【完結】沈黙のピアニスト   作:高科奈紗

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記憶と傷跡

 山田 リョウside

 

「随分と急だね」

「まあね〜、まっ、喜多ちゃんらしいけどさ〜」

 

 先程、バンド内のグループロインに通知が来た。

 郁代曰く、学校でピアノが上手な子と知り合い、その子を今日のスタ練に連れて来たいそうだ。

 

「ピアニスト……か。ピアノがいるバンドも珍しくはないけど」

「けど、問題はそこじゃないよね?」

 

 郁代が連れて来る予定の子は、なにやら訳ありらしい。

 

「緘黙、だっけ? 上手く喋れない子って事だよね」

「上手くっていうか、全く」

 

 実際に緘黙症の人を見た事はないが、どんな病状なのかは知っている。

 昔、父親に聞かされた事がある。

 だからなんだ、と言われればそれまでだけど、そんな事で他人を区別する気はさらさらない。

 

「っていうかさ! リョウも手伝ってよ!?」

 

 虹夏は慌ただしくキーボードのセッティングをしながら声を荒げた。

 

「私は雑誌読むのに忙しいから」

 

 *

 

 姫榊 花奏side

 

 5年の空白期間を甘く見ていた。

 頭が覚えていても、体が追従してくるとは限らない。

 本来ならもう1曲ぐらい弾こうかと思っていたけど、これ以上は続けられそうにない。

 譜面を畳み、鞄に仕舞う。

 もう私の役目は終わった。

 帰ろう……と思い、立ち上がると喜多さんが駆け寄って来た。

 

「今日、私たちのバンドでスタ練する予定なんだけど……姫榊ちゃんも一緒に来ない? 他のメンバーには許可取ってあるから!」

 

 押しが強いな、この人。

 横に視線を向ける。

 後藤さんは俯いたままだ。

 喜多さんに視線を戻し、メモ用紙にペン先を走らせる。

 

行きます

 

 この時の私は、どんな表情をしていたのだろうか。

 

 そして今、私は喜多さんと後藤さんと共に《結束バンド》の活動拠点《STARRY》へと赴いている途中だ。

 道中はもっぱら、喜多さんが話題を出し後藤さんが頷くか相槌を打つ……その様を私が横で見ている……と言った感じだ。

 

「ここがSTARRYよ、姫榊ちゃん」

 

 人生初のライブハウス。

 自分の人生とは無縁だと思っていたこの場所の目の前に、私はいる。

 二人の後ろ姿を追うように歩を進める。

 

「こんにちは〜」

「こっ、こんにちは……

「やっと来たね〜、待ってたよ。その子が喜多ちゃんの言ってた子?」

 

 中に入ると、私に視線が二つ向けられる。

 

秀華高校1年 姫榊 花奏

 座右の銘は口は災いの元」』

 

 メモ用紙にそう書いて、二人に見せる。

 

「私は下北沢高校3年の伊地知 虹夏! 結束バンドのリーダーで、ドラム担当だよ! 

 こっちはベース担当の山田 リョウ!」

「こんにちは」

 

 下北沢高校と聞いて、私の肩がピクッと動く。

 私が本来、受験する予定だった高校だ。

 秀華高校を志望する決意をした日の事が、脳裏を過ぎる。

 

《やっと貴女に会える》

 

「姫榊さん、大丈夫? ぼーっとしてるけど?」

 

 伊地知さんが顔を覗き込んできた。

 思考を止め、私はなんともないと伝えるように頷く。

 リョウさんはずっと私に視線を向けたままだ。

 

「今日は私たちの練習、ゆっくり見ていってよ!」

「さっ、準備しちゃいましょうひとりちゃん」

「はっ、はい……」

 

 後藤さんと喜多さんは荷物を下ろし、手際よく準備を始める。

 

「適当なところに座っていいから」

 

 リョウさんが立ち上がり、私に声をかけて準備へ向かった。

 促された通りに椅子に腰掛ける。

 スタジオ内を見渡す。

 馴染みのない場所だけど、落ち着けない場所というわけではない。

 案外、こういった場所が私は好きなのかもしれない。

 

「それじゃあみんな、始めるよ!」

 

 四人が演奏を始める。

 あの日見た光景と同じ。

 私があの日、秀華高校の文化祭で見た光景と────同じだ。

 私はこれに魅せられて、音楽にもう一度触れてみようと思ったんだ。

 

 何の因果かは分からないが……そのキッカケをくれた人たちが目の前にいる。

 私の目の前で、演奏している。

 

 思い返せば、誰かの演奏をこうして側で見るというのは初めての事かもしれない。

 ……あの子も、こんな気持ちで私の演奏を聞いてたのかな。

 胸の奥がチクリと痛む。

 過ぎ去った出来事、壊してしまった日常風景に想いを馳せても……もう戻って来はしない。

 私が壊したんだから。

 

「ふぅー……私たちの演奏、どうだった?」

 

 演奏が終わったようだ。

 私は伊地知さんに視線を向けて拍手を送る。

 今の気持ちを伝える術を、これしか持ち合わせていないから。

 

「次は、姫榊も」

 

 ……え? 

 

「こっち来て」

 

 リョウさんに手招きされた。

 彼女の傍にあるのは、おそらくキーボード。

 ずっと違和感はあった。

 結束バンドはドラム、ベース、ギター、ギターボーカルで構成された四人グループのはず。

 そう、キーボード担当はいない。

 なのに彼女たちの近くにはキーボードが設置してある。

 

「一緒に、やってみようよ」

 

 私は促されるまま、キーボードに近づく。

 

「キーボードを触るのは初めて?」

 

 コクンと頷く。

 

「これが、さっきの曲のスコア。

もしもの時の為にキーボードパートも用意しておいた甲斐があった」

「リョウ先輩、流石です!」

 

 手渡された譜面の表紙には「小さな海」と書かれていた。

 視線を落とし、譜面に目を通す。

 

「コードは読める?」

 

 譜面を立て掛け、リョウさんに視線を戻す。

 

問題ありません

 

 ならよし、と言ってリョウさんは自分の配置に戻った。

 

「姫榊さんの演奏、楽しみだな〜」

 

 伊地知さんが微笑みを向けてくれる。

 

「一緒に楽しみましょう!」

 

 喜多さんの笑顔が眩しい。

 

「よよっ、よ……よろしくお願い、します……」

 

 後藤さんは相変わらず、死にそうな表情をしてる。

 ギターを演奏してる時はそうでもなさそうに見えたのに。

 

「…………」

 

 リョウさんは無言でサムズアップをする。

 

 私に出来るだろうか。

 ……なんて心配はしていない。

 今はただ、この時を……この音を、心から楽しみたい。

 そう思うばかりだった。

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