姫榊 花奏side
この日が来た。
私の……人生、2度目のライブ。
万全とは言い切れない……でも、全力を尽くす。
合わせる事だけを考えるんじゃなく、みんなが合わせようとしてくれる事も考えて演奏する……これを意識するだけで、リズムに安定さが出てきた。
無理して合わせようとするだけじゃあ、ダメ。
……それに気付かせてくれた大槻さんには感謝しないと。
「もしかして、緊張してる?」
喜多さんが私の顔を覗き込んでくる。
『まさか』
緊張?
……そんな訳ない。
『ワクワクしてるよ』
「ふふ、姫榊ちゃんらしいわね」
この胸の高鳴りは……ピアノを弾いていた時には味わった事がなかった。
これが……ロックの魂?
「いい顔するようになったね、花奏」
リョウさんが肩を叩いて横に並んだ。
『自分ではわかりません』
「それはそうだ、でも花奏は確かに変わったよ。いい方向に」
ならそれは……きっと、あなたたちのお陰だ。
私独りじゃあ、立ち止まったままだった。
みんなが居てくれたから……一歩を踏み出せた。
「リハ通りにやれば、大丈夫!」
伊地知さんが私の前に回り込み、笑みを向ける。
『頑張ります』
「うん、一緒に頑張ろうね! 花奏ちゃん!」
背中をパンっ! と叩かれる。
……あの日、共に流した涙は私の心を強くしてくれた。
私はもう……後悔なんてしない。
「……………………」
俯き佇んでいる後藤さんに視線を向ける。
「……………………」
私の視線に気付いた後藤さんは顔を上げ、視線を向けてくれた。
何も言わずに、互いに小さく頷く。
あなたはいつも、私の道を開いて導いてくれた。
まだあなたに並んで立てる日は遠い……けれど、いつか必ず、辿り着いてみせる。
そして……結束バンドを、世界一のバンドにしてみせる。
みんなで、やるんだ。
やってやる。
世界一のキーボーディストになる、それが私の夢。
私の居場所は……ここだから。
5人で輪になり、手を重ね合わせる。
みんなの熱が伝わってくる。
私たちの熱が、混ざり合う。
渾然一体となった熱を、天高く解き放つ。
「いこう!」
光り輝くステージへ。
首に掛けている思い出の指輪を握りしめ、エメラルドグリーンのラップスカートを揺らしながら。
*
白雪 カスミside
ライブハウスの雰囲気というのは、肌に合わない。
うるさくて、あつくて……野蛮だ。
あの人がこんな所にいる……しかも、演奏をするなんて信じられない。
……違う、私がそうさせたんだ。
私があんな事を言わなければ……あの人は今頃、もっと大きな舞台で……輝いていたハズだ。
私はあの人の側に居てはいけない……それが私の贖罪。
《自分の気持ちに向き合ってください》
でも違った。
あの人はずっと……私を……
ステージに5人の女子が入ってくる。
私はイヤーマフを外し、視線を向ける。
なんというか、まあ……ロックバンドなんて大して知らないけど、お気楽女子会って感じの人たちだな……って印象を受けた。
その中に見慣れた姿が1つ。
姫榊 花奏。
いや、結束バンドで活動している時はカナデと名乗っているそうだ。
名前が知れ渡ってるんだから、本名を隠すのは当たり前か。
それにしても、黒色のTシャツだなんて……あの人には似合わない。
あの人は煌びやかなドレスが似合う、お嬢様だ。
……それでも、どこかしっくりくるのは何故だろうか。
訪れる静寂、それを突き破るように……彼女たちの演奏が始まった。
……なんだ、この演奏は。
これが……彼女たちの演奏?
彼女たちの熱が、旋律に乗って伝わってくる。
そしてその旋律の中に……懐かしい音色が聞こえる。
楽器が違くても……あの頃と何も変わらない……きめ細やかで、力強くて、優しくて、暖かく……包み込みような音色。
私はこの音色に、ずっと魅せられていたんだ。
私は貴女の音が、ずっと好きだった。
でも……気付いてしまったんだ。
貴女の音は、私にしか向けられていない。
私は知っていた。
貴女はひた隠しにしていたけれど……何度も、海外留学の話を断ってる事を。
今はそれでもいいかもしれないけれど……いずれ、その私への気持ちは枷となる。
貴女はもっと上へ、もっと煌めく舞台へ……登り詰めるべき人だ。
私がその枷となるのなら……私は、貴女の側から離れるべきだ。
《お姉様のピアノ、嫌いです》
そうすれば、私の事を忘れて……もっと次のステージへ駆け上がって、いずれは世界一のピアニストに……。
……私の思惑は、最悪の形で裏切られた。
お嬢様がレッスン中に倒れ、意識を失い……声と音を失ってしまった。
もうお姉様は、表舞台に立てない。
私が奪ったんだ。
私が壊したんだ。
だから……私は、死をもって償うべきなんだ。
包丁を手に取り、自分の体に……お姉様に阻まれ、私は無事だった。
けれど、私の持っていた包丁はお姉様の脇腹に深々と突き刺さり……生暖かくて気味の悪い感覚が体にこびりついた。
お姉様は、笑っていた。
それから、私はお姉様からひたすら逃げ続けた。
会うのが怖かった。
そして、自分を怨んだ。
毎日……自分を責め、痛め付け、苦しめ……それでも、意識が事切れる直前になると、お姉様の笑顔に引き戻された。
私はどこまで自分勝手で身勝手で臆病者なんだ。
お姉様と再会し、すぐに私の自傷行為は見抜かれた。
だから会いたくなかった。
自分を痛め付けないと、自分の罪の重さに耐えられなかったから。
「もう絶対に離さないから」
お姉様の声が聞こえた。
聞こえるハズがない、ここは喧騒の中で……演奏中で、お姉様はそもそも……
「花澄」
聞こえる。
お姉様の声が……旋律に乗って聞こえてくる。
「私の最愛の妹」
涙が頬を伝う。
溢れ出る涙を拭う事も忘れ、ステージ上で情熱的に演奏するお姉様の音色を……目で、耳で、心で……聞く。
全身が熱くなる。
目が、頬が、指先が、胸が……心が打ち震える。
私はお姉様の……いや、結束バンドの演奏に魅せられていた。
最後の曲が終わり、室内に拍手が響き渡る。
彼女たちがステージから捌けていく。
会いたい。
お姉様に会いたい。
今すぐ……!
*
姫榊 花奏side
いい調子だ。
いつも通り……指は滑らかに動く。
あの時と……最初の時と違い、出だしは順調。
あとはこのまま……この調子を維持すれば。
例え耳が聞こえなくても……指は動く。
仲間を信じて……私は自分の旋律を奏でる!
《自分の音を見つけなよ! きっとキミならできる!》
お酒さんの言ってた事は、こういう事だったんだ。
私は独りじゃない。
そうだ、独りじゃない……一緒に!
伊地知さんが背中を押してくれる。
リョウさんが肩を支えてくれる。
喜多さんが手を引いてくれる。
後藤さんが道を開いてくれる。
私は……みんなの音色を運ぶ旋律になる!
「花奏ちゃん!」
「花奏」
「姫榊ちゃん!」
「姫榊さん」
聞こえる。
みんなの声が……聞こえる。
みんなの音が、聞こえる!
「見て、姫榊さん」
後藤さんの声に促され、観客に視線を移す。
花澄。
どうして……ここに?
「想いを伝えて」
想いを……私の想いの丈を、伝えよう。
今だけ……今だけは、花澄の為に演奏する事を許してほしい!
「手伝うよ!」
「高くつくからね?」
「一緒に伝えましょう!」
最高の音楽を……最高の仲間と共に、最愛の人に届ける!
やりきった。
今持てる、全力を出し尽くした。
でも、私たちはまだまだ……こんなもんじゃない。
もっともっと、先に進んでいく。
そう……一緒に!
「お疲れ様!」
伊地知さんが背中を叩いてくる。
「よくやった、褒めてつかわす」
リョウさんが肩を叩いてくる。
「やったわね! 姫榊ちゃん!」
喜多さんが手を握ってくる。
「えへへ……」
後藤さんがニヤケ顔で微笑む。
……いや、微笑みなのかこれは?
……とにかくだ、私たちのライブは……大成功だ。
あの時のリベンジは……成功した。
みんなのお陰で、私は前に進めた。
この気持ちを伝えるんだ。
『みなさんに伝えたい事があります』
私はメモ用紙とペンをポケットに仕舞う。
4人の視線が私に集まる。
ここで……伝えるんだ。
「ぁ、りが……とぅ」
「……えっ?」
「姫榊ちゃん、今……!」
「しゃ、しゃ、しゃ……!」
「花奏ちゃん!!」
「わ〜! 姫榊ちゃん!」
伊地知さんと喜多さんに抱き着かれた。
リョウさんは柔らかい笑みを浮かべている。
後藤さんも……頬を緩ませている。
やっと伝えられた。
私の言葉で……やっと。
「み、ん……な」
「うん、うん!」
まだ伝えたい事はある。
私は力を振り絞って、音を捻り出す。
「きこ……ぇる」
「えっ?」
「もしかして花奏、耳が……」
「聞こえるようになったの!?」
「ぅ、ん」
演奏が終わっても、私の世界は閉じなかった。
周囲の音が、ステージ上の演奏が、みんなの声が……はっきりと聞こえる。
「凄いじゃん! これで完全復活じゃん!」
「すごい! こんな事ってあるのね!」
伊地知さんと喜多さんが離れて、拍手を送ってくれる。
淀んだ世界に、再び彩りが溢れた。
あなたたちが、結束バンドが……そうさせてくれた。
「……私たち程じゃないけど、中々だったわよ」
「思わず痺れました〜」
「やっぱり結束バンドの曲、好きっす」
「憑いてたのが消えちゃって残念です」
SIDEROSの人たち。
彼女たちも……私の道を示してくれた。
「ちょ、お嬢ちゃん!? ここは関係者以外、立ち入り禁止で……!」
男の人の叫び声が聞こえてくる。
その声が聞こえて来た方向に視線を向けると……
「お姉様っ!!」
花澄だ。
花澄が……飛び込んで来た。
勢いよく抱きついて来た彼女を受け止める。
「ごめんなさい、お姉様……! 私、お姉様の事……!」
胸の中で泣きじゃくる最愛の妹を抱きしめ、あやすように頭を撫でる。
「か……すみ」
「おっ、お姉様……?」
伝えよう。
自分の言葉で。
そして……これから一緒に、歩んでいこう。
「だい、すき」
*
昼休みの過ごし方は人それぞれだ。
友人と昼食を囲み談笑する人もいれば、グラウンドで友人と遊んで過ごす人もいる。
いずれも私には縁の無い話。
……というのは過去の話。
「お待たせしました、お姉様! 後藤先輩!」
「相変わらずここに着くの早いわよね〜、2人とも」
「えへへ……」
『褒められてないですよ』
今は大切な友達と、最愛の妹が私の側に居る。
願わくば、この幸せがいつまでも続きますように。
これにて第1部は完結です。ここまで読んでくれた方々、本当にありがとうございました。
完結編の第2部もお楽しみいただけたら幸いです。