白雪 花澄side
「STARRYで一緒にバイトしない!? それとウチのバンドに入ってよ!」
「は? イヤだけど?」
「即答!?」
「ちょっとは考えてくれてもいいでしょー!」とムクれ顔で大山さんが詰め寄って来る。
イヤな物はいくら考えてもイヤだし、なによりそんな誘いを受けられない理由もある。
「私が大山さんの誘いを断る理由は3つある」
「3つも!?」
私は大山さんの顔の前に右手を突き出し、人差し指を立てる。
「1つ、私は既に他の所でバイトしてる。掛け持ちなんてしてる余裕はない」
「む、むぅ」
中指を突き立ててピースサインを作る。
別にピースの意味は込めてないけど。
「2つ、私は楽器なんてまともに弾けない。だからバンドに入るなんて無理」
「え〜、かなちゃんの幼馴染なんでしょ!?」
「天才ピアニストの幼馴染だから楽器が得意、って理屈が意味不明なんだけど」
「ぬぅー!」
そして最後に薬指を立てる。
「3つ、おね……姫榊さんがいる場所でバイトしたくない!」
「なんで!?」
なんで、ってそんなの決まってる。
「あの人、絶対に過干渉してくるに決まってるからだよっ!」
「え〜……」
あの人の事だ、スタ練が無くても私がシフトを入れた日に毎日やって来るに違いない。
だから私はお姉様に自分のバイト先を教えていない。
愛してくれているのは嬉しいけれど……気が休まる気がしないから!
「……ちょっと待って大山さん」
「ん?」
さっきの発言で1つ、引っかかる所があった。
なんで……
「なんで、私と姫榊さんが幼馴染だって知ってるの? 先輩方にしか言ってないハズなんだけど」
……まさか、喜多先輩や後藤先輩が言い触らした?
いや、別にいいけれど……なんだか意外。
「かなちゃんが言ってたよ?」
「はぁ!?」
「おぉう!?」
あの人は……全く……。
……昔に比べて口が軽くなった気がしますね、お姉様。
「かなちゃんが『花澄は楽器弾けるから誘ってみたら?』って言ってたんだけど……違かったんだね〜!」
「いや、まあ……違くはない、けど」
「えっ!? やっぱり弾けるの!?」
「いっ、一応」
本当に、一応。
「なになに!? やっぱりピアノ!? この際キーボード担当でもいいからさ!」
「ピアノは3日も持たなかった。姫榊さんの才能には絶対に敵わないな、って思い知らされたから」
「ふーん……ウチもかなちゃんのピアノ、聞いてみたいな〜!」
「私に言わないでよ……」
「ででっ、何が弾けるの!? 実はギターとか!?」
「……れ」
「んんっ?」
「ウクレレ!」
「……………………」
ポカーンとした表情を浮かべる大山さん。
ああ、もう……
「そういう反応されるだろうから言いたくなかったの! ウクレレなんて全然、ロックじゃないじゃん!」
ロックの事よく知らないけど。
「かなちゃん、結構アホアホだね!」
「否定できない……」
普通、ロックバンドにウクレレ弾ける人を誘ってみたらとか言わない。
あの人、勉強は出来るけど本質的にはバカだから。
「……ついでに、大山さんは何を弾くの?」
「当方ギター! ヒッピー先輩に憧れて!」
ヒッピー先輩……後藤先輩か。
「確かに気持ちは分かるかも。ギター弾いてる時の後藤さん、カッコいいよね」
でも、初めて会った時の気持ち悪い笑顔と気持ち悪い言葉は忘れてやらない。
「だよね! ステージに立ってる時の演奏はマジで心打たれる!」
「まあ、姫榊さんの方がカッコいいし演奏もすごいけど」
「なにを〜! ヒッピー先輩の方が凄い!」
「いいや! 姫榊さんの方が凄いね!」
「ヒッピー先輩!!」
「姫榊さん!!」
*
姫榊 花奏side
うるせぇ。
花澄と大山さんの声が壁を貫通して隣のクラスまで響いてくる。
マジでうるせぇ。
耳が聞こえるようになった代償がコレ???
*
後藤 ひとりside
気になる。
やっぱりあの2人の距離感はどこか……違うと思う。
私も喜多ちゃんに抱き付かれる事は多々ある……だからアレが普通なのかもしれない。
けれど……
「……ひとりちゃん!」
「ひゅい!?」
「また自分の世界にトリップしてたでしょ?」
「あっ、ごっ、ごめんなさい……腹を切って詫びます……」
「しなくていいからね?」
「相変わらずおもろー」
あっ、佐々木さん。
「おおおおおおおはようございます、ささささん」
「おはよ〜、後藤。なんか考え事してたの?」
「あっ、はい……」
佐々木さんは私の後ろの席に座り、机に肘をついた。
「ひとりちゃん、何を考えてたの?」
「悩みでもあんの?」
前門の喜多ちゃん、後門の佐々木さん。
……逃げ場が、ないっ!
「あっ、あの……姫榊さんの事で……」
「姫榊ちゃん?」
「は、はいっ」
「姫榊……って、同中の?」
あっ、喜多ちゃんと佐々木さんは中学からの付き合いだから……姫榊さんと同じ中学校出身でもあるのか。
……それにしても彼女、有名なんだなぁ。
「そうそう。最近、結束バンドに入ったのよ」
「へ〜、だから一緒に居るのを見かける機会が多かったんだ。……それにしても姫榊、ねぇ」
佐々木さんが私たちとは違う方向に視線を向ける。
「さっつー、何かあったの?」
「半年ぐらい……いや、8? 9ヶ月か? まあそこはどうでもいいや」
8ヶ月ぐらい前というと……2月?
まだ私たちが進級する前で、姫榊さんとは面識がない頃だ。
「そのぐらい前に、姫榊にばったり会ったわけよ」
「向こうは私の事、知らない様子だったけどな〜」と朗らかに笑う佐々木さん。
「そん時さ、あの子……受験票を無くしたみたいで。偶然私が拾ってあげて……まあ、そんな事があったって訳よ」
「へ〜、そんな事があったのね〜」
「でっ、姫榊がどうかしたんだ? 後藤?」
「ひゅぇっ!?」
「めっちゃキョドるじゃん」
急に話を振られて変な声が出てしまった……!
隠キャは急な出来事に対応できない!
出来てたら隠キャなんてやってない!
「あ、その……抱きついたり、って……普通なんでしょうか……?」
「あの子が?」
「あっ、いや……姫榊さんは抱きつかれる方で……」
「そんぐらいのスキンシップ、後藤と喜多だってしてるでしょ」
それは……そうだけど。
いや、私は喜多ちゃんに抱きつかれて嫌なわけじゃなくて……違う違う、そんな話じゃない。
「……お姉様って呼ばれるのは、どうなのかな……って」
「姫榊がそう呼んでんの?」
「あっ、いえ、姫榊さんは呼ばれる方です……」
「同学年の幼馴染にそう呼ばれてるのよね〜」
「それは……どう考えてもアレだろ」
アレ?
「アレってなに、さっつー?」
「何って……喜多はその2人を見て何も思わないの?」
「仲が良いわよね〜、あの2人。ほんと仲直りして良かったわ!」
それは確かにそうだ。
互いに想い合っているのに、互いに距離を取り合う不毛な関係よりは……遥かに。
「いやいや、仲良い通り越して……もはや恋人だろ」
「えっ?」
恋人?
……姫榊さんと白雪さんが?
「いやいやいやいや、それは絶対にない!」
「喜多は鈍感だからな〜」
「そんな事無いわよ!」
……確かに、腑に落ちる部分はある。
「フツーは同い年の人を『お姉様』って呼んでそれを受け入れたりしね〜よ」
幼馴染ならそれが普通……かといえば、虹夏ちゃんとリョウさんは別にそんな事はない。
あの2人は……やっぱり普通の関係じゃないんだ。
恋人同士……なのかな、やっぱり……。
2人とも、友達じゃないって言ってたし……。
だとしたら……。
……だとしたら?
「ひとりちゃん?」
だとしたら、どうすればいいんだろう?
……私はドロドロとした思考の沼に、ズブズブと音を立てて沈んでいった。
自分の中に渦巻く感情の意味さえ分からずに。