」
私はすでに1回入っているのでどんなもんかは知っている。
まあ、シャワー借りたからね。
そうこうして、バスルームに着いて4人で入ったわけだけど……
「ひろーい! おおきーい!」
「あ……あ……」
「ぼっちちゃん! お風呂で溶けたり破裂したら回収するの大変だからしないでね!?」
「……………………」
まず目に引くのは……プールか、ってぐらい大きい浴槽。
そしてその横にあるのは円形の大型ジャグジー。
「花奏ちゃん、いっつもこのお風呂に1人で入ってるの?」
コクンと頷く花奏ちゃん。
そういえばお風呂にメモ用紙とペンは持ち込めないから、意思疎通がいつもより難しいかもしれない。
一応、手話が出来るらしいけど……周囲の人は全く理解できないので筆談という形で言葉を伝えているらしい。
覚えた方がいいのかなー、手話……
「せっかくですし、みんなで洗いっこしましょうよ!」
「そっ、そんな……おお、恐れ多い……!」
「みんなでお風呂なんだし、ね!?」
「喜多ちゃん、花奏ちゃんはもう自分で洗い始めてるよ」
「あ〜! いつの間に……!」
喜多ちゃんの提案が叶う事はなく、各々で体を洗う。
まあ、その方がいい。
意識しなくて済むからね。
「ふー……」
「あぐ……ぅ……」
「……………………」
体を洗い終わり、みんなで浴槽に浸かる。
極楽気分な表情の喜多ちゃんに、今にも血反吐を吐きそうな表情をしてるぼっちちゃん、そしていつもの表情をしている花奏ちゃん。
三者三様の表情が面白く感じた。
……うん、ぼっちちゃんには勝てないけど、喜多ちゃんと花奏ちゃんには勝ってる。
「……これだけ広かったら、泳げるんじゃ!?」
「喜多ちゃん?」
「おー! 楽しいですよ伊地知先輩!」
「子供か!?」
喜多ちゃんが舞い上がって遊び始めた……
「あぁ! ぼっちちゃん、本格的に溶け始めた!?」
急いで回収して、溶け切る前に元に戻さないと……!
そうこうして、ぼっちちゃんの修復作業をしていると……ふと気が付いた。
……花奏ちゃんがいない。
さっきまで縁にもたれ掛かって座ってたのに、見当たらない。
お風呂から上がった様子も無かったハズだ。
ぼっちちゃんみたいに溶けた?
……いやいや、こんなナチュラル人外はぼっちちゃん以外有り得ない。
なら、どこに……?
……そう考えていた時だった。
ざばーんっ!!!!
「うわぁっ!?」
「ぴゃーっ!?」
大きな水飛沫と共に、目の前に花奏ちゃんが現れた。
どうやら私たちを驚かせる為にお風呂の中に潜って隠れていたみたいだ。
「花奏ちゃん! 子供みたいな事しない!」
精神年齢小学生が2人、ナチュラル人外が1人……まともなの、私しかいないのか……!?
「……あ、あれ? ぼっちちゃん?」
さっきまで隣にいたのに、居ない。
「さっきの姫榊ちゃんのドッキリでパーン! って爆発してましたよ」
「あああーもう! さんざんなお風呂タイムだよ!!」
慌しくお風呂から上がり、姫榊ちゃんの部屋に私たちは戻った。
ぼっちちゃんはなんとか回復したけど、椅子にぐったりと座っている。
そして、喜多ちゃんと花奏ちゃんは……
「2人とも、反省した?」
「はい、反省してます」
「……………………」
並んで正座をしている。
っていうか、させた。
やんちゃした2人にお説教。
高校生なんだから、もっと落ち着いてほしいよ!
「なら良し。もういいよ」
それにしても、喜多ちゃんはともかく花奏ちゃんまであんなにはしゃぐとは思わなかった。
……そしてなにより、意識してしまった。
花奏ちゃんが飛び出して来た時に……見えてしまったから。
お風呂に入る前から、気付いてはいた。
喜多ちゃんやぼっちちゃんも、気付いてはいただろうけど……触れはしなかった。
花奏ちゃんの脇腹にある、大きな刺し傷の跡。
そして、その傷跡に……私は心当たりがある。
『お手洗いに行ってきます』
花奏ちゃんは立ち上がり、そう書いたメモ用紙を見せる。
「ん……私も行こうかな」
花奏ちゃんと共に部屋を出て、トイレに向けて歩きだす。
自分1人だったら確実に迷子になるな……。
そうしてトイレの前に着いて、私は足を止めた。
「…………?」
私はトイレに入らずにいた。
それを不審に思ったのか……花奏ちゃんが振り向いた。
『入らないんですか?』
「あー……うん、用を足したいわけじゃないから」
「…………?」
花奏ちゃんはキョトンとした表情で首を傾げる。
「トイレが済んだら、話があるの。2人きりで」
『追加のお説教?』
「違うから! 早く済ませちゃって!」
トイレの中に入っていく花奏ちゃん。
私は壁に寄りかかり、深く息を吐く。
……ちゃんと、話をつけなちゃいけない。
今が……その時なんだ。
程なくして、トイレから花奏ちゃんが出てきた。
『話ってなんですか?』
「あー……うん、その前にさ。……ここだとなんだし、どこか落ち着ける場所ってないかな?」
花奏ちゃんは少し考えて、ペン先を走らせた。
『バルコニーでいいですか?』
バルコニーがある家って普通は考えられないよね。
そもそも、バルコニーとベランダの違いってなんなんだろうね。
……うん、今はそんな事どうでもいいね。
「秋風が涼しいね」
「……………………」
2人並んで柵に腕を乗せて夜空を見上げる。
「今日はありがとう、いい思い出になったよ」
「……………………」
視線を横に向ける。
姫榊ちゃんは何も言わない。
喋れないのだから当然だけど、彼女はずっと夜空を見上げている。
私の視線に気付いたらしく、姫榊ちゃんもこちらに視線を向けた。
その闇色の瞳の奥には、何があるの?
あなたは……何を思っているの?
私は意を決して……閉ざしていた口を開く。
「姫榊ちゃんは、さ。どうして結束バンドに入ってくれたの?」
姫榊ちゃんはこちらの視線を捉えたままでいた。
そのまま、数十秒程が経ってようやく姫榊ちゃんはペンを取り出した。
『後藤さんの策略にはめられて』
「でも、断る事も出来たよね? 姫榊ちゃんはピアニストで……キーボーディストじゃないんだから。それに、ロックに興味があったわけじゃないんでしょ?」
姫榊ちゃんは表情を変えず、こちらの視線を捉えたままだ。
『興味ありましたよ』
「あ、あれ? そうなの?」
意外な言葉が出てきた。
ロックとは無縁なお嬢様だと思っていたけど……。
『あなたたちに、ずっと興味はありました。
あの時からずっと』
「あの時?」
姫榊ちゃんは小さく頷く。
「最初にスタ練を見に来た時?」
『もっと前からです』
「もっと前……もしかして、未確認ライオット?」
『それは興味なかったんでスルーしてました。特に投票もしませんでしたし』
地味に酷いこと言われた気がする!?
「えっ、それじゃあ……それよりもっと前ってなったら……秀華高校の文化祭……?」
コクンと頷く花奏ちゃん。
『あのステージ、私見てたんですよ』
「そうだったんだ……えっ、じゃあ秀華に入ったのもそれが理由?」
『それはまた別の理由です』
「あっ、そうなんだ」
1つ謎が解き明かされれば、別の謎が浮かび上がる。
けれど今はそんな事を気にしてる時じゃない。
『あのステージを見て、私はもう一度音楽に触れてみようと思ったんです』
「そっか……私たちの演奏がキッカケになってくれたんだね」
『観客ダイブは意味わかんなかったですけど』
「あはは……ぼっちちゃんにその話、振っちゃダメだからね?」
小さく頷く。
そこでふと、疑問が浮かび上がる。
「耳……聞こえないんだよね?」
再び小さく頷く。
「それじゃあ……私たちの演奏はキッカケにならないんじゃない?」
『聞こえたんです』
「えっ?」
『あの時だけ、あなたたちの演奏がしっかりと聞こえてきたんです』
どういう……ことなんだろう?
『お医者さんが言うには、私の耳が聞こえないのは心の問題だそうです。
だからきっと……あなたたちに心を揺さぶられて、その時だけ聞こえるようになったんじゃないかな……と私は思ってます』
心の問題。
それが解決すれば……姫榊ちゃんは、耳が聞こえるようになる?
……待って、心の問題なら……
「もしかして……この前のライブの時も、聞こえてた……?」
静かに頷く。
そしてこちらの視線をしっかりと捉える。
『後藤さんとの路上ライブの時もそうでした。
なぜか、急に聞こえるようになったんです』
「だから、土壇場でリズムが合ったんだ……」
『でも、最後に嫌な事を思い出して、音が聞こえなくなってしまった』
嫌な事。
花奏ちゃんの過去に何かがあったのは間違いない。
私は、それを知らなくちゃいけない。
それをどうにかしないと、花奏ちゃんは……私たちは、先には進めない。
「……その嫌な事って、お腹の傷と関係あるの?」
「っ!?」
言ってしまった。
……もう戻れない。
ならば、とことん突っ走るしかない。
「5年前に起きた、自殺未遂事件……その時、自殺しようとしたのって……花奏ちゃん、なの?」
自分の声が震えているのが分かる。
できることなら、答えを聞きたくない。
できることなら、私の考えている答えとは違う答えを出してほしい。
でも、やっぱり、現実からは逃げられない。
花奏ちゃんは、ゆっくりと首を縦に振る。
「どうして……そんなことを……?」
『ピアノを弾けなくなった自分の人生に絶望して』
「……………………」
『でも今は違う。私には居場所が出来た。
結束バンドっていう、大切な居場所が。
その居場所をくれたあなたたちに私は報いたい』
きっとその言葉にウソはない。
「もう! 花奏ちゃんは!」
私は花奏ちゃんの髪を乱雑に撫でる。
困惑した表情を浮かべながら、花奏ちゃんはぐしゃぐしゃになった髪を手櫛で整える。
「何があっても、私は……うんん、ぼっちちゃんも喜多ちゃんもリョウも。
絶対に花奏ちゃんの味方だからね!」
花奏ちゃんの過去に嫌な事があったのなら、私たちが彼女の心の支えになろう。
彼女を支えられるように、もっと頑張ろう。
だって花奏ちゃんは……大切な仲間だから!
*
後藤 ひとりside
「……………………」