姫榊 花奏side
「次のライブは新宿FOLTでやることになりました!」
というわけで、私たちはその《FOLT》というライブハウスへ打ち合わせと、別のバンドと合同練習の為に向かう事になった。
STARRY以外のライブハウスに行くのは初めてだ。
『FOLTってどんなところなんです?』
FOLTへ向かう道中、伊地知さんに聞いてみた。
「STARRYよりも大きい箱だね。未確認ライオットで優勝した《SIDEROS》ってメタルバンドが拠点にしてたりするところだよ。そこと合同練習するの」
聞いたことないバンド名だ。
……いや、単に私がロックの世界に疎いだけか。
「あ、あと……この前、路上ライブした時に、機材を用意してくれたお姉さんも……そっ、そこで活動してます……」
あぁ……あのお酒くさい……。
……そういえばあの人の名前、聞いてなかったな。
それにちゃんとお礼も言えてなかったし。
……もし会えたら、お礼しなきゃ。
そうこうして、目的地に到着した。
確かにSTARRYよりも大きい。
感じる雰囲気も全く違う。
……思わず、足が止まる。
立ち尽くしてしまう。
……こんな感覚は初めてだ。
「花奏」
リョウさんに肩を叩かれ、そして軽く揉み解される。
気分が少し軽くなった、気がする。
……よし、行こう。
意を決してFOLTの中に足を踏み入れる。
「……ん?」
「っ!?」
「ちょ、姫榊ちゃん!?」
咄嗟に近くにいた喜多さんの後ろに隠れてしまった。
……いや、だって、厳つい雰囲気の男の人が……!
「あら、結束バンドの子たちじゃない! いらっしゃい! ……その子が新しく入った子?」
「はい、そうなんですけど……ほら、花奏ちゃん、前に出て?」
小刻みに顔を横に振る。
「もー……この人はFOLTの店長さん、見た目はちょっと……怖いかもだけど、いい人だから!」
「私は吉田 銀次郎よ、お嬢ちゃんは?」
「……………………」
深く息を吸い込み、吐き出す。
……よしっ!
『姫榊 花奏。結束バンドのキーボーディストです』
「あらあら……うふふっ、よろしくね〜?」
ペコリと頭を下げる。
……悪い人じゃ、なさそうだ。
「おー、いつぞやのキーボード少女! それにぼっちちゃんたちも〜」
「あっ、おっ、お姉さん」
あの時のお酒くさい人……今日も、お酒くさい。
『この前はありがとうございました。あの時ちゃんとお礼を言えずにごめんなさい』
「ん? ……ああー、いいのいいの、お礼なんて!」
朗らかに笑うお酒くさいお姉さん。
「この前のライブ、見たよ。結構良かったじゃん」
前の……あの時、居たんだ。
……そういえば、演奏に集中して観客の方は全然見てなかったな。
「……………………」
そんでもって、お酒お姉さんの横にいる人……さっきからこっちを睨み付けてきてるんだけど……。
「大槻ちゃんも、良かったよね〜?」
「……可もなく不可もない、ですね」
この人も観に来てたんだ……?
「……………………」
な、なんでこんなに睨んで来るんだろう?
私、何かしたっけ?
「──────────────────」
っ……!?
奥から3人の女子がやって来た……いや、それよりも……!
「彼女たちがSIDEROSだよ」
SIDEROS……合同練習するバンド。
「……大槻ヨヨコ」
「──、────────」
「私は本城楓子です」
「内田幽々です」
「っ!」
「またっ!?」
私は再び喜多さんの後ろに隠れた。
ダメだ……この人は、ダメだっ!
「……──────────────────」
「あー……そっか、長谷川さんみたいな人は花奏ちゃんのある意味天敵なのかな……?」
「──?」
「……ねえ、姫榊ちゃん。事情話した方がいいんじゃない?」
喜多さんが私に顔を近づけて、耳打ちをするようにそう言った。
私としては、結束バンドやSTARRYの人たち以外には知られたくない事だけど……。
……目を閉じて、深呼吸をする。
『姫榊 花奏です。耳がまったく聞こえないので、よければマスクを取ってもらえないでしょうか』
私がメモ用紙を見せると、マスクの人は目を見開いた。
そして……
「長谷川あくびです、よろしくっす」
私は大きく頭を下げた。
そして顔をあげると、さっきまで私を睨んでいた人……大槻さんが詰め寄ってきた。
「あなた、耳が聞こえないのにバンドやってるの!?」
思いっきり肩を掴まれた。
な、なにごと?
「聞こえないのに話が通じてるって事は、読唇術っすか?」
私はコクコクと頷いた。
「……ねえ、花奏ちゃん」
「……?」
伊地知さんに視線を向ける。
「本名、明かして……よかったの?」
…………あっ!
そうだ、結束バンドの活動では『カナデ』って名乗らないといけないんだった!
「姫榊 花奏……どこかで聞いたことある名前なんだよねぇ」
本城さんに……勘付かれそうだ。
「き、気のせいじゃないですか〜? よくある名前ですし!」
喜多さん、フォローになってないです。
「姫榊って苗字はよくある名前じゃないっすよ」
「幽々も〜初めて聞いた苗字ですぅ〜」
「思い出せないって事は、そんなに大した事じゃないってわけでしょ」
「う〜ん、そうかも?」
なんとか……事なきを得そうだ。
「……それよりも!」
再び大槻さんに詰め寄られた。
こ、この人はさっきからなんなんだろうか?
「耳が聞こえないのにあの演奏って……キーボード歴何年なのよ!」
『約2ヶ月です』
「ド初心者!?」
「ピアノ経験者とかじゃないっすか?」
「……あ〜! ピアニスト!」
あっ。
「天才ピアニスト《姫榊 花奏》! 思い出しました〜!」
ああ……バレた……。